黙っていられなかった。

 許せなかった。



 だからといって、後先考えられない自分は、莫迦ばかだと思うけれど……





Another Name For Life

第7話  怒りと僅かな喜びと






 蒼の派閥本部、トリスの部屋。
 が本を読みふけっていて動く気配がなかったので、一行は今後の方針を決めるべく話をするのに、そこに集まることになった。



 ばたばたという足音が廊下から響いてくる。
 足音の主は部屋の前で止まり、ノックもなしに乱暴に扉を開けた。

「お前たち! なにをモタモタしておるのだっ!?
 いつまでもフラフラと……任務を何だと思っておるのだ!!」

 フリップの怒声が響き渡る。
 マグナとトリスは、ばつの悪そうな顔で口ごもる。

「お言葉ですが……我々は決して無為に時を過ごしていたわけではありません。野盗退治の顛末は報告したはずですが」
「それはお前たちが独断でとった行動だろうが。任務が滞る理由にはならん!!」

 ネスティが口を挟むものの、フリップは聞く耳を持たない。

「しかも、冒険者などという犯罪者まがいの連中と手を組むなど……派閥の体面というものを考えろ!!」
「犯罪者って……あの人たちはそんな人じゃありません!!」
「そうよ!! 今のは取り消してください!!」

 これにはさすがのマグナたちも黙っているわけにはいかなかった。
 自分達はともかく、フォルテ達のことまで悪く言われたくはない。

「……フン、まぁいい。
 しょせん貴様ら『成り上がり』に、体面の話などしても意味がなかったな」
「「……っ」」

 嫌味たらしく口元をゆがめ言い放つフリップ。
 トリスもマグナも、怒りで身体が震えるのがわかった。



 突如、室内にばたんっ! と大きな音が響いた。

「!?」



 全員驚いてそちらに目をやると、今まで黙って本を読んでいたが、両手で持っていた本を閉じている。それを見れば、音の原因が理解できた。

 は机に本を置き、ゆっくりした動作で椅子から立ち上がり、そのまままっすぐ、フリップの方に歩いてくる。

 目の前まで来たところで足を止める。
 威圧感に、フリップはややたじろいだ。



「あんた、うるさい。」



「「「「な……!?」」」」

 はっきりとした声で発せられたのその言葉に、言われた本人だけでなく、その場の全員が驚いた。



「さっきから黙って聞いてりゃ、細かいことをいちいちいちいち……少し黙ってくれない? あんたの声うるさくて本読めないんだよ。
 それに、見たことない相手を犯罪者呼ばわりか? しかも理由が『冒険者だから』? 一方からしか物事を見れないの? 頭固いね。ここってそんなんでもやってけるの。ふーん。
 だいたいさぁ、騎士団が苦戦する相手を倒してきたってのに『独断だから任務には関係ない』とかっていうのもどうかと思うんだけど私は。正面からねぎらえとまでは言わないけど、ぎゃあぎゃあ怒鳴りつける理由にもならないと思うんだよね。
 ついでにもうひとつ。『成り上がり』だかなんだか知らないけど、今は彼らだって正式なここの召喚師なんでしょ? だったら、少しくらい認めてやりな。私から見りゃ、そんな小さなことでいちいち嫌味言うあんたのほうがよっぽど人間できてないっての」

 早口でまくし立てる
 マグナとトリスはどうしたらいいかとおろおろしながらその様子を見ている。ネスティはといえば、とんでもないことをしでかしている目の前の少女に頭を痛めているのか、こめかみを押さえている。

 フリップは最初こそ呆気にとられていたものの、さんざん好き放題言われ、次第に怒りがつのって来たか、顔を真っ赤にしている。

「だ、黙れ小娘!!
 さっきから聞いておれば、好き放題言いおって! はぐれの分際で……部外者は口を出すな!!」

「へー。意見されるのそんなに嫌? やっぱり頭固いね。ていうかむしろ心狭いよね。
 それに部外者とかそんなこと、ぶっちゃけどうでもいいんだよ。
 私はあんたみたいなのに小娘呼ばわりされるいわれはないし、目の前で友達が侮辱されるの黙ってられるような精神持ち合わせてないんだよ!」

