私がこうしていられるのは
あなたの、あなたたちのおかげだから。
だから、ありがとう。
Another Name For Life
第4話 救済者
夜が明け、支度を整えた一行は、改めて再出発をすることにした。
「そういえば、はこの街の事知らないんじゃないか?」
「ふふっ、その辺は抜かりないよっ。
昨日あたしが案内したからね!」
マグナの問いに、Vサインなどつくりながらトリスが答える。
「へー……大丈夫だったのか?」
「むぅー、何よそれぇ!!」
「派閥の中でもしょっちゅう迷子になって、俺やネスにさんざん探させてたのは、どこの誰だったっけ〜?」
「あーひどいっ!!
そんな子供の頃の話持ち出さなくてもいいじゃないー!!」
兄妹どうしのじゃれあいが続く。
「まったく……こんな往来で騒がないで欲しいな……」
「いいじゃん。元気があってさ」
軽く頭痛を覚えこめかみを押さえるネスティに、フォローになっているんだかいないんだかわからない言葉をかける。
「……ん?」
ふと、ネスティが何かに気づいたような声を上げた。
隣にいるがそれに気づく。
「どうかしたの?」
「いや、向こうから来るのはひょっとして……」
言われて、ネスティの向いている方を見てみると、二つの人影を捉えられた。
「あれっ!? すっごい偶然ねー」
二人連れの、女性の方が声を上げる。
その声を聞き、未だに言い合いをしていたマグナとトリスもこちらを向く。
「あっ!」
「先輩たち!?」
マグナたちの声に、女性は片手をあげて挨拶をする。
「フフ、お久しぶりね。元気だったかな?」
「お久しぶりです、ミモザ先輩」
「あはは、どうも……」
「先輩こそ元気そうで」
ネスティとマグナ、トリスがそれぞれ挨拶をする。
そんな様子を見てミモザは悪戯っぽい笑顔を浮かべる。
「もう、相変わらず愛想がないわねぇ、キミたちは。
それに、あたしの事は『ミモザお姉さん』て呼ぶように言ったでしょ?」
「は、はぁ」
マグナが返事に困ったような顔で頬をかく。
「おいおい、ミモザ。
マグナたち困ってるじゃないか」
ミモザの少し後ろにいた男性が、たしなめるように声をかける。
その姿を見たネスティが、嬉しそうな顔をした。
「ギブソン先輩! ご無沙汰しています」
「ああ、そうだね。三人とも元気そうでなによりだよ」
は、談笑する五人の様子を、レオルドとハサハと共にぼうっと眺めていた。
先輩。
自分には、そう呼ぶことができる人間はいただろうか。
ふとそんなことを考える。
そして、
――またひとつ、うらやましいと思うことができちゃったな――
そう思い、くすりと自分だけにしかわからない程度に笑う。
「ところで、その子は?」
「ふぇ??」
突如、話題が自分の方へ向いたのに気づき、間の抜けた声を上げてしまった。
「あぁ、彼女は……」
ネスティの言葉は、ミモザのセリフに遮られてしまった。
「あっ、もしかしてどっちかの彼女?
しばらく見ないうちに、やることはやってたのねー」
「「「……はぁ!?」」」
とマグナはもちろん、ネスティもこれには思わず固まってしまった。
トリスだけは、面白いものを見つけたかのような目で見ている。
「いや違いますって。彼女は……」
慌ててマグナが取り繕おうとするが、焦ってしまい上手く言葉にできない。
当然、ニヤニヤ笑っているミモザのいいターゲットと化してしまう。
「ふ〜ん、照れ隠し?」
「違いますッッ!!」
「マグナ……なにもそこまでムキにならんでも……」
叫ぶマグナの横で、呆れた声を出す。
「彼女は、昨日召喚されてきたんです。
詳しいことはまだわかりませんが」
ネスティが、簡潔に説明した。
その口調は、いつもより少し強いように聞こえる。
そのまま、が簡単に自己紹介をする。
といっても話すこと自体少ないので、どんな世界から来たとか、召喚されてきた時の様子とかを話す程度ではあったが。
「なんというか……
いろいろと大変だったようだね……」
ギブソンが、言葉を選びながら言った。
当の本人は極めてあっけらかんとしているのだが。
「ええ、まぁ。
でも、拾ってくれたのが彼らでラッキーでしたよ。
あれであの場にいたのが野盗だったりしたら、いろいろ大変だっただろうし……」
「まあ……そういう考え方もできるわね……」
ミモザは、そこまで言ってから改めてを頭からつま先まで見渡した。
「それにしても……
あなた、もう少しお洒落してもバチは当たらないんじゃない?
