「andante -唄う花-」



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「レン、こっちだ」
 セレスティノが手を挙げて、居場所を教えてくれる。
 オレは人混みにぶつからないよう気をつけながら、駅の出入り口へ向かった。
 避暑地としても使われているところだから、頬にふれる風が少しだけ冷たい。さすがに日向に出れば陽射しが熱を持ち、じんわり汗がにじむ。
「セレスティノ」
「レン、まずいぞ。尻がやぶけそうに痛い」
 深刻そうに言いながらもセレスティノの顔は笑っている。
 長距離を走るバスの座席が思ったより固かったらしい。ピアノの椅子にしてくれていたらまだ平気なのにと、とても残念そうだ。
 ピアノの椅子もけっこう固いのあるけど、あれよりもすごいってことか。それはとっても大変だ。
「どっかでひと休みするか?」
 オレは一足早く街に入ったから、セレスティノよりはほんのわずかだけどこの辺りに詳しかった。
 気軽に入れそうな店はと辺りを見まわすと、いや、と首を振られる。
「平気だ、飯はさっき食べたし。ここで時間をつぶすのも落ち着かねえ」
「うん、オレも朝からそわそわしちゃって」
 明日から6日間の予定で行われる夏期講習。
 名だたる音学校から教授たちが集まって、音楽を学ぶ学生たちが集中講義を受けられるのだ。
 あらかじめ演奏映像を送っておいて受かったら受講できる仕組みなんだけど、セレスティノも行くんだって知ったときはすごく嬉しかった。
 この講座を教えてくれたのはミケーレだし、セレスティノが講座が受けることになんの不思議もないけど、他にもいっぱい選択肢はあったに違いないから。ここ数日はどんな講座だろうかとか、あんまりにも厳しくって途中で帰ってしまう学生がいたらしいとか、癖がある先生が多いらしいとか、そんな話題が尽きなかった。
「あ、親父はあっちで待ってる」
 レンタカーの手続きをいそいそと済ませた父さんは朝からとってもはりきっている。
 早めに最寄りの街に来て、昨日もオレと一緒にホテルのまわりを散歩したり、街で行われている音楽祭をのぞいたりして、久しぶりに父子ふたりきりのおでかけを楽しんだ。
 街全体を音楽で盛り上げようとお祭り騒ぎがほぼひと月続くらしい。そのひとつがオレたちの行く夏期講習で、講習最終日は成果のおひろめをかねたコンペティションがひらかれる。
 駅近くにとめた家族向けのワゴン車の中で待機していた父さんは、オレとセレスティノを見つけると、よしきた、さあ乗れ、いざ行かんと元気いっぱい。
「バスは疲れたろう。蓮と一緒に寝ころんでおけばいいからな」
「あの、今日はすみません。ありがとうございます」
 ここまでも一緒にどうか、って誘ったんだけど。セレスティノはバスがいいから、って。でもここから先はなかなか交通手段も少ないから。
 はじめはとっても遠慮がちだったセレスティノも旅の疲れに負けたようで、気がついたら座席を倒した即席ベッドで寝息を立てている。
 オレに対してはけっこうすぐに慣れたというかざっくりしてたけど。
 考えてみればとんでもなく付き合いが浅い見知らぬ大人だもんな。父さんはオレの友だちを乗せての運転はじめて、って感じでものすごくテンション高いんだけど…そんなことで上げないで落ち着いてくれ。安全運転すごく大切だぞ。
 オレは用意してあった毛布をかけて、起こさないように気をつけながら体を起こす。
「どうした? 蓮も寝ておけばいい」
「うん……、でもなんだか眠くない」
 窓の向こうに広がるのは見慣れない外国の風景だけど、野菜が植わった畑や家々やあるいは道路の縁にときおり現れる立て看板、そういうものはどこにいたって見かけるものだと思う。
 なんだかずいぶん遠くに来てしまった気もするし、なんにも変わらないひとつながりの日常の中にいるんだって気持ちもして、とてもふしぎだった。
 今回、オレは申し込んでいるのはピアノの講座だった。作曲コースがなかったってのもあるんだけど、ミケーレはオレにもっとピアノをって考えてくれたみたいで、だからこの講座を教えてくれたらしい。
