早く誰からも文句がつけられないようになって欲しい。
早く誰にも迷惑をかけないようになりたい。
想いは、互いに伝わることはなく。
はやる気持ちだけが、先走る。
Another Name For Life
第5話 すれ違う想い
王都内を歩き回り、少し休憩を、という話になって、導きの庭園のベンチに腰を下ろした。
トリスとが全員分のジュースを買って来た。
それを受け取ってひと口飲んでから、ネスティが切り出した。
「王城の役人から説明を聞いたんだがな……
あの連中は、ずいぶん前から旅人を襲い続けていたらしい」
それを聞いたマグナが、目を丸くし、声を荒げた。
「前からって……
知っていて、野放しにしてたってのか!?」
ネスティがそれを制し、やや声の調子を落とす。
「……滅多なことを言うな。
騎士団が定期的に遠征をしているのは、君も知ってるだろう?」
「けど、現にああやって野盗たちが……」
トリスも渋い顔をしている。
「連中も馬鹿じゃない。
遠征があることを事前に聞きつけて、その間は身を隠すようだ。
……騎士団が探索できないような険しい場所にな」
「いくら騎士団が強くても、見つけられなかったら退治できない?」
「そういうことだ」
「少数デ戦ウ戦術ノ理ニカナッタ行動デス」
「そうだね……
身軽な連中なら、鎧着込んだ騎士団じゃ行けないような所にも隠れられるだろうし」
レオルドの言葉に、もうなずく。
「……だがゼラムの政治家たちも、そろそろ本気で野盗退治を考えてるようだぞ」
「あっ、だからさっきみたいな手配書を?」
トリスが、王城前に立てられた高札を思い出す。
「あれは気休めだ。
騎士団を翻弄する連中が、冒険者になんとかできるはずあるまい。
これは噂だが……我々蒼の派閥の協力を仰ごうという計画が進んでいるらしい」
これを聞いたトリスとマグナは、同時に驚く。
「え? だって掟では政治に関わるなって……」
ネスティは多少苦味を含んだ顔つきになる。
「建て前と真実は別物さ。派閥とて、街に本部を置く以上それなりに協力をする必要がある。
それに……野盗退治は街道を利用する全ての人々のためだという大義名分もあることだしな」
マグナが、ため息混じりに呟く。
「理屈はわかるけど、なんだかなぁ……」
「そういうのは、どこも変わんないもんだねぇ」
も苦笑する。
それを見たトリスが首を傾げた。
「のいた世界も、派閥とか、掟とかあったの?」
「派閥は無いけど、近いものはね。
街とかを仕切ってる連中ってのは、それぞれのメンツ争いとかしてたし。
そうなると、その地域の人間の支持とかも関わってくるからね。
外敵から街を守ることで、地域に貢献してるって事主張して、それを口実に街に大きな研究施設置いたりしてる連中とかもいたし。
……まぁ、細かいところはいろいろだけどさ」
「ふぅん……」
たちがそんなやり取りをしている傍らで、マグナは考え込むようなしぐさで俯いていた。
そして、意を決したかのような顔でネスティに向き直る。
「なあ、ネス」
「なんだ?」
「野盗をやっつけたら、派閥の召喚師としての手柄になるよな?」
「「「な……!?」」」
突然の発言に、ネスティも、横で話していたトリスとも驚いた。
が、トリスは兄の言葉の意図を理解し、賛同する。
「……そうだよね!
きっと、あたし達のこと認めてくれるよねっ!?」
ネスティも我に返り、盛り上がっている双子の兄妹の無謀な発言を叱る。
「なにを考えてるんだっ、マグナ、トリス!
そんなことできるわけないだろう!?」
「できないって決めつけるからできないって、ネス、いつも俺達を叱ってたじゃないか」
むくれるマグナとトリスに、さらにネスティが声を荒げる。
「それとこれとは話が別物だ!
