Act3-25


【刹那】


「私が……臆病になった、だと……? 馬鹿な……」

 月詠が去った方向を鋭く睨みつけながら呟く。
 そんな訳が無いと心の中で繰り返しながら――――しかし、本当はわかっていた。

 お嬢様やアスナさん、ネギ先生達と共にある幸せに浸かってしまった私は臆病になってしまった。
 戦うことが怖い訳ではない。
 怖いのは、自らの持つ異端の力…烏族としての力を揮うこと。
 昨夜戦った偽者の私の姿――――レンという名の白い少女は私の不安や恐怖の姿だと言っていたが、まさしくそのとおりだった。

「私は……違う。あんな風になったりは――――」

 しない、と言い切ることはできなかった。
 脳裏に浮かぶのは全身を返り血で朱に染めて哂う、記憶に無い幼い頃の私の姿。
 私は知らないうちに、懐の短刀を握り締めていた。
 幼い頃、私を化け物じゃないと言ってくれた男の子が別れ際にくれた大切な短刀は、私の懐にあっても尚冷たい。

「なあ…どうして今になって現れたん……?」

 今更姿を現した志貴ちゃんに対して、恨むような気持ちで呟く。
 志貴ちゃんと再会したことで、私の不安と恐怖は加速したと言ってもいい。

「あなたが……あなたさえ現れなければ……」

 言いかけて、止める。
 全てを拒絶していた幼い私に、優しい笑顔で手を差し伸べ続けてくれた彼に、恨み言なんて言えるはずが無い。
 例え変わってしまっていたとしても、心のどこかで彼を信じたいという気持ちがあった。
 だからこそ――――辛く、苦しい。


 見上げた空は、まるで私の気持ちと同じように暗く、泣き出しそうな色をしていた……。




〜朧月〜




【ネギ】


「天気、悪いなぁ……」

「早く帰った方が良さそうだぜ、アニキ?」

 屋上でマスターから話を聞いた後、僕は職員室で仕事をしていた。
 来週の授業の準備等をしている内に、今にも雨が降り出しそうな暗い空になっていた。
 時計を見れば、既に時刻は夕方の四時。
 カモ君の言うとおり、鞄に教材を入れて職員室を後にした。

「あれ、タカミチ。どこか行ってきたの?」

「ああ……例の協力者の所へ行ってきたんだ。ネギ君、日曜にすまないが、明日の朝、学園長室に集まってくれ」

「わかった。集まる時間は今日と同じくらいでいい?」

 タカミチは頷くと、学園長室へと向かっていった。
 その後ろ姿を見送った後、雨が降り出さない内にと駅への道を急ぐ。
 一昨日の夜、ガンドルフィーニ先生が暴漢に怪我を負わされたという事件の影響で、夕方になったこの時間帯は早めに切り上げた部活動の人達で道はごった返していた。
 事件の影響とは言っても、帰り道を歩いている生徒達の顔には笑顔が浮かんでいる。
 人波に揉まれながらも、何とか麻帆良学園中央駅に着いて電車の切符を買った直後、突然僕の携帯が鳴った。

「あ……アスナさんから……? 何かあったのかな……もしもし、アスナさん?」

『ネギ?! アンタ、今どこ?! とにかく急いで帰ってきなさい!!』

 周りにまで聞こえそうなくらい興奮したアスナさんの声が、電話越しに聞こえてきた。
 その慌て振りから、何か大事件でも起きたのかと思い、面食らいながらもアスナさんに話しかける。

「これから電車に乗って帰るところですけど……まさか、何かあったんですか!?」

『アスナー、大声出したらアカンえー。……さん、起きてもうたやんか』

『あ、ゴメン……。あー……とにかく、すぐに帰ってきて』

 電話越しにこのかさんの声が聞こえたが、察するに誰かが来ているらしい。
 アスナさんは言いたいことだけ言って一方的に電話を切ってしまったが、それだけ慌てていたということだろう。
 携帯電話を仕舞って時計を見ると、もう電車が到着する時間だった。
 電車の到着するホームに急いだけれど、既に満員らしく乗れそうに無い。
 と――――

「ネギくーん! こっちこっちー!」

「あ……まき絵さん」

 まき絵さんが手を振ってくれている場所へ急ぎ、電車に飛び乗る。
 僕が飛び乗った直後に電車の扉が閉まり、出発のベルと共に電車が走り出した。


「ふぅ……ありがとうございます、まき絵さん」

「えへへー、どういたしましてー」

「あ、ネギ君もこれから帰りなんだ?」

 間に合ったことに安堵のため息を吐きながら、まき絵さんに礼を言う。
 部活帰りなのか、まき絵さんの後ろには裕奈さんやアキラさんの姿が見える。
 僕はアスナさんからの電話のことを気にしながらも、まき絵さん達と談笑しながら寮へと向かった。


 ……その後、寮に戻って驚くべき人に出会うとも知らずに――――





□今日の裏話■


「あ、そーいえば今日は朝から亜子の様子がおかしかったんだよねー。ね、亜子?」

「……」

 まき絵が楽しそうに声をかけるが、亜子はぼうっとしたまま答えない。
 ネギが首を傾げていると、裕奈がこっそりと亜子の後ろに回り込む。

「今度は誰に惚れちゃったのかな〜、亜ー子ー君!?」

「ひゃあああああっっっ?!! ゆ、ゆーな……もう、驚かさんといてやー! この前、怖い目に遭うたんに……」

「亜子さん、何かあったんですか?」

 裕奈に後ろから抱きつかれ、亜子が素っ頓狂な声を上げる。
 余程驚いたのか、亜子は自分の胸に手を当てて大きくため息を吐いていた。
 怖い目に遭ったという言葉が気にかかったネギが真剣な顔で聞くと、亜子は少し戸惑いながら昨日の夕方、ナイフを持った男に脅された一件についてゆっくりと話し始める。
 人込みの中で後ろから男にナイフを突き付けられたという話を聞いて、ネギは驚いていた。

「だ、大丈夫だったんですか?!」

「うん。その……黒縁眼鏡した男の人に助けてもろたんよ。お礼言いたかったんやけど、何も言わずに立ち去ってもーて……」

 そう言って頬を赤らめる亜子に、まき絵と裕奈が意地の悪い笑みを浮かべる。
 亜子をからかう二人に苦笑していたアキラは、ふとネギが考え込むように真剣な顔をしていることに気付く。
 どうかしたのか聞こうと思ったが、止める。
 アキラは必要になればネギの方から相談してくるのだから、それまで聞かなくてもいい――――そう思い至り、今はただ温かく見守ることにしたのだった。


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