「andante -唄う花-」



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「わー、すごいお弁当っ、うまそぉ〜」
「すごいね。3段重ねなんだ」
「これすべて世儀が食べるのか?」
「ううん。みんなでどうぞって。上段と下段はシェフの佐々木さんお手製で、中段がオレ」
「じゃ、遠慮なく。うっわー、これマジで蓮が作ったの? うまい〜」
 昼休み、良い場所があるんだと言って連れてこられたのは中等部校舎と高等部校舎の間にある芸術棟だった。日本舞踊第3準備室とかいう、舞踊に関する資料なんかが詰め込まれた部屋で、校舎のどちらからも近いのに、あまり知られていない穴場らしい。
 どうしてこんな部屋を知ってて、鍵まで持っているかというと、日本舞踊の家元の息子が腐れ縁3人組の中にいるから。
 家元の息子、鈴島くんは言われてみればひとつひとつの所作が何ともきれいで洗練されているので、ついうっかり見惚れてしまうこともしばしばだった。
「料理上手いんだね、世儀くんは」
「蓮でいいよ」
 いつのまにか名前呼びになっていた奈々原はともかく、オレの周りにいる人はみんなそう呼ぶし、あれがあの世儀、って言われるのにも飽き気味だ。
「そう? じゃあ、僕のことも和美でいいよ」
「おれのことは広也、政春は政春で。なっ、政春ぅ」
「……ああ」
 茶化す奈々原を手のひらで軽く払い落とした吉岡くんも重々しく頷いてくれた。
 オレ、中学の時は正直ちょっと浮き気味だったし、小学生時代の話をムリヤリ合わそうと妙に気を張ってしまって、うまく馴染めないところがあった。だからこんなふうに自然に話が出来るのが嬉しくて、つい頬を弛めてしまう。
 いいよな。こういうのって。
 オレ、桜朱恩ではいつもみんなで集まって、お弁当を広げていた。
 晴れた日は大きな木の下で、新しく入ったおじいちゃん先生の話とかして。
 毎日凄く楽しかった。
「このピーマンの肉詰め。すごく美味しいね」
「ありがとう」
 それはオレの得意料理だ。
 鈴島くんは愛らしい微笑みをうかべて、ひとつを食べ終えてから、もうひとつをひょいと隣の皿に移した。
「げっ」
「はい、取ったものは食べること」
「和美が勝手に乗せたんじゃん」
「つべこべ言わない」
 どうやら奈々原は偏食の気があるらしい。
 それを直す良い機会だと思ったのか、鈴島くんは遠慮なく奈々原が嫌いなものと好きなものを皿に乗せ続けた。
 時々奈々原はあ、美味い…なんて呟いちゃって、食わず嫌いがバレバレだ。
「仲良いなあ」
 思わずそう口にすると、黙々と煮染めを口に運んでいた吉岡くんが顔を上げた。
 煮染め、好きなのかな。ちょっと薄味にしすぎたかなって心配だったんだけど。お気に召していただけたようだ。
「俺たちは中等部学生会の役員でもあったから、一緒にいる時間が長いんだ」
「中等部学生会…?」
 聞くところによると、奈々原が会長、鈴島くんが副会長、吉岡くんが会計だったそうだ。
 行動力があってムードメーカーな奈々原を、たおやかだけどきっちり場をまとめる鈴島くんが手綱を握って、吉岡くんが全体を冷静に見た、って感じかなと思う。
「ん、あれ…じゃあ、書記は?」
「書記はいなかった。選ぶのが面倒でな」
「3人でまわせないこともなかったものね。まあ、広也は好き勝手やっていただけで、そのフォローに僕たちが奔走していたのだけど」
「ひどいっ。オレも頑張ってただろ」
 拗ねて見せながらも奈々原はどこか誇らしげだった。
 すごく充実した学生会だったんだろうな、と思う。彼が場を取り仕切るのに慣れているのは、そのせいかもしれない。
 この玉子焼き、ちょっと焦げたなあと思いながら、オレは水筒に入れてきたお茶をひとくち飲んだ。
 そこで首を傾げる。
「でも奈々原」
「広也でいいって」
「…広也…って、オレのこと、学生会に誘っただろう? 広也が学生会会長だったのって、中等部の話じゃないのか?」
 学生会に入らないかと言われたことはまだ記憶に新しい。
