「月吹く風と紅の王」



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 エルシェリタが夏至の旅に人形を伴う。
 そのことを報されていなかったのは人形本人だけだったらしい。いや、正しくはルシエが1度もまともに聞いていなかったので、知らなかったことに驚かれたぐらいである。
 花青官らにしてみればもうひと月も前から支度に奔走していたようだった。
 どちからというとただの避暑めいた夏至の旅とはいえ、第1王子には様々な付き合いや仕事が入り込んでくるから、今まで置いてゆかれたのは邪魔だと思ったのだろうとルシエは勝手に思っている。
 ルシエにしていてもその間、夜伽に呼ばれることもなければ、少しひっそりとした花青宮内を好きに散策したりして、ずいぶんと楽しく過ごしていたので、今回もそうなるだろうと心待ちにしていたのだ。できることなら、放っておいて欲しい。
 行かない、付いていきたくない、と言ってもどうにもならないことは分かっていたから、ルシエは口を噤んでいた。
 けれどちっとも気乗りしない人形の様子は主人に筒抜けで、それはあまり良いこととは言えなかった。主人に与えられるものを喜びこそすれ忌避することなど、あってはならない。
 出立の日。朝早くから花青宮に訪れた主人が用意していたものを見て、ルシエは顔から色を失った。信じられない思いで主人を見上げたが、彼は微笑みをうかべてルシエを手招く。受け入れる以外の選択肢はなかった。


「…っ、ぅ…、ッ」
「天馬俥ははじめてでしたね、ルシエ」
 四頭仕立ての天馬引きの俥が空の中を滑るように駈けていく。
 良く晴れた絶好の旅日和だった。窓布をかきあげれば広く澄み渡った青空が覗き、みるみる間に後ろへと流れすぎていく。
 風の精霊であるルシエは雲に住む天馬のことは良く知っているが、俥を使って移動したことはないし、扱いが難しく高価な気石を食べる天馬に俥を引かせるのは王侯貴族ぐらいだ。
 俥に象られた王族紋は隠してあるとはいえ、さすがに精霊王の王子ともなれば用意する荷物も随行する人数も半端ではなく、かなりの大所帯だった。俥も通常使われる4、5人乗りのものの10倍ぐらいはあり、それぞれの役目にそって違う俥が用意されている。王子の俥に同乗するのは王子と人形、花青官だけである。
「どうですか、おもしろいでしょう」
「……っひ、あ…、ぁ」
 突風に車体が揺れる。
 ルシエは手足を結われた苦しい身体をもぞつかせ、じっとりと汗にぬれた肌を俥の床に押し付けた。
 体内に圧し込まれた淫具が揺れのせいで角度を変え、やわらかな後孔をえぐる。
 埋め込まれたものの形を余すことなく味合わされ、背筋を這い上がる重たい痺れに根元を戒めの環できつくしめられた自身から、蜜をにじませて細切れの悲鳴を上げた。
 俥の中は贅沢な調度品で整えられている。
 ゆったりと寛げる長椅子から机、やや小さいが寝台や顔を洗える台もあり、移動中の不自由さをさほど感じることなく過ごすことが出来るようになっていた。けれどもルシエはそれを楽しむことなど出来ない。
 ルシエはエルシェリタが座る椅子の近くの絨毯の上に転がされていて、すすり泣きながら息を上げた。
 決して辿り着くことができない高みに焦れ、淫らな熱に苦しむ人形の様子をエルシェリタはじっくりと楽しみ、薄く微笑みをうかばせる。
「ツィーツェ、お茶を淹れてくれますか」
「はい、かしこまりました」
 エルシェリタは人形相手だろうが、父王相手だろうが、丁寧な口調を崩すことはない。
 話しぶりがどんなに優しげでも、エルシェリタが身にまとう雰囲気に鋭く冷たいものが混じるのをルシエは良く知っている。
 そもそもエルシェリタはどんなに丁寧に優しく話していても、そこには拒否を許さない命令が加わるので、へりくだったふうには全く聞こえないのだ。
「ルシエも喉が渇いたでしょう。いらっしゃい」
 手招く主人を見上げて、ルシエは身体を這うように動かした。涙や汗でぐちゃぐちゃに濡れた顔を晒し、恐れや諦めを感じながら、ゆるゆると主人に近寄る。
 ツィーツェが用意したのは炎のような朱色をした火茶で、涼やかな喉ごしを殊の外気に入ったエルシェリタが愛飲しているものである。
 ルシエは後ろ手に腕を縛られているので、茶を飲もうにも椀を受け取ることが出来ない。
 解いてくれるのだろうかという淡い希望は、エルシェリタの膝上に座らされて儚く消える。
 エルシェリタはひとくち火茶を含むと、そのままルシエに口づけて流し込んだ。