自ら危険なことに首を突っこむなんて、バカのすることだ。
そんな君たちのバカな行為につきあわされる、僕らの身にもなってみろ!」
“僕ら”とはや護衛獣たちも含まれているようで、ネスティは目で3人を示してみせる。
「「…………」」
「二人とも、少し頭を冷やせ。
君達はいったい何を焦っているんだ?」
マグナもトリスも、俯いて押し黙っている。
ぽつりと、マグナが口を開いた。
「……だってさ……悔しいんだよ……」
それに合わせたかのように、トリスも話し出す。
「旅に出ても、ネスに面倒や迷惑ばかりかけっぱなしで……
いつもとおんなじで。
あたしたち、結局は見習いのままじゃない。
そんなの、あたしもうイヤ……っ!」
「おねえちゃん……」
ハサハが、トリスを不安そうに見上げ、服のすそをぎゅっと掴む。
「だから、あたしたちは……」
「手柄を立てて一人前だと認められたい……
そういうわけか?」
トリスの言わんとしていることを察したネスティが、推測を尋ねる。
それにマグナが言葉を加えた。
「それだけじゃない。
一日も早く認められて、ネスを俺達の世話から解放したいんだ……」
「まったく……」
それを聞いたネスティは、ふぅ、と深い息をついた。
「君達の気持ちはわかった
だがな、マグナ、トリス。
君達の力では、野盗退治なんて不可能だ」
「「!?」」
自分達の考えを否定されたマグナとトリスの顔には、かすかな不満さえ浮かんでいた。
ネスティはさらに言葉を加える。
「君達に限ってじゃない。
僕にだって無理だろう。
……君達が考えたことは、そういうことなんだよ」
「監視役様ノオッシャルトオリデス、あるじ殿。
制圧作戦ヲ実行スルニアタッテ不可欠デアル人員ヲ、我々ハ有シテイナイノデス」
レオルドも、たしなめるようにマグナに言った。
「け、けど……!」
それでも、納得がいかない。
マグナもトリスも、そんな顔をしていた。
ある程度予想していたことなのだろう。ネスティはやれやれとでも言わんばかりにため息をついた。
「……口だけの説明じゃ納得しないっていう性分は相変わらず、か。
ならば、自分の目で確かめに行くか?」
「え?」
「いいの?」
マグナとトリスが目を丸くした。
「野盗というものを知ることも、見識を深める足しにはなるだろう。
それでなお、勝てると思ったのなら、戦ってみればいいさ」
それを聞き、二人の顔が明るくなった。
「ただし、ひとついいかな?」
が唐突に口を開いた。
「な、なに?」
トリスが思わず身構える。
「私やネスティ、レオルドが、危険だと判断したなら……その時は迷わず引き返す。
それでいい?」
「……」
ネスティが、のほうを見て驚いたような顔をしている。
トリスとマグナも同様だ。
「これは最悪、命に関わることだからね。
相手は野盗団とはいえ、数のいる武装集団。
立ち回り方を誤れば、命だって落としかねないんだ」
ひとりひとりの実力が知れていたとしても、相手の数が多ければ、捌ききれない。
そうなれば、無傷ではすまない。最悪、命を落としたりもするだろう。
それだけは、避けたい事態だったから。
「……わかった」
の瞳に強いものを感じたマグナは、を正面から見据え、頷いてみせた。
トリスも、真剣な光を瞳に宿している。
その様子を見ているネスティは、驚きとも、それ以外とも取れるような、複雑な表情をしていた。
* * *
「うわ……」
崖下の光景に、は思わずそんな声を出していた。
「……どうだ?
まだ、勝てると思うか?」
「「…………」」
ネスティの問いに、マグナもトリスも蒼い顔をするだけで。
それが、見せ付けられた現実の厳しさを物語っていた。
「正直、僕もこれほどに大規模な集団だとは思ってはいなかったよ……
派閥の協力が必要だというのもうなずける」
「ああ……」
ネスティが絶望とも取れるような声音で呟き、蒼い顔のままのマグナが頷いた。
「いつまでもここにいたら見つかる。
早いとこ引き上げた方がいい」
が皆を促す。
ネスティやトリスも同意し、その場を去ろうとした。
その時。
「……!?
みんな、ちょっと待った。
……様子が変だぞ!」
マグナが、崖下の異変に気づいた。
見ると、王城前にいた冒険者の戦士、その連れと思われる巫女服の女性が、縄で縛られ捕らえられている。
頭目と思われる男と、なにやら話をしていた。
「あの時の冒険者だね……」
崖下の様子を見て、がぽつりと呟く。
「予想どおりか……
君たちも無茶をしていればああなっていたんだ」
ネスティがため息混じりにマグナたちのほうを見ると、
「「助けよう、ネス!」」
弟弟子と妹弟子の言葉が見事に重なっていた。
驚き、二人に向かってまくし立てる。
「助けるだって?
