「andante -唄う花-」



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「我々は音浜会です。1年E組世儀蓮に対し、我々はその入学を取り消すべきだと訴える用意があります」
「……は…い?」
 放課後。違うクラスからから伝言が来た。領様かな? と思ったけれどまだ何も言っていない。首を傾げながら呼び出しを受けた場所に行ってみると、いきなりこうだった。
 オレと同じぐらいの、もしかするともっと小柄かもしれない少年たちが3人。
 なぜかやたらアイドル顔が揃った少年たちは、どれも同じようにしかめ面をして威張りながら、オレに指を突きつけてくる。
「ち、チワワ…?」
 小型犬が3匹。ひとりはチワワそっくりだった。
 音声は全て吹き替えております。
 犬語を人間にも分かるように、なんてな。あんまりにも突拍子もない出来事に、オレの脳みそはちょっと戸惑い気味である。
「何か不服が?」
 甲高い声で聞き返され、日和見には日和見なりの主義主張があるんだけどとそっと申し立ててみたけど、聞き流された。犬語翻訳機ってまだあんまり使いでが良くないよな。…いや、ベスとはそんなのなくてもわかり合えるんだけど。
 下手に頷いてしまうと言質を取られて騒ぎが大きくなりそうだと思い、のらりくらりかわしながら聞いたところによると、庶民育ちがつけあがるなとか、薫様がお優しいからっていい気になるなとか、これでは世儀家の良い恥さらしだなとか、時折二転三転しつつも、とにかくオレが気に食わないって事は良く分かった。
 話を全て聞かなくても、この登場の仕方だけである程度分かっていたことではあるんだけども、人の話は最後まで聞いておこうと思って。
 どうも彼らは音浜会と言っても下っ端の下っ端で、誰かに言われてきたのでもなく、そもそも彼らに同級生の進退を左右できる力はないらしい。
 大体の事情が分かったところでお引き取りいただきたいところだった。
 オレが口を挟む度にだんだんと興奮状態に陥ってきた彼らは、薫様の前からいなくなれと、そればかりを口にした。どうもカオ兄のシンパらしい。
「えー…っと、その…、うーん…」
 カオ兄にはいつもすごくお世話になっているし、迷惑かけているなあと反省しきりだけど、幾らなんでもハイそうですかでオレがここを辞めたら、幾らカオ兄でも怒るのではないか、とか…は?
 美人な人って、ちょっと凄んだだけでもものすごい迫力なんだよね。
 カオ兄は美人で優しくて賢いけれど、人は誰しも、いつも見せない部分というのがあるわけで。そういうのも含めて、すごいとは思っているけれども。
「君たち、何をしているんだ」
「り、領様っ」
 颯爽と現れたのは彼らの憧れの人たぶんその2。
 チワワたちの憧れのの人に声をかけられて舞い上がっている。
 でもまあ、当たり前なんだけど、彼だって少年たちの理想だけで作られているわけではなくて。時には爽やかさ以外を表に出すことがあるらしい。
 音浜会の正式な決定もないまま、先走った行動は褒められたものではない、と戒め、青ざめた彼らをやんわりその場から立ち去らせた。むろんそこでひと言フォローも忘れない。
 あんまり鮮やかすぎて、オレ置いてけぼり。いや、放っておいてもらっていいんだけどさ。領様、手際良すぎ。
 外面がいいのは相変わらずだけど。
 …なんだけど。それってどうしてオレの前ではああなるんだろう? はがしているのか、はがれるのか? 不思議だ。
 少年たちがいなくなったことで、少しほっとしていたオレに領様がわずかに唇を釣り上げて、あのやや人が悪そうな笑みをうかべてくれた。
「すまなかったな、世儀蓮」
「いえ、…」
 なぜにフルネーム…と思いつつも、助けてもらったことは確かだし、しおらしく頭を下げる。
「こちらこそありがとう、助かった」
「で、君と似た名前の可愛い子について話し合うか?」
「────……この腹黒クンめ」
「何か言ったか?」
「いいえ、別に」
 適当に笑って誤魔化し、場所を移動しようと提案する。
 こっちから会いたいってメールをだしていれば良かったのだけど、あの小さな機械はやっぱり苦手で。ばったり会えたら、前のところで話をしたい、とそっと持ちかけるつもりだったのに、放課後まで会えず終い。
 まさか領様の方から現れてくれるとは思わなかったけど、都合が良かった。
 オレの誘いに領様は大人しく従ってくれた。