 どこの音楽学校にも通ってないんじゃ、その時点ではねられるかなって思ったけど、師事してきてきた先生に秀さんの名前を書かせてもらえたし、ミケーレが持ってた推薦枠というのもたぶん大きい。
 秀さんとは身内だし、遊びながら教わってた感じもだいぶ強いんだけど、教え子がいるとしたらそれはオレだろうって、秀さん本人も、ミケーレも言うのだ。
 オレとしたら、オレみたいなのに教え子だとか名乗られちゃったら秀さんが困ってしまうんじゃって気がおおいにするんだけども、ピアノとかの相談事をするとしたら、やっぱり秀さんしか思い浮かばなくて。
 秀さんにこういう講習に応募するにはどうしたらいいかって聞いたら、すごかった。
 書類を全部持ってきてすぐに、って、ふだんののんびりさからは考えられないぐらいの勢いで返されて、やたらと枚数のある手続き書類に2人そろって挑み。
 あなどるなかれ書類、たかが書類。されど書類って言葉がぐるんぐるとまわってた。
 こういうのは勢いと根気と下準備がものすごく大切なんだよ、って、すごく真剣な顔で秀さんは言い、お互いに行き詰まりかけてもめげずにたくさん電話をかけてくれたりして、たぶん秀さんがいなかったらあんなりすんなり進まなかったと思う。
 なんだかとってもかっこうよくって、すごかった。
 尊敬の眼差しで見ていたら、なんだか鼻高々な気持ちになったらしい秀さんがつい自慢しちゃって、それをたまたま聞いてしまった響さんにめっためたに言い負かされてたのは、ええと、人には得手不得手があるということだと、たぶん。
 このあいだも、テレビにへんな模様が映りこむようになったって秀さんが言い出して、故障かもしれないけど、もしかしたらおばけがいるのかもしれない。おそなえものをしてみようと思う。バナナでもいいかなあとか言いはじめ、よくよく見てみたら酔った秀さんがべたべたさわった指紋だったという、話もあるものだから……。
 おばけじゃなくて、良かったと思う。うん。なぜかそんな秀さんとオレののんびり具合が似ていると言われるのがなぞだ。
 オレはテレビに指紋つけたりしないぞ。そもそもお酒だって飲まないし、テレビは電源を付ける、チャンネルを変える、くらいしかマスターしてないし…っ。いやこれこそ自慢できないんだけども……。
 そんなこんながありつつも、なんとかうまいこと審査に通って行けることになったのが、すごく嬉しくって楽しみで、ちょっと心配もしていた。
 体調はいいし、天気もいいし。こういうのって案ずるより何とやらってやつだよなって思うんだけど。
 ここまで来るのも、父さんたちがだいぶん気をまわしてくれて、疲れたりしないようにって考えてくれた。万全の体制っていうのがあるなら、たぶんこれだよなあって思うぐらいには色々としてもらってて。
 みんなのことをオレはとっても信用してるし、ここまでしてもらったんだから平気に決まってるって思うんだけど、オレはいちばん、オレのことが信じ切れてないような、で。
 ここぞというときに限って、楽しみにしていたことがだめになるから。薄くもやがまとわりつくみたいに、心配事はつきないけど。
「蓮、朝にでたヨーグルトを避けてたろう。まだ苦手なのか?」
 うっ、気づいてたのか。
 オレはむずかしい顔で眉を寄せた。
 父さんがにやにやとした笑みを見せる。隠してても分かるぞ、の顔だ。
 いやさ、あれさ、甘くないヨーグルトだったんだよ。
 蜂蜜たっぷりいれたらまだ平気なんだけど、なぜだかどうにもあんまり得意じゃなくって。
「体によいのになあ」
「他によいものいっぱいあるし。それ食べるし」
「ヨーグルトにはヨーグルトのよさがあるんだがなあ」
 そういう父さんは大好きなのだヨーグルトが。この発酵方法は、とか語らせるとちょっとうるさい。
 だからこそじぶんが大好きなものをどうしてオレがそんなに苦手としているのかと思うようで、どの辺りが苦手なのか聞き出して改良しては食べさせたがる。
 その果敢かつ粘り強い取り組みが実のところオレにまたきたこれ感を演出しているわけでもあって、それ食べなくたって平気だから。おいしいものを他にいっぱい知っているからって気持ちにさせるんだけど。