そんな必要がどこにあるというんだ。
君達は今、あいつら野盗と戦うことは無茶だと学んだばかりだろう?
ましてや彼らと僕らは赤の他人なんだ。
わざわざ危険を犯して助ける必要はない」
「でも、ああなってたのはあたしたちかもしれないんだ!
やっぱり、放っておけないよ!!」
「俺だって!
知らんぷりなんかできない!!」
トリスとマグナが口々に言い放ち、それぞれの武器を手に、崖を降りてゆく。
「!!
ふたりとも、待つんだ!」
止めようとしたネスティの肩に、ぽんと手が置かれた。
振り返ると、苦笑いとも取れる表情のがいた。
「……」
「今更遅いよ。
もう、あの二人は止められないさ。
だったら……」
言いつつ、銃を取り出して、構える。
「無事に帰れるように、援護してやろう?」
にっと笑って、マグナたちと同じように崖を降りていった。
* * *
「ぐぎゃああぁっ!!」
マグナの剣により薙ぎ払われ、トリスの魔法で降らせた大岩の衝撃で吹き飛ばされた野盗たちの悲鳴が響き渡った。
「え?」
突然の光景に、巫女服の女性が驚く。
「さあ、今のうちに逃げて!!」
マグナが剣を振るいながら冒険者二人に呼びかける。
戦士の方が、驚いたような、それとも今の状況を楽しんででもいるかのような顔をした。
「ありゃま……
まさか本当に助けが来るとはねぇ」
――今のオレたちはまさに絶体絶命……
だけど、そういう状況こそがオイシイのさ。
奇跡の大逆転こそが物語の王道ってね♪――
確かに、野盗の頭目にはそう言ってみせたけど。
それは決して『助けが来る』という意味ではない。
だが、これはこれでチャンスなのだ。利用しない手はない。
すぐ隣の相棒に、目で合図する。
動くなら、今だと。
巫女服の女性もそれを察し、頷いた。
突如、爆音が響いた。
「やれやれ……
結局はこうなるのか」
原因の召喚術を使ったネスティが、ため息をついて眼鏡を押し上げる。
「あはは。
ぼやくな、ぼやくな。
今更しょうがないじゃん?」
が野盗を蹴りで退けながら――それを見たネスティが、(銃はどうした?)と思ったとか――ネスティの隣へやってくる。
「召喚師だと!?
……おめぇの差し金か、冒険者っ!!」
突然現れた人間に、部下が次々とやられている。
しかもそのうちの二人ほどが、召喚術を使っていた。
頭目――アウゴは、完全に混乱し、頭に血を上らせて怒鳴り散らした。
「んーにゃ、違うね。
だってさ……」
にやりと笑って立ち上がって見せると、彼を縛っていた縄がぱらりと地面に落ちた。
「このとおり、頃合いを見て、カッコよく反撃するつもりだったのさ」
「頭目の貴方を確実に倒すためにね?」
「ぐぐ……」
戦士が、ゆっくりとした動作で大剣を構え、女性が弓に矢をつがえる。
「ちょいと筋書きは変わっちまったけど
大逆転といかせてもらうぜ!」
* * *
「「「「「…………」」」」」
戦いは、あっという間に終わった。
その場にいた全員が、固まっている。
の戦いぶりに。
銃で相手の動きを牽制し、隙をついて急所に打撃を打ち込む。
たったそれだけで、野盗たちはばたばたと面白いように倒れていく。
流石に頭目たるアウゴは一筋縄ではいかなかったが、手下達をあんなに簡単に沈めていく相手に敵うはずもなく……あっさり撃沈。
右脇腹の怪我が、完治していないのにこの戦いぶり。
本気で何者だ。
そう思わざるをえなかった。
「……ふぅ。」
気絶している野盗たちがごろごろと倒れている中で、張本人はまるで一仕事終えたとでも言わんばかりに、いたって爽やかに額の汗などを袖で拭っていた。
そして振り返り、
「……あれ?
