「Aiha」



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 民間の一機関である能力審査会は、能力者たちをクラスわけしている。
 能力者の力と言っても、それぞれの力にはバラツキがあり、はっきりと分けることなど不可能に近い。外向きの力、あるいは内向きの力、そういったことなら簡単に区別がつくが、この辺りの線引きさえそれほど厳重ではなく、どちらにも付かない力だってある。
 能力審査会では個々の事象を比べ、能力者を4つのクラスに分けていた。Aを上位としてDまでのクラスわけである。
 例えばDクラスの能力者なら半径10メートル以下の範囲の支配、単一能力で、持続効果は1時間程度など、事細かに分類し総合評価を下す。能力審査会の本部に直接行って公式認定書を与えられれば、職能のひとつとして認められるものの、高クラスの能力者の殆どは、たぶんこうだろう、といった外側からの判断でクラスわけしてるのが実情だった。
 そのきわめて曖昧なクラスわけの代表が、Aクラスの上に据えられた暫定クラスである。Aの上のAA、その更に上にはAAAのクラスをもうけているものの、能力者の力の質は同等かそれ以上の能力を持つ者にしか判断はつかないし、AAAに至れば、測定不可能な能力者をひとまとめにしているだけだった。
 余計なお世話としか言いようがないクラスわけだが、ある程度、能力の記号化が有用であるのは事実であり、能力審査会の意義や信頼性は別として、能力クラスは広く使われている。
 ちなみに、朱月と間宮はAA。世界でも100名に満たない優れた能力者だった。
「審査会からの封書はすべて破棄してもらって構わないと前にも」
「うん、そうするつもりだったんだけど、ちょっとね」
「………ちょっと?」
 苦笑いをうかべた社長の顔をじっと見つめてから、藍葉は改めて書類を手に取り、素早く目を通した。
 すぐにそれが何なのかを理解して、口もとにうっすらと苦笑をうかべる。
「………今更こんなもの。あきれるな」
「ずいぶんと古いデータです。ただ、これは藍葉さんの生体データの一部と見て間違いありません」
 生体データは日々変動しているが、個人特有の波形というのもある。きちんと調べさえすれば、個々を判別することはさほど難しくない。
 間宮が付け加えた報告書には、少なくとも10年以上前のデータである可能性が記されており、また、一部分作為的と見られる改変部分があるとも報告されていた。
 恐らくこのデータが他へ流失した場合を考えてのことだろう。藍葉本人には区別が付くが、他人にはそれがないと個人の特定が出来ない、そういった類の部分を改ざんしている。
 同封された手紙には、このデータが藍葉のもので間違いないのなら、現在Aクラスである格付けをもう一段階あげるかもれない、そういったことが書かれていた。だから事実確認をするため詳細なデータが欲しい、そういうことらしいが、わざわざそのような内容を送ってくることなど通常では考えられないことだった。
 好きなようにクラスわけをすればいい、というのが一貫した藍葉の態度だが、能力審査会は審査する対象の意向を汲んで、審査したりしなかったり、などということは一切ない。藍葉の同意を得られようと得られまいと、クラスをあげたければあげ、さげたければさげる。
 ただ、実際のところあまり上のクラスわけをされると面倒でもあった。Aクラス以上は国家からお呼びがかかる能力者だとされているし、中には審査会のクラスわけを要注意人物指定と見る者もいた。つよい力の持ち主が、そうでない者にとっての脅威になる場合もあるからだろう。
 なぜそのようなものが送られてくるのか、理由が幾つか思いうかんだが口には出さない。
 慎重な藍葉の態度を見て取り、間宮はひとつの情報を付け加える。
「関連性があるかないかは分かりませんが、エルシルカ研究所の次期所長にマスケード氏が選ばれたという話があるようです」
「…って…、まさか、ファリス・S・マスケード…?」
 藍葉は大きく目を見開いて間宮を見上げた。
 頷く代わりに間宮が取り出したのはカード型の立体映像投影機で、そこに金髪碧眼の男が映し出される。
