『ボクと魔王とキ妙な学者 5』 <前へ>


「パオオオ!」
 抉らんばかりの力で、シマシマの鼻が何度も地面を叩く。にやけた青い目が一行を高い位置から見下ろしていた。
「うわ、4体も!?」
 ルカは思わず後ずさる。
 取り巻きのネズミの群れを引き連れ、草原を守るゾウたちが現れたのだ。縄張りを荒らされ怒っているのか、どすどすと足踏みまでしている。攻撃力が高いうえに図体が大きく、踏まれでもしたらただではすまない。
 しかし、予備動作として軽やかにステップを踏み、日傘を開いてふわりと降りてきたロザリーは動じた様子がない。金属の防具を着けているのに、少年よりはるかに軽いフットワークは、それを裏打ちする身体能力を伺わせた。
「ルカ君、大丈夫よ! 落ち着いて全員にオーバードライブをっ。 自分にもかけるのよ、いい!?」
「えっ?」
 先日の方針『あたしを集中して強化!』と異なる判断に、少年は目を見開く。
オーバードライブは一定時間で効果が切れてしまうし、ルカのダメージを代償とするため数を絞る作戦だったはずなのだが。
「あたしに考えがあるの! アイテムで回復しながらでいいわ、やってちょうだい!」
「は、はい!」
 それでも最優先はやはりロザリーだろうと判断し、少年は全身が一瞬熱くフラッシュする感覚に耐え、技を発動した。ダイス状に光のかけらが集積し、拡散し、そしてピンクの光柱となって女勇者を包み込む。全てを賦活する光に髪を遊ばせて、女は微笑んだ。
「行くわよ!」
 ガッ、と大きく足を開き、力強く大地を蹴る。一気に敵陣深くまで斬りこみ、反撃を食らう前に身を引くヒットアンドウェイ。いっせいに飛び掛るネズミたちには、
「邪魔よ!」
 日傘をくるりと手首であやつり叩き込む。目くらましとはじき飛ばしを同時にこなしながら、彼女はみるみる包囲を崩していった。
「基本あたしが叩くから、博士は撃ち漏らしをお願い!」
 叫ぶ彼女の勇ましい声に、
「まかせたまえ!」
 どこまでもはっちゃけて明るい声が調子よく応える。細い体を生かし予測しにくい動きで立ち回る学者は、どう見ても頭に複数のたんこぶ、髪に焼け焦げ、服にかぎ裂き、目の周りに見事な青タンができていたが、気にかけるそぶりもない。
「ははは、今日の私は一味違うぞ! 止めたければよほど珍しい事例を用意することだね、ふははははは!!」
 高笑いに合わせてぶんぶんと、辞書と見まがう厚さの図鑑が振り回される。ネズミたちは気おされ一匹も近づこうとすらしなかった。
 と、縦横無尽に駆け巡るロザリーをどうにか捉えようとしたゾウが、とうとう足をもつれさせ倒れこんだ。隣にいた仲間すら巻き込み、響く鳴き声と地響きに、オバケたちの一部がひるんで逃げ出す。
「よぉし、この調子で前方クリアを優先、どんどん進むわよ! ついてきなさい!」


「ねえ、なんかみんな……ヘンだよね? 僕が寝てる間、何があったの?」
 ルカは小走りにルーミル平原を進みつつ、珍しく戦闘に茶々を入れず背後で揺れていた魔王に尋ねるが、
「あー……気にするな、知らんほうが身のためだ。ほれ回復するなら今のうちだぞ、さっさと食え。また新手が来るぞ?」
「むぐっ」
 どこかげんなりした声かけと共に、回復用木の実を口に放り込まれて、しかたなくもぐもぐと咀嚼する。
 少年にとっては首をかしげることばかりである。
 昨日は昼過ぎまで寝過ごすという大失態を犯し、震え上がって平謝りしたが誰にも責められず。
 むしろ夕食の支度を積極的に手伝われたり。
 お礼にとかばんを探ってお菓子の残りを探したら「気にするな」と熱心に言われたり。
 キスリングの派手な怪我に驚いて回復を申し出たら「やらんでいい!」と魔王と勇者にはげしく却下されたり。
「うーん……?」
「いやー、愉快愉快。だがこうも動きっぱなしでは、さすがに傷がこたえるねえ。君、木の実を私にもくれないかい?」
「あっはい、いくつ出しま」
「うわああああ! いーからコレに構うな子分! 餌を与えてはいけません、だ! いいな!?」
「えっ?」
「だめよ、キスリングさんには事前に取り分渡しておいたでしょ!? ほらこっち来なさい!」
「ははは、いやあこの年になると忘れっぽくなって困るね!」
「えええっ? や、やっぱヘンだよ二人ともー!」
「あー、いーからいーから。ほらまた来たわよオバケが! さ、今は戦闘に集中集中ー!」
「えーっ!?」


