《ボクと魔王と世界のカタチver.2:spring sleeping beauty》


02 in case of “Satan King”

赤い毛が、少し離れた木陰のはじからはみだしている。
(…?)
緑もえる森の中、単調な草つみにも飽きたころ、ふと不審なものを見つけた魔王は、かるく眉をあげた。
赤毛の狐か、それとも鹿だろうか?と一瞬思ったがそれにしても鮮やかすぎる。
いぶかしく思いながらも黙ってずかずかと進み、幹をまわりこむようにのぞきこんで、
「うお!?」
と叫ぶ。
赤毛の少年がすう、すうと、木漏れ日のなかで静かに寝息をたてていた。
恐らくもたれていたはずの樹木の根本から身がずれたのだろう、
彼は完全に地べたに力なく横たわり、かるく背筋をまるめて眠っている。
へたをすれば、無造作に投げ出された腕をふんでしまうところだった。
「こっ…!」
こんなところで寝るな!と怒声が口からほとばしりそうになるところを、スタンはすんでで抑えた。
反射的に己の口をがっちりと手でおさえ、そのまま、そっと少年をうかがい見る。
すやすやと、先ほどと変わりのないと平和な息づかい。
「…」
魔王は巨躯を縮めて、そろそろと息をひそめて傍に膝をついた。
少年は熟睡しているのか、目覚める気配はまったくない。
まったく無防備にもほどがある。
ため息をつき、その顔をのぞきこんだ。

まぶたを軽く閉じ、かすかに開いたくちもと。
それが天使のような、あまりにも無垢で、いとけない表情をかたちづくっていて。
(誰かにかどわかされでもしたらどうするのだ…)
そんなことがあれば容疑者のNo.1に挙げられるだろう自分を棚に上げて心配する。
しかし、だからといって無理矢理起こすのも気が引ける。
本来の魔王ならば、
「ほれ起きろ子分やれ起きろこら、主人の前でいぎたなく眠りこむとは何事だ!!」
とかなんとか叫んで理不尽に叩き起こすところだろうが、
眠る子供の目のしたにうっすらとあるクマが憐憫を誘い、そんな気になれない。
昨日夜更かしをさせてしまったことをスタンは悔いた。
(しかしそれもこれもすべてあの人形元王女のくせしていまだえばりくさっとる勘違い娘がわるいのだ)
思い出すだけでぎりぎりと腹立たしい。
あのまま小娘の乱入がなければ、気持ち良くルカを眠らせてやれたものを。
いっぺん思いきり締め上げて、めためたに泣かせて、
もう嫌と言うほど余との力の差を思い知らせてやらねばならん、とスタンは心中で息巻いた。

「ん、スタ…ン、だめだよぉ…」
「!」
そう考えていたとたんルカの声がして、心を見抜かれたようでどきんとして振り返る。
「なんだ、なぜキサマはあの小娘をかばうのだ!?」スタンは思わず叫んだ。
そうだ、そうなのだ。それがものすごく心外なのだ。お前は余の子分なのに。
なぜ第一に自分のことを考えてくれないのか。
そこまで考え、ふと気付き、はっとした。
まさか。
「まさか貴様…余よりもあの小娘のほうがいいとでも…!?」
そう思っただけで、はげしい焦燥にぼんと火がつき、思わずルカの肩を力任せに掴もうとした瞬間。
「…むにゃ」
「あん?」
間の抜けた声に魔王の身体は急停止した。
落ち着いて見てみれば、ルカはあいかわらず横になったまま目をしっかりとつぶり、時々「んん」と鼻にかかった声をこぼしている。
(…脅かすな、全く…)
ほっと息つき、まったく何を慌てているのだろうと、不可解な自分自身をいぶかりながら、中途半端に止まっていた手をそろそろと下ろした。
「…だめ、だって…ば」
「…」
昨夜のことでも夢に見ているのだろうか?そう考えて少年の表情をじっと観察していると、案の定らしく、
「んー、マルレインも、やめてったら…」
目を閉じたままおぼつかない口調でつぶやいて、少年はかるく眉をひそめ、身をすくめる。
(…)
魔王は憮然とした表情になった。聞きたくもない名前がその唇からこぼれたせいで。
…今は自分しか側にいないというのに。夢とはいえあの小娘のことを考えるなど、許しがたい。
(あー、もう眠かろうがどーしようが知らんわ。不忠義者に惰眠をむさぼる権利なぞないのだ!)
そう腹の底から大声で宣言し、無理矢理起こしてしまえばいいのだと思う。

しかし、…しかし。

なぜかわめきたてる気にならず、黙ったままで少年に伸ばす指は慎重すぎるほど慎重。
つん、とほっぺたを指先でつつく。
ふに、と柔らかくたよりない感覚が返ってきて、少なからず心が揺れた。
「…ほれ。起きろ」
いじわるしてやっているつもりなのに、ささやくような声を、小さな耳朶に流し込む自分がいる。
これじゃ起きるわけもないのに。
「ん…」
吹き込まれた息、つつかれる刺激に少年は再び眉根を寄せた。そして、
「や…」
指と息をさけるようにころんと反対側に寝返りをうち、むにゃむにゃと何事かつぶやき、
体を丸めてさらに眠りこんでしまう。
「…うう」
困らせるつもりがこっちが困らせられてスタンは呻いた。
起こしたいような起こしたくないような、
どうかしてしまったようなどうにかしてしまいたいような。
矛盾した気持ちが渦巻き、胸がむずがゆくてしかたない。

