異世界からやって来た少女。
彼女が語る言葉には、何度も驚かされてしまった――
Another Name For Life
第2話 傷ついた戦士
トリスが部屋を出て行ってから数分後、彼女は、眼鏡をかけた黒髪の青年を連れて戻ってきた。
「ただいま、!
ネス連れて来たから、これできっと何とかなるよ♪」
「いや、話の内容にもよるだろう、それは……」
のんきな声で無責任なことを言う妹弟子にあきれつつ、眼鏡を押し上げため息を一つ。
とりあえず、目の前のベッドに横たわったまま自分の方を見つめている少女を見て、少し違和感を感じた。
先ほど、街道の休憩所で見せていた、敵意むき出しの視線がないのだ。
完全になくなったとは言いがたいが、それでも、比べ物にならないくらい視線が柔らかくなっている。
ことを荒立てなくてすみそうだと、心の内でそっと安堵の息をつく。
「あの、ええと……」
じっと見られて、何か話さねばならないと思ったは、おそるおそるネスティに話しかけた。
「?」
突然かけられた声に、ネスティが顔を上げる。
何かを言いたそうにするの顔を見て、あぁ、と小さく頷いた。
「僕はネスティ=バスク。
こいつ――トリスの兄弟子だ」
「はじめまして、、です。
よろしく……」
もそもそと、掛けられた布団の脇から差し出された右手を、少しためらいながらも握り返す。
「さて、早速で悪いんだが……
君はいったいどこから来たんだ?」
「なんていうか、ホントに直球だね、ネス……」
思わずツッコむトリス。
「余計な前フリで無駄に時間をかけたくないからな。
それで、どうなんだ?」
さらりと流し、に向き直る。
「あぁ、えっと。
なんて言ったらいいのかな……」
は暫し口ごもり、それから言葉をつなげる。
「先に、ここの事、教えてよ。
それから説明した方が、わかりやすいと思う」
そう言って自分を見つめるは、倒れる前と今では、かなり雰囲気が違う。
ネスティは少し戸惑ったが、簡潔に、リィンバウムと周辺の4世界について説明をしてやった。
「なるほどね……」
「普通に考えれば、シルターンから来たことになるが、君が持っていたあの武器が、それを否定している。あれはロレイラルの物に近いからな。
かといって、他の2つの世界から来たというのは、余計に考えられない。
……君は、どこから来た?」
まとめた考えを述べ、改めて、ネスティはに問う。
「結論から言えば、そのどれでもないってことになるね」
きっぱりと、は答える。
「私のいた国には忍とか侍がいたらしいけど、それは大昔の話だし」
「そうか……
じゃあ君は、もしかしたら……」
名も無き世界から来たのかもしれないな。
そう告げようとしたネスティの言葉は、の次の一言によりさえぎられてしまった。
「悪魔は、いたよ。
悪魔って言っても、ツノとかシッポとか羽根とかあるようなのだけじゃないけど」
ネスティもトリスも、わけがわからないという顔をした。
の言葉は続く。
「私がいた世界……ていうか国だったところは、50年位前に滅びて。
それからすぐに怪物が世界中に現れて、崩壊したんだ」
は自分の生まれ、育った世界のことを淡々と語るが、聞く側には衝撃の走る話だった。
「たくさんいた人間は数が激減して、それでも生き延びた者は、怪物とかごく一部のほかの人間に支配されながら、細々と生きてる。
土地も空気も、瘴気とか、国を滅ぼした兵器の副作用とかで汚れきってた。
争いはいつも絶えなくて、人間同士のいざこざとか、怪物たちの派閥争いとか、両方が戦ったりとか。
そんな所だったよ」
「…………」
「……は、その争いに巻き込まれたの?」
「ん、まぁ、そんなとこ。
で、気を失いかけてたから、何が起こったとか、よくわからないんだ。ごめんね」
恐る恐る尋ねるトリスの問いに答えつつ、ネスティに両手を合わせる。
「いや、いい……」
ネスティは、あまりはっきりしない声で答える。
の話が衝撃的だったのか、それとも、別のことを考えているのか。
「あ、そうだ。
さっきはごめんね」
唐突に、はトリスに向かって声をかけた。
「へ、何が??」
「よく覚えてないんだけど……
銃とか、向けたでしょ。たぶん」
曖昧になった記憶の中に、目を丸くしているトリスに向かって銃を構えたことがあったような気がしたので、先に謝ることにした。
もしかしたら夢とかかも知れないけれど、現実だとしたら、怖い思いもさせたかもしれないから。
トリスはきょとんと目を丸くし、すぐに笑いかける。
「いいよ。別に怪我とかしたわけじゃないし。
びっくりしたけどね」
「うぁ、やっぱり?
