『セナカ』
〈4〉
「んあっ!…う…、ふぁ、あ、あ、っ!ああん…」
嘆くように眉を寄せ、あえぐ呼吸を繰り返し、うすい胸を上下させて、無意識になのか何度もかぶりを振って、
みだれた髪を赤く染めた頬に額に散らして。
(くそ…)
こんな時のルカは思わず悪態をついてしまうくらいに美しい。
溢れだし匂いたつような色香が、魔王の裡に眠る情動を駆り立て、誇り高いはずの男をただの獣に変えてしまう。
「…舐めるぞ」
「っ!」
ぴちゃり、と触れると、
びくん、と抱いた腰が大きく動いた。
「ふ、あ!スタン…っ、スタン…!」
ルカは音を立てて下半身に与えられる刺激に、シーツを掴んで耐えながらも、スタンを呼ぶ。
何度も何度も、苦し気な息の下から。
(くそ)
もう一度唸る。
たまらなくなって、制御がきかなくなりそうで、大きく呼吸をして激しい鼓動を必死で落ち着かせた。
この艶は自分があたえたものだ、と思う。
ルカにこの掌で触れ、差し出し、奪い、施し。
愛し愛する気持ちを共有するやりかたをひとつひとつ教え、刻みこんでいったことで。
それはまるで、ちいさな木のかけらを手にいれて、だいじにだいじに磨きあげていったら、
知らぬ内にえも言われぬ艶をおびて、ひどく美しいものへと変貌していったかのようだった。
幼くおどおどとした表情は、憂いをふくんだ整った面ざしへと変わり、
ちいさくて、触れるのがこわいほど弱々しかった身体は、しなやかな若木のごとくのびやかに成長し。
かつては、世界の片隅にあって誰にも見つからない、かぎりなく色の薄い存在だったルカ。
だが、今の彼を欲しがるものは間違いなく数多いだろう。
むろん、誰かに渡す気など魔王にはこれっぽっちもないのだが。
それに。
たしかに外見をだけをとると、あのころとは随分変わってしまったように見えるに違いない、けれど。
自分は、たとえ世界がなんと言おうと自分だけは判っている、この子の心はそのままだ。
何気なくひろいあげたあの時から、そっと掌にのせた時感じる、優しいぬくもりは変わらない。
…まあ、ちょっとばかり余をあしらうのが上手くなった気がするのは否定できないが。
馴染んできたということなのだろう、この、自分の掌のかたちに。
幸せなことだ、と。スタンはルカの身体を支え、抱き、愛しみながら、その実感を噛み締める。
「あう…!!」
くぷ、と音が響いて。
最深部への接触を証明した。
(…ああ)
わからない。
彼と我の境界が赤光のまぶしさに溶けて。
もはやどちらがどちらという意識もなく、ただ、ひとつのものでしかなく。
目を閉じてその幸福な感覚を全身で味わった。
そして、世界の誰よりも深く繋がり、理解しあえる瞬間がやってくる。
「…っは、あ、あ、あ、あああぁっ」
ひきつるように手をのばした。掴まれた。指をからめてきつく握りあった。十分だった。
真っ赤だった。薔薇色だった。その瞬間、すべては。
「ひ、う、うぅぅ…っ」
「…、力を抜け、ルカ…」
さっき、さんざん舌と唇で弄んだ背中を、今は落ち着かせるために撫でさする。
愛しさのみを込めた指先に感覚が集中し、火を吹くようにも感じる。
「んん、あ…」
泣き声と、身体の震えがやや小さくなった。
涙をいっぱいにふくんだ森の翠の目がせつなくこちらを見上げてくる。
すたん、と、唇だけがやわらかく動いて、名前を呼ぶ。
(…。くそ、くそ、ちくしょう…!)