みんな、どうしたの??」
そこで初めて、仲間が全員固まっていることに気づいたのだった。
* * *
「どうもありがとう。
おかげで助かったわ」
巫女服の女性がにこやかに礼を言った。
「いえ、お気になさらず。
単にこちらのバカ者どもが軽率な行動をしただけですから」
「「うう……」」
ネスティがマグナとトリスを軽く睨む。
「というよりも、僕たちは何もしていないですから……
礼なら、彼女に……言ってください……」
後半は疲れたような声になってしまった。
先程のを思い出してしまったのだろう。
「そ、それもそうね……」
女性の顔もこころなしか引きつる。
それでもの方へ向き直った。
「とにかく、ありがとうね。
そこのお調子者の立てた計画だけに不安いっぱいだったんだけど、そんな心配もいらないくらいの戦いぶりだったわね。
すごいわね、貴女」
「ふぇ?
い、いやそんな……ホントにたいしたことしてないし……
お礼言われるようなことは何も……」
どこがだよ。(ツッコミ By一同)
「あー、なんだ! それはともかく……
自己紹介、まだだったよな?
俺はフォルテ。見てのとおりの剣士だ」
場の空気を仕切りなおすかのように、戦士――フォルテが声を上げた。
他の者もそれに倣い、互いに名乗る。
「私の名前はケイナよ」
「ネスティ=バスク。
蒼の派閥の召喚師です」
「マグナです」
「トリスです」
「といいます。よろしく」
人見知りの激しいハサハがトリスのかげに隠れてしまったとか、ちょっとしたほほえましいトラブルがあったものの、とりあえず互いのことは知り合えた。
そして、フォルテに頼まれて騎士団を呼びに行くために、一行はゼラムへと向かった。
* * *
街道を歩いているときに、マグナがふとネスティに話しかけた。
「珍しいな。
ネスがあんなに簡単に頼まれごとを引き受けるなんてさ」
「行きがかりだからな、仕方あるまい。
それに……」
「それに?」
「彼らが一緒に戦ってくれたから、僕たちは命拾いできたんだ。
僕一人じゃ、あの状況で君を守りきれる自信はなかったからな」
まぁ、敵を倒したのはだけど……
確かに。
「それでも、彼らがいたおかげで、僕たちも怪我をせずに済んだ。
それは間違いないからな」
ネスティは、深いため息をつき、自嘲気味に笑う。
「不甲斐ないな……
偉そうに監視役だとか兄弟子とか言っても、結局のところ君たちを怒鳴りつけるだけ。 らしいことは何も出来ていない……
君たちが野盗退治なんて無茶を言いだしたのも、僕のせいなんだろう?」
マグナとトリスは、きょとんとネスティを見る。
「わかってたよ。
僕に説教ばかりされて、ふたりともずっと不愉快に感じていたのは。
僕はどうも焦っていたようだ。
一日も早く、君たちが誰にも文句のつけられない召喚師になれるよう、それだけを考えて。
君たちの気持ちを無視して、必要以上に厳しく接しようとした……
やれやれ、情けない。これでは監視役として失格だ」
「ネス、違うよ」
「そうよ、そんなことない」
マグナとトリスの否定の言葉に、ネスティは目を瞬かせた。
「俺たちが野盗退治をしようなんて言い出したのは、ネスのせいじゃない。
迷惑掛けっぱなしでいるのが情けなくて、早く二人とも一人前になりたいって思って……」
「あたしたちもネスとおんなじ。
焦りすぎちゃってたのよ」
「……そうか」
にわかに訪れる沈黙。
破ったのは、マグナ。
「……慌てなくてもいいんだよな?」
「できることから順にがんばっていけば、それでいいのよね?」
「……ああ」
兄妹弟子の言葉に、ネスティは静かに頷いた。
「それまで、いっぱい、いぃっぱい迷惑かけると思う」
「けど、勘弁してくれよな?」
「……仕方あるまい。
なにしろ僕は、君たちの監視役であり――兄弟子なんだからな」
それまでずっと感じられていたわだかまりは、もうどこにも見当たらない。
後方で黙って話を聞いていたは、3人の様子にそっと微笑みを浮かべた。