「この……黙らぬか!!」

 フリップが、怒りに任せたまま拳を振り上げる。

「なに、やるの?
 言っとくけど、黙ってやられるほどお人好しじゃないからね、私。そっちが手を出すなら、容赦しないよ」

 はそんなフリップの様子に動じた風もなく、むしろ挑発するような顔で不敵に笑う。その瞳に宿る光が、威圧感をさらに強く感じさせた。



「いいかげんにしろ!!」



 一触即発の状況を打ち破ったのはネスティの怒声だった。
 肩を掴み、ぐいと後ろに引っ張る。

「ネスティ……?」

 が驚いて少し高い位置にあるネスティの顔を見上げる。
 そんなには目もくれず、ネスティは頭を下げた。

「申し訳ありませんフリップ様。彼女には後でよく言い聞かせますので……
 ……ほら、キミも謝れ!」
「ちょ……っ!!」

 そう言っての頭も無理矢理下げさせる。
 はネスティを睨みつけた。

「私は……!!」
「いいから黙って謝るんだ……!
 君のしたことは、マグナたちの立場を余計悪くするだけだ」
「……っ」

 文句を言おうとしたに、彼女にしか聞こえない程度に小声で諭す。
 も、しぶしぶ了承し、ネスティの手を頭から外す。

「………………ごめんなさい。」

 改めて自分で頭を下げる。外したときに掴まれたままになっていたネスティの手に、強く力が込められた。
 ネスティは痛みにすこし眉をしかめるものの、握り締める手が震えていたので、黙ってそのままにしておいた。



「……フン。
 せいぜい、そのじゃじゃ馬を飼いならしておくことだな。
 次はこうは行かぬぞ、覚えておけ」

 フリップは、とりあえず怒りをおさめたようで、振り上げたままになっていた拳を下ろし、マグナとトリスの方を向く。

「それからお前達の部屋は、近いうちに次の見習いの居室にする予定だ。置いてある私物は処分するからそのつもりでな」

 それだけ言って、部屋を去っていった。



* * *



「君はバカか!?
 なんでわざわざ喧嘩を売るような真似をするんだ!!」

 フリップが去り、しばらく静まり返っていた室内で、一番最初に発せられた声はそれだった。

「だって、あのまま何も言わずにいたくなかったんだもん!」
「状況と相手を考えろ! そこらのならず者に喧嘩を売るのとはワケが違うんだぞ!?
 派閥の色々なことは君にちゃんと教えただろう!?」

 そこまで言われ、先程言われた言葉が頭に蘇った。



――君のしたことは、マグナたちの立場を余計悪くするだけだ――



「……ごめん」
「今回は運が良かったが、次は気をつけることだな。
 君も、一応は派閥に保護されている身だということを忘れないことだ。問題を起こせば、トリスやマグナにも迷惑がかかるんだぞ」

 そう言われてしまうと、何も言い返せなくなる。
 は俯いて黙ってしまった。



「ネス……もういいよ。はあたし達のために怒ってくれたんだもの」
「トリス……でも私……」
 の肩に手を添え、トリスがネスティを止める。
 驚いたは隣に立つトリスの顔を見つめた。

「それに、俺、嬉しかったよ。
 が俺たちのこと『友達』って言ってくれて」

 マグナもに笑顔を向ける。



 今まで、何度も悪口や嫌味を言われたけれど、黙っているしかなかった。
 ネスや、師範に迷惑をかけるわけにはいかなかったから。

 でも、悔しくないなんてことはない。

 だから、嬉しかった。

 目の前の少女は、自分達のことを『友達』と言ってくれて。
 友達が侮辱されるのは黙っていられないと、自分達のために怒ってくれて。

 あの瞬間、立場が悪くなるとか、居場所がなくなるとか、そんなことは頭から抜けてしまっていた。
 それほどに、嬉しいと思った。



「……ありがとう、トリス、マグナ。
 でも、本当にゴメン。考えなしだったよね……」
 はそう言ってから、ネスティに向き直る。

「ネスティもゴメンね。
 マグナとトリスもそうだけど、ネスティも立場悪くしちゃったかな……
 それに、ありがとう。止めてくれて。
 あのままだったら、きっともっと大変なことになってた」

