「鈴鳴るほうへ」



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 幾重にも重ねられた薄布が光を透かして淡く影をつくる。
 こんなに明るいとどうしたって肌をさらすのはためらわれて、すず雪は思わず怖じけたように後ずさった。
 星映はそんなすず雪の手をやわらかに取り、天蓋から下がる布に囲われた寝台の中央へと導く。
「心配ないよ。すず雪は可愛い」
「そ…そんな言葉を、今おっしゃらないでください」
「どうして? 本当のことなのに」
 恥ずかしいからやめてほしいという思いは赤く染まった耳もとを見ればひと目で分かるはずなのに、星映は低く笑ってすず雪を抱き寄せる。
 仮花の儀を終えたのだからかまわないよね、と花師たちに堂々と言い切って花果院の中にある部屋のひとつに、おそらくはあらかじめ手配はしていたのだろう場所に連れていかれたすず雪は、その強引さにあきれながらも腕を振り払いはしなかった。
 なんとなくそんな予感はしていた。
 それに仮とは言いながらも本式に近いやり方で儀式をすすめられたらしく、ただただ欲しいという、そういう物足りなさがこみあげていて、星映を見つめる目もとが潤んでいく。
 星映はすず雪のこわばりが解けるのを待つように腕の中にすっぽり入れて、本当にいい香りがするなあと呟いた。
「わたしにはちっとも分からないんですけど、香りますか?」
「うん。繋げてもらったから余計にかな」
 自分のものとは違う腕の硬さや鍛えられていることが分かる体の厚みに、星映の方がずっと体が大きいんだと気づく。
 目の高さが違うから背丈の差は分かっていたつもりでも、こうやって抱きしめられていると、みつばちとしては普通だとしてもあまりに細くて頼りないような気がして少し気落ちする。
 羽づまのように、あるいは香はるのようにありたいとすず雪は思う。二人はいつだって、すず雪には眩しくて大きく映るから、まだまったく追いついていないと気づくとため息がこぼれそうになった。
「どうしたの、何か気になる?」
「いえ…。その、……ぜんぜん、だと思って」
「うん?」
「父上のようになれたらといいなあと思うのですが、わたしは色んなものが足りてなくて」
 星映は少しだけ笑みをうかべて、すず雪の抱きしめる腕に力をこめる。
 そうされると誰とも違う、星映という人そのものが肌にじんわりとしみ込んでいくような気がして胸がざわめいた。
 それはどこか心地よくて、少しだけ怖くて、すず雪は何と言ったらいいか分からない。
 戸惑いを振り払うようにおずおずと星映の背に腕をまわし、背中の結び目をほどく星映に体を預けて肩からするりと布を落とす。
「たとえそうでも、すず雪が一番いいよ。はじめっからそう」
「そう、思ってもらえるところがあるなら嬉しいです。星映さまに必要なものをいつかお返しできたらいいと」
 言葉の先をふれあった唇に奪われて、どこか甘いような熱がかわりに流れ込んでくる。
「何かを返してほしいなんて思ってないよ。それに、今は」
 私を欲しがってほしいな、と囁きが耳をふさいで唇がふれあう。
 舌がからむ熱さといやらしい水音に鼓動が跳ね上がって、すず雪はぎゅっと目をつぶった。そうしてからゆっくりと星映と目を合わせる。
 息を上げながら、すず雪はみずからの服にも手をかけた星映を手伝って結び目に指をかけ、けれどゆるめきる前に直に肌におりてきた手のひらに思わず体を離す。
 それを星映はやんわりと引き留めて、陽射しの中に浮かび上がるようなすず雪の肌をたっぷりと目で楽しんだ。
「あの…、あの…そんなに、見ないでください」
「どうして? どこもかしこも、すごくいいよ。腕の細さが左右で違うけれど、それは稽古のたまものかな、腰回りから足先まできちんと鍛えてきたのが分かる」
「せ、星映、さま、だって、たくましくって、ずるいぐらい、です」
「ずるい?」
「みつばちは、かるい、から。そんなふうになれない」
 すず雪からすべての布をはぎとり、みずからも服を脱ぎ終えてそれを無造作に寝台の外へだしながら、星映はどこまでも同じようにありたいと願うすず雪を興味深そうのぞきこむ。
 すず雪は何かおかしなことを言ってしまっただろうかとまっすぐに星映の目を見つめ返しながら、どこか楽しげに肌をさまよいだした手のひらに体を震わせた。
 はじめはくすぐったいと思っていただけなのに、じわじわと這い上がってきた心地よさが熱を含み、こらえきれなくなってくる。
