「月吹く風と紅の王」



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 わずかに灯りを落とした室内からは、夜にうかぶ月の姿が良く見えた。
 夜の蒼さの中にふんわりと漂う小さき者たちの姿が闇に融けては、月明かりに照らし出されて、空を行き来する。精霊よりもか弱く曖昧なものたちはふだんは隠れていて、滅多に姿を見せない。もともとあんまりにも存在が確かではないので、見ることも難しいが、ルシエの目は時折彼らの姿を映す。
 今夜は特に良く見える。
 不思議と朝や昼よりも夜の方がルシエにははっきり捉えることが出来た。調子がよい時はほんのり光を帯びて見えるから、余計に見やすくなるのだろう。
 夜闇の中を通り過ぎていくうっすらとした光の群れを眺め、ルシエは腰掛けた寝台から立ち上がり、窓布を引いて視界を覆う。殆ど意思のないものだと分かっていても、これから起こることを見られたくない。
 少しでも気を落ち着けようとあらかじめ用意してある水差しの傍に寄ったルシエは、室内の灯りが大きく息を吹きかけられたように揺らぐのを見て、はっとした。
 先触れである。この部屋に主人か近付いている印だ。
 本当なら扉の前で出迎えなければならないが、誰もいない室内でじっと立ち続けることの心細さは、たとえようのないものである。夏ならともかく冬になれば、幾ら室内を温めても足もとから這い上がる冷気を防ぐことができず、凍えながら待つことになるから、人形にとっても主人にとってもあまり良いことではない。その為、あくまで規則として教えてはいても、一の宮の花青官たちはしなくても良い、とルシエにはっきり告げていた。
 彼らが唯一ルシエに求めたのは、部屋を出ないこと、それだけだった。
 だからルシエはいつも、先触れを見た後は天蓋から下がる薄布の中へもぐり込り、寝台の上に座り込む。息をひそめ、瞼を塞ぎ、鼓動の音だけを頼りに時を数えた。
「ルシエ」
「………っ」
 あらかじめ分かっていたはずなのに、訪れはいつも唐突だ。
 ルシエはびくりと肩を揺らし、膝を抱え込んでいた手をそろりと離す。
 布をかきあげ寝台へと入り込んできた紅の双眸を見上げ、何の気配もなくあらわれた主人の姿にルシエは全身を固くこわばらせた。
 盛大な先触れと同時に賑々しくやって寄られても困るだろうが、いつももう少し心の準備が欲しい。 
「いつにもまして、緊張しているようですね。待っているのは辛かったですか」
「…そ、んなこと」
 エルシェリタはルシエの頬に手を伸ばし、軽く撫でる。
 わずかにひんやりとした指先の感触にルシエの心臓はぎゅっと縮まり、鼓動が上がった。ルシエはわずかに顔を背けて否定とも肯定ともとれる言葉を小さく返す。
 訪れを待つのは待つ間の時間が辛い。
 赴くのは赴くまでの時間が辛い。
 どちらもどちらで、ルシエには選ぶことなど出来ない。
 ルシエのそうした感情など端から承知済みのエルシェリタは優しく目を細め、応えられないルシエの唇をそっと啄む。
「そう、ならば次は招いてあげましょう」
 応えがないならば良いようにとるだけ。エルシェリタの対応はきっぱりとしている。一瞬文句を言いたげにひらいた瞳を覗き込み、エルシェリタはルシエの胸もとに指先をかけた。
「………エル、シェリ…、タ」
 肌が透けそうに薄い人形の衣は幾つかの留め紐を外せばあっさりと肌があらわれる仕組みになっていて、主人の手を煩わせず、脱げようになっている。
 薄い衣の下に下着はつけておらず、ルシエは肌身を覆っていた唯一のものをはぎ取られた心許なさに寝台の敷き布を引き寄せようと足掻く。
 エルシェリタはやんわりとその手を捕らえて、指先から布を引き離して微笑む。
「そういえば、ずいぶんと懐いているようですね」
「な、…に」
「アンセルです。彼に舞を教わっているでしょう」
 ときに冷たさや鋭さを含む双眸は優しい色をたたえており、穏やかな面差しを覗かせていたが、ルシエの腕は困惑げに瞼を伏せた。腕はしっかり掴まれたままで、びくともしない。
「は、離して…痛い」
