外は嵐が止まない。対してねぐらの中は静かだった。内部は特に温かいわけではなかったが、風雨に苛まれなくてすむのはありがたい話だった。
狼は、まず入り口付近で激しく身を震わせて自身の水気を落とした。続いてしぶきで濡れていないあたりの地面に兎を一旦下ろし、沢に落ちたときのように大雑把に舌で嘗め回す。
「うひぁ、わ、わ、ちょ……!」
「黙ってろ舌を噛むぞ!」
少年の身から滴る冷たさに、狼は身震いする思いだった。一刻も早く乾かしてやりたくて、つい動作が乱暴になる。そうして、兎が目を回しかけたころ、ようやく一通り水気をぬぐってやることができて、狼は息をついた。
「……こんなものか、あとは……」
「ひぁ……」
処置に集中するあまりぶつぶつと独り言を漏らす男に、おもむろに再びくわえ上げられ、子供はもはや抵抗する気力も無い。それを、急ぎ足でねぐらの一番奥まで運んだ狼は、囲い込むようにして腹と尾の間にはさみこんだ。特に、温度の高い腹の毛皮の奥に密着させるようにして座らせ、自分の体温を分け与える。ひやりとした温度を感じ、もっと近くにと顎をも使って強引に引きずり寄せる。
と、当てられた温もりに我に返ったのか、呆然としていた兎が小さく跳ねた。そして、じたばたともがき始める。
「こら、じっとしてろ!」
狼は慌てて前脚で薄茶の背を抑え込んだ。今すぐ体温を戻し始めなくては、この子供の命に関わる事態なのだ。
「だ、だめ、だよ、離して……、あなた、まで、冷えちゃうよ……」
「やかましい。この程度何ということもないわ」
「えー……ほんと?」
「文句があるならさっさと、その体温どうにかしろ」
「無茶、言わないでよぉ……」
「ほお……無茶をしたのはどちらだ?」
「……ぼく、だけど……」
狼が言葉尻にじろりと睨むと、気まずそうにうつむいた兎は、観念したのかようやくおとなしく身を寄せた。
激しい雨音はどこまでも強まっていくようだった。
巣穴の親のようなぬくもりに身を任せたまま、しばらくそれに耳を傾けていた兎は、狼がふと身じろぎしたのに気づいた。
「……だいじょうぶ? やっぱり寒いんじゃ」
「いや。……違う、おまえに……まず言うべきことがあったのを忘れていた」
目線の先で、言い出しづらそうにうつむいた姿に、兎は彼が、何を言おうとしているのかを悟った。
「……、おじいちゃんの、こと……?」
「……そうだ」
小さく指摘する声に、狼はそっと目を閉じた。
男が少年に、ぽつりぽつりと語ったのは、あの霧の日のことだった。
行き倒れかけるほど餓えていたこと。そして限界の中出会った獲物は、盲目でありながらひどく狡猾で老獪で、どちらが倒れてもおかしくない激しい戦いになったこと。
「……今なら、わかる。あれが、あそこまで戦ったのは、……けして『先へ』行かせまいとしたのは、おまえが」
そこで言葉を切り、閉じていた目蓋を開いて、狼は静かに光るまなざしを兎に向けた。
「おまえがあの近くにいたから、なのだな? あれは、……あの男は、おまえを余の餌食にするまいとして、戦ったのだな……」
「……、おじい、ちゃん……」
狼の感嘆まじりのため息に、兎はたまらず、といった風に涙声をもらした。
そのまま、きつく目を閉じ、ぎゅうっと縮こまる。
「……」
ふさり、と狼の尾が静かに揺れ、あやすように少年の体をなぞる。それに導かれるように、兎の口から思いつめた声がこぼれた。
「あの、あのね……っ、ぼくも、話したいっ……。今更かもだけど……、あなたには、どうでもいい話、かもだけど……っ」
「……好きにしろ」
つぶやきは低く素っ気無く、だが少年の身を包む尾の動きがそれを裏切っていた。
