《ボクと魔王と世界のカタチver.2:spring sleeping beauty》


01 in case of “sleeping beauty”

さっきからもう、とろけてしまいそうなのだ。

優しい水色をした空を、ふわふわと丸っこい綿雲と、数羽の小鳥の影が横切ってゆく。
ときどき、思い出したように間をおいて聞こえる、ぴいちくぱあちくと華やいだ声。ヒバリだろうか。

ああ、いい天気だ。とルカは目を細めて思う。

あの厳しかった冬がうそのような、うららかな陽気。
遠く、かすんだようにひなたで輝いている小道を木々のむこうに透かし見ながら。
さやさやと葉と木漏れ日を揺らす梢の下、青い香りの若草にジーンズの足を投げ出した自分の鼻先を、
黄色いちょうちょがのんびりと横切っていく。

そんな、この世の春を謳歌する景色の中で、
さらりと髪を温い風になぶられ、頬をくすぐられる感覚を覚えながら少年は今。
隙あらば仲良くなろうとする、自分の上まぶたと下まぶたをどうにかしようとひそかに格闘していた。
しかし、目をこすっても頬を叩いてみても頭を思いっきり振ってもとろとろと甘くのしかかってくる睡魔は、
この少年がすっかり気に入ったのか、どこへも行ってくれようとしない。
(ちょっと休憩、って木陰に入ったのがいけなかったんだ…)
と、少年はぼやけた頭でかろうじて思考する。
結構な広さのあるウィルクの森を、朝から歩き回った足の疲れはそこそこ取れたものの、
今度はおしりに根っこが生えてしまったかのように、立ちあがるのがおっくうになってしまっていた。
かてて加えてこの眠気。
もはやぐったりと木の幹に身をあずけた少年は、
それでも意識だけは飛ばさないようにと、必死で頭を回転させ、考える。
どうしてこうなっちゃったんだろう、と。

ルカの一家にはイベントが多い。
役所づとめであるせいか、いろいろイベントの企画を考えるのが得意(と本人は思っている)な父が、
何かとあると“ひらめいて”しまうからだ。
例をあげれば、ある日突然、くわともっこを持ち出してすごい勢いで庭を開墾して畑にしてしまったり、
収穫時期になれば大イモ掘り競争を開催したり、山のようにとれたさつまいもを見れば、
ありったけの落ち葉をかきあつめてやきいも大会をやってしまうような…まあ、そんなノリである。
はじまりはいつも、父が
「やあみんな、聞いてくれ!とーさんすっごくいい考えがひらめいちゃったよ!!」
と眼鏡の奥の目を輝かせながら無責任に思いつき、
母が「まあ素敵!やっぱりおとーさんってすごいわ!天才だわ!しびれちゃうわっ!」
などど面白がってきゃあきゃあ言いながら応援し、
妹は「えー、あたしは嫌〜、だってこれからデートだもーん。」
と、ある意味とても正直かつ正常な反応で要領良く逃げ出し、
祖父母は「まあ、いいんじゃないかい、楽しそうだし」「ええ、そうですねぇおじいさん。」
といつもの調子で全く抑止力にならず。
そして、その『素敵な思いつき』の準備もろもろ、
つまりはめんどうなことは全てルカに押し付けられるといった具合だ。
ちなみに厳冬だった今年、村のイベントとして行われた
「小鳥さんいらっしゃ〜い☆大・作・戦(はあと)」も父による発案である。
美術品の嗜好とおなじく、いまいち感性がひととがずれているなぁ、とルカなどは思う。
でもまあ、仕事を押し付けられるのもへんなテンションにまきこまれるのにも、
彼はすでに慣れっこの不幸な少年である。
文句を言ったところで何ともならないのは学習済みなので、
むしろ、四季折々のそれらの行事をできるかぎり楽しむことにしていた。
さて、今回のイベントは、既に春の恒例となっている野草つみである。
探すのは主に、タイムやミント、セージなどの野生のハーブ類。
ピクニック気分でウィルクの森を散策した後、夕飯でもれなく春の味覚を楽しめるという、
割に有用なイベントである。
家庭内でも人気が高く、さらに言えばもともと料理好きのルカとしてはかなり楽しめる部類にはいるものだ。
だから、それはいいのだ。まあいいのだ。
しかし今は、とにかく眠くて眠くてしょうがない。
ただの春の陽気にさそわれた眠りではない。
それは、病的なほどに強く、甘く心地よい空白のなかに意識をひきずりこむ眠りだ。
原因はわかっている。
完全な睡眠不足。
ルカは、ますます動きのにぶくなった頭で、ゆうべのことをぼんやりと思い返していた。