「彼がマズスギルということは知っているのでしょう。恐ろしいとは思わないのですか。ルシエ程度ならすぐ消されてしまうでしょうに」
「そんなの」
 存在を消されるほどの力のつよさなら、王族も同じだ。
 そもそもアンセルはむやみにそのような真似をするような人には見えない。気の荒い竜種もいるが、彼は違う。
 ルシエは彼の持つ強烈な気の気配を恐ろしいとは思っていない。だからかもしれないが、害されるかも知れないなどとは一度も考えたことがなかった。
「アンセルは…、そんなことしない」
「どうしてそんなふうに断言できるのです?」
 出会ってそれほど時間も経っていない。
 幾ら人見知りをしない性格だとしても、あまりに短い間だろう。
「でも、舞を見ていれば…分かる。ものすごく芯の通った人だって思う。そういう人がむやみに人を傷つけるとは思えないし、それに、彼はエルシェリタと…親しいのでしょう」
「アンセルがそう言ったのですか?」
 怪訝な様子のエルシェリタに、ルシエは読み間違えてしまったのかと思ったが、おずおずと首を横に振った。そうだと言われたことはない。ルシエがただ勝手にそう思っただけだったが、自然に感じたことだった。
「何となくそんな気がして…。ふたりで話をしている時に、そうだと…」
 昔から知り合いのような、独特の気安さがお互いにあるような感じがしたのである。
 ごくわずかなものだったし、単に気が合うというだけかもしれないが、少なくとも彼らはお互いに気を許し合っているように思えた。エルシェリタがそのような表情を見せることは少なく、ルシエも珍しいなと思ったから、妙に印象がつよかった。
 それをそのまま正直に言うと、エルシェリタが口もとゆるめ、涼しげな目もとを細める。出来の良い生徒を褒めるように大きく頷いた。
「なるほど。確かに私と彼は古い知り合いです」
 思っていたことが間違いではなくて、ルシエはほっと胸を撫で下ろす。
「ですがそれとアンセルへの信頼は別の話でしょう」
「それはそうだけど」
 ルシエも別に、エルシェリタが気を許しているから、あるいは親しいから彼が安全な人だと思っているわけではない。
 それが多少のきっかけにはなっているかもしれないが、どちらかというとルシエがアンセルに対し、ますます打ち解けるようになったのは、エルシェリタのような人と親しくしている相手に敬意を抱いたことにある。
 もちろん、そんなことを真っ正直に口にすればさすがに怒らせるだろうから、ルシエは口を噤むが、穏やかな物言いをするエルシェリタが思いの外きつい性格であることは、少し付き合えば分かることで、にこやかに嘘をつき、美しい顔で毒を吐く、こんな付き合いづらい相手に優しい表情を崩すことにないアンセルは素直に凄いと思うのである。
「ルシエ」
「…なんでも、ない…、っ、あ、…ゃ」
 少し黙りすぎただろうかと慌てて首を振りかけたルシエは、のし掛かってきた体に身動きを封じられ、体をばたつかせた。
 薄く敏感な耳の後ろに舌を這わされ、手のひらで太腿の内側をさすられたルシエはびくんと体を震わせる。
「あ、…や、…んん」
 手のひらと舌を使って、首筋から胸もと、下肢からへその窪みまで丹念に撫でられ舐められると、焦れったい火照りがわき上がってくる。
 胸の粒を指で摘まれ、引っぱられながら爪を立てられると、ルシエの中心部がずくりと疼いて、息を引きつらせた。
「固くなってきましたよ、ルシエ。つんと尖って、まるで噛んで欲しがっているように見えますね」
「や、あ…、噛まないで、…っあ、あ」
 押しのけようとする手のひらをやんわりと掴まえたエルシェリタの手のひらが、指の腹をくすぐり、胸を離れた舌先が指に絡み、付け根から先を甘噛みしてくる。そうされると頭の奥がぼうっとなって、ぴりぴりとした快感が走った。唾液で濡れた胸の粒に芯が通って、痛いほど凝ってしまうのが恥ずかしくてたまらない。
 より頬を染め、息を上げる箇所ばかりを狙われたルシエは、もがき、抗いながらも細く喘ぎをもらした。エルシェリタの指先から甘い痺れをもたらされ、舌先からはねっとりとした歓びを呼び覚まされて、視界がじんわりと潤む。
「足を開いて、両手で持ちなさい」
「………、っ」