 そんな話をしているうちにオレは小さな心配を抱いていたこともすっかり忘れて、前日あれだけたっぷり休んだのに眠たくなってくる。いやいや起きる平気だと考えているうちにあっさり睡魔にさらわてるうちに、気づけば講習会場となる小さな丘へと入っていた。




 門から向こうに入れるのは関係者のみ。父さんとは門前でお別れだ。
 実のところオレは校外学習とかキャンプとか、そういうのの参加経験がほとんどなくって、テントで寝泊まりとかいいよな。すごいよな…っ。
 今回のは残念ながら、そんなささやかなサバイバル要素さえないけど。
 丘に点在するコテージは冷暖房完備だし、管理用の建物周辺にはレストランもあるし、みっしりたっぷり音楽づけでいてくださいって感じだ。まあだからこそ、オレでも参加希望を出せたわけだから、ありがたい。
 でもいかにも残念そうなオレに広也たちが、じゃ、今度キャンプしようって言ってくれて、オレは今からそれがものすごく楽しみだったりする。
「ようこそ、みなさん」
 短めに切りそろえたふさふさとした真っ白い髪が風の中に浮き上がって見えた。主催者のおじいさんはそのまま弾んでどこかへ飛んでいくんじゃないかと思うぐらい軽やか。
「それでは先生たちを紹介しましょう」
 ぼんやりふわふわの髪に見惚れているうちに挨拶が終わってしまったらしい。
 自分の隣に並んだ講師陣をひとりずつ紹介してくれる。
 にこにこ笑顔でほっぺが落ちそうなおじいさんなんだけど、長話は好きじゃないみたいだ。
「アミルカーレ・アミです。僕と一緒に音の世界を広げましょう」
 アミ先生はコンクール優勝者を何人も出している優秀な先生らしい。
 ほがらかに話す口もとにはそれ相応の自信がのぞき、今回のピアノコース受講者はこの先生に教わりたいと考えている人が多いのだとセレスティノが言っていた。
 みんな眩げに先生のことを見ていて、少しそわそわしている。
 希望は出せるようにはなっていたけど、受講生側から先生の指名はできないから、誰がどの先生にあたるかはこの先にある発表を待たないといけない。
「チムール・ポーリン。わたしについてこられない学生にはすぐに帰ってもらってかまわない」
 その隣に並んだポーリン先生は目つきもするどく、何かいらだつことでもあったのだろうかと心配になるぐらい険しい顔をうかべている。
 とっつきにくことこの上ないけれど、この先生にあたった学生はすさまじい上達ぶりを見せたりするようで、彼を慕うプロの演奏家の中には地獄の門番と呼ぶ人もいるとか聞いた。彼を乗り越えられたのだからまだ大丈夫だ、って思えるのだとか。
 ちなみにそれを教えてくれた秀さんは苦虫ってものがあるとしたら、ぜひ彼に噛んで欲しいとか言ってた。もともと苦虫を噛み潰したよう顔だから、苦虫を本当に噛んだらどうなるんだろうね、って……それはたぶん相当すごい顔になると思うなあ。
「トマス・フリーデン。……です」
 もじゃりとからみついた巻き毛の中に卵をあたためても気づかれなさそうなフリーデン先生はとっても眠そう。というか、半分眠っていないだろうか……あっ、ふらついた。肩をぶつけられたポーリン先生ににらみつけられてるけど気づいてない。
 この3人の中ではそれほど目立った実績もなくて、一応音大の先生ではあるんだけどもそれほど有名なところでもなかようだ。
 短い挨拶に主催者からは苦笑と、他の先生たちからのあきれた空気とが流れて、立ち並んだ受講生からざわめきが漂う。生徒にやる気があっても先生になかったらなあ、困っちゃうかも。
 気が合う先生に当たればいいけど、それがいちばん重要かって言えば違うしなかなかむずかしい。
 そんなオレはと言えばさっきから主催者のおじいさんの髪にやっぱり目が釘付けだ。
 ふわりふわりって風に揺れてるのが綿雲みたいで。なんであんなにふわふわなんだろうか。特製のふわっふわシャンプーみたいなのがあるんだろうか。ちょっとそれで髪を洗ってみたいぞ……。