 すらりと伸びた長身を包むのは上品な色合いのスーツで、20代後半の若い顔立ちを思えば、やや華やかさに欠ける枯葉色だが、彼には良く似合っていた。
 落ち着いた物腰に相応しい端正な顔立ちを持つ男には気品と知性がある。時々壁側に腕がもたげられるが、そういった所作さえどこか品が良く切れがあった。映像では見えないが、おそらくスクリーンの前にでも立っているのだろう。
「少し古い映像で申し訳ありませんが、今もたいして姿形は変わっていないようです。…藍葉さんとは似ていませんね」
「うん」
 藍葉は小さく頷いた。
「マスケード家の血を引く研究体は必ず金髪碧眼にされるんだよ」
 たとえ彼が藍葉の異父兄でも、似通ったところは殆どと言ってない。
 ファリス・S・マスケードと藍葉には血の繋がりがあった。
 計算し尽くされた表情と決して乱れない口ぶりは、音声のないただの映像でも見て取れる。最も最後に彼と話したのはいつだったのか、藍葉は少し記憶をさらってみたものの、うまく思い出せない。藍葉が物心着く頃には既に、彼は大人に混じって仕事をしていたから、なんとなく近寄りがたい存在だった。
「…藍葉」
 朱月の声に我に返る。藍葉は少し見入りすぎたのを悟って、映像から視線を外した。間宮が映像を消し、席を立つ。これから先の話は朱月と2人で、ということだろう。
 藍葉にとっての血縁、あるいは藍葉自身についての話は、気楽に話せる類のものではない。間宮はある程度の事情に通じているが、朱月相手だからこそ、話せることもある。
 それは彼がASSの社長だからではなく、彼が、藍葉の義理の兄だからだ。朱月とファリスは立場も状況も違うが、ふたりとも藍葉の兄になる。
 沈黙と共に真っ直ぐ朱月の視線を受け、藍葉は戸惑いを見せた。
「……なに?」
「現在の法の下では、生体データの採取を目的とした金銭のやり取りを厳しく制限している」
 唐突な話に訝しみながらも、その辺りの事情については藍葉もよく知っているので、小さく頷いた。
「昔は敵を打ち負かせる強い者ができればいい、ってだけで、遺伝子操作、肉体改造、人体複製まで認めてたみたいだけど、いろいろ弊害が多いし、採取して分かることって、殆どないし」
 遺伝子が分かったからといって、能力者の力が分かるわけではない。
 今でも解明されない部分が多く、髪の毛や口腔粘膜から調べられる遺伝子情報だけでは到底追いつかなかったため、かつて頻発していたという研究目的の能力者狩りは殆ど見かけなくなった。
 もちろん、新人類、旧人類などという区別がまったく意味をなさないほど多岐にわたる能力者の出現、あるいは変化の中で、能力者の地位や権利が上がったことも一因だろう。
「能力の質、形はそれこそ千差万別だからね。でも未だに能力者の力の謎を追いかける集団もある。その代表がエルシルカだ」
 送られてきたデータにからみ、間宮が告げた異父兄の所長就任。
 能力審査会とエルシルカは以前から繋がっていると言われている。そしてどちらも、未だ能力者の生体データに固執している組織だった。
「山ほど生体データを抱えているエルシルカと、その分類を得意としている審査会だからね。手を組むならこれほど良い相手もない」
「もともと、ふたつは同じ所から出発したって言われているよね?どちらも能力者を科学的を数値化することに意味を見いだしてる」
 朱月は頷きを返す。
 能力審査会とエルシルカの根っこは似ている。しかし大本がどちらかといえば後者に違いない。
 能力者の研究、育成を含めた魔に対抗するための様々な研究開発を行っている巨大研究施設エルシルカは、もはやひとつの国といっても良いほどの規模を持つ。
 能力者の発見からだいぶ時が経った今現在も、不明な点の多い力の成り立ちや特徴を調べ、能力をより引き出す方法や、通常の医療では治せない特殊な体質を持つ能力者の治療法確立などを行っており、その分野への貢献は他の比ではない。
 有名なところでは医療用ポッド、及びDポッドはエルシルカが開発したものだった。これらのポッドが全ての人々の寿命を押し上げていることは誰でも知っていることであり、その他にも様々な研究が日常生活の中に取り込まれている。
