「鈴鳴るほうへ」



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 屋根の上で跳ね返った雨音が一際大きく響く。
 ずいぶんと降りはじめたなと窓辺に視線を向けたすず雪は頭からかぶせられた布に荒っぽく髪を拭われて、くすぐったさに首をひねった。
「にいさん、できますから」
「そのすぐにぼんやりするくせ、なんとかしろ。雨に打たれても平気な顔でいたくせして。何が庭に蛙がいただ。そんなもんどこだって見かけるだろが」
「急に雨足がつよまったんです」
 すず雪だって、好きこのんで雨を浴びようとしていたわけではない。
 谷津江が住まいにしているという一軒家は緑が生い茂った庭がついていて、どれもよそでは見かけない草木が植えられている。
 どうやら薬効があるものや、術に使いやすいものばかりが集められているらしい。
 それをもの珍しく思って外に出ていたら、小雨が降り出したのだ。すぐに戻れば良かったのだが、蛙がいると思ってかがんでいるうちに本降りになってしまった。
 びしょ濡れになってしまったすず雪は谷津江の手で湯舟に放り込まれて、いまちょうどほかほかの湯上がりである。
「にいさんはここにあんまり、魔法を巡らせていないんですね。雨の匂いがします」
「んなものまでよける必要はないだろ」
「湿気よけになるから。うちはたぶん、使っています」
 ひとしきりすず雪の髪を拭いきった谷津江はその乾き具合を確かめるように指を絡め、引き寄せた唇を小さくついばむ。
「……、ん、っ」
 前を合わせて帯を締めるだけの湯上がり着をほどかれて、肌の上を直に手のひらでたどられたすず雪は、小さく身じろいだ。
 どこかひんやりとした指先に胸の粒をひねられて、困ったように眉を寄せる。
「にいさ、…ん、痛い……」
「たまらないな、その顔。すごくそそられる」
 人が痛がっている顔を見てそんなふうに唇の端をつりあげる谷津江にいやだと言いたい。けれどどうしても逃げ出す気にはなれなかった。
 はじめっからそういうたちなのは分かっているし、なんだか楽しげな谷津江を見ていると、ならばいいかと思えてしまう。
 それは、そんなふうに流してはいけないところかもしれなかったが、今この段階ではどうしようもできないし、お互いに不満でないなら問題ないのかもしれない。
「……ちょっとなら、いいんですけど。にいさんは、しすぎがちと言うか」
「すず雪はすぐそれだ。なんでもかんでも、少なめぐらいがいいって。そんなのつまらないだろが」
「つまらなくなんてないです。ほどよいぐらいが」
 言いつのろうとした言葉の先を耳たぶにかじりつかれたことで途切れさせる。
 唇に含んでひっぱりながら、舌で丹念になぞられるといやらしい水音が大きく響いて耳の奥が恥ずかしさに灼かれていく。
 赤らんでいく耳もとに鼻先をこすりつけながら、谷津江は楽しそうにすず雪の服をゆっくりとほどいて、自らはあっさり魔法で服を消してしまった。
 すでに熱く高ぶった牡を下腹から足の付け根にぐいぐいと押しつけながら、谷津江がしつこいぐらいに胸の粒をいじるのをすず雪は少しだけうるんだ目でにらむ。
「にいさん、どうして…そこばっか、り」
「希望通り、ちょっとずつ教えてやろうとしてるんじゃないか。ここでもいっぱい感じられたほうがいいだろ」
「そんなの、……」
 いらない気づかいだとつぶやいたすず雪は体の中のうずまいた力の流れをそこに集められて、首をのけぞらせた。谷津江がわざとそこからすず雪の力を外へ出していくのが分かる。
「ん、ん……や、…」
 ざわざわと背筋が熱にふるえて、ただ痛みばかりがあったそこに芯が通っていく。
 谷津江は嬉しそうに尖ってきた粒を指で弾いて、口の中に舐め含んだ。
 ねっとりと舌で絡めとられる熱さが思っていたよりもずっと気持ちよくて、ときおり歯を立てられると奇妙なしびれがこみ上げる。
「こっちもふくらんできたな」
「ん、…っ」
 草むらからもたげはじめたものを手のひらで包み込み、谷津江は撫でさするようにしながら胸の粒を噛むのに合わせて先端を指をぐりっとえぐる。
