はやく強くなりたい。
はやく認められたい。
そうすれば……
Another Name For Life
第3話 生き急ぐ者達
トリスはの服を買いに行きたいと、を引っ張って商店街へ行ってしまった。
ネスティはのことでラウル師範と話をしている。
マグナはひとりで、自室から窓の外をぼんやり眺めていた。
「ふぅ……」
思い出されるのは、先頃言い放たれた兄弟子の言葉だった。
* * *
「それにしても、ネス」
「……なんだ?」
「俺達、こんな風に外を出歩くのは初めてなんだ。
ああいう危険があるんだったら、最初にどうして注意してくれなかったんだよ?」
街道をゼラムへと戻る最中に、マグナはネスティに向かって軽く愚痴った。
「急に何を言い出すかと思ったら……
僕は監視役であって、君達の世話役じゃないんだぞ。
任務で仕方なく同行をしているんだ。
なのに、そんなところまで面倒を見られるか」
ぴしゃりと言い放たれて、マグナは返す言葉が見つからなかった。
* * *
――任務で仕方なく同行をしているんだ――
――あんな言いかたしなくたっていいじゃないか……
俺たちだって、別に好きでネスに迷惑かけようなんて思ってないのに――
「………………よし、決めた!!」
(さっさと手柄を立てて、俺達が一人前だって証明してみせる!!
そうすれば、ネスにこれ以上、迷惑かけなくたって……)
あとでトリスにも話そう。
マグナは密かに決意を固めた。
* * *
「それで、についての話とは……?」
一方、ネスティは異邦人の少女について話があると、師に呼びとめられ、彼の部屋にいた。
「ネスティ、最近ある遺跡で発見された古代の遺物について、知っておるか?」
「耳にした事はありますが、どんなものかまでは……」
ラウルは、窓の方へゆっくり近づき、遠い目をしている。
「実はそれは、機械装置の一種らしいんじゃが……
どこをどういじろうとも、全く動こうとせんかった。
解体することもできなかったから、本部の倉庫に眠らせることにしておったんじゃ。
……それが、ついさっき動いたらしい」
「……!?」
ラウルの言葉に、ネスティも目を見開く。
「ついさっき、とは……?」
関係ないだろうとは思いつつも、尋ねずにはいられなかった。
「お前達の報告にあった、という少女が召喚されたという時間と一致しておる。
そして、しばらく後にまた元の状態に戻ったそうじゃ」
驚くと同時に、心のどこかで「あぁ、やはりな」と感じた。
「では、その装置と彼女の召喚に、なにか関係があると……?」
「あくまで可能性じゃがな。
あの場にお前達以外の召喚師がいなかったのなら、他の誰が、どうやって、どんな目的であの場に彼女を召喚したのか……
そのことが気になるのでな……」
それは、たしかにネスティも気になっていた。
あの場にいた召喚師は自分とマグナ、トリスのみ。
しかも、戦闘が終わった直後で、誰も召喚術を使ったりしていなかった。
その上あの場には、召喚の儀式などを行った形跡もなかった。
別の場所で儀式を行ったとしても、があの場に現れたのはおかしい。
普通、召喚の儀式を行えば、呼び出したものはその場に現れる。
しかし、は自分達の目の前に降ってきた。
さまざまな点で、の召喚は不自然だった。
「わしはとりあえず彼女の召喚の件について調査を進めて行こうと思う。
その間、お前達に面倒を見てもらいたいと思ったんじゃ。
……ここにいても、研究対象として扱われるだけじゃろうしな」
ラウルの最後の言葉で、彼女の旅の同行が決定した理由がわかった。
しかし、それを押し通したせいで彼の立場が悪くなってしまったりはしていないのだろうか。
そんな疑問がネスティの頭をよぎった。
「大丈夫じゃよ。
この件は議長や総帥もあっさり認めてくださったからな」
顔に出ていたのか、推し量られたのか。
ラウルはネスティにそんな言葉をかけていた。
「それでは、頼んだぞ、ネスティ」
「……はい、義父さん」
* * *
「ねえ、これなんてどうかな?」
「あの、トリス……
そういうのは、ちょっと……」
ここは商店街の一角にある洋服屋。
かれこれ30分以上も、はトリスの着せ替え人形と化していた……
「そうかなー、似合うと思うけどなぁ」
むー、と口を尖らせ、手に持った緑色のワンピースとにらめっこする。
ちなみに、ロングスカートにフリルやらレースやらがあしらわれた、いかにも『おしとやかなお嬢さん』が着るようなデザインのやつである。
「気持ちは嬉しいんだけどさ。
長旅になるなら、動きやすい格好の方がいいじゃん?
私今着てるジャケットとかで充分事足りるんだけど……」
「えーっ、そんなのつまんないよぉ」
「でも、野盗とかとも戦ったりするんでしょ?
ならあるていど頑丈なのじゃないと、すぐぼろぼろになるよ。
このジャケットだって、その辺にある防具より頑丈だし。
繕えばまだ着れるし」
「……って、ひょっとしなくても貧乏性……?」
「そうかな、普通じゃない?」
きょとんした顔で言い放つに、「絶対普通じゃないよぉ」とトリスがぼやいた。
どうも、価値観が異なっている気がしてならない。
しかしそれで挫けるトリスではなかった。
「じゃあさ、せめてアンダーには凝ろうよ!