 そのような輝かしい功績を持つ反面、生まれつき高い能力を持って生まれた子どもを金で購い、能力者創造を目的とした人体実験など、後ろ暗い噂には事欠かない。
 より高い能力を持った人材の確保をも目的としているため、研究所内には児童養育施設がある。孤児院などから、才能のある子どもを見つけて引き取ることは合法であり、慈善事業のひとつだったが、そうでない部分もまたあるということだ。
 国といっても全く遜色ない広大な面積の研究施設と、膨大な量の職員を抱えるエルシルカ総合研究所。藍葉はそこで生まれた研究体であり、はじめて人の手を介して生まれた、AAA能力者だった。
 それはまったく未知数の能力者という扱いである。
 AAA能力者など、現在確認されているのはたったの4人。潜在数を足しても10人以上になることはないだろうといわれている。藍葉が生まれたのは長年の研究成果というより、偶然が重なったためだと考えられた。
 現在の科学力では、高い能力を持った子どもをつくることができない。
 藍葉の複製をつくろうとしても上手くいかなかった。
 能力者の登場で科学界は大混乱に陥り、おおくの概念が無に帰した。あらゆる考え方が打ち砕かれ、現在でも能力者を形作るものについての研究は殆ど進んでいない。
 能力者という因子には不確定要素が多すぎ、たとえ遺伝子操作をしても将来的に何らかのトラブルが起こる可能性が高く、そこまでしてそれを行う価値もないとされている。
 エルシルカ所長に就任予定のファリス・S・マスケードが目の色と髪の色のみの操作されているように、旧時代に気付きあげた科学力は、ごくわずかな部分で生き残っているに過ぎなかった。
「データを審査会に流したのはエルシルカと見て間違いない。でもこれでAAにする、っていうのは、ちょっとね」
「僕がエルシルカ生まれだと知られて、困るのは僕よりもエルシルカだし」
 藍葉の存在はエルシルカの中でも最重要機密のひとつ。
 7年前、偶然が重なって研究所の外へ出た藍葉は、朱月に拾われた。
 その時に表だって回収しに来ることも出来ただろうが、こそこそと訪れる他、大して動きがなかった。彼らが騒げば、非合法の研究がばれる。その為だろうとも考えられたし、何らかの、回収できない事情もあるのではとも考えられた。
 藍葉が外に出ることになったきっかけに、エルシルカ内部での大規模な事故があり、、そのことがまだ影響を及ぼしているのではないのか、ということだ。
「藍葉は…どう思う?あの事故のこと」
「…………わからない」
 朱月がそっとのぼらせた問いかけに、藍葉は力なく首を振った。
 すすんで出てきたわけではない。
 かといって誰かに連れ出されたわけでもない。
 藍葉に分かるのは自分が住んでいた区域で何らかの能力が暴発し、それに巻き込まれる形で自分が外へ飛ばされたこと、それぐらいだった。
「決して表沙汰にはされないけど、エルシルカならある程度の能力者をつくれるって話、…兄さんは聞いたことがある?」
「…まあ、多少は」
 朱月の口がわずかに重くなる。
 その中には藍葉も含まれ、決して人道的ではない研究も多い。しかし藍葉は朱月のためらいには構わず、続きを口にする。それは藍葉にとって何からの感情をともなう話ではなく、たんなる事実に過ぎない。
「僕のいた区画にはCからAクラスまでの能力をもった子どもが20人ぐらいいたんだ。でも、生後1年で半分いなくなって、気づいたら僕しかいなかった」
 同じ区画にいるからといって、自由に行き来できるわけでも、遊んだ覚えもない。それでも少しずつ減っていくという雰囲気は分かった。
「もちろん他の区画にもいっぱい子どもがいるんだけど、僕のいた区画はその子どもたちよりも厳重な管理体制が敷かれてて、それに、ファリスみたいな家付き研究体は別だけど、第3種以上の研究体には必要な時にしか能力が使えないように枷がかかってた」
「つまりなぜそれが起きたかはもちろん、どこの誰か、といったことも分からない、ということ?」
「うん」
 藍葉の住んでいた区画は基本的に藍葉しかいなかった。研究員は別の所に住んでいたし、研究そのものは別の場所で行う。