「さあ、来い!」
やたら気合の入った声とともに、勢い良く二枚のトランプが突き出される。
夜更かしのせいとは思うけれど、相手の目が血走っていて、ちょっと怖い。
カードを目の前にして、ルカは、いつものように眉を八の字にして、
こまりきった子犬のように小首をかしげた。
「ぬ、なぁにをグズグズしとる子分。ふふん、どちらか分からんのだろう、んん?せいぜい迷うがいい!」
と、魔王はそっくりかえってぐわははと笑った。
今かれは黒衣をまとった二十代半ばの男性の姿だけど、そのしぐさはぺらぺらの影の姿を思い出させた。
(いえ…)
ルカは内心こっそりと呟く。
(むしろ逆です)
さっきから行動のはしばしが妙にオーバーリアクション気味だし、
目線はちらちらと左側ばっかにいっている。
わかりやすい。きみって分かりやすすぎるよ、スタン。
パジャマの肩をおとしながら、少年はあえて目線の先のカードを選んだ。
スタンの表情がにたりとゆがむ。案の定、ひっくり返してみると、悪魔が邪悪な笑みをうかべた絵柄。
…だれかさんそのものじゃないか。
「ふはは、ぶうぁかぁめー!!」と、心底勝ち誇る彼をじっとりと眺めながら、繰り返し溜め息をつく。
これで、彼がもういちどこれをひいてしまわない限り、彼の勝ちになる。
勝ちに、できる。

時計は深夜0時をまわっていて、翌日1日じゅう森の中を歩き回る予定をひかえているのだ。
ルカとしては早く寝たい。
しかしこの負けず嫌いな魔王は、自分が勝たないかぎりゲームを終わらせてくれないのである。
負けると、貴様イカサマしただろう!とか光の加減で透けて見えたのではないか?
とか無茶ななんくせをつけて素直に負けをみとめず、いやおうなく再戦になってしまう。
魔王は普段から、こういったゲームがよわいわけではない。
むしろ落ち着いてやればルカが負けることのほうが多い。
実際今夜、夕食後に「退屈だ」と称してカードをきりはじめたときには余裕すら漂わせていたのに。
しかし、一回でも負けると、このひとはとたんにムキになるのだ。
そうすると表情に状況がだんだん出やすくなり、判断ミスも俄然増えて、負けが負けを呼ぶ結果となる。
そして、ますます勝てなくなる魔王は不機嫌になり、
その子分たる自分は寝かせてもらえなくなるという寸法だ。
だから、ここは負けるが勝ち。
もちろん、子分にわざと勝たせてもらったなんて知ったら、
プライドの高い魔王は怒り狂うだろうから、こっそりと。
「こら、どうした。さっさとカードを出さんか。今度こそ余が引導を渡してくれよう!」
ひじでつっつかれた少年は、魔王のまえに二枚のカードをおずおずと差し出した。
目線を右側のババにもっていくことを忘れずに。
スタンは手中におさめた獲物をもてあそぶように、にやにやしながらしばし焦らすのを楽しむと、
鷹揚な態度で手をのばす。
ああ、もう、とどめをさしちゃってください。
すっかり観念して目をつぶるルカ、でもこれでようやく眠りにありつけると安堵する。
だがしかし。