「えー。うん、自己紹介も済んだようだから、それぞれの先生方から受け持ちの受講生の名前を読み上げてもらおうかな。名前を呼ばれた人はそばに集まって、それぞれコテージに移動してちょうだいね」
 ふわふわのおじいさんはのんびりと言う。
 練習及び宿泊に使用するコテージは各先生たちに割り振られており、受講生はまだそれぞれの荷物を抱えてた。
 オレぐらいなら楽々入れそうな大きなスーツケースを引いている人もいれば、ほぼ何も持ってきていないに等しいんじゃって感じの人もいる。
 セレスティノはどちらかと言えば後者。こういった講習には何度も参加しているし、コンクールのために各地に行ったりしているせいか、いかにも旅慣れた様子の小ぶりのボストンバッグひとつきりなのが何だかかっこいい。
 ちなみにオレも身軽にまとめたつもりだったんだけど、なんだそれはとトオ兄やら父さんやらにチェックを入れられ、わずかに荷物を増やされるという予想外の事態。……携帯電話の類は必要ないと思ったんだよ。連絡ならこの講習の本部を通してもらえばいいわけだし、つい最近持たされたばかりなのに海外行くからって機種そのものを変えられたばかりで、なんというか馴染みもないし……。
 オレみたいな機械音痴でも使えるよう少しずつ手を加えてもらっているんだけど、なんというか、染みついた苦手意識はなかなか拭えないわけで。父さんたちもそういうの知ってるから、いざというときにないよりはあったほうがいいもの、の1つとして持ち歩いてくれたらいい、って感じみたいだけど。
 いつか布きれぐらいに軽くてもっと持ち歩きやすくならないものだろうか。なっても忘れるかな。……ううーん。
 そういう話をセレスティノにしたら、迷子になられると困るものだ、ってどう考えても弟たちと比べただろうそれ、って感じのことを言って。
 オレ、小さな子どもじゃないんだから迷子になってもちゃんと道聞いたりできるから…っ。
 オレの主張に、知らないひとにほいほいついていくのはやめておけよ、って、あきれ顔で言ってくるし。オレ、ついていかないし、そんなこと当たり前だろって思ったけど、……あれ? いや、でっかいわんこにはもれなくついてったか……?
 ベランジェ相手にはその上に掃除のおまけまでついたけど、そ、それはそれだ。うん。
 うやむやにむにゃむにゃ口をつぐんで、知らない人についていくときはもっとよく考えようってこっそりと思う。
 セレスティノはどの先生のもとへ行きたいという強い希望はないらしく、早くコテージに移動したいって顔をうかべている。
 その顔を見知っている受講生も多いようで、何々コンクールの優勝のって囁きがどこからともなく聞こえてくるけど、セレスティノはオレの視線にだけ顔を向けてきて、ここに末っ子でもいりゃ放り出してその辺一緒に走るのに、って。バス移動をしたあと車移動だからさ、どうも動き足りないんだという。
「ノエくん、ものすごい勢いで走り出すよな……オレ、まったくついていけなかった……」
 セレスティノの末の弟、ノエくんは元気いっぱいのちびっこだ。
 つねに全力、動きが止まらない。
「レンが気になってしょうがないみたいだからな。適当に付き合うぐらいがちょうどいい」
 適当かあ。その適当が分かればいいんだけど。
「そういえば、セレスティノはここに知り合いとかいるのか?」
 見た感じ、顔見知り同士が本当に多そうだ。
 広くて狭い世界だからってことなのかもしれないけど、初対面同士のおずおず感が少ないように見える。
 この土地に縁ある先生たちが自分たちの生徒に声をかけてみました、って規模なせいかもしれないけど、オレはとにかくはじめてな上に音楽学校の生徒でもないから。まったく事情が分からない。
「そんなに親しいヤツはいねえけど、あそこの白スーツは有名」
 確かにひと目見たら忘れられない感じだもんな。
 生クリームも裸足で逃げ出すんじゃ感じの真っ白いスーツを着た金髪の受講生は、これまた純白って言葉が相応しい大きなスーツケースを隣に置いている。
 よっぽど白が好きらしい。
「あいつの家は音楽一家でな、母親はフルート、父親はチェロ、姉は指揮者だ」
「へええ、すごいな」
