(2) 「義晴」 「ナンだ、またオソクかと思っタ」 いつも通りの素っ気無い言い方で出迎えてくれた眞知を見て、ため息がこぼれた。顔も見えないほど高く積まれた古書を抱えた眞知は、そのまま立ち止まりもしないで前を横切って行く。本を運ぶ途中に玄関で音がしたから寄ってみた、ということなんだろうがせめて顔ぐらい見せてくれても良くはないだろうか。情けないような仕方ないような気分になりながら外套を脱ぐのをやめ、靴のまま眞知の後を追いかけた。ついでにしても出迎えてくれたのは嬉しくても、前も見えないで歩き回るのはやめさせなくてはいけない。 「嵩を減らせ」 「ダイじょオぶ」 眞知は易く請け負って、止まりもしない。大丈夫ではないから言っているのに、その応えはどうだろう。足元どころか進行方向も見えていないはずなのに、眞知の足取りには澱みがない。 首筋も足のラインも到底大人のものでなく、伸びやかといえば聞こえはいいが、禁欲的といっても差し障りない眞知は十代始めに見える見た目。その容姿から云えば妥当なのだとしても、抱えれば腕の中にすっぽり収まってしまう小柄さはどうみても頼りない。が、眞知は怪力だった。だから前が見えないほどの本を抱えていても大した重さを感じていないのだろうが、そこらじゅうに瓦礫がある住環境ではそんなおまけ、信用に足らない。 「転んだらどうする、大怪我だぞ」 「ン?ありがトウ」 抱えられた古書の大半を持つと、眞知は自己主張の薄い顔に嬉しそうな笑窪をうかべた。小言は右から左へ流されてしまったが、つい嬉しそうな顔にほだされてしまう。帰宅早々、結局ただの荷物持ちになりさがった。 この廃ビルを住居兼事務所として使って長い。壁が崩れ中の配管や骨組を覗かせていたり床や天井のそここに陥落後の穴があったりと、この建物の中では素足どころか靴で歩くのも危ないが、物置程度に使える部屋が充分あるので気に入っていた。眞知から引き取った大量の本をその中の1つ書庫にした部屋に入って、この廃ビルを見つけて感動したのを虚しく思い出す。ここを去る日が来るとしたら、崩壊でなく手狭になってからの方が現実味があるのだろう。最近使い始めたばかりの新たな書庫は、もう元がどれぐらいの広さだったのか見当もつかないほど本で埋まっていた。 「おい、…ここにして1週間経ってたか?」 「ううン、でも、候補アリ」 候補を用意しているところがさすがだが、そんなところには感心したくない。上下横、見渡す限り本しかないので一瞬、本なのか紙の山なのか分からなる。これだけの量を1週間足らずで読破したとは誰も思わないだろうが、それどころか眞知はここにある本のたった1冊をも読み始めていないはずだった。数多くある収集癖の遍歴からして、眞知には収集が満足行くまでその収集物に手を出さない習性があった。 「…、眞知、いいか、こういった部屋を居住スペースの上には作るなよ」 「ウン」 「じゃ、飯だ。いいのが入ったんだ、旨いぞ」 出されたものは何でも食べてしまう眞知は可も無く不可もなくといったふうで無造作に肯く。本を読む時期に入ってしまったらろくに食事も摂らなくなるので、今のうちにたくさん食べさせてしまうつもりだった。そうと思えば一刻も早く支度にかかりたい。本の山の中に抱えてきた本を加え、慎重に扉を閉める。どんなに物を集めても一度も床を抜けさせたことがないのが眞知だが、有り得ないとも言えない。だが、そんな配慮は眞知にはないらしい。戻る道もなるべく大人しく歩いたが、傍を行く眞知は崩れ掛けの天井を興味深そうに眺めながら相変わらず何の澱みもない足取りで平然とする。比較しようがないほどの年の功がある相手に無用の心配をしているだけかもしれないが、やはりせめて前方を注意している素振りを見せながら歩いて欲しいものだった。 |