ごめんね、ほんとに……」
「あっ、ダメだよ!!」
痛む身体を何とか起こし、頭を下げようとしたを、トリスが慌てて制する。
「え??」
ぱさりと、かけられていた布団が落ちる。
と、そしてネスティは、トリスの言葉の本当の意味をすぐに理解した。
脇腹に斬られた傷があったため、着ていたハイネックのシャツは再起不能。
ついでに、傷が深かった所為で召喚獣の回復魔法では治しきれなかったため、腹部には包帯が巻かれている。
そして、そのまま寝かしつけられていた。
つまり。
「「〜〜〜〜〜!!!!」」
の上半身は、包帯と下着のみという格好だった。
声にならない叫びが重なる。
ネスティは慌てて後ろを向き、は痛みがどうとか考えもせずに再びベッドにもぐりこんだ。
「痛っ……!!」
腹部に再び走る激痛。
「だから言ったのに……」
ぽりぽりと頭をかくトリス。
そのすぐ傍で、ハサハは何のことだかわからないと言いたげな顔をして、まわりの様子を眺めていた。
その時、ふいにノックの音がした。
「おーい、トリスいるか〜?」
「あ、マグナ。
ちょっと待っててー」
返事をしつつ、トリスは自分の荷物をごそごそ漁り、今自分が着ているハイネックのセーターと同じものを引っ張り出す。
「はい、。
とりあえずこれ着てて」
「あ、うん……
ごめん、もうちょっと待っててネスティ」
「あ、あぁ……」
ネスティに一言断ってからセーターを受け取り、トリスに手伝ってもらいながら(腕を上げたりすると脇腹が痛むので)、セーターをかぶる。
サイズが違うのはご愛嬌である。
着終わったのを確認してから、トリスが扉を開ける。
「お待たせ。ネスももういいよ」
マグナとレオルドが部屋に入ってくる。
トリスの一言で壁とお見合い状態だったネスティもようやく解放された。
休憩所での立ち回りからか、少し警戒していたマグナだったが、ベッドに座り込む少女の顔を見て、ほっと息をつく。
鋭い眼光も、殺気も感じなかった。
「あ、ええと、初めまして。
っていいます、よろしく」
「はぁ……
マグナです、どうも……」
首だけでお辞儀をする(体も動かすと腹の傷に障るため)に、つられて頭を下げるマグナ。
そしてすぐに、顔をじーっと見られているのに気づいた。
「な、何……?」
「あぁ、ごめんね。
トリスにそこはかとなく似てるなと思って」
不思議そうにマグナとトリスの顔を見比べるに、
「マグナはあたしの双子のお兄ちゃんなの」
とトリスが説明してやった。
「へぇ……
いいな。私兄弟とかいなかったから、うらやましい」
「そういえば、ってどこから来たんだ?」
マグナの言葉に、はもう一度自分の世界のことを語った。
「…………」
これにはさすがにマグナも言葉が出なかったらしい。
「ごめんね、辛気臭い話で」
「いや、それよりも……」
マグナはそこで一瞬言葉を切ったが、疑問は残しておきたくなかったので、すぐに続きを口に出した。
「レオルドが、腕とかについてたたくさんの傷、『銃創』だって言ってたけど、あれ、どうしたんだ……?」
はきょとんとした顔でマグナを見て、それから少し考え込むようなしぐさをした。
「まぁいいか。別に黙ってないといけないわけじゃないし。
実は私、戦場のど真ん中にいたんだ」
「「「……!?」」」
あっさりと言うの言葉に、尋ねたマグナ本人だけでなく、後ろで聞いていたネスティやトリスも驚きで固まった。
「敵は旧軍隊の亡霊たちで、みんな銃を使うから、走り抜けてるうちにこうなったってとこだね。
で、サーベルで斬りつけられちゃって、気を失いかけてる間に召喚されたみたいなんだ」
3人は、あははと笑うの態度が信じられなかった。
この少女はいったい何者なんだ。
本気でそう考えずにはいられなかった。
同時にネスティは、召喚されてきた時のあの瞳も、納得できた。
空気の張り詰めた戦場にいたから、周りの見慣れない者を敵と認識してしまったのだろう。
あのときの怯えたような瞳も、自身を守るためのものだったのだろう。
戦いの中に身を置いてきたこの少女に、ネスティは少なからず関心を持った。
* * *
「じゃあ、も一緒に行けるのか?」
「ああ。
間違いない」
ネスティの言葉に、マグナは飛び上がらんばかりに喜んだ。
突然、召喚主もいない状態で召喚された少女の処遇は、蒼の派閥の上層部に任せるしかない。
そんなネスティの判断に、適切な反論も思い浮かばなかったマグナとトリスはしぶしぶ了承したが、このまま派閥に任せたら、は自分たちのように強制的にここに留められてしまうかもしれないという不安が、二人を支配していた。
しかし、そんな彼らの心配はあっさりと破られた。
上層部は、をマグナ達の旅に同行させるという判決を下した。
自分たちを追放同然の任務に送り出した上層部が、未知の世界からやって来た少女をあっさり手放したことに違和感を感じたが、それでも、自分たちの考えが杞憂に終わったのが嬉しかった。
「よかったね、!
これで、一緒にいられるよっ♪」
「わっ……ト、トリス……!!」
は、飛びついたトリスを、バランスを崩しながらも支えた。
声こそ戸惑っているものの、顔は嬉しそうだ。
「やれやれ……」
また苦労が増えそうだ。
これから先の苦労を考え、ため息をついてしまうネスティだった。