「ぼく、ぼくね。だめな兎だった。取り柄とか、何もなくてさ。ふつう、誰でも、何かあるんだよ?聞き耳とか、逃げ足とか、餌探しとか、穴掘りとか、さ。でもぼく、何やっても、平凡でさ……むしろ、足引っ張ったり、、じゃまになったり、ばっかりで。小さいころから、ずっと。そんなんだったから、仲がいい相手、ぜんぜんできなかった。親も兄弟も親戚も、どっか、遠くて。ばかにされたり、つまはじきだったり、してたから……。
ぼく、いつもとろいし、ぼーっと考え込んだりするしで、だから、群れが移動するとき、取り残されちゃったんだ。どこに向かうか聞く相手もいなかったから、そのまま、途方に暮れちゃって。このまま、ひとりぼっちで死ぬんだ、とか考えて、こわくて、かなしくて、むなしくて。茂みで動けなくなってた。そんなとき、だったよ。……おじいちゃんに会ったのは」
『おや? どうしたね少年。どこぞ具合でも悪いのか?』
『ほほう、そりゃあ災難だったなぁ』
『かくいうこのジイもはぐれでな。よければ、話し相手になってくれんかの?』
「おじいちゃん、前は北森の長老だったんだって。でも、目を悪くして……、仲間の足を引っ張るのが嫌で、独りで出てきちゃったって言うんだ。だからぼく、戻ったほうが良いって言ったんだけど……。きっと皆、心配してるよって、ぼくとは違って……。でも、そしたらね……」
『ふふ、年寄りに気を使わんでもええ。わしは今までやりたいことはやりたいように通してきたからの。最後までそうしたい、それだけのことなんじゃよ』
『しかし、少年はあれだな。若いのにイカンな、後ろ向きすぎるぞ? もっとこう、ぱぁっと生きてみんかの。がはははは!』
「ジジイ……筋金入りか」
あの霧の日さんざんに調子を狂わされた、老鹿の度を越した享楽ぶりを思い出し、狼がぽつりとこぼす。
「?」
兎が不思議そうに片耳を折ったので、いいから続けろと促した。
「ええと、それから……ぼく、行くあてがなかったから、おじいちゃんについていくことにしたんだ。おじいちゃん、物知りでさ。いろいろ教えてくれたな……。」
なつかしげにうるむ瞳に、狼は胸が締め付けられる思いだった。黙ってうつむいていると、少年はちらりと狼を横目で見て、
「おじいちゃん、最初から、川を渡るつもりだったみたいで。対岸には狼が一匹いるだけだから、群れを相手にするより助かる可能性が高い、って、言ってた……」
「……なるほどな」
言い辛そうな様子の兎にうなずきながら、狼は考えた。そこまで計算の上だったのならば、
やはりあの鹿は特に賢い個体だったのだろう。であればこそ、長く生き延び、そしてまたはぐれの子供を救うこともできたのだろう、と。正直これまでの話を聞くに、この子供が生き残り、今ここに存在しているのは奇跡に近い状況だった。ふわふわとした薄茶の毛を、不思議な心もちで眺めながら、狼は耳を傾ける。
「でも、川の手前で、霧が出て寒い日が続いて……おじいちゃん、疲れが出たのか、あんまり進めなくなって……だからぼく、必死だった。実のこと、思い出して、がんばって探しに行って……どうにか一枝持って帰ったら、おじいちゃんすごくびっくりして、それで、すごく喜んでくれて……こんなぼくでも、してあげられることがあるんだって思ったら、……うれしかった。それで、……それで」
兎の声が唐突にしぼむ。ついに来たか、と狼もまた覚悟を決めた。
「あの、川を渡る日……おじいちゃん、すごく緊張してた。上流を渡るのは賭けだって。自分は多少元気になったけどまだ完全じゃないから、ここを渡るしかないけど、もし狼が襲ってきたらおまえは逃げなさい、狙われるとしたらおまえが先だから、って。……でもぼく、嫌だった。おじいちゃんと離れるの、独りになるの、もう耐えられそうになかった。だから言っちゃったんだ、絶対嫌だって、おじいちゃんといっしょにいたい、って……! っだから、おじいちゃん、水に落ちてしまったとき、自分が気を引くから山に隠れてろ、必ず迎えにいくからって言って、それでっ、それで……!!」
