「青く沈む」



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 このまま、ミコトのもとから外へ出られないように思えた。
 どこまでも透き通る水。小さな水の粒が散る滝壺のほとり。
 ミコトの世界から、もう逃れられないような錯覚に陥る。
 上がる息を堪えて体を縮め、尚人は滝の水音に耳をすました。少し冷たい風や細かに触れる飛沫や岩の硬さは"外"の感触だったが、そこはミコトの手の内だった。
 意識が弛むごとに、忘れようとしていたはずの甘い痺れが突き抜ける。こぼれ落ちた声は水音に掻き消され、涙が顔中を濡らした。
「…もう、やだ……」
「とっておきの紅玉はどう。気持ちいい?」
 ガラス玉のような透き通った紅い球体が、青年の手で煌めく。
 尚人は喉を震わせ、小さく悲鳴した。
 ミコトの手にあるものとは別の紅玉が秘襞で緩く震えている。正確な箇所を何のためらいもなく抉られ、恐ろしいまで深く這入り込むと形を変えた。
 滝壺の傍らにちょうどよく盛り上がった岩場に腰掛けたミコトは艶やかに笑む。
「もうぐずぐずだねぇ」
「…っぃあぁ…っ」
 岩肌は滑らかで爪が立てられない。それでも縋るように引っかいて尚人は嬌声をあげた。無数の突起が襞を抉っていた。柔らかに解された襞を押し上げ拡かせ捻り回す。作り出される淫具はどれも酷く尚人を苛んで苦しい。
 しゃくり上げながら許しを請うように目を向けたが、ミコトは笑んだまま顔色1つ変えない。
「止めて…いや…嫌だっ」
「どうして。喜んでいるように見えるけどな」
「…ぃやぁああ…っっ」
 体を自分の両手で包むようにうずくまる。
 紅玉を包んだ襞が、物欲しげに震える。
 堪えきれずに自分で慰めようとした尚人を、打ち据えられた痕が痛みを発して苛む。形のない鞭に打ち据えられたかのように、白い背に赤く線が新しく引かれていた。
 固くなり始めたものから露が滴り、座らされた岩肌に染みていた。
「いけないと言ったのに。懲りずに咎められて達くとはね。いやらしいなぁ」
 小さく深く尚人は喘いだ。
 秘蕾の奥で小さく震えるだけの紅玉では到達しても満足できない。玩具ばかりで苛まれ、途切れ途切れに襲う短い悦楽は逆に飢えさせる。
 しなやかな指先での愛撫。埋め込まれる熱い脈動。圧迫感。それらが狂おしいほど欲しい。
 ただそれでもなりふり構わず希うことは出来ない様子に、ミコトは優しく微笑んだ。
「つくづく可愛いね。じゃあ、切っ掛けをあげようか」
 ミコトが手にしていた紅玉の片割れを水の中に落とすと、続く加虐に疲れ果てた体がびくっと跳ねた。体の中にある一方にも落下の揺れが伝わり、たまらない刺激になる。
「拾ってきなさい」
「…………」
「はやく」
 滝から跳ねた水のつぶが、涙に濡れた頬にかかる。激しい音をたてて上から下へ水が落ちていく。水面で砕かれた水が霧のように辺りを覆い、僅かに身を乗り出すと微かに濡れた。
 逆らう気力などない。
 むしろ従うことさえも、疲弊しきった体には辛かった。
 尚人は這うように進んで水の中へそろりと爪先を入れた。この滝壺には浅瀬がない。いきなり深くなる。静かに踏み出して、ざぷんと透き通った水の中に沈んだ。水の冷たさに、体が震える。微かな痺れが背筋を走った。
 泡の音が過ぎていく。微かにかかる水圧と、静けさ。
 尚人は、息を詰めた。
 閉じた瞼から涙があふれた。水が肌に触れる感触でさえ堪らなく気持ちよくて、辛い。僅かな水の揺れが、まるで愛撫のように過ぎていく。
