ロトの防具は、どれもグレンのために誂えられたかのようにぴったりだった。 どっしりと重厚な印象でありながら、実際に身につけるとほとんど重さを感じない。膝を屈伸しても腕を折り曲げても少しの不自由もなく、まるで布を纏っているかのように柔軟に動くことが出来る。 「すごい……こんな鎧、初めてです。大きさもぴったりだ」 一通り体を動かした後、グレンは感嘆の声を上げた。 「その鎧は持ち主に合わせて大きさを変えるんだ。今は君だけのロトの鎧だよ」 「ももー」 モモがグレンに駆け寄り、ぺちんぺちんと脹脛を叩く。かっこいい、良く似合うとおだてられて、グレンはてへへと後ろ頭を掻いた。 「そうかな。少しは強そうに見える?」 「も。ももももももーもも。も、ももも」 「え? うん……でも怒らせちゃったし……」 「怒らせちゃったって誰を?」 静観していたロトが、そこで興味を持った風に身を乗り出してきた。 「もももももももも」 グレンが言葉を濁すより早く、モモが盛んに手を振り回してことの次第をぶちまけてしまう。狼狽と羞恥に真っ赤になったグレンに向かって、ロトはにやっと唇を歪めた。 「彼女とケンカ中かぁ。お姫様のお相手ってことは、君は将来王様になるんだ」 「……僕はそんな器じゃありませんから」 「そんな風に自分を卑下しちゃダメだ。君を想ってくれる人が悲しむよ」 ほとんど習性のようにへこん、と項垂れたグレンを、ロトはやや強い口調で叱った。 「人の器ってのは多分、毎日少しずつ形を変えていくんだ。そしてそのうち王の形になったり、鍛冶屋の形になったり、それぞれの幸せがぴったりと治まる器になるんだよ。君だって旅に出たと今じゃ違うだろ?」 「……」 言われてふと振り返れば、あくせくと奮戦する過去の自分が随分と遠くに見えた。 経験してきた全ての事柄は、旅立ちの頃とは比べものにならぬ強者の血肉となってグレンに宿っている。未熟だった少年の器は旅を経て、そうと気付かぬうちに剣士の形を完成させつつあるのだ。 「君は君のやりたいことをして、叶えたい夢を叶えていけばいい。もし君が王になる人なら、器は勝手にその形になると思うよ」 「……はい」 くそ真面目に頷くグレンに微笑んでから、ロトはついとモモに視線を落とした。 「俺も随分世話かけたけど、この子は別の意味で手がかかってそうだな」 「もももも」 「真面目な分俺よりマシって? 相変わらずキツイな」 古い友人のように和んでいるロトとモモを長いこと見比べてから、グレンはおずおずと二人の会話に口を挟んだ。 「あのぅ」 「何?」 「モモちゃんとお知り合いなんですか?」 「厳密に言えばこの子の前の姿と、かな」 「前の姿?」 「不死鳥ラーミアだよ。」 「……は?」 不死鳥ラーミアは天つ国の神、太陽の血筋に加護を与えた空の主だ。雲を掻き分け、風を巻き起こし、虹色の飾り尾から光を放ちながら空を駆けたという。 「砕けた不死鳥の力の一部が、君の血に呼ばれて生まれ変わったのがこの子だよ。ほら、この辺とかこの辺とか一応鳥っぽいだろ?」 「い、一応鳥っぽいって」 よく言えば愛嬌がある、悪く言えば不恰好なこの生き物がラーミアだとは俄かに信じがたい。グレンはおろおろとモモの前にしゃがみこんだ。 「モモちゃん、一言もそんなこと言わなかったじゃないか」 「もも」 「聞かれなかったからって、そういう問題じゃ……」 「不死鳥は太陽の血筋の導き手。俺がラーミアに支えられたように、この子はそれとなく君を導いてくれたはずだ。俺も君もいい友達に恵まれたね」 「……」 モモの円らな瞳を眺めるうちに、グレンの唇を意識せず微笑みが刻まれた。怒りっぽくて、口うるさくて、決してグレンを甘やかさない厳しい友人は、確かにこれ以上のない相棒だ。ラーミアだろうが神の生まれ変わりだろうがモモはモモ、それ以外の何者でもない。 「モモちゃんには何時も助けられています。そしてこれからもたくさん助けてもらうことになると思います」 「それでいいよ。支え支えられるのが仲間なんだからさ」 ロトはひょいと両の眉を跳ね上げた。 グレンが荷物を背負った時、その日の太陽が地平線からゆっくりと顔を覗かせた。押し寄せる光の漣に飲まれて、満天の星が一つ、また一つと消えていく。 「それじゃ気をつけて」 「はい」 グレンが次に目指すのは南の要塞都市メルキドだ。砂漠を南下した後東の山脈地帯を越え、更に平原を渡った先にその町はある。 「メルキドの魔術師協会を訪ねてみるんだ。そこに俺が預けたものが伝わってるはずだから」 「分かりました」 魔術師協会は国の保護下、魔術師の育成や魔術の開発に勤しむ人々の集まりだ。協会は十二人の魔術師によって運営され、議長を務める最高魔術師が最終的な取りまとめを行う。その最高魔術師こそが、ロトと旅をした魔法使いの子孫に当たるらしい。 「お世話になりました」 一歩踏み出してから、グレンはおもむろに振り向いた。 薄緑色の燐光を纏って、ロトは蛍の如く輝いていた。その姿が半ば透けているのを見て、グレンは改めて彼がこの世のものではないことを確認する。 「例えあなたがお調子者で女の子に弱くてチビでドジでおっちょこちょいな勇者でも」 一息飲んでから続けるのは、ずっと胸に抱き続けた言葉だった。 「僕の憧れであることには変りません」 「……ありがとう」 微笑んだロトがぱっと光の粒になって弾けた。きらきら輝く光がすっかりと大気に溶けたのを見届けてから、グレンは南の方角に顔を向ける。 「行こうか、モモちゃん」 「ももー」 一人と一匹が、再び砂漠に向かって踏み出した。 |