 どうしてそんなにうまいのだろうと思うぐらい、星映に触れられたところがどこもかしこも敏感になって、指先や唇にたどられるたびにうっとりと身を委ねてしまう。
「……ひ、…ぅ」
 わずかに兆しだした性器を包むようにうごめいた手のひらが、ゆっくりともみしだいてその先端に指の腹を押し当てる。ぐりっと動かされて、その強い刺激にすず雪は肩をはねさせた。
 耳の後ろ、胸もと、脇腹、足の付け根。
 すず雪の弱いところをたんねんに探し当てながら、星映はぷくりぷくりとあふれだしてきた雫を爪ではじき、もっととねだるように指をえぐりこませる。
「すっごくおいしい。でもまだ、もっと」
 みつばちの体液は人のそれとは少し違う。
 花主であればそれを含むことによってよりいっそう力を高め、涙も唾液も精もすべてこの上なく美味なものらしかった。
 それは、すず雪には感じ取ることが出来ない。けれどあふれだした雫をぱくんと舐めとった星映の喜びに満ちた頬を見れば、どこかほっとするような嬉しいようなそんな気持ちもする。
 けれどそんなことをぼんやりと思えたのはそこまでで、枕もとから小瓶を取り出した星映がたっぷりと香油をまぶすと、小さく息を飲んだ。
 指先はすず雪の奥へとのばされて、何かをゆっくり考えられるような余裕などなくなってしまう。
 星映の指をのみこんだ後孔はやわらかな襞を少しずつほどけさせて、感じるたびにより奥への侵入をゆるしてしまう。
 気持ちよさがまるで花の根が広がるように全身を覆い尽くして、身動きがとれない。
 星映から流れ込んでくる魔法の流れがすず雪のためこんでいたものも絡めとって、ひきずりだされていく。その度に少しずつ強まっていく快感をすず雪は抑え込むことが出来なかった。
「う、あ、……や、…ゃ」
「すっごく奥まで、入るようになったよ。分かる?」
「やだ、や…も、いじら、ないで」
「だーめ。まだ足りないでしょう? もっとずっと気持ちよくなれるから」
 指が抜けてほっとしたのもつかの間、あてがわれた高ぶりの大きさと灼けるような熱さにすず雪はひっと息を飲む。
 たっぷりといじりぬかれたそこは、さほど抵抗もなく星映の屹立を受け入れ、ずっぷりと奥までひらききる。
 すず雪自身がどう思っていようとも体はそれを待ち望んでいたのだろう。与えられた刺激に体が震え、痛いぐらいに反り返った先端からとめどなく蜜があふれだす。
 すず雪は衝撃に震え涙を落としながら、体の中を重く埋め尽くされる感覚に細く喘いだ。
「せ、せい、星映……、で、いっぱ、いに……」
「うん。あたたかくって、しめつけてきて、すごくたまらないな。すず雪はすごいよ」
 涙を舐めとりながら、すず雪の動揺がおさまるのを待って星映は腰を揺らす。
 甘くやさしく、すず雪がついてこられるように少しだけ間を持たせてから、狙いすましたように感じる箇所を強くえぐりこんだ。
 すず雪は悲鳴を上げて、あふれだしてくる快感から逃れるように身をよじったが、そうすることもあらかじめ分かっていたように追い立てられ、気づかないうちに達していたらしい。
 びゅっと吹き上げた粘液を押し戻すように指でいじられ、唇と舌で泣き言をからめとられる。
「あ、あ…ぅ」
「いいんだよ。もっといやらしくたって。たっぷり感じよう?」
 ゆるしを与えながらも、すぐには出せないように付け根をきつくしめられるような痛みにすず雪はしゃくり上げ、次々に足されていく悦びにこらえきれず、救いを求めるように星映にしがみつく。
 すず雪にしてみたら本当にそうするしかなくて、何の疑いも迷いもなく腕を伸ばしただけだったが、ほんの少しだけ驚いたように星映は動きを止めた。
「そういう可愛いことすると止められなくなる」
「……ま、待っ、て、やっ、あー…、っ」
、目を細めた星映は汗ばんだ髪をゆっくりと撫でてから、よりいっそうむさぼりつくすようにすず雪を求めはじめる。
 体の奥にやけどしそうに熱い飛沫を感じても星映の高ぶりはおさまるところを知らず、すず雪は懸命にそれに応じようとしながらも、意識の端からとけていくような熱に翻弄されて、ただひたすらにすがりついた。




 たっぷりとむさぼられた痕が肌の上に散らばって、意識のない体を淫らに色づかせる。
 その姿を眺めているうちにふたたび高まりがる熱を感じとりながら、彼はそれをゆっくりと押さえ込んだ。
 あんまり急に欲しがりすぎたら、逃げてしまうような気がする。そうなっては困るし、そんなことをさせるつもりもない。ようやく手のひらに届くところにきた彼のみつばちなのだ。
