「王子と温かい森の花」



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 骨がたわむような痛み、臓腑が融けていくような不快、全身を蝕む苦しみはそれに耐えるだけの体力さえ奪って行くせいで次第に呻く声も出なくなる。何度も突き放しては抱き寄せられた腕の中でゆっくりと瞼を開けたユツは、とうに見飽きた暗闇の中でぼうっとうかぶ少年の背を見つめた。その少年の背には真上から陽射しが降り注ぎ、白いシャツを照らしてうっすら肌の色が透けて見える。彼が痛みの為に見せる幻であるのは分かっていた。限度を超えた恐怖にか痛みにか、繰り返しその幻は現れる。瞬きをするのさえ億劫なユツを知るように、その少年の背はすぐ前までやって来る。川風に吹き上げられたシャツが目の前でばたばた音をたて、ユツは少年を見上げた。
 そこは川の浅瀬だった。ユツはぬいぐるみのように丸みを帯びた小さな手を伸ばして、少年の裾を引いた。
「−−−−」
「…て、」
「−−−−」
 振り返った少年は何かを言いながら小石を握らせてくれる。ユツには聞き取れなかったが小さい手をしたユツには意味が分かって、気持ちが高ぶる。小さなユツは貰った石をすぐさま水の中にひたした。
「−−−−」
「、た、た、」
 石はぽうっと光って透き通る。
 川の外ではただの灰色の小石でしかない。だが水に浸せば輝き出す。
 何度も川にひたしては取り出して、ユツははしゃいだ。
「…と、と」
「−−−−」
 少年に喜びを訴えてから、石を握ったまま足元をさらう。その川にはそういった石がたくさんあった。良く目を凝らせば小さな欠片はたくさん見つけられる。興奮したユツは膝どころか全身水をかぶりながら石探しにのめり込む。
「し、し」
「石」
「−−る、−−あ、」
「−−−−」
「…あ、あ」
 拾った欠片を少年に渡して、両腕を川に沈める。少年にとっては足首辺りまでしかない水かさでも、ユツにとっては気をつけていなければ流される。何度か足元をとられて派手に転んだが気にならなかった。少年はすぐに掬い上げてくれたし、付かず離れずいるその少年の顔が目に入るだけで満足だった。
 手のひらに乗せた灰色の粒。
 川底で輝く小さな粒。
 きらきらと眩しい水面。
 ひやっと冷たい流れる水。
 たまらなく楽しかった。
 ユツは少年を振り返り、だが、彼が傍にいないことに首を傾げた。彼は遠くにいた。
「…?」
「−−!!」
 緑の平原が遠くに見えた。
 後ろから轟音をたてて風が吹きつけ、剥き出しの手足が痛い。
 どんどん遠くなり小さくなる少年の張り上げた声は、徐々に聞こえなくなっていく。手からこぼれて落ちて行く小石に気を取られているうちにユツの前からは川も森もなくなった。
 彼がいないということに、恐慌状態になったのは一瞬だった。幾度かの衝撃と、浮遊感、落下の感覚があった頃にはそれはごそりと抜け落ちて、ユツは失った。少年のことも、川も森も、ユツは覚えてはいなかった。忘れたということさえも分からない。
「−−−−」
「−−−−」
「−−ヨシヒロ、だ」
 男が自分を指して言う。それが男の名前だということは分かった。男が話している言葉は理解できないことが多かったが、ほんの少しだけなら聞き取れた。いつのまに現れたのか、男が泣き出しそうな顔をしてユツの前に屈み込んでいた。
 善弘だ。ユツの知っている姿よりも大分若い。今のユツにはそうと分かるが小さなユツはただぼんやり男を見上げている。どれぐらいそうしていたか分からない。善弘は忍耐強く喋りかけ、指先を伸ばして小さなユツが体を震わせると慌てたように指を引き、懸命な顔で考え込む。
「……俺はずっとお前の傍にいるから」
 その言葉を小さなユツが理解したわけではなかったが、抱き包む腕を拒む気にはならなかった。黙って抱かれ、その首に細く小さな手を回した。光る小石を渡してくれた少年がいないので、似たような温もりと眼差しが必要だった。



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