 冷や水をかけられたように動揺し、辱めを拒むように唇を引き結んだルシエは、再び囁きかけられた同じ求めに声なく首を振った。
「ルシエ、できるでしょう?もうこんなに前を固くさせているではありませんか」
 やんわりと持ち上がった高ぶりを隠すようにもぞつかせた足が、エルシェリタに掴まれる。ルシエはひっと息をのんだ。
 エルシェリタはそのまますいと手のひらを滑らせ、ルシエの高ぶりを手のひらでくるみ、蜜に濡れた小さな窪みを抉るように爪を立ててルシエを悲鳴させる。そうしながら素直な先端からぷくぷくと透明な雫があふれ落ちるのを引き延ばすように、しつこく指の腹を擦りつけ、ふたつのふくらみごときつく揉みしだきながら、片方の手で胸の粒をきつく摘む。
 たまらない感覚だった。ルシエは身を捩りながらすすり泣きをもらした。
「や、あ…っ」
「さあ、やりなさい」
「ん、うう…」
 恐れで身を震わせながら、ルシエは頑なに首を振る。
 ただでさえ快楽に喘がされているのに、奥肛をいじられたらどうなってしまうか分からない。それに自ら進んで受け入れるための形を作ることは、ルシエにとっては到底応じられることではなかった。
 エルシェリタは片眉をついとつりあげてから紅い瞳を細め、枕元の鈴に触れる。
「お呼びでございますか」
「ええ、今日のルシエは少々聞き分けが良くないようです。あなたが代わりにルシエの足を広げなさい」
「…あ、あ、お願い、…近付けさせないで、や、いやっ」
 無造作に足に触れた手のひらにおののき、ルシエはそれを振り払うようにばたつかせたが、手慣れた腕によって寝台の上に押さえ付けられればお終いだった。
 ルシエは観念したように天蓋を見上げ、自らの太腿に腕を入れると、大きく足を広げた形で抱え込む。
 腰が浮き、浅い切り込みが空気に触れるのが分かる。
 思わず腕を放して足を閉じてしまいそうになったが、傍から馴染みの花青官の気配が消えず、ルシエは息を殺すようにして堪えきった。
「ツィーツェ、糸珠をここへ」
「はい」
「な、なに…」
「そのまま足を開いていなさい。良いというまではそうしているのですよ」
 前もって用意されていたのだろう。すぐに恭しく運ばれてきたものをエルシェリタの手に渡される。
 仰向けで足を抱えたままのルシエはそれを見ることが出来ないかわりに、硝子が擦れ合うような音やふんわりと香る匂いに怯え、ただ恐ろしさで体を細かく震わせた。意識はつねに足もとのエルシェリタに向かい、天蓋の布を上げ、傍らに侍ったツィーツェに向く。
「…っ、ふ」
 待ったのは、そう長い時間ではなかっただろう。
 不意に固く窄まった奥孔に指があてがわれ、そろりと挿し入れられたとき、半ば覚悟はしていたものの、ルシエは衝撃に息を詰まらせた。体内を暴く指を拒んで背筋をこわばらせたが、たっぷりと香油を絡めた指先は難なくルシエの後肛にのみ込まれる。
 異物を含んだ奥襞は、圧し拡げるように蠢く指をぎゅうっときつく締めて、まざまざと指の形を感じ取ってしまう。それに狼狽し力を抜けば動きやすくなった指は勢いを持って敏感な襞をなぶるために、ルシエは息をすることも吐くこともままならず、苦しげに身を喘がせた。
 指は抜き差しを繰り返しながら、その度に新しく垂らした香油を継ぎたし、指の本数を増やす。辺りにちゅぷちゅぷと濡れた音が響くようになると、ルシエの奥肛はすっかり綻び、薄朱の襞をわずかにめくれさせて、淫らな姿を見せるようになった。
「ひくついて、物欲しそうに喘いでいますね」
「あ、あ、…ぅ」
「これほど解ければ、むしろ物足りないぐらいかもしれませんね。ご覧なさい、きれいな珠でしょう。これからこれをルシエの中に入れてあげますからね」
「…っ、ひ」
 エルシェリタが見せつけるように手の中のものをかざす。透きとおった珠を連ねた紐状のものである。小指の先ほどの小さな珠から、親指大のものまであり、それがばらばらに組み合わされていた。
 最初の珠がルシエの入り口にあてがわれ、火照った体内を圧し拡げるような動きで、するりと入り込んでくる。