 気持ちよさと痛みを同じように与えながら、谷津江はひとつずつすず雪が感じるところを見つけて舌先や指でたっぷりとなぶり尽くしていく。その度に、谷津江のかたい熱をずりずりとなすりつけられて、すず雪は灼け付くようなその高ぶりに鼓動をはねあげさせた。
 はじめはほんのささいな感覚に過ぎなかったのに、気づけばすず雪の先端はぐっしょりと濡れて、細切れの快感が走り抜けていくたびにぎゅうと足先を突っ張らせて息を上げる。
「やー…、ぅ、う、にいさん、……も、う」
「いくなよ。まだこれからだろが」
 まだこっちをかわいがっていない、とたっぷり香油をからめた指を奥へと埋め込まれる。
 ただそれだけで高まりきったすず雪の性器がぶるりとふるえたのを咎めるように、ぱちんと耳慣れない音がして、すず雪は息を飲んだ。
「な、なに……」
「すず雪に合わせて、つくっといた」
「やだ、やだ…にいさん……はずして」
 銀の筒のような、なめらかな輝きが高ぶりを包んでいる。肌を傷つけないようにされた丸みの中に繊細な飾り模様が入れられているのが妙に現実味に欠けて、けれどしっかりとその用途は果たしているらしい。
「だいじょうぶ、いけるぐらいのゆるみはあるさ。まあ、いっぺんはむりだから、一度達せばながーく愉しめる」
 つけられたものを外そうと指をかけたが、ぬるぬると滑ってうまくつかめず、やわらかな奥を広げるようにうごめいた谷津江の指がすず雪からそんな余裕を奪う。
 襞を一枚一枚を愉しむように谷津江は指をばらばらに動かしながら、感じるところ狙って深く突き立てられると、ずくりと疼くような熱が体中に走ってたまらない。
「ひぃ…ひっ、あ、ぁ」
 縁をめくりあげるように指で押されると、ぴんと張った糸が体の奥へと突き刺さるような悦びが貫く。
 こらえきれずに逃れようと腰を引けば、それを待っていたように抜けかけた指がさらに数を増やして埋め込まれてすず雪は喉をのけぞらせた。
 念入りに時間をかけて、谷津江はそこをほどいていく。
 何度も繰り返し快感の波が駆け抜けて、かたく反り返ったものを銀の筒が支配する。ずきずきとした痛みになえるたびに、谷津江は敏感なところを見つけては丹念にいじりはじめて、すず雪は息を上げた。
 くるしくて、気持ちよくて。
 けれど極めるにはいたらないぐらいに、加減された熱が頭の奥をぼうっとさせる。
「あぁ、ぅ」
 谷津江は赤らんだ頬に舌をはわせ、喉もとに噛みつきながら足を絡めこんだ。はりついた体温がすず雪にたまらない高ぶりを感じさせる。
「なあすず雪」
「……ん、あ、ぁう」
「こんなかに入りたい」
「はい、はいって。にいさ、……、早く、おねがい」
 指でいじられるのがつらくて、すず雪はすがるように言う。そう願うことがどういうことにつながるのか、まるで気づいていない。
 考えなしめと目を細めながら谷津江はそんなすず雪を愛おしむように抱き寄せて、もう限界まで反り返ったものをあてがった。
 少しずつじわじわと圧し拡げられていく感覚に、すず雪は喉をあえがせ谷津江の背に腕をからめる。
 苦しい。それにとても熱くて、のぼせたようになる。
 体の中がいっぱいに満ちて、繋がっているというよりは混ざり込んでいくような強烈な感覚が胸をふさいだ。
 こまかくふるえる背を撫でながら、谷津江はすべてをおさめきったことを伝えるように汗ばんだすず雪の髪を撫でた。
「たまらねえな。すずが、腕んなかでこんなになってて」
「に、にいさん、が、おっきすぎて、……くるしい、…」
「んー? そりゃ、いい殺し文句だなあ」
 ただ本当のことを言っただけなのに、そんなにきれいに微笑んだ顔を向けられるのが分からない。きょとりとしたすず雪に谷津江は唇の端をつりあげて、その腰をゆるかやに動かす。
 すず雪は指とはまるで違うその重みと敏感な内側をえぐりとられていく感覚に息を詰め、わきあがっていく悦びに全身を強ばらせた。
 どうしたらいいのか分からないほどの快感が全身を包み込んで悲鳴をあげながら、びしょ濡れになった性器を谷津江にすりよせて、せきとめられた熱を懸命に逃そうとする。
「にい、さ……にい…さん、やあ、はずして。だした、い」
「心配ない、ちゃんといけっから」
「い、あぁあー…っ」
 ひときわ深いところまで突き立てられ、ずるりと抜かれる感覚に細く狭められた道からじわりと漏れ出すような精があぶれだす。