 くちゅりとした音をたてて舌を絡められ、唇を甘噛みされる。
 ひとくちでは足りないだろうと思ったのか、繰り返しお茶を口移され、ルシエは懸命になってそれをのみ込む。
 歯列をひとつずつ舐められ、口腔を舌でなぶられると眦に涙がうかんだ。
「……、う、ぁ…」
 お茶を椀の半分ほど与えられ、火茶の涼やかさが身体に染み渡る、けれどその分、新たな熱がルシエを苦しめる。
 ひと息つくところを、胸の尖りを摘まれルシエは背を仰け反らせた。
 人形になる前は何の意味もなかった胸の粒は繰り返し爪を立てられ、いじられて、そっと触れられただけでも固く芯が通ってしまって、恥ずかしさに頬に血が昇った。
「少しいじっただけで、こんなに尖らせて。気持ちよさそうですね、ルシエ」
 主人の目配せに応えて、ツィーツェがそっとルシエのそばに寄り、後ろからルシエの身体を抱き上げた。
 身体の奥に埋め込まれた異物を引き抜かれる。
 ほっとしたのも束の間、きつく反り返った主人のものがあてがわれて、抗う間もなく勢いよく狭い襞を圧し拡げられたルシエは首を捩って涙を散らした。
「や、…、ぁ、いや…ッ」
 使われていた淫具は細かったので、難なくというには抵抗がある。
 裂けそうな程ではないにせよ、主人のものを受け入れるには緩みが足りない。
 エルシェリタは深く奥まで入り込んで襞を拡げ、後肛の中でこまかく揺り動かした。
 淫具と根元の戒めによって達することが出来ない快楽の渦に堕とされていたルシエの身体は、待ち望んでいた張りと固さに全身を震わせたが、未だに身体は拘束されたままだ。
「はず、し…痛い、身体…ぁ…あ…っ」
 望んでいた以上の刺激に固く前が張り詰め、とろとろと蜜が滴ったがそれ以上は無理だ。行き場のない熱がルシエを苛む。
 すすり泣きを零しながら、腰から這い上がる熱に浅く息を吐き出した。
 視界が灼けて、ただエルシェリタの熱や硬さだけがはっきりとして、意識から外そうとすればするほど、その固まりを甘くはんでしまう。
「ツィーツェ」
「はい」
 ようやく解放された腕をエルシェリタの背に回し、ルシエは全身を駆け抜ける歓びに全身を震わせ、先端からぱたぱたと蜜を洩らして達したが、未だ力を失わない高ぶりが体内を抉り、首筋に舌を這わされると、それだけで再びルシエのものは勢いを取り戻してしまう。
「そこ…そこ…い…、いや…っ」
「また膨らませて、我慢できませんか、ルシエ」
「あー…ぁ、あ」
 精を出し切る前にぐっぐ、ときつく指先で揉み込まれ、ルシエの背がきつく反り返った。
 喉をひくつかせて甘く潤んだ声を洩らし、ルシエは意識を蕩けさせる。
 はじめて乗る俥のことなど、楽しめるはずがなかった。





 旅先であるため花珠をつくらないようにするための抑制薬を与えられていたが、飲み始めたばかりなのでうまく効かなかったのだろう。普段通りの流珠の支度を見て、ルシエは喉を引きつらせた。
 涙があふれて落ちる。
 素であればあるほど、粗相をする辛さが身に染みてルシエを強張らせたが、構うものなど誰もいない。
 珠を流すために入れられた薬液がもたらす腹部の痛みに、ルシエは脂汗をうかべてきつく唇を引き結ぶ。こまかく息を吸って痛みをやり過ごしながら、懸命に時を数えた。
 長く花珠を孕んだままいるといろいろと障りがあったし、自然排泄が人形の気を損なわせるだけでなく、その際に花珠がもたらす快楽は強すぎるため、人形の神経を摩耗させる。
 むろんだからといって流珠がいいとはいえない。
 体内に孕んだものを薬液によってじわじわと溶かされ、排泄する。その苦しみと恥ずかしさはなかなか慣れるものではなかった。
「ルシエ、大丈夫ですよ。さあ、出してしまいなさい」
「ぃや、いや、ゆるして…、ぁ、ぁああ…っッ」
 両膝をついて腰をうかし、その身体が倒れ込まないよう正面から主人に抱き込まれたルシエは、指の先ほどの小さな珠に苦しみ、身を捩りながら下肢を汚した。
 エルシェリタはぽろぽろと涙を落とすルシエをなだめながら、花青官らと共に手際よく流珠の始末をする。
 花青官らはエルシェリタが作業に加わることに慣れているため、戸惑うこともない。
 広く贅沢なつくりをしているとはいえ、俥の中でのことなので、いつものようにはいかない作業をつつがなく済ませるために細々と立ち働いたあとは、主人のもとに人形を残して席を外した。
 幕の向こうに殆どの花青官らが下がっても、ツィーツェは残る。彼の手を借りて、ルシエの汗をきれいに拭ったエルシェリタは、小振りの寝台の上にルシエを横たわらせ、肌に張り付いた髪を掻き上げた。