 息を零しながら岩肌で覆われた水底に体を沈ませる。放り込まれた紅玉の場所は、すぐに分かった。差し込む光に紅い輝きが跳ねる。
 薄青の世界にその色は際立っていた。ぼんやりと辺りを見渡すと光の揺らぎだけが見える。それほど深くも大きくもない滝壺の中が、ひどく広く思えた。見上げると白く輝いた水面に気泡が消える。
 その世界に在るのは尚人だけだった。水草も、魚も、ない。ただくり貫かれたような岩に、透明な水が充ちている。
 すべてミコトに支配された世界であるはずなのに、その光景は美しい。
 震える指先で紅玉を拾い手のひらに包むと、体の中で同じものが微かに震えた。
(…、…っ)
 離してはいけないと分かっていたのに強く握りしめた瞬間、生きもののようにもう片方の紅玉が奥へと這入り込む。小さな喘ぎを吐いて、手のひらから紅玉をこぼした。紅い光が水の中に揺らめきながら遠ざかる。
「……っ…ッッ」
 悲鳴して思わず大量の水を飲んでしまう。
 激しく咽せ、空気を求めて手足をばたつかせると唐突に水の感触が消える。大量の空気が尚人を覆った。
「…っこほ……っ」
「ナオト」
「あ、紅い玉…が……」
「ああ、ここにある」
 尚人が拾ってこれなかった紅玉と、体内にあったはずのもの。それらを無造作に投げ捨て、褥に横たわらせた体を膝の上に抱えた。
 濡れた髪を何度か手櫛で梳いてやり、全身から滴る水滴を一瞬のうちに全て除ける。絹糸のように輝きのある黒髪が指の間をするりと落ちるのを楽しみながら、唇を合わせて息を吹き込む。
 青ざめた頬に赤みが戻ったのを確かめてから、もう1度口付けた。敏感な粘膜をねぶり舌を吸い取ると拙く応えてくるのをミコトは愉しんだ。
「どうして逆らうの?」
「ミコトは…」
 尚人は手足の先まで温度が戻るのを感じ取りながら、人ならざるものの黒い双眸をじっと見上げた。
「ミコトは…他の守護を知っているの?…話をしたり…」
「たまにね」
 首筋を舐めあげると小さく息をこぼし、肩を震わせた体を抱き寄せる。
「あれらとは同じであって同じではないもの。関わりあっても繋がらないものだ」
「…分からない」
「ナオトが訊きたいのはあれの守護がどういう性質かということかな。なら簡単。最も惨たらしく過激なのがあの"血塗れ"だ」
「なに…」
「まだ若いだけに色々染まりやすい。そういうこと」
「…っ…あっ…」
 後孔に指をいれると短い間に窄まってしまった襞は固く拒んでくる。
 掻き回すと徐々に綻び、苦しげに喘いだ両腕が守護の背に縋った。
「ぃ…ぁ…、っ」
「欲しい?」
 訊ねるとイヤと言うように首を振る。
 どんなに堪らなくなっても自分から求めることは浅ましい。
 恥じる尚人に微笑みをうかべ、ミコトは拡かせた中へ自らを埋め込んだ。悲鳴を上げた背がしなる。
「ひぃ…ぁあ…っ」
 黒い双眸から涙が溢れる。苦しさと痛みに歪められた顔が朱く艶を見せるのに時間は要らない。本人よりも快楽の在処を知り尽くしている。乳首を咬み、舌先で突いただけでも高い声があがる。守護は容赦しなかった。
 内壁の奥、最も淫らな悲鳴をあげる箇所ばかりを責め貫き、達しそうになれば先端を爪で抉った。
「や…っやめて…ひいぁっっ」
 それでも何度も極め、奥には迸りを受け、どろどろに濡れた尚人はただ夢中で相手に縋った。



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