 研究体はまったくといって能力を使えないようにされており、研究棟ではなく、よそから人が立ち入れない場所で何が起きたのか。
 結局のところ、その事故自体公にはなかったことになっている。朱月自身、藍葉と出会っていなければ知らないまま今まで過ごしていただろう。話の行き詰まりを感じ取って、朱月は小さく息を吐いた。
「ところで、新所長はずいぶんとできる人みたいだね。今回のことに彼が絡んでいると、藍葉は思う?」
「……どうかな。能力は平均的なDクラスだとか、機械への干渉に関してやや特化している、とか、誰でも知っていそうなことぐらいしか、僕も知らないし。マスケード家はエルシルカの出資者のひとりだから、ある程度の要職は約束されていて、ファリスにはその期待に応えるだけの資質があるってことも、たぶん僕以外の人の方がよく知っていることだろうし」
「印象は?藍葉から見て」
「………。冷たい人、だった」
「…冷たい?」
「別にひどいことはされてない。でも何となく、そんな感じだった」
 ファリス・S・マスケードと藍葉は片親が同じだが、研究体同士のことである。自然に生まれた親兄弟と比べてしまうと、兄弟とは言えないぐらいの繋がりだといえるだろう。
 少なくとも2人の間に、兄弟や肉親といった情はなかった。
 彼の目はいつもどこか冷ややかだった。嫌っているわけではなく、ただ、何の感情もわかない、そういった顔だった。
 朱月は藍葉の心の中を読み取ろうとでもするように眺め、…実際彼にはそういった能力が備わっていたが、使えば藍葉にも分かる、…やがて諦めたようにゆるく首を振った。
「エルシルカの所長なんて誰がなってもいいし、ほんとはお手並み拝見、と言いたいところだけれど、藍葉の血縁者ともなればね。ちょっと穏やかな気持ちじゃいられないな」
「……関係ないかもしれないよ。この手紙とは」
「たとえそうでも、彼が新所長の座につく、ということが何らかの変化をもたらすかもしれない。藍葉は私の可愛い弟だよ。たとえ半分血が繋がった兄相手でも、負けるわけにはいかないからね」
 勝負事とは無縁そうな花のような笑みをうかべてそんな台詞を吐くASS社長の顔を見て、藍葉は小さなため息を吐く。
 いつのまにそのような話になったのか分からないが、いつもどおりの展開でもあった。
 彼は藍葉と出会った時、自分がまだ未成年だということをきっぱり無視して、藍葉を養子にしようとしたという逸話があり、ときどき藍葉には想像できない着地点へ向かって突進することがある。
 藍葉が朱月家の養子になったことでその話には片が付いたものの、今でも、藍葉は朱月が兄なのだか父なのだか分からない時があった。本人にそれを言うと胸を張ってそのどれもだ、と言うから手が付けられないのだが、朱月は弟のことが絡むと暴走しがち、というのはよく知られている話だった。
 藍葉が放り出した紙の書類を、朱月はひと言断りを入れてから指先で火を付けた。電子情報に変えてバックアップはとってあるものの、公文書として力を発揮するのは未だ紙媒体である。下手なものは残さない方が良かった。
 今し方目を通したばかりの手紙をすべて処分したところで、朱月が間宮を呼んだ。
 程なくして現れた間宮は盆にのせてきたおしぼりを朱月に渡す。それで指についた煤を拭けということだろう。相変わらず準備が良いなと感心する藍葉にも、間宮は同じものを渡した。
 藍葉の指には煤はないが、盆の上にはおしぼりの他に飲みものとクッキーがある。
 間宮は藍葉に蜂蜜を入れたアイスミルクを渡す。ほど良く冷えた感じが嬉しかった。朱月と自分には茶園から直接取り寄せた緑茶で、最近緑茶に凝っている彼らはそればかり飲んでいる。
「このクッキー、いいね。さくさくしてて」
「ええ。ちょっとバターを変えてみました」
 朱月はこの上ない幸せだというように満面の笑みをうかべてクッキーを平らげる。
 彼自身もお菓子をふくめた家庭料理はなんでもこなすが、お菓子作りに関しては間宮の方が上手だ。ふたりはクッキーを摘みながら熱心にレシピを検討し合う。その姿はどこからどう見ても武装組織のトップには見えない。
 いまいち藍葉にはいつもより良いバターもそれによって変化したという味の違いなども分からなかったが、朱月と間宮が和やかにそれを食べるので、大人しくそしゃくし、自分の分を飲み込んだ。
