「月吹く風と紅の王」



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「お届け物でございます」
 部屋から臨むことが出来るその庭はいつも専任の庭師によって丁寧に整えられている。
 咲き乱れる花々と形や色合いの異なった緑が生い茂る庭は小さな池や東屋が設えられており、季節ごとに違った趣を見せた。
 昼のうちは陽射しがきついので、花青官はルシエを庭に出したがらない。庭を散策する際には日除け用の傘を持つ花青官をひとり、ないしふたり伴っていなければならないので、庭を歩くのは専らに日が傾いてからだ。ふだんのルシエは庭に面した縁台で庭を眺めたり、本を読んだりして過ごす。
 花青官とルシエの他は主人の訪れがあるばかりの部屋だが、縁台のある部屋の入口で恭しく頭を垂れたのは花青宮を含めた王宮内で立ち働く伝令士であり、唯一主人の許しなくても人形の部屋に足を踏み入れることが出来る存在だった。
 届けられたのは盆の上に恭しく載せられた紙切れと一輪の花。
 花の種類はその時々で変わる。
 伝令士から花を受け取るツィーツェを無視して、ルシエは読んでいた本を閉じた。
 与えられた部屋を出ようとしないルシエの暇つぶしはもっぱら本だ。大抵が精霊が扱う力や術についての学術書で、どれも王宮の図書館から特別に取り寄せている。花青宮にも図書館はあるものの、どれもより上品な身のこなし方だとか、主人に気に入って貰える話し方など人形向けの教養の本ばかりなので、ルシエが読みたい本はない。
「ご覧になりますか」
「捨てて」
 苛立たしげにルシエはツィーツェを睨みつけると、花の薫りを嗅ぐのも嫌だというように顔を背けた。
 届けられる花は夜伽を命じる文章のかわりで、紙切れの上にはそれを求める主人の紋章が記されている。そういう決まりになっている。
 ルシエにとっては煩わしいだけだが、夜伽の為に花青宮から王子宮へ渡るのが本式である以上、花青宮から外へ出ても良い、という許しが必要になる。主人が花青宮に訪れることももちろんあるが、それは夜伽のお召し、とは少し違った意味合いを持った。
 ふだん通りツィーツェは紙の上にルシエの人形印を捺し、伝令士に返す。人形ひとりひとり与えられる印を捺すことで、了承した、ということになるのだが、拒めることなどあってないようなものなのでルシエは見向きもしない。
「とても珍しい花でございますよ。王宮の奥にしか咲かないルントリリアの花です」
 いつもいつも花と紋章を寄越して、面倒にならないのかと皮肉じみたことを考えていたルシエは、ツィーツェの言葉に違和感を覚え、ぱっと彼を振り返った。
「………どういう、こと」
「ルントリリアの花は風通しの良いところに咲く、月色の花。きっとお似合いになると思われたのでしょう」
「違うっ、どうして、王宮の花っ」
 エルシェリタが住まいとしているのは王子宮であり、届けられる花は王子宮で咲くものと決まっている。
 声を荒げるルシエに返る応えはただひとつ。
「今宵のお招きは王との連名でございます」
「っッ」
 ルシエは震える指先をきつく握り込んだ。
 青ざめた顔で物静かに佇むツィーツェを見上げる。
 人形が他の主人の夜伽に呼ばれることはない。しかし例外はある。王は王子の持つ人形を呼ぶことが出来た。むろん、主人である王子が許せばだが。
 己の人形を王に差し出す行為は忠誠を示すひとつの手段としてよく用いられるので、決して珍しいことではない。
「な、なんで」
「返印は返し済み、王宮へはお渡りいただかなくてはなりません」
「嫌だ、嫌、……っっ、いやぁ…ッ」
 そろいの服を身にまとう花青官たちが室内に入ってくるのを目に入れ、ルシエはとっさに駆け出しだが逃げ場などあるわけもない。
 隣室へ逃げ込む前に捕らえ、暴れるルシエをツィーツェの部下たちは物慣れた様子で扱い、人形の衣をはいだ。
 王の夜伽を受ける人形は特別の仕立てを施される。
 ぶるぶると震え、許しを請う人形に花青官たちがその手をゆるめることはない。
 恐慌状態に陥ったルシエは仕立ての半ばで意識を失った。




「さあ、ルシエ。ん、と息んでごらんなさい」
「ん、んー…、…あ、うう」