 それははめられた筒のせいで一気には外にあふれだすことができない。いつまでも引きのばされるむごいほどの快感にすすり泣きながら、すず雪は、ひいと悲鳴をこぼした。
「なに、なに……」
「魔法石のひとつさ。いいかんじに、あたるだろ」
 細かに振動をはじめた石が先端にあてがわれて、あまりの感覚にすず雪は頭の中が真っ白にぼやけていくような思いを味わう。
 まだすべてを出し切れていないゆるやかで長い絶頂の最中に性器の先に、おそらくはそういうおもちゃだろうものを押し当てられるのだ。
 それは体中を灼くようで、気持ちいいのか辛いのか分からないぐらいの快感に意識を持っていかれる。
「ああう、うーっ、あっ」
「たまらないなあ、すず雪。中も、外も、とろっとろだ」
「こわれ、る。にいさ、もう、や、あぁう」
 体の奥へと注がれた飛沫とともに、谷津江の魔法の力が流れ込んでくる。
 それは新しい悦びをふくれさせ、泡がはじけていくようにすず雪の中で舞いあそぶ。
 体内で混ざり合い、すず雪をどこか知らないところへ連れていくようだった。石でなぶられた先端から、ぬるついた滴があふれて止まらない。
 谷津江は加減も心得ていて、ときおり甘いくちづけを与えて休息をとらせるが、それはまだ先があるということに他ならず、手のひらが伝うたび、揺らされるたび、体中がほどけて、ぜんぶなくなっていってしまうようだった。
 そんなふうにむさぼりつくされて、だんだん訳が分からなくなってぐずぐず泣き出しながら、ようやくことが済んで少しだけ拭い清めてもらった体をすず雪は谷津江にすりよせた。
 抱きしめる腕はどこまでもあたたかくて、力強くて、少しだけだまされているような気もしたが、それでもそれが心地いい。すず雪はそのままとろんと眠りへと沈んだ。





「重ねを飲んだやつとは思えねえな。珠守がかまうのも気にくわないとか言い出しそうだ」
「言わないさ。あんたらが必要だってことは知ってる」
 窓辺に腰かけ、雨が降り続けるのを眺めながら谷津江はゆるく男を振り返る。
 みつばちがいるところには、珠守がいるのが当たり前だ。
 あらかじめこの男が自分の住まいに立ち入ることを認めていたから驚いたりはしないが、自分以外の男がくったりと力抜けた体に触れるのはあんまり見ていて楽しい気持ちにはならない。
 たぶん心が狭いんだろうと思ったが、邪魔にして払いのけたりはしないだけましだろう。その点はずいぶんとすず雪自身に鍛えられたという気がする。
 貴族育ちだというのもあるだろうが、誰かに体を見られたり、さわられたりすることにすず雪は慣れてた。
 そんなすず雪でも谷津江に肌を見せるのは恥ずかしくてたまらないらしい。
 そういった妙なちぐはぐさがそそってしかたないが、すず雪本人はあんまり自覚していないようでごくごく当たり前の反応をしているだけだと言う。
「ったく。なんだこれは。痕つけりゃいいってもんでもないだろうが」
「そのくらい好きにさせろよ。どうせすぐに消しちまうくせに」
 志じ麻はあきらかに泣きはらしたことが見てとれる顔に温めておいた布をやさしくあてがい、まあそうなんだが、とあっさり頷く。
 珠守は治癒術にも長けているから、多少の痕ならすぐに消してしまえる。
 それは谷津江にとっては腹立たしいの半分、ほっとするの半分というところだった。
 谷津江は自分が少し度を超えがちなのを自覚している。すず雪を壊さないようにとずいぶんと抑えているつもりだが、いくらでもよがらせて、快感の中に閉じ込めてしまえたらと思ってしまって止まらない。
「すずとなら、たぶん何日だってやれるな」
「みつばちを欲しがらない花主なんぞ、いたってどうしようもないとはいえ、なあ。それにも限度ってものがあるだろう、……相性はいいらしいな」
「力のことか」
 谷津江は頷いて、むかしからだ、と呟く。
 みつばち相手であればそうなるものだと思っていたが、誰もがそういった効果を得られるわけではないらしい。
 すず雪とたっぷりふれあえたおかげで、谷津江は自身の魔法の力が強く深まっていることに気づいていた。それはただ高まるだけではなく、うまく身の内にとどめて使いやすくなっているのが分かる。
「俺はちっと抑えが苦手でな、何度もすず雪にたすけられた」