「珠を孕むのも流すのも、ルシエほど数をこなした人形はいないでしょうに。ちっとも慣れませんね」
 苦笑が混ざり込んだエルシェリタの言い方に、ルシエはむっとする。
 花珠を必要としないのなら、中にだすなとルシエは言いたい。そうしたら孕まずに済む。
 何度そう言ったことか。たったの1度もそのささやかなルシエの願いが叶えられたことはない。
「…………」
「口をあけなさい。そう、よい子ですね」
 まるで主人の影のように立ち働くツィーツェが、エルシェリタに小皿を差し出す。エルシェリタはルシエの首の下に腕を入れ軽く抱き起こすと、匙ですくった薬をルシエの口もとに運んだ。顔を背けて嫌がる唇の先を匙の先で突いて促し、口に含ませる。
 主人の精を受けてこそ、人形として意味がある。王族の人形であるからには、それはぜったいだ。
 本来の性質を枉げ、精を受けても孕まないようにする為の抑制薬はひどく苦い。小さな匙で3回ほどすくえば終えるが、あまりの不味さにルシエの胃は引きつりそうになる。
 エルシェリタはルシエに薬を与え終えると、火茶を含ませ、吐き出させた。1度だけでは味を消すことが出来ないため、繰り返す。何度かそうしてようやく、口いっぱいに広がっていたまずさが和らいでルシエの強ばりが解けた。
「よくがんばりましたね」
 こういう時のエルシェリタはずいぶんと優しい顔をする。
 いいようにむざぼられた疲れと流珠でとろとろと瞼を落としながら、ルシエは寝台に腰掛けたエルシェリタを見上げた。
 かすかな振動と共に空を往く俥は、すこし高度を上げたようだ。気圧の変化を感じ取ったルシエは耳を澄ましたが、俥の下にはただ森が広がるようで、吹きすさぶ風に大した変化はない。
「マヴィエスト城って、まだ…?」
「一日では着きませんよ。その前のルピトで泊まります」
「そうなんだ…」
「この辺りなら、ルシエも来たことがあるのではないですか?」
「あるよ。…もう…、あんなに早くは飛べなくなっていると思うけど…」
 少し嫌みったらしく返したつもりだったが、エルシェリタは薄く微笑んでルシエの傍らに上半身を倒した。
 主人と人形が隣り合って寝転ぶと、ぴったり肌が触れ合うような小さな寝台だ。どちらかといえばひとり用なのだろう柔らかな厚みが、ふたりぶんの重みを受けてゆるやかに沈んで、エルシェリタの銀の髪がわずかに広がる。
 滑らかな肌触りの布を贅沢に使い、まるで綿糸雲のように柔らかで軽やかで、心地よい寝心地はとても俥の中とは思えない。
 安らかな心地にさせてくれる寝台。すぐ外を奔る風と共に往く乗りもの。
 ルシエには不思議だった。風と共にいるのに肌には触れず、ただ音と気配がある。天馬俥はかなりの迅さで飛ぶので、窓を開けることはない。
 風の精霊であるルシエのいちばんの楽しみは空を駈けることだった。
 時には早さを競い、より遠くまで行くことを競う。
 ルシエの一族は定住地を持たない空渡りと呼ばれる一族だったから、特にその傾向がつよく、人形にでもならない限りこうまで自由に空を渡れなくなることはないはずだった。
「空を駈けたいのですか」
「…愚問。僕は風だもの…」
「ルピトからマヴィエスト城までなら、かまいませんよ。俥を降りて飛んでゆきましょうか」
 思いがけない申し出にルシエはぱっと喜色をうかべ、じわじわと訝しげな顔になった。
 王子と人形が俥を使うのは、そうするのが貴人のたしなみと考えられているからだ。
 むろん、安全性の問題もある。
 俥をでて空を行くとなれば、警護役は全方向に注意を向けなくてはならず、気が休まるところがない。エルシェリタは身の回りに護衛を配置して、四六時中付きまとわれ、私生活との境目があってないようなものになっても、まったく厭わない。その方が警備をする方にとっては楽だし、王子の義務だと思っている。
 ルシエにしてみれば護衛を厭い、人目を避けてくれる方が気持ち的には楽なのだが、第1王子という身の上には必要なことなのだろうともうっすらと理解していた。そもそも人形そのものが花青官が傍にいなければ何も出来ないので、こういうものなのだと分からざるを得ない。
「…いいの?」
「ええ、たまには飛びませんと鈍りますしね」
「ありがとう、エルシェリタ…」
 夢うつつで応えたルシエの瞼が落ちる。
「おやすみ、ルシエ」
 寝息を立てだした人形の上に毛布をかけて、エルシェリタは新しく淹れ直した火茶に口を付けた。



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