せっかく元は悪くないのに……」
ミモザがため息をつく。
無理もない。
いくら服を新調したといってもそれはジャケットの中に着ているセーターだけで、羽織っているジャケットもロングスパッツ(これは持っていた荷物に入っていた予備)の上にはいたスカートも、ところどころほつれているわ、全体的にくたびれているわと、正直なところ年頃の娘が平気な顔で外に着て歩けるような代物ではない。
「あっ、ミモザ先輩もそう思いますよね!?
ほらぁ、だから言ったじゃないのーっ」
「え!? で、でも……」
トリスも同意する。
女性二人に迫られ、はすっかり狼狽してしまった。
「マ、マグナにネスティ、見てないで助けてよぉ!!」
たまらず二人に助けを求める。
が。
「ごめん。その二人に組まれると、俺にはもう手出しができないよ……!」
「僕も面倒ごとはゴメンだ。自分で何とかするんだな」
あっさり突き放される。
所詮かわいいのは我が身といったところか。
「うう、薄情者どもめ……」
話しこむうちに、自然と任務の話になっていった。
「これはこれでいい機会じゃないかな」
「旅をすることで初めて見えてくることって案外あるものよ?」
「そのとおりだ。私自身、色々と考えさせられたものだよ」
先輩二人の話を聞き、マグナやトリスも「そっか……」と頷いていた。
「さて、すっかり引き止めてしまったな。すまなかった」
「いえ、こちらこそ邪魔をしてしまって」
ギブソンに頭を下げるネスティ。
「ゼラムに戻ってきたら顔を出してね。
私たち、この先の屋敷で仕事してるから」
「はい。そうさせてもらいます」
「ちゃん。
そのときには商店街に連行するから、そのつもりでね♪」
「うっ……」
ミモザの言葉に固まる。
どうやらある種の恐怖を感じ取ったようだ。
「それじゃあ行ってきます!」
トリスが手を振る。
そして、ギブソンとミモザに一時の別れを告げた。
「それにしてもさ、出かける前に先輩達に会えるなんて意外だったよな?」
「ああ、本当にそうだな」
マグナの言葉に、ネスティが笑顔で返す。
やや後ろにいたが、トリスに耳打ちした。
「……なんかネスティ嬉しそうだね」
「ネスは特に、ギブソン先輩の崇拝者みたいなとこがあるから……」
トリスに言われ、もう一度視線をネスティに戻す。
「……確かに、そんな感じだね……」
苦笑いは隠せそうになかった。
* * *
王城前の広場には、人だかりができていた。
それを見たネスティが、中心のほうへ目をやる。
「ああ、もう高札が立てられたようだな」
「「高札??」」
マグナとトリスが不思議そうに首をかしげる。
「野盗たちの手配書だよ。昨日捕まえた連中が根城を白状したらしい。
流砂の谷といってな。
北にある、険しい谷間に隠れていたようだ」
「なんだか、名前からしてすごそうなところだねぇ」
ネスティの説明に、が腕を組み唸った。
「野盗も考えてるんだな」
マグナが感心したように言う。
「でも、高札を立てる意味って?」
「それはな……」
トリスの問いに答えようとしたネスティの言葉は、次の瞬間さえぎられてしまった。
「よーし!