そこで絶句してしまった兎の、呼吸だけが荒く空洞に響く。狼は押し黙ることしかできない。
「……ぼくの、せいだ。ぼくがわがままを言ったから……。あそこであんなこと言わなきゃ、おじいちゃんだって逃げられたのに……そしたら」
かすれた声が走り、次の瞬間兎ははっと目を見開き、狼をまじまじと見つめた。
「でも、……でもっ、それじゃ、あなたが……!」
ああ、と狼は嘆息したくなった。なんという運命の皮肉か。
「どう、したらっ……よかったの、かな。どうしたら……おじいちゃんも、あなたも……」
子供は喉を鳴らしてしゃくりあげ、ふと生気の失せた目を見開いた。凍りついた表情で、
「ぼくが」
「言うな」
つぶやきをとっさに制止していた。狼は硬い声で反射的に続ける。
「だめだ。それは」
「だって、でも」
「でも、何だ?」
狼は、まなじりがきつく吊り上るのを自覚した。胸にわだかまるものをそのまま吐き出す。
「あのジジイは本気だったぞ? 本気で余を始末して、おまえを迎えに行くつもりだったのだ。
自らを追い込みながらも、全力で一瞬に賭けた。それを愚弄するのか、おまえが?」
「そん、なの……っ」
「聞け。おまえはあの男の、家族、だったのだろう? そのおまえが、他ならぬあれの意思をないがしろにするつもりか!?」
厳しく叱咤しながらも、狼は内心で言えた義理ではないがとも思う。
(全く、……耳の痛い話だ)
「でも!」
「っ、聞き分けのない……!」
焦れて、子供のようやく温まりはじめた体を前脚で転がし、四肢で囲い込んだ。岩山で見せた輝きとは真逆の濁った瞳を、食らいつくように覗きこみ、叱咤する。
「あいつはおまえを、守りたかった、のだろうがよ……!」
ひくっと、あらわにされた兎の喉が引きつる。
「やつの、最後の望みは叶ったのだろうが!」
「……なんで、あなたに、そんなこと!」
凍りついていた表情が壊れた。どっと涙をあふれさせながら、兎は逆上し金切り声をあげる。
(怒ったな?)
狼はひそかに安堵の息をついた。あのまま絶望に落ちていって良い事は何もない。ここまで来て、破滅的な結果に至るなど冗談ではないと思う。
「そんなこと、どうして言えるんだよ……!」
「決まってるさ……!」
自嘲の笑みに歪めた顔をさらに近づけて叫ぶように言う。
「俺が、守れなかったからだよ……! おまえのジジイみたいにやれやしなかった!」
思い切り睨みつけたのに、勝手にこぼれてしまった雫が相手の頬を濡らす。
「あいつの、義姉さんために、何も、何もしてやれやしなかったんだよ、俺は……!!」
――義姉が歯を食いしばり、無理矢理な笑みを作った。そして叫ぶ。
『逃げて、弟くん……!』
『できるかよ! あんたを放っとけるか! ちくしょう、この……!』
思い切り噛み付いて引いても、ガチャンと鳴るだけの冷たい忌まわしい器具が義姉の後脚をきつく縛めていた。そこから血潮が、恐ろしい勢いで、とめどなく純白の雪に広がっていく。
『兄さん! どこだ、来てくれ兄さん!! 叔父貴、ブル、ロザリー、誰でもいいから、早く……!』
『やめて!』
『なんでだよ!!』
『あたしが、失敗したんだからっ。お願い、巻き込ませないで! 最後くらいいいとこ、見せさせて、よっ、あぐぅっ!』
矢ぶすまが射掛けられ、血しぶきがぱっと雪空に舞い散る。
『……やめろぉおおっ! こんな、こんなのって、グッ!』
衝撃とともに、義姉に駆け寄ろうとした黒狼の腹にも矢が突き刺さった。思わずひるんで足を止めると、牽制のためかさらに何本も凶器が飛来し、眼前に檻のように立ちはだかる。
『ち、ちくしょうっ……義姉さん、くそ、やめろよ、こんなのってないだろ!! 俺、絶対助けるから!』
『だめよ、逃げて! あんたたちは絶対にやられないで! それが、それだけがあたしの……!!』
