「今回の依頼ってなに?」 僕はわくわくしながら、紘一たちを見る。 内容を知りたがる僕に柊の大きな手がふたたび髪をかきまわして、円座に並べ直したソファのひとつに僕を促した。 紘一を起点にして、右回りに柊、秀次、僕、和葉、七矢、早月の順に腰を落ち着ける。僕と和葉は大きめのソファに並んで座り、紘一の正面辺りに陣取った。ちびっこ仕様というか幼かった頃はそろって小柄だったので、僕と和葉は一緒くたにされることが多い。 「さて」 紘一の心地よい低音が、僕たちの空気を少しだけ引き締めた。 緊張とは違う、目が覚めるような感じ。集中できるって言うか。 その依頼を受けるか否かはみんなが集まって決めることもあれば、依頼の窓口役を請け負っている紘一から、受けた後に話を聞くこともある。今回は後者だから、紘一が伝えるのは依頼内容とその作戦方法。 「まず、今回は依頼者の希望にそって、1名ないし2名の潜入型とする」 「見えるところで動け、かつ人数は少なくってことねー」 七矢の言葉に紘一が頷く。 大抵は誰にも知られることなく片付けたいので、僕たちにも隠密行動で、みたいなことが多いんだけれども、時にはこういったふうに、依頼を受けたことを気づかれないようにしながら、依頼者の監視の目が行き届く場所でしか活動しないように、みたいに言われることがある。 「後ろ暗いところがあるんだろ」 そう言うときには秀次が言うような理由が多い。まあ、そういった後ろ暗さがない依頼人の方が珍しいけどね。 僕たちにもそれぞれ向き不向きがあるので、依頼内容によっては多少こちら側の都合を優先して貰うこともあるけれど、紘一の口ぶりではそんなことをするまでもない小さな依頼らしい。 「残りは全員バックアップ?」 「一応そういうことになる」 僕は小さくため息を吐いた。 何かあればすぐに出られるようにはしてあるけれど、僕の出番なし、という依頼はけっこう多い。人数制限がかかっている依頼なら尚更、留守番だけで終わってしまう。 「後方支援ばっかり、あきる」 「そう言うな。今回は眞冬が主役だ」 びっくりしてぽかんと口をあけると、紘一たちが苦笑いをうかべた。 最近多めだった柊と秀次メインのものだと力任せの体力戦、そこに七矢が加わるとえぐみが増して、紘一と早月だと緻密な計算なんかを必要とする頭脳戦。そこに和葉が加われば、攻守がバランスよく必要なんだな、ということが分かる定番の班分けがある。 ただし僕をのぞいて。 僕の場合みんなの中継ぎ役であることがほとんどで、全員の意識を繋げてやりとりできるようにしたり、特定のものから残留している意識やらなにやらを読み取っておくこととか。つまり外に出るよりはバックアップ専門で。それだって大切な役目だとは思うけれど、たまには現場に出て活躍してみたい。僕が中心になって動く、なんてことはとても珍しかった。 「あー…、良かった。眞冬と離されるとやる気ででないしー」 七矢がふう、と大きなため息をはく。 「離れてたのって、ちょっとだけでしょ」 僕はその七矢に呆れた顔を向ける。具体的には2日ぐらい。空間移動能力がみんなやけに高いせいか、依頼中で外出しててもまめに戻ってくるんだよね。なま顔見に、なんて言って、さっきまで僕と意識を繋げていても、平気な顔で現れる。 「春継さんね?あの人も相変わらず美人だよねー」 「会ったの?七矢」 七矢はゆるく首を振って否定する。 会ったと言うよりは見てた、が正しいなと呟いた。 「んー、まー、こわいわ、あの人」 「おまえのやり方がエグ過ぎるんだろ。適当に手足吹っ飛ばせば良いものを」 「えー…、大怪我させたり殺す方が簡単なんだよー?」 秀次のにらみに、七矢のとぼけ顔が返る。 気が短い秀次と一線をこえやすい七矢と、けっこうやることは似ているけどね。まあ、ふたりの場合、骨1本だけのはずでもギリギリの範囲を見極めて+αをつける秀次と、後で治しておくつもりで余分にやっちゃう七矢、みたいな、ささやかな差はあるんだけど。 「はいそこ、にらみ合わない」 「依頼説明が進まないだろうが。てめら外すぞ?」 早月と柊の仲裁が入り、みんなの真ん中に画像が映し出される。 光学的な技術ではなくて、紘一や早月が得意としている幻影の一種。 どこからでも同じように読み取れるそれを眺めて、僕は首を傾げた。 「…紘一…ぼくの、出番…変更、可?」 「一番手は和葉か。俺の振り分けが不満か?」 僕の隣で和葉がふるふると首を振って、不満はないことを示してからちらっと僕を見る。 「ぼくも…、眞冬と一緒が…いい」 「それならオレもオレも。学生役希望。まだ平気だと思うし」 「似てない方が兄弟っぽく見えるぜ。弟を迎えに来る兄貴とかどうよ」 七矢と秀次がはいはいっと手をあげて自己主張する。 3人で好き勝手に話し出したものだから、けっこううるさい。 そうなることははじめから分かっていたみたいに紘一がそ知らぬ顔になり、早月がうるさそうにする。柊は楽しげだ。 「ちびっこども、ちょっと聞くが、そうやって放り出した役割は誰がするんだ?俺か?」 「柊はでかい怖いで、眞冬近くの役は向かないだろ」 「言うねえ。