『ハッピー・ハロウィン・ジャックナイト! 5』 <前へ>


 とろりと重いまぶたを開く。まだほの暗い室内に、窓から細く朝の光が差していた。
 動こうと思って数秒立ってから手がのっそりと動く。ぎこちない身体に、どうやら相当深く眠っていたらしいと気づく。
 ダイニングを見渡すと、子分兼妻が椅子にかけたまま机につっぷしているのがわかった。魔王兼夫は結局二人そろって寝落ちだったかと苦笑する。
 静かにソファから身を起こし、寝室から毛布を取ってくる。着の身着のままで寝てしまったのだ、小柄な身体が冷えていないかと気がかりだ。すでに遅すぎるかもしれないが、少しでも暖めてやりたい。
 ゆっくりと上下する肩に毛布をかけると、そのタイミングでもぞりと赤茶の頭が動き、
「んー……」
 と小さな声とともに持ち上がった。目の前で、ぼーと半分閉じた目で虚空を見つめているので、スタンは少しためらってから声をかけた。
「……ルカ? すまん、起こしたな」
「んん……? スタン?」
 ルカはニ、三度まばたきしたあと、
「スタンだ……」
 ゆっくりと、わだかまりが解けていくような。安堵に満ちた顔で笑うものだから、なんだか、勝手に。
 手を伸ばす。まず頬に指先を当て、耳を経由して後頭部に滑らせ、頭の丸みを手のひらで抱え込むようにして引き寄せて、それで。
「ん、」
 重なる直前にひどく自然に目を閉じるのも、こちらの動きに呼応して顔の角度を変えてくれるのも、なんだか、どうしようもなく。
 聞こえるのは朝鳥のささやかな囀りだけ。静まり返った空気の、その隙間に隠れるようにして、二人はしばし、互いの呼気をそっと盗みあった。

「…ふふ」
「なんだ?」
「笑わない? ……なんだかね、静かすぎて。世界に二人きりみたい、だなあって……」
「……、そうか。……ククッ、あの夢の中のように、か? 詩人だな、ルカ」
「もー、だから忘れてって……」

「「……?」」

 と、違和感に二人の表情は笑顔のままゆっくりと固まる。ぼやけていた思考がいっせいにめぐりだす。それって、ええと。

「「え」」

 ええと、どこまで。せわしなく目線が飛び交う。意味もなく互いに指を差す。口がぱくぱくと動く。頬に、一気に血が上る。

「「えええええええ――――!?」」



 たちまち、どたどたと盛大な足音が家の外まで響くや、玄関ドアがばぁんと弾けるように開く。平和に朝を謳歌していた小鳥たちはいっせいに飛び去り、ドアのちょうつがいはぎいぃと悲鳴じみた音を立てる。そして、
「ああああああっ! ない! おいルカ、なくなってるぞあのカボチャランタン! ご丁寧にマントだけたたんであるが、なんぞこれイヤミか!?」
 あわてふためいて飛び出していった男は、玄関でいっそワザとらしいほどの大騒ぎをしているが、それについてツッコミを入れる者はこの空間に皆無だった。
 なぜなら彼の相方たる少年は、ただいま絶賛毛布にうずもれて細かく震えているからだ。かろうじて露出している指先までがほの赤く染まっている。
「ないないありえないやめてまじではなしちがうじゃんじゃっくのうそつきはずいはずいむりしぬあんなんはずかしねるまじむり」
 かすれた半泣きの声で呪詛を唱え続けるふとんおばけの手前、テーブルには、オーブン入りを待ちくたびれて退屈そうな、まだ生白いパイが置かれたままになっていた。
 パイ皿の脇にはメモがある。適当な紙切れに、子どもが落書きしたかのような乱雑な字で、そこにはこう書かれていたのであった。
「楽しかったね、ルカ! でも来年こそは、お菓子をちょうだい! J」


 外はようやく一番鶏が鳴き始め、早出の農夫たちが挨拶をかわし合う声がぽつぽつと聞こえ始める。みるみるうちに朝日は蒼空を駆け上がり、世界を鮮やかに照らし出す。平凡だが穏やかな一日が始まろうとしていた。





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