『……そっ、くそっ、くそぉぉぉおお!!』
「――どうやら俺たちの群れが、迷い羊を手にかけてしまったのがきっかけだったらしい。
折悪しく家畜の仔が生まれる時期が重なり、仔を守ろうとする人間は森に罠を張った。そして――事は起きた。
俺や兄は、当然仲間達に義姉の救出を訴えた。だが、叔父が決して首を縦に振ろうとしなかった。危険すぎると言ってな……。そのうちに、焦れた兄は皆に黙って人間の住処に向かい……そのまま、帰ることはなかった。
俺は許せなかったよ。あいつらを見殺しにするしかなかった自分が。
それに、人間どもがあの調子ならば、いつまた些細なことでメンバーを殺されるかわからない。そんなことは許容できない、あいつらの死を無駄にするな、全員で人間どもと戦うべきだと訴えた。だが、叔父や妹弟はただ人間から距離をとることを選んだ。……そして俺は、その決定を覆すこともできずに、自暴自棄になったあげく、ここに、流れてきた――」
「じゃ、じゃあ、おねえさんは……!」
「いない。もうどこにも。……今、対岸にいるのは、夕刻に会ったあいつらだけだ」
「そんな……!」
静かすぎる声、そして見下ろしてくる瞳の空虚な色に、兎は震えた。身を引き裂かれるような、血がにじむような喪失の記憶。それは、まるで――
と、狼のまなざしが揺らいだ。揺れながら宿るのは、ほろ苦い笑み。
「ずっと、忘れたつもりでいたのに、な……おまえを捕まえたとき、思い出した。あいつが好きだったあの実のことを……」
「……そ、っか、だから」
「……」
「だから、……殺さなかったの?」
ようやく得心がいった、と緑の瞳が問い返してくるのに、
「……いや。殺せなかった、と言うべきだな……どうにも、やりづらかった」
狼は目線をわずかにそらした。後ろめたいような、申し訳ないような気がして。
(――勝手におまえに、あいつを重ねた)
「そっか、そう、だったんだ……」
兎は、あおむけになったまま大きく息をついた。むきだしの白い腹が弛緩する。
「……ぼくもね、あの実を取るとき、だいぶ苦労して。
多分、知らないうちに体に果汁がついちゃったんだと思う……」
「……そうか」
「うん……、ねえ、あなたにとっても、あの実は大切なもの、だったんだね……?」
兎が、泣き笑いの表情になった。
「……ああ……全く、おかしな話だ」
対して、狼もまた低く笑うしかなかった。
なんていびつで、奇妙で、皮肉なつながりだろう、と思う。互いの大切な者の命と運命が、あの実を中心にからみあっていたようなものだった。
「……」
狼は体がやけに重いような感覚をおぼえた。大きく息をつくと、自然と前脚からは力が抜け、
「わ」
兎の体に身が重なる。子供のふかふかとした腹が温かかった。
「……」
鼻を、兎の肩あたりにぐりぐりと押し付けながら横目を飛ばすと、兎の目線と重なった。そのまま、そらせない。緑の色の中にどこまでも深く、潜っていくようだった。もはや、篠つく雨音すら、耳に遠い。
そのまま、しばらくの沈黙の後。
「ぼく、もう、あの実のにおい、しないよ……?」
兎はぽつりとつぶやいた。
「あれからずいぶんたったし、もし残ってたとしても、水に落ちたりしたから、とっくに洗い流されちゃっただろうし……」
そう、今狼の前にいるのは、急所をむきだしにしたまっさらな子兎だけだった。
だが、それでも。
「なのにどうして……、殺さない、の?」
「……」
「ってか、助けて、くれてるよね? くれてたよね? ぼくのこと、ずっと……」
「……、それ、は……」
「どうしてここまで、してくれるんだよ……っ」
言いながら、淡い緑にじわりと水がにじむ。
「ぼくのこと愚かだっていうけど、あなただってじゅうぶん、おかしいじゃないか……っ」
苦しげに細まった瞳からほろほろとしずくが落ちる。
