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拍手御礼02

   内容:air seed 番外
      ユマリエの里で、ラトルリアスと一緒に過ごす夏の一コマ。


    

 空を覆う梢をすりぬけて、夏の陽射しがふりそそぐ。
 サンダルの足もとに下草がふれてこそばゆい。
「ほら、ふくふく蝶が」
「ほんとうだね。ユマリエ、頼める?」
「うん」
 ラトから花かごを預かって、軽く地面を蹴った。フォーレペルゲには素力が満ちているので、風をつかまえなくても容易く体をうかせることができる。銀の幹と淡い緑の葉を茂らせたリーデリーロウの木は、天に向かって真っ直ぐ伸びているけど、目的地は天辺でなくその途中。
 木の半ばほどに群れていた黒に蒼の斑点をつけた蝶は突然近寄ってきた僕にふわりと広がって、警戒した様子を見せたけれど、木のうろに花を置くとひらひらと集まっていくる。
「ラト、大丈夫だよ」
「ありがとう」
 地面からふわりと浮かび上がったラトが、冷気をはらんだ風を起こして急上昇する。
 花に惹かれて集まった蝶たちは寒さに弱いので、風よけをはっていた。ラトが通り過ぎても花の蜜を吸うのに夢中だ。
 ラトはリーデリーロウの天辺までのぼって、鳥の巣から耳飾りを摘み上げると僕を呼ぶ。
「ユマ、解いていいよ。おいで」
「ありがとう」
 ふくふく蝶にお礼を言って、ラトのところへ向かう。
 ラトが手にしているのは母さんに貰った耳飾りで、小さな貝殻で花の形を象っている。沈んだ色合いの草貝を使ってつくってあるので、日影にひらいた草の葉のような色をしていた。
「よく似合う」
 これで両耳そろった。
 空遊びをしている最中に落として無くしてしまったのを、耳飾りに移った僕の気配で探し当ててくれたラトは満足そうに僕を見る。
「ラトもありがとう」
「どういたしまして」
 学院の夏休暇。僕とラトはフォーレペルゲに戻ってきていた。
「夜会」
「ん?」
「夜会ってどんなの?」
 空の中を駈けながらふと訊ねた僕にラトは目を細める。
 ラトには夜会の招待状がたくさん来ているんだって兄さんたちが言っていた。
 夜会ってなんだろう。
 たくさんの人が来て、食べたり踊ったりするんだって聞いたけれども、母さんが催す食事会とは違うらしい。知らない人も来るし、お見合いみたいなこともするんだとか。余所の国のお姫さまがたくさんラトを目当てに会いに来るなら、きっと華やかな催しなんだろうなと思う。
 空を飛びながら、ラトがふっと空のただ中にとまった。
 僕を振り返り、手を取って腰に腕をまわす。
「夜会はね、こんなふうに踊るんだよ」
 そういってラトはくるくると僕ごと廻った。
「ほんとう?」
 ものすごく良く廻った。風がゆったりうずを巻いて離れていくのを見送って首を傾げる。これじゃ目をまわすよ。絶対違う気がする。
 ラトは頷いて僕を離し、恭しく手を取る。
「一曲踊っていただけませんか?わたしの可愛いユマリエ」
「?まわりすぎないでね」
 僕の言い方がおもしろかったのか、ラトはふっと薄い笑みをうかべると僕を勢いよく上空に向けて放り投げた。まるで玉転がしの玉になったみたいにぐるんぐるんと廻る。
「ユマは好きだよね。空遊びでいつもまわっている」
「まわってるんじゃないし、どうしていきなり投げるかな」
「ユマの空遊びっていつも楽しそうだよね」
「あれはこうするの」
 突飛なラトにあきれながら、いつものように風の中に体を落とす。
 コツは風に身を任せること。でも流されないように良く見極めること。
「力を抜いて、ラト」
「こうかな?」
「抜きすぎっ」
 ぐんと落ちかけた服の端っこを掴んで引き留め、こうだよ、と見本を見せる。
 風の帯に飛び込んで跳ねあがり、一回転してから素早く姿勢をかえて斜め下へ滑り落ちる。全身に風をうけて再び舞い上がり、空に散る花びらのように廻る。
「やっぱりまわってる」
「さっきとは違うよ」
「そうかな。でも、分かった。こうだね」
「ラ、ラトっ」
 上昇気流を掴まえるのはいい。でもそれは突風だから。
 いきなり雲の上まで飛ばされていくラトを見送って、僕は空中で小さく廻る。
 さっきラトが踊ったみたいに。
 足取りは軽やかに、弾むようだった。
「あれ、戻ってこないな」
 不思議に思って空を見上げると、ちらちらと落ちてくるものがある。
 それは指先に触れて、融けた。
 夏の空に雪の影。
 雲の中で心地よさそうに瞼を閉ざしていたラトを引っ張り上げ、僕はしっかりラトの手を掴む。
「帰るよ、ラト」
 ひんやりしたラトの指先が僕の手をくるむ。
 僕を見つめたラトは幸せそうに唇を引き上げ、顔いっぱいをつかって微笑んだ。