[プロローグ・3] ほどなくして青年は、落ち着きを取り戻した。 顔を泣き腫してはいたが、完全に泣きやみ男から気恥ずかしげに離れる。 離れたぬくもりを、男は何となく名残惜しく見つめた、そんな視線を何と思ったのか、青年は自分の行動をはしたなかったと詫び、男を慰め、下着姿の女性に深々と頭を下げた。 礼節を尽くした態度に、男の愛人は微笑む。半裸な姿を見てしまう度に赤らむ仕種が、可愛らしかった。 快く女性に送りだされた2人は、晴れ出した朝もやの中を行く。静かな時間だった。 家に着くと、通夜の準備やらで慌ただしくした人々に取り囲まれ、男は苛立つ。継がないと突っぱねるには、遺されたものは余りに大きい。息苦しさに耐えられなくなってきたある日、男は再び、青年に会った。 [3] 電話のベルで、卓海は目覚めた。夢うつつに受話器を取る。 「はい、…」 「おはよう、斎藤くん。どうだい、そちらは…」 「あ、古島さん、おはようございます」 電話の相手は前の側近筆頭である古島だった。白髪の混じり出した人の良さそうな顔を思い出して、卓海はベッドの上に畏まる。古島は卓海が側近になるにあたり、適切な指導をしてくれた人だ。 「史郎様は今はどこぞで遊び呆けているのかな」 「いえ、こちらにいます。…多分」 「多分?」 「ちょっとありまして、その、史郎さまより早く就寝してしまったものですから…、申し訳ありません…」 小さな声になって縮こまる卓海に、古島の明るい笑い声が返る。古島は昔から明朗な性格で細かいことには拘らないおおらかな男だった。 「そうかそうか。まあ、斎藤くんと史郎様は年が近いから、ぶつかることもあるだろうさ。それで、そのちょっとあったこと、で、ホステスたちが帰されたのかな?」 「いいえ、それは。いつもの史郎さまの気紛れで、着いた途端に帰せと言うものですから。…帰すと言う連絡をしたのですが、行きませんでしたか?」 「連絡は来たよ。しかし、大丈夫かね。就職先もちゃんと配しているから、こちらとしては構わないんだが…。使用人がゼロでは…」 「は?」 「…ん?」 奇妙な沈黙が降りた。卓海は自分が寝惚けているのか思い、古島にゆっくりと聞き直す。 「使用人がゼロとか、今、…」 「メイドやら、コックやらも、戻ってきてるんだが、これは斎藤くんの采配で帰したのではないのかい?」 卓海は首を横に振った。電話なので無意味なのだが、そういったことに気が付かないぐらい、卓海は動揺する。使用人の数は100人を超えていたはずだ。それが全員いなくなったとすれば大事である。 「わたしが帰す手配をしたのは、ホステスとホストたちだけです」 「…じゃあ、困ったね、これは。史郎様もまた突拍子もないことなさる」 全くだと卓海は頷いた。 使用人なくして、過ごせる屋敷でないことは史郎も分かるはずである。部屋は腐るほどあり、庭も広大だ。史郎を慮って全て日本人にした使用人全てを集めるのに、どれだけ苦労したかを史郎は知らないのに違いない。卓海は半ば頭を抱えた。 「もう再就職先も決まっているからね、戻ってきた彼らを再び戻すことは出来ないと思うんだ。そちらでの手配に任せてしまって良いかな。こちらも斎藤くんの抜けた穴を補いながらで余裕がなくてね、すまないけれど」 「いえ、古島さんには引退していたところを、戻って来ていただいただけでも感謝しています。気になさらないでください、こちらのことはこちらでどうにかします」 史郎への怒りを古島への謝辞で紛らわせ、卓海は電話を切った。 急いで服を着替え、卓海は史郎の部屋に走った。しんとした廊下が古島が伝えてくれたことを事実だと感じさせてくれる。卓海はノックなしで史郎の部屋に乗り込んだ。 |