もはやなぜ心がそうさけぶのか自分でもわからなくなって、どうしたらいいのかもわからなくなって。
魔王はしかたなく、ただ己のできることをできるかぎり、した。
薄目をひらくと、押さえ込んだ白い腕が脚が背筋が、赤く透明に染まる空気の中で踊るのが見える。
(くそ、畜生、どうしてこう、おまえは、何でこう余は)
苦しい、綺麗だ、狂おしい、胸が痛い、泣きたい、叫びたい、…好きだ大好きだ愛してるいとおしすぎ、る。
そのあとどうなったのか、スタンは覚えていない。
ただ、さんざんふたりを赤く染めた西日が、窓辺で最後の輝きを放ち、ふっと消えたのだけは、わかった。
* * * * * * * *
シーツのまだ冷たいところをさがして、ぽすっと顔を埋め、はあはあふうふう、息をつき。
高いところまで吹き飛ばされた全身の感覚がゆっくりと戻ってくるのを待つ。
節々の痛みもいっしょに戻ってくるけれど、いい。愛された証拠だから。
「良かったか…?」
触れてきた指が目尻をなぞり、にじんだ涙をぬぐってくれた。
「うん…」
優しい手付きがうれしくて、目で笑いかけると、彼もふっとひとみをやわらげてくれる。
(ああ…)
さっきみたいに言葉で駆け引きができるようになったのも、楽しいけれど。
こういうのが何も言わなくても、聞かなくても分かるようになったのが、すごく、嬉しい。
このひとの傍にいられて、よかった。
もっとずっと、ずうっと傍にいたい、なんてことを真剣に考えて、涙がまたあふれそうになって、あわててシーツに顔をうずめる。
(ダメだよ、心配させちゃうから…きみまで泣いちゃう、から)
そう思い、ルカは頭を軽く振って。
二人の熱など知らん顔でひんやりと冷たいシーツに、塩辛い水分を押し付ける。
「ほれ、拭くぞ。こっち向け」
「あ、うん」
魔王がタオルを手に声をかけたころには、もう熱く不安定になっていた心も落ち着いて。
そうして冷静に、横たわったまま自分の体に目を向けてみると、あまりの状態に呆れ、思わず文句をこぼしたくなった。
「…あーあ…折角、お風呂入ったのに」
「余が洗ってやるから…それでよかろう?」
殊勝な言葉にもかかわらず、ルカはちらりと手を動かす彼のほうを窺う。
(…うーん。な〜んか妙に嬉しそうな声なんですけど、スタン?)
「お風呂でしないでよ…?」
ちくりと釘をさしてみる、と。
「…余がそこまで節操なしに見えるのかお前は」
とたんに顔をしかめ、拭いていた手を止めて、不本意そうに魔王は唸る。
(…だってさあ。前科があるんだもん、君ってば)
だからちょっとだけ強気に、
「だって。いつも、僕のこと触ると止まんなくなっちゃうじゃないか」
「む、いや、今日は我慢する。してみせる。だから、なあ…」
(つまりは一緒に入りたいんだな、と)
すがりつくように手を握られ、ため息をひとつ。まったくもう、しょうがない人、ほんとうに。
「でも、おなかも空いたよ…」
「そうだな…」
既にとっぷりと日はおちてしまい、部屋は青く薄暗い。
夕食の時間としては遅めになってしまっているし、
今ちょっとした運動をしたおかげもあって、余計に腹時計がきゅうきゅうと不満を訴える。
「どうする?風呂にするか、飯にするか?」
それ、聞く順番と立場が逆だよスタン。
「そうだねー…」
またそっと動き出す、タオル生地が肌に触れる感覚が気持ちいい。
ルカは魔王に身を任せたまま、目を閉じてゆっくりと考えてから答えを出すことにした。
〈さてここで分岐ですよ!〉
→1. 先にごはんにする
→2. 先にお風呂にする
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9/10 文章掲載。
うーし、分岐前までキター!!!
「友だちに会うからちょっと書き足そーっと」て思ってメモ整理してたら
…できあがっちまったデスよ!自分でもびっくり。
はー。しかし本番っては…はずかちい(イマサラ)
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