 そして、青く美しい湖を背に、立ちはだかる緑の大集団。揃ってがちがちと口を開閉する様は壮観ですらあった。
「出たわねカエル軍団!」
「ええい、しつこい連中だな!」
「文句言ってても始まらないでしょ! みんな、オーバードライブは!?」
「ばっちりキてるよ!」
「ま、まだ大丈夫です……!」
「オーケー! 中央を突破するわ、多少のことがあっても足を止めず駆け抜けなさい!」
 技によって強化された足は、ここまでの戦闘の疲れを感じさせず軽い。一行の突撃の勢いにおそれをなしたか、カエルたちは目に見えてたじろいだ。
「いけるわ! みんな、これが最後よ頑張って!!」
「は、はい!」
 ロザリーの激に答えようとルカは足を動かした、が。
「うわっ!」
 がぶりとふくらはぎを勇敢な個体に噛み付かれ、たたらを踏む。
「ルカ! このっ」
 影の腕がすかさず払い飛ばすが、そのわずかな隙に少年は周囲を囲まれてしまった。全力で駆けていた他の仲間たちとの間には、カエルたちが壁のようにひしめく。ロザリーが鋭く声を飛ばした。
「ルカ君、バーストは!?」
「だ、だめです前回からまだ時間が……!」
「っ、すぐ片付けてそっち行くわ、だからもう少しがんばって! どきなさいっ、あんた達ー!」
 叫びと共に上空にはじき飛ばされるカエルを確認して、
「……、はい!」
 ルカは手汗をぬぐいながら叫び返す。せめて、じりじり迫る軍団の層の薄いところを探そうと前を見た、そのとき。
「ルカよ。ここでクイズだ! 感謝しろよ、サービス問題だぞ!?」
 びろーんと平たい黒い影が眼前に垂れ下がる。まるで黒子の面包であった。
「えええっ、こんな時に!? ちょ、前! 前見えない!!」
「黙って聞け! おまえ、まさかとは思うが余の名は知っておろうな?」
「ふぇ?」
 きょとんと見開く、鼻先に満月のような魔王の目がある。おとといの夜、恐怖のなかで見た状況と同じ。しかし今はなぜだかあまり怖く見えない。
「さあはりきって答えてみよ!」
「す、すたん…?」
「聞こえんな! 叫べ、腹の底から!」
 なぜか嬉しげに歪むさかさまの三日月に、どうにでもなれ、とルカは腹をくくった。
 堰を切ったようにカエルたちが殺到する中、
「ス!」
 少年の叫びが響く。レイピアがうなりをあげ数体まとめて吹き飛ばす、日傘が回転し群れをからめとる、伸びた脚がきれいな弧を描いてなぎ払い、靴底がふんづけ、
「タ!」
 もぐら叩きの要領で、めげずに立ち上がろうとするカエルたちに図鑑のカドが降り。学者は、無駄に白い歯を光らせて親指を立てた。
「ン!」
「そうだ子分よ! 褒美はこれだ、持っていけ雑兵どもがぁー!!」
 轟音を立てて闇と稲妻が少年の周囲にぶちかまされ、全てをなぎ払った。金貨袋や宝箱が乱れ飛ぶ中、ちかちかする視界に立ちすくみそうになるルカのもとに、
「こっちよ、走って!」
 ロザリーが駆けつけ、手をひっつかみ先導する。
「ははは! すば、らしい、連携だねえ、っと!」
 ばらばらと飛んでくる焦げカエル弾を、キスリングは走りながら器用によけまくり、最後にはスライディングイナバウアーを決めた。
「不本意だがな!」
「まったくよ!」
 怒号を交わしながらも勢いは止まらない、そして。


 駆ける足元がまばゆく輝く、さらさらとした砂へと変わる。青く澄んだ巨大な水の塊が、目の前でしぶきをあげていた。ルカがちらと振り向くと、無数の赤や白のオバケがわらわらと追ってきていたが、
「振り切るわよ! 待ってなさい、あたしのお魚料理ー!」
 かなりの速度で先行していたロザリーが、叫びとともにさらに加速する。
「結局はそれか食い意地勇者!」
 魔王のツッコミに、笑んだ目線だけを向ける彼女の足音が、床板を踏んでひときわ高く鳴る。波打ち際に複雑に組まれた桟橋が一同を迎えようとしている。2日遅れでついに到達した、漁業の町リシェロの入り口であった。
「ふんだ、どうせあんた食べられないから悔しいんでしょ。その分あたしがおいしく頂いておくわ! 残念でしたー!!」
「誰もんなこと言っとらんわあぁ! この卑しんぼ勇者め!」
「じゃー、あんたはハラペコ魔王ね!」
「黙れこの卑しんぼ勇者卑しんぼ勇者卑しんぼ勇者!!」
「へへーんだ、ハラペコ魔王ハラペコ魔王ハラペコ魔王!!」
「ははは、愉快痛快!」
 デットヒートを繰り広げながらも、まったく恐れ気ない3人の声が水際に高らかに響く。
「ちょ、待っ……!」
 ひいはあと息を荒げながら、でも確かにそこに混ざりながら。ルカもまた、桟橋を全力で駆けぬけた。






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