「それは運が良い。みつばちは相性によっちゃ、魔法使いをだめにする」
 力が強まらないだとか、あまりたまった力を抜けないだとか、相性には色々ある。
 香津木家のみつばちはおおむねそういった効果が早くでるので、相性がいい谷津江には特効薬めいたものになったのだろう。
 志じ麻はすず雪を抱きあげようと腕をまわし、汗ではりついた髪をかきあげる。
「……し、じま…?」
「起きたか。どうだ、調子は。そこの花主にずいぶんとおいしく食われたみたいだが」
「ああ、うまかった。おかわりが欲しいぐらいなんだけどな」
「にいさん……、…」
 本当にもう、とひとりごちて、すず雪は近づいてきた谷津江にもたれかかる。
「ああいうの、どこから見つけてくるんですか」
「おもちゃのことか? まあ知り合いとか。ちゃんと珠守の手は通してあるから、あぶなくはない」
「そういう問題じゃ……」
 文句を言いながらも口調が弱いのは、眠たいからだろう。
 体の中にためこんだ魔法の力を抜いてもらったり、新しく混ぜ込まれたりすると、みつばちとしては慣れきっていないすず雪には眠気が襲うらしい。
 どこかむずかるような仕草が可愛く見えてまなじりをやわらげつつ、谷津江は薄くひらいた唇を奪って両腕に抱え込む。
 そのままふわりと浮いて、窓辺にすず雪ごと腰かけた。
「にいさん、服を……」
「外からは見えないさ。雨よけなんぞは使ってないが、ここだって魔法使いの家なんだから」
 誰かに見られたらと心配するすず雪の視界の先で、ふっと雨足が弱まる。
「にいさん……?」
「すずのおかげで、こういう器用な真似もできる」
 淡く光がねじれて、輝きはじめる。薄く形を帯びはじめた小さな虹を見てすず雪が目を細めるのを谷津江は楽しい気持ちで見下ろした。
 何の得にもならない。ささやかで、けれど魔法の類にしてはけっこう手間がかかる。
 谷津江にはあまり意味がないものだが、すず雪が喜ぶのは分かっていたから使うのにためらいはなかった。
「べつに、みつばちなんぞは必要としてないが。それでもみつばちであるすず雪の花主になったのが、俺は嬉しい」
「……まだ、仮ですけれど。もっとちゃんと、みつばちとしてにいさんに」
「もうぜんぶ、すず雪のものだ。ちゃんとなんてもんは、そのうち追いついてくる」
 すず雪は谷津江をじっと見つめて、ゆるく首を振る。
 すず雪にはすず雪なりに思うところがあるのだろう。自分を通して落ち着いた谷津江の魔法の気配を感じ取りながら、そうっと身を寄せる。
「仮じゃない、花主になってほしいです。そうしたら、わたしの……その、蜜珠だって、にいさんに渡せる。にいさんにはいらないものかも、しれないですけれど」
「欲しいに決まってるだろうが。何言ってんだ、飾ってなめまわして食う」
「……え、と。にいさん。それはどうかと」
 魔法使いなのだから、魔法石としての活用を……とすず雪は口にしたが、そんなもの谷津江には必要がない。
「すず雪の中で、俺のもたっぷり含んでできたもんだからいいんだよ」
 とんだ欲しがりだと人によっては眉をひそめるだろう。けれどそれが正直なところなのだからしかたない。
 蜜珠には他の花主たちの力も混ざっているのではと冷静に考えることもできるが、それでも、そこには谷津江の魔法の力があり、すず雪がつくったものだということは変わらないのだ。それでじゅうぶんすぎるほどだった。
 甘く香るすず雪を味わうように首筋に頬をうずめこみながら、やさしく髪を撫でるとすず雪はどこかほっとしたように体から力を抜いて、うとうととしだす。
「……蜜珠、見るか?」
「寝ちまったからいい」
 どうせなら起きているときに恥ずかしがらせながら、それが見たい。
 そういう思いが顔に出ていたのか志じ麻はあきれ顔になって、谷津江からすず雪の体を受け取った。
「まあ、ほどほどにな」
 珠守の言葉に口もとを引き上げて、谷津江はひらりと立ちあがる。
 無言で後ろをついてくる姿を志じ麻は少しだけ振り返り、好きにすればいいと笑って歩き出す。珠守がどんなふうにみつばちに構うのか、見て確かめないことには安心できない谷津江だった。



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