「我が珠はどこだろうな。見えてこないぞ、ルシエ」
「ひっ、あーっ、…あっ」
 身体の奥でふたつの花珠がこすれ、ルシエに苦痛と絶頂感をぐちゃぐちゃに混ぜて与えた。
 エルシェリタがルシエの身体を後ろから抱きかかえて支え、精霊王オルディーアがルシエの秘処を指でいじっては体内にできた花珠を奥へ押し込む。ルシエは主人の胸に背を押し付けるように身を捩ってすすり泣きを洩らした。
 すでに散々弄ばれ、よがり喘いだすぐ後に孕んだ花珠であるために、力むのだがうまく下りてこない。
 王は残酷な笑みをうかべて、上気したルシエの頬に口付けた。
「ツィーツェを呼ぼうか、ルシエ」
「いや、…っ、いや…っ」
「なら自分で出さないとな。それとも我が手伝ってやろうか」
「ッ…、くるしい…もう、や、…いや…」
「よしよし。エルシェリタ、あれを」
「はい」
 うわごとめいた人形の求めに頷いて、王は第1王子に目配せする。
 用意されたのは親指ほどの太さの棒に螺旋状の細かな彫り模様が入れられていた。見慣れないそれを王がひと撫ですると、鈍い鋼色から明るい葉色に変わる。王の気の色だった。
「…っ」
 ぼんやりとそれを目で負っていたルシエは、とろりと綻んだ奥肛に棒があてがわれるのを感じ、息を詰めてこらえた。
 だがそれも変化が起こるまでだった。棒の先が花珠に触れるその瞬間、ルシエは背を弓なりにのけぞらせ、全身をわななかせ、声を上げる。こらえることができなかった。跳ね上がった身体を王はしっかりと押さえ付けた。
 形を変えないはずの花珠が蠢き、襞の奥で膨らんではいびつに歪む。
「ああっ、あう、あーっ、あ」
「よいだろう、ルシエ。頭が真っ白になるか」
「ゆるし…、ゆるし…て、…っ」
「力め。でないとエルシェリタのものも同じようにするぞ」
「う、あぁぁっ」
 力むと変化した花珠を締め付け、ぱっぱっと目の前に白い光が散るような壮絶な絶頂感が襲う。
 きつく反り返ったルシエのものからはすでにとろみが消え、うっすらとした濁りがあるだけの透明な蜜がぽたぽたと滴る。いきたいのに、それだけの蜜が残っていない。
 王は棒を手もとで操り、抜き挿してはぐいぐいと残った珠を押す。
 その度に見開いた蒼い瞳から涙があふれて頬を濡らすのを、王は丁寧に舐め取った。
 息も絶え絶えになりながら、ルシエは背後を支える主人によりいっそう背を押し付けた。
 王はやると言ったら、やる。
 エルシェリタのものも同じようにされる恐怖におののくルシエは腹に力を込めるしかない。
 喉を引きつらせ、ルシエは力む。
 いびつに歪んだ王の花珠がより深く鋭く奥襞を抉る度、狂おしい快楽に苦しみ、よがり泣きながら、ルシエはたっぷり時間をかけてふたつの花珠を生み落とすしかなかった。





「美しい珠だ。このような良い花珠を孕む人形など、めったにいるものではないぞ」
「恐れ入ります」
 後始末まで2人がかりでされたルシエは、王と主人との間で半ば意識を失うように眠り込んでいる。
 王はルシエが生み落とした花珠を手のひらに転がし、寝室をやわらかに満たす光にかざしてその明るい翠色を楽しんでから、口の中に投げ入れた。のみ込んで花珠を取り込む。
 ルシエの花珠は素早く王の中に溶け込み、血肉を癒し、気を高める。
 その独特の充足感に目を細めて、王は珠の持ち主に微笑みかけた。
「月の寵児というらしいな。こういう姿の持ち主は」
 銀混じりの蒼い瞳は閉ざされて見えないが、白い肌に絡む髪の一房を指先に掬いあげて、傍らの息子に視線を向けた。人形においては姿形が優れていることなど当たり前すぎで取りざたにもされないが、ルシエのそれは大勢の中でも一際目を引く。
「風の一族に稀に現れる血です。月神の血が混ざっているせいだとも言われていますが、良く分かっていないのが実情です」
「ルシエの気は少し他と違った味があるが、貴族ではないゆえに血を辿るのが難しい。さもありなんといったところだろう。で、シーゼルエント領のあれはどうなった?」
 国の北側に位置するシーゼルエントは第1王子エルシェリタに与えられた領地である。その為、エルシェリタはシーゼルエント大公とも呼ばれているが、もとは古くから続く小さな王国であり、だいぶ前に精霊王の配下に下ったシーゼルエントには幾つか問題があった。