これだぁっ!!」
「うわっ!?」
「な、なにごと!?」
突如発せられた声はあまりに大きく、たちは思わず身をすくませてしまった。
そちらの方へ目をやると、一人の男が高札の前に立っていた。
「ふふふ、この賞金が手に入れば、どれだけ治療費が必要になろうと大丈夫だぜ……
この野盗団の賞金は、オレがもらったーっ!」
「……行っちまったよ」
「何だったんだろう、あれ……」
マグナとは、男が走り去って行った方を見つめ呆然としている。
「あれがいわゆる冒険者という連中だ」
「へえ、あれが……」
ネスティの解説に感心したような声を出したのはトリスだった。
「彼らはこういう荒事で旅の資金を稼ぐからな。
高札は、彼らの仕事の情報源というわけさ」
「なるほどねー……」
は、もういちど高札のある方へと目をやった。
――こんな風に情報を公開するのかぁ……――
今自分がいる場所が異文化の地だということを、は改めてかみしめた。
「随分と自信あったみたいだな、あの人。
見た目も強そうだし」
「さあ、どうだろう?
冒険者というものはえてして自信家だしな。
騎士団ですらてこずる相手に、どこまで通用するものやら……」
「それに、彼はどうだか知らないけど、ぱっと見ただけの印象と強さは、必ずしも一致するもんでもないしね。
見かけ倒しなヤツとか、その逆とか……
実力ってのは、見た目に反映されるもんってわけでもないから」
マグナの言葉にネスティが反論し、がさらに言葉を加えた。
「なんか、が言うと説得力あるね」
トリスがふと、そんなことを言い出した。
「……そう?」
「うん。だって、も元々いた世界でばりばり活躍してたんでしょ?」
「いや、そういうわけじゃ……
てか、そんなこと言った覚えないんだけど……」
どこからそういう発想が来るんだろう……
は頭をかいて、トリスを見た。
「まぁ、実戦経験は確かに少なくはないけどね……
“ばりばり”っていうのとはちょっと違うと思うよ」
「ふぅーん……
でも、実戦経験豊富なら、頼りになるね♪」
「わわっ!!
急に腕にしがみつかないでよぉ!!」
じゃれあう二人の少女の様子を見て、
「何か、仲いいなあのふたり……」
「……そうだな」
マグナとネスティが、そんな話をしていたとか。
* * *
「待てっ!
待てえぇ〜っ!!」
「やーだよーっ!」
繁華街を歩いていると、後ろから叫び声の応酬が聞こえてきて、一行は思わず振り返った。
「ウチの肉を返せぇ!
このかっぱらいっ!!」
そんな声を聞き、ネスティは騒ぎの原因を理解した。
「泥棒らしいな。
……しかも、どうやらはぐれ召喚獣のようだ」
「はぐれ召喚獣って?」
マグナが首をかしげる。
ネスティがいつもの調子で解説してやった。
「様々な理由で仕える主人を失った召喚獣のことだよ。
元の世界に帰ることができずに野生化したり、ああして悪さをする」
その言葉を聞いたがやや複雑な表情をしていたのは、誰も気づかなかった。
「あ、こっちへ来るっ!!」
トリスが声をあげる。
そちらを向くと、青い髪の少女が、こちらに向かって走ってくるのが見えた。
「どいて、どいてぇ!
どかないと、ユエルがはねちゃうぞ〜!!」
その少女――ユエルの声は極めて明るいものだった。
まるで、今の状況を楽しんでいるかのように。
それに対し後ろから追いかけてきている店の主らしき中年男性は、息を切らして必死の形相だ。
その男が、ユエルの前方に立っていたマグナに向かって叫ぶ。
「そこの人!
なんとかしてそいつを捕まえてくれ〜っ!」
「え!?
お、俺のこと!?」
咄嗟のことだったので反応が遅れてしまったが、それでも、迫り来るユエルを正面から受け止めた。
「ふぎゅっ!?」
「さ、捕まえたぞ」
マグナに正面からぶつかるような形になったユエルは、しばし硬直していたが、自分の状況を理解すると、じたばたと暴れ始めた。
「ヤだヤだっ!