 それほど違和感をもたらすことがない大きさにほっとしたのもつかのま、糸に繋がれた珠が次々に押し込まれ、大きな粒が小さな粒を押し合い、内襞を歪めるようにぶつかりあうと、敏感な襞にたまらない刺激が襲い、苦しさに喘ぐ。
「あ、あっ…ふ、な、に」
 しかしその珠の効果はそれだけではないようだった。
 ルシエの体温を得た小さな珠が融けて、液状に変わる。気泡が弾けるような尖った痛みが走り、まるでそれに続くように体内の珠が形を失っていく。複数の珠が発する痛みに背をこわばらせ、抱え込んだ両足に力を込めて、ルシエはぎゅうと顔を歪めた。
 どうにか息を吐いて痛みをやり過ごしたものの、小さな珠を連ねていた紐を抜き、エルシェリタがルシエの高ぶりに手のひらを這わすと、自分でも嫌になるぐらい全身が跳ね上がり、固くそそり立ったものから蜜があふれ出ているのが分かった。
「や、やあ、…触らないで」
 小さな蜜口に指を立て、抉り込むような動きをされると頭の芯にかっと火花が散るようなつよい快楽が襲う。尋常ではない歓びにルシエは息を震わせ、あ、あ、と切れ切れの喘ぎ声をこぼした。
「腕を放しても構いません。しばらく待っていなさい」
 エルシェリタはあっさりとルシエから離れると、寝台を降り、己の着ていた服をようやく脱ぎ出す。
 帯剣こそしていないが、きちんとした身形である。ルシエの衣のようにすぐに脱ぎ終わるものではない。むしろ余計にたっぷりと時間をかけて花青官らに衣服を外させながら、エルシェリタは次第に息を上げ、頬を朱く染める人形の姿をたっぷりと愉しむ。
 仰向けでいるときつく反り返った先端を手を伸ばしそうになってしまう。それを防ぐためにうつぶせになれば、敷布に高ぶりを擦りつけ、慌てて腰を浮かすのだが、それがいったいどういう姿なのかルシエは良く分かっていない。
 腰だけを上げた淫らな形を知らず知らずのうちにとりながら、懸命に止めどなく込み上げる快楽をやり過ごそうとするルシエは、不意に下腹部に両手をあてた。
「い、たい…」
 さしこむような痛みに戸惑い、ぐうっと背を丸めて寝台に崩れ落ちる。
 その体を掬いあげるようにして抱きかかえたエルシェリタに戸惑った瞳を向け、ルシエは全身をこわばらせた。
 痛みが高まった瞬間、後肛から何かがあふれるのを止めることが出来ない。下肢を伝うぬるりとした感触に怖気だち、先ほど体内で融けた透明な珠の残滓だろうと思って何気なく目を落としたルシエは、それが淡い薄朱の雫で、まるで血の色のような色をしていることに息をのんだ。
 内襞が切れたような感じはない、けれどそれにどこか禍々しいものを感じて怯えるルシエの背を、エルシェリタはゆっくりとさすった。
「な、に…。何が」
「大丈夫。怖がることはありません。これが戻しの兆しです」
「…も、戻し、…?」
「珠を孕まないように抑制薬を飲んでいたでしょう。あれには人形になったばかりの頃と同じ体に戻す、そういった効果があるものも含まれていたのです」
 長い間寵愛を受け続けていたり、主人の力がつよすぎたりすると、人形の体に受け入れられなかった分が澱となって溜まり、体調を崩す一因となる。その為、人形によっては戻しという処置を受けねばならない。
 澱を流し、体を清め、身を整える。
「苦い…あれ、…が……」
「そう。ただ、戻しをすると体が敏感になって、欲しくてたまらなくなってしまいますからね。ルシエはとても運がよいのですよ。旅の間なら充分付き合ってあげられますから」
「………っ、う、ぁ」
「たくさん出せば、それだけうまく体が整います。がんばりましょうね」
「や、ぁ、…」
 はじめはもどかしいぐらい淡い感覚で、はっきりとした違和感もない。しかし、唇に落とされるエルシェリタの口づけのごとに、ルシエは息を乱し、全身を悶えさせていく。
 どうしもようもなく感じて、たまらなく焦がれて。体が灼けるのだと錯覚してしまいそうなほど、強烈な熱がルシエを襲う。
 ただ、求め、体はエルシェリタを欲しがり、悦楽の波に誘う。
 ルシエが戻しが何かを理解する前に、エルシェリタはルシエの中に己を埋め込み、何も考えられなくさせた。



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