「未だに血なまぐさい話がくすぶっているようですが、程なく落ち着くでしょう」
「そうか。ずいぶんおもしろい手を使ったようだが、あれはこれがつくったものなのか」
「ルシエの趣味は術組みですから。放っておくと飽きることなく試行錯誤していますよ。なるべく書き留めるよう花青官に伝えてありますので、こちらで勝手にまとめてあります。ご覧になりますか」
「ああ。見たい」
「では、後でお持ちします」
 ルシエのそれは人形の趣味としては全く以て褒められたものではないが、禁止したことは1度もない。読みたいと言えば王宮が独自に集めた蔵書もだす。贔屓が過ぎると言って眉をひそめるものもいたが、エルシェリタが耳を貸すことはなかった。
 目の付け所、術の組み方、どれをとっても他人が容易に真似できない。学術院の教授の中にはその才に惚れ込み、独学のルシエに専門の教育を受けさせたくて直談判しにきたこともある。人形が学術院に通うことなどできるわけがなく、花青宮内で週に数度、個人授業を受けるのがぎりぎり認められる範囲だった。
「例の件だが、好きにして良いぞ」
「ありがとうございます」
 王に向けて感謝の礼をとってから、エルシェリタは寝台を下りた。
 花青官に手伝わせ、衣を素早く身にまとった第1王子に荒淫の名残はまったくない。まるで今まで執務室で仕事をしていたような顔つきであった。
「ひとり戻るか。よいのか。このまま我がものにしてしまうかもしれんぞ」
「お戯れを。それは私の人形。置いていったからといって、譲るわけではありません」
「他を持てば良いだろう。貴族でもないただの風に一の宮の人形務めは荷が重い」
「それがなかなかに、したたかなものですから。そういった心配はしておりません」
「確かに、ああまでも嫌だ嫌だと拒むのはこの人形ぐらいだな」
 微笑みをうかべる王に頷き、エルシェリタは己の人形の額に口付けると、微塵の迷いもない足取りで王の寝室を後にする。見目の良い人形たちに見劣りするどろこかそれに優るだろう麗しい容貌を持つ第1王子を見送って、王は口もとに小さな苦笑いをうかべた。
 彼が己のただひとりの人形に見せる執着心は並のものではない。実際に奪い取ってみたが最後、子に弑されるだけだ。それでは面白くも何ともない。
 第1王子エルシェリタは母似である。王妃は王家に縁のある公爵家の出身で、息をのむほど美しい銀の髪と燃えるような紅い瞳を持つ娘だった。エルシェリタも同じ髪と瞳を持っていて、その美貌たるや母の生き写しと言っていい。
 第1王子を生んだ王の后は我が子の成長を見ることなく死んだ。
 彼女は気の強い女性で、息子と一緒になってひとりの人形を夜伽に呼んだと知れば、きっと冷ややかに目を細め、眦を釣り上げたことだろう。憐れな人形の身を少しは慮れないのかと、小気味よく罵ったに違いない。怒りを孕んだ紅い瞳はまるで砂漠に沈む太陽のようだった。
 先王が選びあてがった人形だったが、彼女を王后に選んだのは王の意志である。
 人形は家族との縁を切るのが習わしであり、后に取り立てられたからと言ってその血縁が重用されることはないが、まったく無関係かといえば違う。自らの血縁が王の傍らで彩りをそえるさまは一定の満足感を与えるし、生まれてくる子どもたちにはまぎれもなく己の血縁でもある。
 王族はその特殊な力や体質の関係上、家系図を辿れば王族の血が混ざっていることが多い貴族の方が人形として仕えやすかった。そういうこともあって、人形は貴族の出が多いのだ。
 王后の第1子はもっとも王に近い王位継承者。彼女自身、人形であったときにはなかった地位や権力を得ることになったが、大貴族の娘にしては野心がなく、花青宮の主権を握ること、王后として大勢の人々をかしずかせることにはあまり頓着しなかった。彼女の興味は常に別の所にあったためである。
 王は后の望みが何か知っていたが、すでに亡いものの望みまでどうこうしようとは考えていない。
「…先に逝くおまえが悪いのだ」
 王はひとりごちて、泣き跡の残る人形の髪を撫でると、静かに瞼を閉じた。



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