(ああ、せっかく乾かしたのにな)ととっさに思った狼は口先でそれを吸い取った。かすかに塩辛い味がした。
「……、そうだな……まったくだ」
狼は苦笑してしまう。
「だが、そうしたい、と、思った。おまえのようなあぶなっかしいやつを、誰にも奪われたくないと思った。……ひとりで、寒い思いをさせたくないと、思った」
兎が大きく目を見開いた。ゆらゆらと、揺れる。そのこぼれ落ちそうな緑に向かって、
「……それでは、理由にならんか……?」
狼は、生まれてはじめてこんな臆病な声を出した気がした。
小さなささやきに、だが兎は敏感に反応し、ぶんぶんと首を横にふる。
そして、
「……好き」
あえぐような、どこか苦しげな声が狼の耳に届く。黒い毛をくすぐり、脳裏へと響きが落ちる。
「ぼく、あなたが好きだ……!」
「……そうか」
不思議なことに、狼はひどく安らいだ気持ちで突然の告白を受け取っていた。心は静かに震えていたが、それは決して不快なものではなく。
「おじいちゃんのこと、ほんとはなんとなくそうじゃないかって思ってて、だけどどんどん好きになってってっ」
「……うん……、分かった」
だが同時に、心の震えはどうしようもなく切迫した感情も連れてきた。すなわち、それは。
「申し訳なくて、僕ってなんてひどいやつだって思って、でも、あなたといると、すごく楽しくて……だから、だからっ、くるっ、しかっ……た、ぁ……!」
「っ、分かった、分かったからもう泣くな……!」
「んっ」
胸が、苦しい。濡れた顔を舐めたくってやりたい。尾で脚で胸で全身で囲い込んで、もうどこにも行けないようにしてやりたい。首筋に舌を這わせ、甘噛みし、――そして、それでは足らない。泣き濡れた瞳に衝動は加速し、
「ひ、あ……!」
「おまえは……っ」
重ねた腹部を無意識に擦り上げていた。硬くこごった欲望が相手を切望し、止まらない。
「んっ、んんっ、んあ、あっ、あっ、あんっ」
「余の、ものだ……っ、だれにも渡さん……!」
動かせば動かすほど、少年のそこも熱くたぎっていくことに、どこまでも興奮が増していく。
「は! あぅっ、あんっ、あんっ、あんっ、っ、は、あ……っ」
「は、っ……痛くは……ないか?」
「……、ん、ううん……、へいき……っ」
目線がぶつかる。切なげな表情にくらくらと理性が揺らされる。噛み付くように口を吸った。兎の舌がおずおずと応じる。
「む、んむ、ん、んんっ、ああんっ!? ひゃ、んっ、やだ、やだっそこ、だめえ……っ」
「うん……なぜだ? こんなに硬くしているのに……」
「や、や、あうっ、嫌だ、おかしくなるっ、変、へ、んだよっ、いつもと、違……!」
「……そうだろうな、っ」
「ひゃんっ!! へ、え、な、なに、なに、これ」
「……余が、おまえのいいようにしてやっているのだから、な? ……せいぜい感謝、しろ、よ、っ」
「あうっ! あ、あ、あ、あああ、ああっ、はあ……!」
濡れた感覚が下半身を支配していく。それに対応するかのように、体の芯から痺れるような快感が満ちてゆく。獲物の喉首に食らいつくよりもずっと重く確かなそれに、組み敷いた少年と同じように、狼もまた、震えた。
「く、は、……出すぞっ」
「あ、ああ、あああっ、ぼく、ぼくも、もぅだめ……っ」
泣きそうな声での申告に、にやりと口角を上げた狼は、最後の坂を駆け上がりながら兎を引きずり寄せた。
「っ!」
「――っ!」
びくびくと震える後ろ脚をさらに大きく開かせながら、相手に自分を刻み付けるように吐精し。狼は満足のため息と共に深い余韻へと沈み込んだ。
雨に打たれる岩倉の奥深く。
その日、二匹の獣は子供のように身を寄せ合って眠った。
兎にとっては牢獄、狼には流刑地だったはずのその場所は、今は嵐の中でも決して揺るがぬ、ひとつの国のようでもあった。