あっ、これなんていいと思わない?」
トリスは既に次の行動に移っていた。
そんなトリスの背中を見て、また新たなため息がこぼれた。
* * *
「……で、結局たったそれだけの着替えを買うためだけにこれだけ時間を使ったと」
「「……ごめんなさい」」
蒼の派閥本部で待っていたのは、ネスティのきついお説教だった。
そう。
日が暮れるまで店にいたのに、結局ジャケットの下に着るシャツや薄手のセーター、パジャマ代わりにするシャツ、その他下着などの必需品をそれぞれ最低限だけしか購入してこなかったのだ。
「無駄遣いしてこなかっただけましだが、僕達はすぐにでも旅立たねばならない身なんだぞ?
それなのに外で油を売って……」
「あぅ、ごめんなさい……」
「で、でもさネスっ。
の服、似合うでしょ!? ハサハのお墨付きだよ?」
素直に頭を下げるの隣で、トリスが慌てて言ってみる。
もしかしたら、開放してくれるかもという期待を込めて。
トリスの言葉に、ふと視線をに移す。
額に上げられていたゴーグルを外し、ぼろぼろのシャツとスパッツを交換した。
変更点といえば、そのくらいしかない。
「……あのさトリス、ジャケットとか変えてないんだから、印象変わってるようには思えないんだけど……」
本人からツッコミが入ってしまった。
それもそうかと、トリスは肩を落とした。
「というかむしろ、ごまかして逃げよういう魂胆が見え見えな時点ですでに意味がないぞ」
「うぅ……」
「大体トリス、君は普段から……………………」
ネスティのお説教は延々と続き、素直におとなしく聞いてりゃもっと早く解放されたのに、と後悔する羽目になるトリスであった。
* * *
寝ようとしたところに、ノックの音がした。
「は〜い?」
トリスが扉を開けると、マグナが立っていた。
「トリス、今ちょっといいか?」
「あぁ、うん。入って」
トリスに促され、マグナが部屋に入ってくる。
部屋の奥に、机に本を積み重ね、そのうちの一冊を読むがいた。
「??
、何やってるんだ?」
「本読んでる」
「いやそれは見りゃわかるし。」
あまりにそのまますぎるの答えに、思わずツッコミを入れてしまう。
「それにしてもさぁ、不思議なんだよね。
最初、この世界の文字読むのは無理だと思って、トリスに教えてもらうつもりで適当に本棚の本一冊出して見てみたら、読めちゃってさ」
不思議に思いトリスに尋ねたら、召喚された時にそういう知識は自然に頭に入るものなんだと聞いて、すぐに納得した。
「だから、この世界について少しでも勉強しとこうと思って」
「ふーん……」
は再び本に目を落とす。
「マグナも少しは見習ったら〜?」
「やかましい。」
授業をサボっては戦闘訓練ばかりしていた兄と、読書をしていた妹。
戦闘力という面はさておき、召喚師としての力の差は……まぁ推して知るべしといったところだろう。
「……それで、どうしたの?」
「あ、ああ。
実は、昼間に一人で考えてたんだけど……」
マグナは、「早く一人前だと証明して、ネスティを開放する」という考えをトリスに伝えた。
「……そのことかぁ。
たしかにそうだよね。うんっ」
「だろ?
でもいったい、なにをどうすれば、蒼の派閥の召喚師にふさわしい活躍なんだろう?」
「「う〜〜〜〜〜〜ん……」」
「……だめだ、わかんないや」
「明日また考えよう。
今日はもう寝ないと……」
「そうだな。じゃあ俺部屋に戻るわ。
おやすみ。トリス、ハサハ、」
そう言って、マグナは部屋を出て行った。
「ももう寝よう?
まだ身体、ちゃんと治ってないんだし……」
「……え? あぁ、そうだね」
声をかけられたは、本を閉じ、積み重ねていた本を本棚に戻した。
「ベッド、とっちゃってごめんね」
「いいよ。早く治してね」
まだ怪我人だから、という理由から、がベッドを使い、トリスとハサハは床で寝ることになった。
「ハサハも、ベッドの方がよかった?」
「…………ううん、だいじょうぶ」
眠そうな顔をしたハサハが、首を横に振る。
「……ありがと、ふたりとも。
じゃあ、おやすみ」
目を閉じると、先程のマグナの言葉が蘇ってきた。
――さっさと手柄を立てて、一人前だって認めさせてやろう――
その言葉に、かつての自分自身が目に浮かぶ。
はやく強くなりたい。
はやく一人前になりたい。
そうすれば、一人でも生きていける……
(……そうやって、生き急いだ結果がこれか……)
右脇腹の、まだ包帯に覆われた傷に触れると、自嘲気味な笑みがこぼれる。
そっと包帯から手を離し、床の上で寝息を立てる少女の方へ目をやる。
(トリスとマグナは、私みたいになっちゃだめだよ……)
心の中でそっと囁き、今度こそ眠りにつこうと再び目を閉じた。