秀次クン、60分まるまる俺の顔を見つめてみるかな」 柊はやると言ったらやるだろう。 柊に視線を合わせたまま外せなくなること1時間。僕としてはその間じゃれていればいいので大したことはないけれど、秀次はあからさまに嫌そうな顔になる。 「あはは、ならどっちの頭の上にもりぼんつけてみない?吐くよう」 「七矢おまえ、いっぺん沈め、2度と浮いてくるな」 「言っておくけど、秀次よりうまく泳げるよ。空間渡るのも。ね、眞冬。秀次の移動って荒いよね」 「荒いと下手とは別だろーが」 秀次の語尾が荒くなる。ここで収めておけばいいのに、七矢がわざとらしく僕に目配せをするものだから、秀次が切れた。 袋に勢いよく空気を入れたような破裂音をたてて、部屋中に綿が散る。ソファにもたれかかっていた七矢がずるりと床に落ちた。座っていたクッションがはじけたらしい、といのは、綿と一緒に落ちてくる端切れに見覚えがあるから。 「壊すな」 ため息混じりの紘一の声で、白いかすみが七矢と秀次に引き寄せられる。 もがふがと口もとに綿を張り付かせたふたりがあがいて、床に転がった。それを仕方なさそうな顔をして隣の早月や柊が救出するのを横目に、僕はもう1度じっくりと画面の上をたどる。 「ぼく、が…ぼくが…最初…に…」 けれどそれも半ばに、あー…と思いながら隣を見る。 和葉が言い出したことなのに回答も得られず妨げられたものだから、和葉がすっごく不機嫌だ。斜めにひき結ばれた口もとは今にもはち切れんばかりの不満をにじませている。 「和葉、僕の中で一緒にいよ?実際にそばにいなくたって、さびしくないよ」 「で、も…。楽しい方が、いい」 「僕は楽しいけどなあ。和葉に手伝ってもらえるのって、すごくうれしい」 和葉を抱きしめて、不穏な空気をしみだす口もとに口づける。 途端に懐いてきた腕が満足するまでそうしておいて、僕は紘一を見た。 「質問。紘一」 「ああ、どうした?」 「僕は学内に潜入するんだよね?」 「そうだ。学生証その他は手配済み。依頼主の希望で、転入生という形を取ることになった」 「清花第二中学校(女生徒役)って書いてあるけど?」 「不満か?」 「んー…、制服、私服校?」 「制服だよ」 画面が切り替わり、学校案内か何かだろう優等生然としたふたりの少女の写真が映し出される。夏服と冬服だろう。今の時期なら紺のセーラーに紺のスカーフで、靴下は黒か紺かな。 「かつらにする?」 「今ぐらいの長さでもかまわない気はするが、一応、セミロングとロングで用意してある」 制服一式らしい固まりが頭上に浮かんで、手もとにゆっくり落ちてきた。かなりの量があって驚く。どうも用意してくれたのは制服だけじゃないらしい。 「着てみるか?」 「着てみる!」 はりきって頷き、シャツの釦に手をかけた。けれど思うように指先が動かない。検診の後遺症だ。 もたついていると見かねたらしい早月が立ち上がって、手早く脱がせてくれる。 「下着もあるね?」 僕のひと言にみんなが寄ってきて、レースが付いた大人っぽいショーツを空中に並べてみせた。 光沢のあるサテンふうのものとか、花の形をしたレースが縁取りされているもの。いったい誰が用意したのかと思えば、柊だ。柊はこういうのもあるんだと僕の近くに次々足していく。 「このビスチェは可愛いね。胸もとのふんわり感がなんともいえない」 「ガーターも合わせてどうだ。なかなかだろう」 空中に浮かべてみるだけじゃ、実際の感じが分からないと言って、早月と柊がこれぞと思うものを一瞬にして着替えさせてくれるのは良いのだけど、Tバックは食い込むし、透け透けしているし。どうみても中学生の下着じゃない気がする。 「胸もとはシリコンパッドか何かで補正するとして。このブラとかいいよねー」 早月と柊がいかに僕の魅力を引き立てる透け具合に話が移った隙に、七矢がすかさず着せ替えに参加してきた。 「七矢、これもいいぜ。黒系もいいが、ピンクと白の花刺繍入りも似合う」 「ぼくは、眞冬に…この…ベビードール……」 和葉がおずおずと、でもしっかりお好みの下着を握りしめて近づいてくる。 言わせて貰えばそれ、和葉も似合うと思うよ。 刺繍がどうの、形がどうのと。女の子顔負けの知識を披露してくれるみんなに、僕は呆れながらも機嫌良く付き合う。 言ってくれればいつだって着てあげるのに、上に制服を着る、ってことに意味があるんだろうか。 仲良く4人で相談をはじめたところで、ひとり蚊帳の外だった紘一に視線を向けた。 「紘一は何かある?」 楽しそうに微笑んだ紘一が着せてくれたのは、中学生が着ていてもおかしくなくて、更衣室でたとえ見られても、かわいいねで済むようなのだ。薄いブルーの布地にカップの上だけふわっとしたシフォンが縁取りされてあり、真ん中にはバラをあしらった小さなリボンがついているブラと、おそろいのショーツ。 「…まあ、これぐらいだよね。着るとしたら」 紘一以外はちょっと不満そうな顔になったけれど、その上から制服を着込み、さあかつらはどうするのか、と尋ねたら、不思議と意見が割れなかった。 みんなそんなに僕のロングが見たかったの…?それも真っ直ぐストレートが? |