 即座に断って、父さんからは情けないと笑われたあれだけど、今の話だと彼はもう学生会との関わりはないってことになる。
「すでに三ツ原先輩と遠見先輩がいるのに、ということだな?」
「うん」
 吉岡くんの言葉に頷くと、奈々原…広也はオレにこの学院の変わった仕組みを教えてくれた。
 ここではまず小中高での代表をそれぞれ決めた後、その役員の下に更に補佐を付けるそうだ。つまり会長補佐、副会長補佐、みたいな感じで、1名、ないし2名付くらしい。
 カオ兄たちは去年までその補佐をしていて、最終学年になった今、ようやく正式な役職になったから、補佐がいなくなってしまった。だから奈々原たちは中等部時代そのままの役名で、それぞれの補佐についたのだという。
「だから、書記補佐がいないままなんだ。おれたちは選んでいなかったし、三ツ原先輩たちもそれならないままで良いって言うんだけど、やっぱり高等部にもなると色々忙しいし。蓮は先輩とも仲がよいから、適任だと思ったんだけど…、考え直さない?」
 奈々原広也の申し出にオレは再び即座に首を横に振った。
 オレはひっそり平穏な日々を送るのがモットーだって。
「オレじゃそんな大変な仕事は務まらないし、会長副会長のあの人気を思えば、他にいっぱいやりだがる人はいるんだろうし、…あのもうひとりの新入生代表とか適任なんじゃないか」
 頭が良くて顔が良くて人気もある。
 オレはてっきりあの領様が中等部の学生会会長だと思っていた。奈々原だと知ってみれば、それはそれでなるほど、って感じなんだけど、オレの台詞に鈴島くんはもっともだというように頷いて、プチトマトと口に運び、飲み込む。
「彼はダメなんだ。音浜会役員だからね」
「………、音浜会?」
 首を傾げたオレに、またまた奈々原が説明してくれる。この中ではオレだけ外部入学だから、いろいろ教えてもらってばかりだ。
「学生会が生徒の中から選ばれて生徒主体で動くものだとすれば、音浜会はOBが主体となって活動している組織なんだ。品位があって知性に優れていて、という生徒だけを集めて、OBとの月ごとのお茶会とか、交流会を開いている。元華族とか旧家とかの名のある生徒しか選ばれないし、会の意見として、親の意向がまんま反映されたりと…、まあ、ちょっと厄介な会ではあるんだけどね。学院の運営資金はそこからかなり出ているし、ないがしろにも出来なくてさ」
「学内のパワーバランスとか権利の分離とか、色々あってね、音浜会の会員は学生会には入れない、そういう決まりなんだ」
 生徒会が何をしているのかさっぱり、そもそもまともに機能してるんだろうかという中学時代にこんな話を聞いたら、ちゃんとそういうところもあるんだなと感心したに違いない。今でもへええ、と、とても感心してしまったけど。
「……、つまり、華桜会みたいなものか」
 あれはもっと生徒側に立っていたけど、OB主体なのは一緒だ。
「華桜会って、桜朱恩学園のでしょう。良く知っているね」
「あ…、うん…。従姉が通っているから…」
「あ、三ツ原の」
 いけない、いけない。
 中学時代ならうっかり口にしても通じなかったけどさ、さすが名門お坊ちゃま校。通じてしまうようだ。
 桜朱恩における華桜会は学生会とは別の組織で、学生会だけでは処理できない問題が起きたときとかに知恵を借りることが出来る。OBがメインだけど、知性にあふれた女性たちが多く集まっていて、オレのことも華桜会のお姉様方に話が通され、許可が出たからこその入学だった。
 時には学園の意向よりも大きな力を発揮する会だけど、その力をそんなふうに振ることは滅多にない。
「高ノ原くんは音浜会の役職にいる中ではずいぶん良識的な方だけど、そうではないメンバーも多いから。蓮くんも気をつけた方がいいよ。何あったら、すぐに言ってね」
 と、鈴島くんはありがたいお言葉をかけてくれたわけなんだけど、そういえば対処法は聞いてなかったと、オレは後で気がついた。



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