「あ、オレ、アイス食べたい」
 移動しようと提案したのはオレだけど、内部生の領様の方が詳しいので、場所選びは任せた。
 途中でアイスの自動販売機を見つけたオレは、なるべく小さいサイズを選んで買い込む。
 父さんからアイス禁止令が出ていているから、ひと目がつくところはダメだ。誰にも見つからないで話ができるところぐらい、領様は知っているだろう。
「誰にも…? そこまでする必要はないと思うが、付いてくればいい」
「うん」
 大事な話があることを忘れないようにしながら、いそいそ付いていく。
 領様が連れて行ってくれたのは中庭に面したテラス付きの部屋で、人が集まりそうなのに誰もいない。それもそのはず音浜会がたまに使っているそうで、鍵は領様が管理しているそうだ。
 それなら間違って入ってくる人もいないだろうと、オレは買い込んできたカップアイスのふたを開けた。
 篠宮さんが言うのももっともなことだし、なるべくゆっくり時間をかけて口にする。
 時間をかけてアイスを食べたら溶けてしまうけど、溶けかけのアイスっていうのも好きだから構わない。
「そんなにアイスが好きなのか?」
「ん…?」
「頬、ゆるい。世儀の家なら幾らでも食べられるだろうに、そんな安物が良いのか?」
 安物だろうが高級品だろうが、それぞれ美味しいぞ。
 オレ、甘いものにはそんなに執着しない質だとは思うんだけど…食べちゃダメだと言われると無性に食べたくなるんだよなあ。
「ま、諸事情があって」
「そうか」
 領様はちょっと押しが強すぎるところがあるけれど、無理に聞き出したりしない。
 こういうのが大人だ、と思いながら、オレはまたひとくちアイスを口に運ぶ。
「…………」
「…………」
 領様は何が楽しいのかそんなオレをじっと見つめている。
「……なんだよ」
「ん?」
「欲しいのか、ほら」
 アイスを一匙掬って口もとに差し出す。
 領様はぎょっと目を見開いた。…あれ? 違った?
「甘いものは好きじゃない」
 ならそんなに見るなよと言いたかったけれど、領様は安いアイスは物珍しいのかもしれない。
 学内に売っていたんだから、他の誰かは買うんだろうけど。領様と市販のアイス、って、確かにしっくりこない。
「世儀は可愛いな」
「ぶっ…」
 アイスを吹きだしかけた。
 オレのアイスがっ、もったいないじゃないかっ。
「あ、あんたの目は節穴かっ」
「艶やかな黒髪とぱっちりとした大きな目。バラ色の唇に白雪のような肌。あの三ツ原渚と並んでもまったく見劣りしない娘、それが笹山蓮莉。夏花の君とも呼ばれていたそうじゃないか」
 蓮の花は夏に咲くから、夏花。
 桜朱恩では本名ではなく、親しみを込めてそういった愛称で呼ぶことがある。
 もうここまで来て否定もない。オレは頷いた。
「大げさだよ」
「掌中の玉なんだろう」
「だから、そんなものじゃないってば。いったい誰から聞いたの、それ。…天上の君さまは口の軽い方じゃないし」
「姉貴のことなら、別に脅した訳じゃない。情報源がそれだけだと思ってはいないだろう?」
 え、それだけではないのか…。
 さすがに嬌声を浴びても平然としている男は何かが違う。
 それが何かはさっぱり分からないけど。
 本題に移ったこともあり、オレは口止めの前に、ずっと気になっていたことを領様に訊ねることにした。
「オレ、分からないことがあってさ」
「分からないこと?」
「そう。すごく考えて、ふと思ったんだけどさ。オレを強請っても何もでないし、得にならない気がして」
「………は?」
 唖然とした様子で口をあけた領様の様子はけっこう間抜け面だ。
 こういう顔もするんだなあとちょっと驚きだった。
「いや、だってさ、そりゃあ世儀にも三ツ原にもお金はあるけど、それは高ノ原の家もそうなんだろ? となると金銭が目的ではなくて、次は地位? でもどっちかっていうと、オレの才能を見ろ的なタイプだろうし。お金、名誉、どちらもさして必要ないってことになると、次は恨み?」
「会ったばかりで?」
「そうそこ、おかしいよね」
 絶妙な相槌を打ってくれた領様は、少し考え込むように軽く視線を止めた。
「世儀。ひとつ抜けている。自身が目的の場合はどうする? 君は可愛らしいし、お金を幾ら積んでもお近づきになりたい人がいるだろう」
「高ノ原もそうなのか?」
「そういうふうに思われるのは心外だ」
「そうだろ? ならなんでオレに?」
「面白そうだからに決まっているだろう」
 すっぱり言い切って、領様は小さなため息を吐いた。まるでこんな形で話を進めるつもりはなかったというようである。
「君は分からないというが、それはこっちの台詞だと思う。あまねく男子学生、いや男性たちにとって、桜朱恩と言えば決して近付くことが出来ない秘密の花園。その中にいただけではなく、今尚彼女たちと仲が良いとなれば、群がる男どもは山ほどでるはずだろう」
 確かに桜朱恩の生徒が男子生徒にとって高嶺の花であるのは事実だし、それで興味を覚えるというのは有り得る。
「なんだ、そうかあ。でも姉さまたちのプライバシーに関わるし、学園でのことは何も言わないぞ」
「いや、そんなものは聞きたくもない」
「ん? なに?」
「いや。まあ…そういうことにするか」
「……?」
「アイス、もうひとつ食べるか?」
「ううん、いい。ありがと」
 話が切れたのを見計らったように、俺の携帯から愉快なトレルンキンマーチが流れ出した。

 トレルンキン♪
 トレルンキン♪
 ああ空を飛ぶよ
 ああ月の中に飛ぶよ

「はいはーい」
 マーチなんだけどちっとも行進出来なさそうなところが気に入っている。
 電話は運転手の牧田さんからだった。
 待ち合わせ時間をだいぶ過ぎても連絡がないから、心配してかけてきてくれたようだ。うわ。うっかりしていた…。
「オレ、帰らないと」
「ああそうだ、世儀」
「蓮でいいよ」
「…では、蓮。彼らの先ほどの行動はともかく、音浜会では君の入学に対し、ちらほら不満の声が挙がっているのも事実。近々、一騒ぎ起きるかもしれない。覚悟しておいた方がいい」
「分かった。ありがとう」
 領様の言う覚悟ってどれぐらいのものなんだろうか。
 とりあえず心づもりをしておけってことだよな、とオレは受け取る。
 けれどそれからしばらくは平穏そのもので。もう平気かなと思っていた頃だった。
 災厄は忘れた頃に訪れる。
 それが定番なんだって、オレは実体験することになった。



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