「おお!これは何だね、これは」 「洋風酢豚です。ズッキーニとヤングコーンとで、…それは豚肉が少し余ったので、ナツメと一緒にスープにしたものですけど、…今手にされた炊き込みご飯はアサリと大根を……。系統が無節操だったでしょうか」 「いや、美味しいよ!うん!上手だな、卓海くんは、そう思わないか、史郎、おい、史郎。なんだまだむくれてるのか、大人げないな」 「あっ、それは俺の!誰が大人げないんです、誰が」 アロエのゼリーを死守した史郎は憮然と深見を睨む。それを飄々と交わした深見は美味しそうに炊き込みご飯を頬張った。 微笑ましげにテーブルを見渡す卓海に、史郎は食事の手を休めて顔を上げる。 「卓海、やっぱり隣に来たら」 「いえ、そればかりは」 史郎の斜め向かいで卓海は首を振る。食事を仕上げたとき卓海は給仕のみでその場を離れるつもりだった。史郎の家は古くから続く家で卓海は使用人としての立場を教え込まれている。側近の身で、史郎や深見と同席するつもりは全くなかった。 そのことに気が付いたらしい史郎は強引に卓海をテーブルにつかせたのである。 何度目かの問いに聞き慣れた返事を返された史郎は一瞬詰まらなさそうに視線を泳がせてから、気分をかえるように笑みをうかべて卓海を見やった。 「食事が終わったら出かけない?」 「お遊びにまで付いては参りません。ご自由にお出かけください」 「一緒に出かけたいんだ」 「わたしを巻き込まないでください。史郎さんと違って、わたしは忙しいんです」 「…………」 史郎のわがままに卓海は付き合わないことを心に決めていた。相性の問題なのか史郎の性格か、関わっていると流され過ぎてしまうと、これまでのことで卓海は学習したからである。 冷ややかな卓海を一瞬睨み付けた史郎に深見はまあまあと眦を緩めた。 「史郎。おじさんと一緒に楽しもうじゃないか。こっちにもたくさん面白いことがあるんだぞ」 「深見の伯父はさっさと帰ってくださるのが一番です。大体さっきから人のこと、どれだけ子ども扱いしたら気が済むんですか」 「……卓海くん、聞いたかい。おしめだって替えてやった伯父に酷いことを言うもんだよなあ」 くすん、と鼻を啜る真似をした深見に卓海は一瞬眼差しを和らげると曖昧な笑みをうかばせた。 深見は史郎の父親の異父兄だが家を継がずに外国での永住権を得て、そこで知り合った貴族の娘と結婚した、一族の中で規格外な存在である。鼻摘みものとなった史郎に対しても、昔からの態度を崩さず、快く後見人を引き受けた。母親の溺愛とは違う史郎への愛しさがあるのだ。 卓海はそんな史郎と深見の関係が少し羨ましい。卓海は早くに両親を亡くした上、親類縁者と縁が薄い家で育った。それを補う以上に充分なものを身の回りにいた人々から受けてきたし、不満はなかったが、だからこそ深見の気持ちの尊さを思う。 史郎も幼い頃は深見、深見、と、無邪気に懐いていたと卓海は聞いたことがある。史郎と深見の間にある空間は、たとえどう史郎が邪魔にしても…傍で見ていると落ち着くものだった。 「深見さまは史郎さんのことを心配して来てくださったんですよ。子ども扱いが気に食わないのでしたら、史郎さんも少し良識ある行動を取っていただかなくては」 説教じみた卓海のセリフに史郎は呆れたと言わんばかりの顔を見せる。さすがに1つ年下であるだけの卓海の小言では、威力に欠けた。 「卓海は全然若者らしくないね。飛び級で大学出たにしたってまだ24の癖に」 「え。その歳で側近筆頭?義則が目を掛けていただけはあるなあ」 「…親父の話はいいよ。それより卓海、忙しいって何。統制しなくちゃいけない使用人は全部帰したじゃないか」 不満そうな視線を向ける史郎に卓海は溜め息を吐いた。史郎に関して偏見の在る卓海はそれを考えが足りないと思う。 「会社の方の仕事を全て放り出してくるわけには行きませんし、人を雇わないとここではやっていけませんから、その手配もしないといけないんですよ」 「それ片付いたら一緒に出かける?」 「一日で片付きましたらね」 ふんと言いのけた卓海に、史郎が艶やかな笑みをうかべる。卓海はその自信の溢れように、ギクリとした。まさかという思いが過るが、幾らなんでもと瞬時に否定する。 「約束だ、卓海」 嬉しそうに言った史郎は朝食を食べ終わると自室に引き籠もり、卓海に一抹の不安を抱かせた。 |