一緒にいるのが楽しいから。

 話していると楽しいから。



 だから…………





Another Name For Life

第6話  月明かりと星の海






 夜、みんなが寝静まった頃、は寝付けずに月を見上げていた。

、眠れないのか?」

 ふと、後ろから声をかけられ振り返ると、ネスティが立っていた。
 が少し動き場所を作り座るように促し、ネスティもそれに従う。

「うん、何だかね。
 疲れてるはずなのになぁ……」
「あたりまえだ。
 あれだけ暴れまわれば、疲れるに決まってるだろう?
 脇腹の傷だってまだ完全に治っていないのに……もうすこし、怪我人だという自覚を持ってもらいたいものだな」
「たはは……」
「だいたい、自分から『援護する』とか言っておきながら、ひとりで先走りすぎだ。
 あれではもし何かあったら簡単にやられてしまうぞ。
 もう少し周りの状況を見たほうがいい」
「はいはい、了解。次からは善処するよ」

 呆れたようにネスティにツッコまれ、そのままお説教モードに移行される。
 は苦笑いを浮かべた後、ゆっくりと夜空に目をやった。

「……『ここ』は、星がたくさん見えるんだね」
「……の世界は、見えないのか?」
 の言う『ここ』がリィンバウムを指しているのだと思い、そう尋ねてみる。

「うん……
 地上は光がないから、見えてもいいはずなのに、瘴気とか、汚れた空気のせいで空がくもっちゃってて……
 月だけがやっと見える感じだった。
 だから、こんな綺麗な夜空なんて見たことないよ」



 空の青さも、木々の緑も、この世界に来るまで、知らなかった。

 知っているのは、灰色の空と、どこまでも広がる瓦礫ばかり。



「そう、か……」

 遠い目をしたの横顔は、悲しそうで。
 それ以上、かけられる言葉が見つからない。

 のいた世界がどんなところだったのかは、未だに想像の範疇を超えていた。
 自身により語られる世界の一端からは、どんな所かを想像するのも難しい。



 だが、確実に言えることは。



「……君は、元の世界に帰りたいと思ったことは、あるか?」
「……どうして?」



「君が君の世界の話をする時は、いつも悲しそうな目をするからな……」



 憎んでいる地であるかのように。
 二度と関わるつもりがないかのような瞳で。

 そんな顔で、自分の世界を語るから。



「……そんな顔、してた?」

 驚くに、ネスティは頷いてみせる。
 本人も、自覚がなかったらしい。
「そか……」
 が俯く。
 ネスティは、まずいことを聞いてしまった気がして、申し訳なさそうにを見た。
 そんなネスティの態度に気づき、あぁ、と手をぱたぱた振る。
「気にしなくていいよ。
 そんな、気ィ使われるようなことでもないし」
「だが……」

「私がいいって言ってんの。
 素直に聞きなさいっ」
「わっ!?」

 納得がいかない様子のネスティの頬を軽くつねる。
 とは言っても力は全く入れていないようで、“つねる”というよりも“つまむ”という表現の方が適切かもしれないが。

「な、何するんだいきなり……」
「いやぁ、軽いお仕置きのつもりだったんだけど……」

 言いながら、ネスティの顔を両手でぺたぺた触る

「ちょ……!!」
「へぇー。ネスティ、お肌すべすべじゃん♪
 手触りいいねぇ」
「やめんかっ!」

 さすがにこれにはネスティも我慢できずにの頭をはたいて、彼女の奇行を止める。

「はう、痛いなぁ。
 何すんのさー」
「君がバカなことをするからだろう。
 だいたい、男が肌が綺麗だと言われても、何にもならんだろうが」
「なるよ。私が触ってて楽しい。(きっぱり)」
「断言するな……」

 ネスティは頭を抱えた。
 彼女はこんなキャラだったかと、本気で悩んでしまう。

 さっきまでの自分の心配は何だったのだろうか。



「でもさ、ちょっと意外かも」
「何がだ?」

 唐突に口を開いたに、ネスティが不思議そうな目を向ける。

「ネスティってぱっと見とっつきにくそうな感じあるけど、こうしてると全然そんな風じゃないなと思ってさ」

 とっつきにくそう。
 自分でも自覚していることだから、いまさら他の人間に言われたところでどうということもないが、ちり、と心の隅でなにかが燻っているのを感じた。

 が、それはすぐに消えることになる。



「まぁ、楽しそうだとは思ってたけどね。
 実際、楽しいよ。こうやっていっしょにいて、話してるの」



――楽しそう? ……楽しい??
 何が?

 一緒に、いるのが?

 ……僕と話しているのが……??――



 ネスティが心底驚いたような顔をしてを見た。
 そんな顔を見たが、首を傾げる。

「……なに? 私何か変なこと言った??」
「あ、いや……」

 顔を背け口ごもるネスティに、更にわけがわからないといった顔をする
 そんな様子がなんだかおかしくて、自然と顔が綻ぶ。

「意外だというなら、むしろ君のほうだろう?
 最初のイメージなんて、もう影も形も消え去って、跡形もないじゃないか。
 まさかこんな軽いノリの性格だとは思ってもみなかったよ」
「あーッ、それ、遠回しにバカにしてるでしょ!?」

 むー、と妹弟子のように頬を膨らましている目の前の少女のことは、結局よくわからないけど。



 それでも、自分も楽しいから。



 もう少し、一緒に話をしよう。



 ……でも頼むから、やたら顔に触るのはやめて欲しいな。本気で。

UP: 03.09.18
更新: 05.01.24

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