「社長、今後の話はされましたか?」
 ひとしきりお菓子の作り方を話し合ってから、間宮がふっと話を戻す。今後?と首を傾げた藍葉に社長からの話がまだだと見て取ったらしい。間宮は藍葉に向けて穏やかな笑みをうかべた。
「今回送られてきた手紙に関しては、これまで通り無視して構わないと思います。ただ、マスケード氏が新しい所長に選ばれるにあたって、研究所内での利権図が変わった可能性もあり、それに藍葉さんが巻き込まれることも考えられます」
「…僕が?彼の弟妹はは僕だけじゃないし、むしろ僕なんて数には入っていないはずだけど」
「正式には兄弟と認められることはないでしょうが、少なくともAクラスの能力者である藍葉さんが実弟だと分かれば、マスケード氏にとって有利に働きます。高いクラスの能力者ならば国の依頼を受けて恩を売れますし、政略結婚としても役に立ちますから」
「…………」
 それは藍葉が兄の言うことを聞くならば、だ。ただし、確かにそのような考え方もある。能力者同士の間に生まれた子なら必ず能力者になるわけではなく、その能力が引き継がれる可能性も低いが、新しい力が芽生える可能性もあり、能力者同士の婚姻は決して悪いことではない。
 その為、優れた能力者には結婚の申し込みが多数舞い込んでくる。
「新所長の動向がはっきりするまで、しばらくは行動を控えて、大人しくしていただければと思います。業務も副長に委任して、直接の行動は控えてくださるほうがよろしいかと」
 藍葉はじっと間宮の端正な顔を見据えた。
 すらすらと何でもないことのように言いのけてくれるが、それははいそうですかと頷ける類のものではない。
「作戦途中の依頼を放り出せってこと?」
「そうです」
 間宮は不満げな藍葉の顔や声にはまったく関わり合いがないように、和やかな態度で応える。藍葉はいらだたしげに眉をひそめたが、間宮の隣からにこにこと向けられる視線に気づいて更にしかめ面になった。
「なに…兄さん」
「藍葉、出席日数がずいぶん足りなくなっているようだし、学院にも行かないとね」
「どうして?僕が作戦にでるつもりで組んであるのに」
「君の隊は、隊長がいないとだめなんですか?」
 社長が兄らしい顔になって耳に煩いことを言ったと思えば、意地の悪い言い方をして藍葉の唇を更に歪ませる側近である。藍葉は眉間にぎゅぅっとしわを寄せた。
 間宮が口にしたことは、藍葉の弱みである。とっさに言葉が出ない弟を楽しげに見つめてから、朱月はゆったりとカップに口を付けた。
 藍葉はASSの実行部隊を任う隊長のひとりである。
 ただでさえ年若い藍葉が指揮を執る隊なので、いろいろと色眼鏡で見られているが、それを気にしていたら切りがない。人目を気にして消極的な振る舞いをする質でもなく、しょっちゅう何かしらトラブルを抱えているが、多少の難題などものともしない優秀さも兼ね備えていた。
「朱月家の養子だから隊長になった、なんて言われ飽きているよね、藍葉。でも、学院を卒業するのも大切なことだよ。いらぬそしりを予防できる」
「その程度の予防策は必要ない」
「藍葉。おばあちゃんもおじいさんも父さんも、もちろん私だって。みんな楽しみにしているんだよ。藍葉の学校行事に関われるのをね」
「入学すればいいって言った」
「卒業式が楽しみじゃないなんて、ひと言も言ってないよね」
 これぐらいのプレッシャーはかけておかないと、とばかりにこやかに言いのけた朱月に、藍葉は諦め混じりの息を吐く。
 藍葉がどんなにいやがってみせても、朱月家の面々はめげない。それだけ藍葉の成長を楽しみにしていることが分かるから、打つ手なしだった。
「…戻り次第、作戦の変更書を提出する」
「よろしい。あと、しばらく外へ出るときは必ず部下を伴うこと」
「………了解」
 しぶしぶながら大人しく頷いた藍葉に朱月はそれ以上口を挟まなかった。小規模ながら一隊を担う身として、何を選べば良いのかを理性的に判断する。それは藍葉の役目だった。



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