「全く、いつまでルカを付き合わせる気じゃ、このボンクラ魔王がッ!」
がちゃりとドアが開くと同時に、切れのいい怒声がスリッパとともに飛んできてスタンの後ろ頭に炸裂した。
直撃を食らった魔王はぐお、と叫んで手にしていたカードを取り落とし、頭をかかえる。
突然のことに同じくカードを落として仰天していた少年が、あ、と声をこぼした。
彼と魔王の落とした3枚のカードは絨毯のうえの白い山にひらりと舞い、まぎれてしまう。
これで勝負の行方は永遠にわからない。
「…き、キサマいきなりなにをするかっ!?」
涙目で後頭部を押さえながら振り向いた魔王は、赤い瞳にじろりとにらみ返される。
「父上も母上も、他の皆もとっくに寝ておるのじゃぞ!時間を考えて騒がぬか!!
 お主の下品な笑い声、廊下まで響きわたっておったわ」
長い金髪をすこし乱した寝巻きの娘…マルレインは、王女時代の口調で啖呵を切り、
油断なくもうかたいっぽうのスリッパをかまえた。
「いま終わるところだったのだ、余の絶対的な勝利でな。それを邪魔しおって…!」
魔王が恨みをこめて低く唸るが、はだしでスタスタ入ってきた少女はそれを完全に無視。
ルカに、疲れたでしょう?先に寝てていいよ、とうってかわって優しいやわらかな口調でうながす。
「あとはわたしが何とかするから」
「え、え、でも…」
ルカは口ごもった。いかにも危険なこの状況で、自分1人だけ安眠を貪れるわけもない。
「こらキサマ無視するな!」
「…お主、ルカに負担をかけているのがわからぬのか?」
声を荒らげる魔王にマルレインは大きく、苛立たしげな溜息をついて振り向き、
きつくとげのある口調に戻る。
「ルカにはお主の存在はいい迷惑だと、言っておるのじゃ」
噛んでふくめるように、ひとことひとことに、攻撃力をこめて。
「…黙れうるさい、キサマにはかかわりのない話だ!ルカは余の子分だ、余の好きに扱って何が悪い!!」
ぶち切れて叫ぶ相手に「つくづく救えぬ男じゃな、」冷徹な目で心底あきれたというふうに頭をふって
「ふん、しかもどこが絶対的な勝利じゃ。わざと負けてもらっておいて、それに気付かぬとは。
 お主の器量のせまさが伺いしれるというものよな」とわざとらしく嘆息。
「ぬ、な、ななな、ぬわんだとう!?」
「あわ、ま、マルレイン!」
いきなり暴露されてしまってルカが慌てた声を出し、
スタンがこちらをぎろりと睨んだ、その目線にすくみあがる。
「いい機会じゃルカ、お前も一度はっきり言ってやれ。コレをつけあがらせるだけじゃぞ」
少女はそんな少年をかばって立ちはだかりながら、
いかにも見下したようにあごで魔王を差し、彼の頭から湯気を吹き出させる。
そんな、互いに一歩も譲らず今にも取っ組み合いを始めそうな二人を、
あわあわとルカは見比べることしかできない。
ばちばちと火花が赤と金の目線のあいだで散っている。
「やるか」
「望むところ」
魔王と王女(元)の無制限デスマッチ。
かたや魔力弾で壁に風穴をあけるほどの大雑把、しかし威力の高い攻撃をくり出す魔王と、
ホウキで急所を狙ったり熱湯をひっかけたりと、ある意味えげつない攻撃手段を駆使する元王女。
ここで戦闘がはじまってしまえばどんな惨事になることやら。ルカは青ざめた。
何とかしてそれは阻止しなくては、そう思い、怖いけれど体ごとふたりの間に割って入る。
まずはマルレインに向かって、
「ま、まって待って!だ、駄目だよマルレイン…今のスタンは強いんだから。
 いくらきみだって怪我しちゃうよ」
自分を心配してくれるのかと、マルレインは輝くような微笑みを見せた。
魔王は口惜しさにぎりぎりと奥歯を摺り合わせる。
次にルカはくるりと振り向き、
「スタン、スタン、ね、もう遅いし、お願いだから家のなかで暴れないで。
 ごめん、わざと負けたりして。そのほうが君が喜ぶと思って…ごめんね、おわびに何でもするから」
土下座せんばかりの勢いで懇願する子分に魔王は少なからず心を動かされ、
何でそこまでする必要が、とマルレインが眉をきりきりとつりあげる。
しかし、少年の必死の面持ちを見て、何とか怒りの鉾先をおさめようと、魔王と元王女は努力した。
「仕方がない…子分に免じて実力行使はかんべんしてやる、が」
魔王が腕組みをしてマルレインを見下ろし、
「しかし、それでは腹の虫がおさまらぬな」
元王女はぐっと拳をにぎってスタンを睨みあげ。
「え、ええ?」
どん、と同時に二人は腰をおろした。状況がのみこめずおろおろと見下ろす少年を尻目に、
「カードで勝負だ!キサマをこてんぱんに負かして、
 その取り澄ました顔をぐっちゃんぐっちゃんにしてくれる!」
「ふん、それはわらわのセリフじゃ!」
二人は敵愾心もあらわに宣戦布告する。
なんでこうなっちゃうんだ…ルカは心で涙を流しながら、しょうがなくカードをきりはじめる。
もちろんこんな状況で眠れるはずもなく。
ふたりの勝負はえんえん、数時間続き、ルカが眠すぎて気絶するまで続いたのだ。

そんなこんなで今朝、盛り上がる家族とは裏腹に、
さすがにマルレインとルカは寝不足でテンションの低い状態だった。
人外の存在である魔王はさすが、と言うべきかぴんしゃんしていて、
元王女の様子を嘲笑ってまた喧嘩が始まりそうになったりしたが。
それでも午前中はがんばってひととおり摘んで、みんなでお昼を食べて、
さあもうひとがんばり。というところで、睡魔にとりつかれてしまったのだ。

おなかもほどよくいっぱいで、木漏れ日が気持ち良くてしかたなくて、
ああ、寝ちゃ駄目だと何度思っても眠気に流されてしまう。
もともとひなたぼっこが好きで、そのまま眠ってしまうこともしばしばな少年だ。
起きなくちゃ、起きなくちゃ…何度もそう思い、自分を奮い起こそうとするのだが、
もはや目を開いていることも叶わず。
少年の意識は、うららかな陽気にすーっとアイスクリームのようにとけて、
暗闇のなかに沈んでいった。


[続く]
********************************************************
ストックのなかから切り出してまいりましたー。
まだ最後まで書けてないですが(マタカ!)上げれるものだけでも、と。
眠い、とか寝てる人、な話って好きなんですよねえ。
なんつーかこう、無防備でふわふわ甘い、って感じしません?


いらすと+てきすとにもどる
めにゅーにもどる