 これがいったい何なのか。
 最近そのことを考えてばかりいる。
 そして考えれば考えるほど、ひとつの明確きわまりない答えにたどりついてしまう。
 しかしその瞬間に、いやそんなはずはない、違う違うとはげしく否定する自分がいることも事実だ。
 だって、あの、子分だぞ?
 当然だが、間違いなく余と同じ性別、同じ、男。
 旅のあいだずっとその影に宿っていたのだから、風呂も何も一緒で、
 その体がどんな風なのか全部分かっているのだ。下手をすればルカの身内以上に。
 子分は貧弱な身体の、子供だ。ただの子供だ。
 どう見たところで、大魔王たる余の心を乱すような美しさや艶を持つ存在ではないのだ。
 いくら、いくらコレが…自分の腕の中に収まってしまうくらい小柄で、
 きゅっとしまった小さなヒップが好みで、鮮やかな赤の髪は柔らかくて、
 抜けるように白い肌も触り心地がよくて、翠の瞳がぱっちりとしていて大きかったと、しても、だ、…。
 …いかん、危険だ、やめよう。

スタンはぶるぶると、濡れた犬のように凄い勢いで頭を振り、ぜえはあと荒い息をつく。
この陽気で頭のなかに変な虫がわいてしまったのだ。きっとそうだ。
妙に心が騒ぐようなこの季節、すなわち春さえ終わればきっと何という事はなくなるはずだ…
と必死で自分に言い聞かせようとする。
それでも、気がつくと目線が子分に行ってしまっているのだ。
どうしても目が離せない。
心の中にふんわりと春霞がかかってゆくのを止められない。
そして、一番やっかいなのはそれが心地よいということ。

「…」
無言でさらに顔を近付けた。もう危険なまでの近さだ。
もし今ルカが目をさませば「わあ!」と叫んで飛び離れるだろう程に。
かまうものか、余は、余は…人に邪悪を成す魔王なのだから、悪戯をしたいだけなのだ、
そう、自分自身に言い聞かせながら。

しかし、…しかしだ。

それなのに、髪に鼻をちかづけ、甘い香りを吸い込んでとろけそうになっている自分がいる。
我ながら変態かと思う。けれど、ひなたぼっこが趣味で、太陽をたくさんあびた少年の身体からは、
ほわほわとあたたかくいい香りがするのだ。
太陽のにおいなんてひなびた田舎くさいものだ、と馬鹿にしていたのに。
今はなぜかそれが、どうしようもなく心地よく。
そっと、柔らかな髪に触れる、鋭い爪でひっかけてしまわないよう気を配りながら。
無心に指を往復させ、繰り返し、撫でながら。
(…)
幸せなどと思ってしまうのだ、この感触を。この時間がずっと続けばいい、などと。
何とも馬鹿馬鹿しい、愚かしい、ああ、だが、しかし。

「…ん」
と、むこうを向いたルカが小さく喉をならした。
(お、起こしてしまったか!?)
理由のわからないやましさにうろたえてしまった魔王は、
「ルカ…?」
おそるおそる声をかけ、その顔をのぞきこみ。
揺れる木漏れ日の中、目の前で薄紅色の唇がかすかに動くのを見た。
「…」
その色を、つややかさを心底きれいだと思ってしまった瞬間。

ぱちり、と。
頭の中で何かのスイッチが入った音を聞いた気がした。

ごくりと唾をのみこむ。
やばい、危険だ、駄目だ、と頭でガンガン鳴っていた警鐘が、霞の中にのみこまれ消えてゆく。
そっと上にかがみこんだ。ルカの顔に黒く影がおちる。
すこし。ほんのすこし触れるだけ。
誰に対してのものかよくわからない言い訳を繰り返しながら、
スタンはゆっくりとゼロ距離へと迫っていく、そして。

ふ、と。やわらかなものに触れた、と思ったその時。

「ルカ?ルカー、いないのー?」
不倶戴天の敵の声が聞こえたと思った瞬間、魔王の意識はいっきに夢見心地からひきもどされた。
まずい、と思うよりも早く、反射的に目の前に横たわる少年の影に飛び込む。
嫌な汗をじっとりとかき、全身が粟立ち震えるほどに動揺しているが声を漏らすわけにはいかない、
なぜなら。
「ああ、ルカ…だめじゃない、こんなところで寝ちゃ…!」
金髪の小娘が眠っているルカを見つけ、そう声をあげながら小走りにすぐ近くまで来ていたからだ。
彼女は収穫したハーブ入り藤籠を草の上に放り出し、少年の傍らに膝をつく。
…結果として、さっきまで魔王の座していた場所を占拠しているとは知る由もなく。
(お、おのれ…ッ!肝心なところで邪魔をしおってぇ〜!!)
脳内だけで絶叫しながらも、スタンは天敵に憎悪の目をむけることしかできなかった。


[続く]
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キスミスイ。ですねえ。
これをカウントしちゃうとルカ君ファーストキスになってしまうので。
やっぱりちゃんと意識のあるときにしないと駄目っすよ!
事後の反応が見たいじゃないですかvvv真っ赤になるとか慌てふためくとか固まってるとか!
うふふふふ…vv(トリップ)


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