「すっげえ気が強い姉ちゃんで、トマトみたいな赤のスーツをしょっちゅう着ている」
「……姉弟で並ぶと、すごそうだ」
「ああ、ものすごく目立つ」
 紅白だもんな。めでたさもすごいぞ。
 すごいといえば、その彼の後ろにいる小柄な少年は主催者の挨拶も先生たちの自己紹介もそっちのけでずっとマシュマロやチョコレートを頬張っているもんだから、少し離れたところにいるオレたちのところまで、甘い匂いが届いている。
 ほんの少し巻き気味の茶色の髪にふっくらとした頬が可愛くて、天使みたいと口にしている子たちもいた。
 お菓子が好きなの? って聞かれては、クッキーをもらったりしていて、ものすごく嬉しそうにしているんだけど、オレ今度から天使の主食はお菓子(スナック菓子もおおいに含む)って言えるかも。
 オレの視線に気付いたセレスティノは、ああ、あいつもな、みたいなことを言ってて、目を引く相手ってのはどこにでもひとりふたりいるもんな、って思う。
「他にもけっこういい顔ぶれがそろってる」
「へええー…」
「まあ、レンが来てる時点で相当だろうな」
 オレでも混ぜてもらえる相当なすごさがあるってことだろう。懐が広いみたいな、あるいは多少変なのいても平気、みたいな。
 それにしてもなかなか名前を呼ばれない。って思っていたら、頭をかきながらおっくうそうにフリーデン先生が4人分の名前を呼んだ。
「ニーノ、レン、セレスティノ、ヴィクトル、以上4名、移動するから車に乗って」
「車? 歩いてはいけないんですか」
 白いスーツに肌を照らされながらヴィクトルが眉をひそめる。
 他の受講生たちはみんなぞろぞろ歩いて行ったのだ。その疑問が出るのは当たり前だろうけど、答えはあっさりしている。
「あっちは好きじゃない。別のコテージを使う」
 フリーデン先生はそう言うと、駐車場にあった小ぶりの車に乗り込む。黒っぽい車体のところどころが歪み、塗装もはげかけだ。まるっこいフォルムは愛らしい雰囲気なのに、歴戦をくぐりぬけてきた感がものすごいぞ。
 まあこの辺りじゃ、これぐらいのへこみは当たり前なんだけど、それにしたってところどころガムテープ補修されている見た目はなんというか本当に動くのかこれ、と言いたくなってしまう。
「この車は……?」
「俺の。君は背が高いから助手席ね、他は後ろに乗って」
 小さいのが2人いてたすかったな、と先生が呟く。
 それはもしかしなくってもオレとニーノのことだろうか。ニーノはさすがにマシュマロの袋はしまったみたいだけれど、頬がふくらんでいる。どうやらあめ玉をなめ中らしく、そばにいるとブルーベリーの甘い匂いがする。
「主催者のおじいさん、おいしそうな頭していたね」
 ニーノが話しかけてくれたけど。
 確かにその通りだと頷いたけど。
 おじいさんの髪を摘んで口に運びそうな感じがするのはどうしてだ。
 セレスティノはまあ平気だろうって顔で助手席に乗り込み、オレたち3人が後ろに乗る。そこまでは良かったんだけどもヴィクトルの荷物が問題だった。
「先生、ヴィクトルのスーツケースが入りません」
「なんでそんなに大きいの? 大理石?」
 大理石に似てるけど大理石じゃないと思います。
 悩ましげな先生にオレは心の中でひっそり否定する。
「ボクの荷物は軽いから膝の上になんとか置けるけど、これ乗せたら体がつぶれちゃうね」
 にこにこ口をひらいたニーノの荷物はものとしてはとっても大きいんだけど、すごく軽かった。
 もしかして中身は……、ぜんぶお菓子…なんだよな…たぶん……。
 そう考えると逆にうっかり体重かけたら粉々に砕けてしまう割れ物注意感に冷や冷やしてきた。
 悩んだフリーデン先生はトランクに積んでいた紐で屋根にくくりつけ、車はなんとか走り出す。地面のでこぼこに車体が揺れるたびにスーツケースの重みでたわんだ天井がぼこんと鳴るのがおもしろい。
 オレは妙に楽しくなってきてしまって、沈黙に満ちた車の中で高らかににぎやかなラッパの音が鳴り響きはじめているような気がした。



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