 青みがかった黒髪をゆっくりと撫でて、星映は体を起き上がらせた。
「やあ、来たね」
「もちろん。僕は兄さまの珠守ですから」
 整った顔立ちにいつもよりいっそう華がある笑みを形づくり、久夜は何のためらいもなくすず雪のそばへ近づく。
「すず雪を抱いたら、刺されるかなと思ってた」
「まさか。あなたは正直言って気に食いませんけど、兄さまとは合うようですから」
 それにしたってこれは痕を付けすぎです、と星映をひとにらみして、久夜はすず雪の中にすっと手のひらを通す。
 起こさないようにそれをするのは、久夜にとっては訳のないことだった。
 彼は珠守としてとても優秀で、ただときどき、兄の困った顔が見たくなるというくせがのぞくものだから、わざと余計にいじってしまうだけである。
 抜き出された蜜珠はほんのりと明るい光をにじませて、金色に透きとおった。よく見れば内側に少しだけ螺旋状のうずが差し込んでいる。すず雪は変わり珠をはらみやすい質なのだろう。
 それはとても美しく、見事な珠だった。
「それが私とのあいだにできたもの?」
「あなたは仮の花主ですから、差し上げませんけど。さすが兄さま、とっても素敵です。そこの身勝手で役に立たない厄介者の力をじょうずにとけ込ませています」
 仮の花主であるために所有権は主張できないとはいえ、その珠の少なくとも半分は私のおかげでできたのでは、という言い分は飲みこむ。
 それよりも星映はその輝きと、あくまでみつばちとしての特性とはいえ、自分との間に形づくってもらえるものがあることに真新しい驚きと喜びを覚えた。
 みつばちは別に体を重ねるたびに蜜珠をはらむわけではない。
 とはいえこれはより深くすず雪が星映の魔法の力を飲みこんで、体中のすべてにとけこませた証だ。
「なんです、その顔」
「うん?」
「独占欲のかたまりみたいな、いやらしい。兄さまに近づかないでくださいます?」
「君こそ、ちょっといつまですず雪を抱いてるの。起きたら困るでしょ」
 こそこそと言い合っているとはいえ、この中でもぐっすり眠っていられるすず雪はある意味大物である。
 思えばこの久夜をそばに置いておけるのだからすごい。星映だったら絶対にいやだ。
 星映は久夜をからかうのが好きだし眺めていて見飽きないが、体を触らせる気にはならなかった。怖いことを考えているに違いない、と思うからである。
「久夜は珠守でいいの。花主になりたいとは思わない?」
「僕の魔法の力は兄さまと近いので、兄さまの花主になってもまったく意味がない」
「たとえばそうじゃなかったら」
 言葉を重ねて問いかけた星映は、冷ややかに向けてきた眼差しをふわりとゆるめた久夜につまらないことを聞いてしまったと気づく。
「兄さまの体のすべてを知ることがきるのも、その中に触れることが許されるも、僕が珠守だから。それ以上のことがあるというんですか?」
「いや、うん……そうだね……」
 いっそ憐れむような顔をして久夜は言い切る。
 星映としては花主としての喜びを語っておきたいところだが、下手なことを言ってはそれこそ久夜に刺されかねない。
 星映も久夜もすず雪が欲しい。けれどおそらくその気持ちのありようが違う。ただそれだけなのだろう。
「かわいい兄さま。これはまだちょっと小さいから、戻しますね」
 抜き出したばかりものをあっさりと戻して、久夜はすず雪から体を離した。
「行くのかい」
「まだ花主との時間ですから」
 珠守の出番は本当だったらもう少し後だ。
 久夜はあっさりと背を向けて、今ここにいたのが幻だったと思うぐらい完全に気配をぬぐい取っていく。
「こわいねえ」
 あんな弟を持ってしまって、と少しだけすず雪を不憫に思ったが、それを言うなら星映だってろくなものではないだろう。おそらくは他の仮花も似たようなもの。
「けれども、遠慮したりはしないよ」
 寝息をたてる唇をやわらかく奪い取って、星映は傍らに横たわる。
 感じすぎてどうにもできなくて泣き出してしまったすず雪の姿は星映を否応なく疼かせたが、こうやってただ静かに眠る姿を見つめているのもなかなか楽しいものだと彼は思う。
 ただ愛おしくて、見つめ返してほしくて。
 そういった存在がそばにいることが星映にとってはとてもかけがえのないことのように感じられた。



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