放せえぇ〜っ!!」
「おいおい、あきらめておとな……いっ!」
マグナの言葉は最後まで出なかった。
ユエルが、手に噛みついてしまったのだ。
たまらず、マグナが手を離すと、ユエルはそこからするりと抜け出した。
そして2、3歩はなれたところでこちらを振り返り、
「……イーっだ!」
とだけ言い残して、走り去ってしまった。
それを見たネスティは眼鏡をくい、と押し上げ、
「逃げられたな……
まさに、骨折り損というやつだ」
とトドメの一言を浴びせる。
それが効いたのか、マグナは完全にヘコんでしまった。
苦笑しながら、トリスが手当てをしてやっている。
のとき同様、やや……というか結構、歪んでいるが。
「おおかた、どこかの戦場から逃げ出して来たんだろう」
「戦場、って?」
「ああいう戦闘能力の高い召喚獣は、傭兵として召喚されるものだからな。
主人が死んだか、あるいは戦うことがイヤになったか……
そんな理由ではぐれになったんだろうな」
「…………」
「……どうかしたのか、?」
ユエルが走り去っていった方をじっと見つめていたに、ネスティが怪訝そうに眉をしかめ、声をかけた。
に反応はない。
「……?」
二度目は、少し強めに呼んでみる。
「……え!?
あぁ、なに?」
そこで初めて気づき、視線をネスティへと向ける。
ネスティは呆れたようにため息をついた。
「いったいどうしたんだ?
ぼうっとしてると、置いていくぞ?」
「うわそれは勘弁してよっ!」
あわててばたばたと手を振るが、すぐに真剣な面持ちへと変わる。
「いやぁ、さ……
ネスティの、あの子の話聞いてて、ちょっとね……」
軽く息をついて、もういちど視線を通りへと移す。
「私も、あの子と同じなんだと思ってね……」
「……!」
遠い目をするに、ネスティは彼女にとっての自分の言葉の意味を察した。
望まずに、戦場にいた少女。
突然、召喚されてしまった少女。
は、ユエルに自分を重ねてしまったのだと。
「……すまない」
「……?」
次の瞬間ネスティの口から出たのは、謝罪の言葉だった。
「少し、軽率だったな……」
「いいよ、本当のことだから。
気にしないで」
はネスティの肩をぽんぽんっと叩く。
「それに、ネスティには感謝してるんだしさ」
「感謝……??」
不思議そうに聞いてくるネスティに、にっと笑って見せる。
「私の脇腹の怪我の手当て、ネスティがしてくれたんだって?
トリスに聞いたよ」
「あぁ、そのことか」
の言葉の意味を理解した。
「だが、別に僕は……」
たいしたことはしていない。
そう言うつもりだったが、言葉はにさえぎられる。
「でも、手当てしてくれなかったら、今頃私はここにいなかったし。
それに、正体のわからなかった私を拾って、こうして連れて来てくれてる。
マグナもトリスも、ネスティも。
みんな、私の恩人だよ。
ありがとうね、ネスティ」
私がここでこうしていられるのは。
あの戦場で手放したはずの命を繋いでくれた、貴方のおかげ。
だから、ありがとう。
「…………」
「……ネスティ??
どうかした?」
黙ってしまったネスティの顔を覗き込む。
に顔を覗き込まれ、ネスティは我に返る。
「あ、いや。
何でもない……」
「??
ならいいけど……
……って、トリスったら、包帯あんなにしちゃって……
ちょっと見てくるね」
はそう言って、マグナとトリスの元へ走っていった。
残されたネスティは、心の隅に浮かんだ奇妙な違和感に悩んでいた。
――なんだったんだ、今のは……――
の笑顔を見たときに感じた、既視感に近い何か。
それが心に引っかかってしまっている。
「……なんだったんだ……?」
口に出して呟くも、答える者は、いなかった。