「……いや、わかったなら、いいさ」

 ここまで素直に謝られると、何だかこれ以上叱り付ける気になれなくなる。



 それに、本当なら自分だってもっと言い返したかった。
 従わねばならない自分の立場が恨めしかった。

 だから、彼女が言い返したときは、驚いたけれど、少し嬉しかった。
 彼女の怒りは、そのまま自分の怒りでもあったから。

 さすがに度が過ぎてしまったから止めたけれど。



「まぁ、次からは本当に気をつけてくれよ。
 君はどうも、熱くなるとそこの二人以上に手がつけられなくなりそうだからな」

 そう言ってネスティはわずかに微笑み、の頭を軽く撫でてやる。
 は頬を赤くし、小さく頷くだけだった。



「……なぁんか、お邪魔かしら? あたし達」
「な……!?」

 トリスの含みのある一言に、ネスティの顔が真っ赤になる。

「トリスっ!!」
「だってぇ〜、何かいい雰囲気出しちゃってるじゃな〜い。
 ねーマグナ?」

 話題を振られたマグナも、面白いものを見つけたという顔でにやにや笑っている。
「そうだよな〜、手なんか繋いじゃってるし。
 二人の世界って感じだよなー」

 はそこまで言われて初めて、掴んだままになっていた手の存在を思い出し、そちらへと視線を落とした。

「うわ、ごめん!!」

 慌てて手を離す。
 ネスティの手は掴まれっぱなしだったことによって、指先がすっかり紫色になり、冷たくなってしまっていた。
「うわ〜、力入れすぎちゃってたね。
 ほんとゴメンっ!」
 謝りながら、血が通わなくなってしまっていた指先を両手で包んでこすり合わせる。
「……いや、いい……」
 ネスティは、目の前でおたおたして自分の手を温める少女に、どうしたものかと困った顔で見つめていた。

 ……と、新しいおもちゃを見つけた子供のような顔でニヤニヤ笑う弟妹弟子の存在に気づく。

 ぎぎぎ、と軋むような音がしたかのようにそちらに顔を向けると、マグナとトリスはビクッと肩を震わせた。さすがにまずいと感じたらしい。



「……ふたりとも、覚悟は出来ているんだろうな……?」

「「ぎゃーっ、ごめんなさいいいぃぃぃぃ!!」」



 マグナとトリスは、ネスティによる手痛い『お仕置き』を喰らってしまい、自分達が有利な時以外はからかうのをやめようと決意したとか。



* * *



「かーっ! しかしまぁ、どこにでもいるもんなんだな、その手の陰険野郎は!!」
「ほんと! なんか胸がムカムカしてきちゃうわ!!」

 奢ってくれると言ってやって来た繁華街のとある店のテーブル。
 遅れてやって来た理由のためにフリップとの一連のやり取りを話したら、フォルテもケイナも怒りを露わにした。

「言い返したの気持ちがよくわかるぜ。
 ……まぁ、ちょいとヤバかった気もしないでもないけどな……
 ネスティじゃねぇけど、気をつけろよ」

 そう言っての頭をぽんぽんっと軽く叩く。
 は、また頬を赤くして、驚いたような顔でフォルテを見た。

「…………」
「ん、どうかしたのか?」

 自分としては自然なことをしたつもりだったが、相手が目を丸くしてこちらを見るのが逆に不思議に感じ、フォルテはに尋ねた。

「あ、いや……えぇと……」
「「??」」

 マグナとトリスも、の様子がおかしいと、首をかしげた。
 照れ笑いのような顔で、頬をかく



「私さ、こんな風に誰かに頭撫でてもらったりとか叱られたりとか心配されたりとかって、ほとんどされたことなくて……小さい頃以来かな。
 だから、なんか照れくさいっていうか……」

 あはは、と笑うの顔は、戸惑いを含みつつもどこか嬉しそうだった。



――なぁんだ。
 さっきのは、別にネスだったからああいう反応してたってわけじゃないのかぁ――

 つまんないなぁ。

 トリスは、そんなを見て本人……というかむしろネスティにはとてもじゃないけど聞かせられないようなことを考えていた。
 ちらりとネスティのほうを見ると、彼はなにか考え事をしているような顔をしていた。

――ふてくされたりとかしてたら面白いのに――

 先程恐ろしい目に遭ったのは、すっかり忘却の彼方へ追いやってしまったようだった。



 隣に座る妹弟子がそんなことを考えているなど露知らず。
 ネスティは黙々と目の前の食事に手を付けていた。

 ふとトリスの視線に気づく。



「……なんだ?」
「べっつにぃ〜」

 にやにや笑うトリスの顔を見て、

――また余計なことを考えてるな……――

 ネスティは思わずため息がこぼれた。









「聖女……?」

 フォルテの話によれば、この街から北に行ったところにあるレルムという名の村に、どんな病気も怪我も治してしまう『聖女』がいるのだとか。
 彼らはそこへ行き、失われてしまったケイナの記憶を取り戻そうとしており、マグナたちに一緒に来て欲しいと言っている。

 トリスとマグナはそれを快諾し、ネスティからの反対もなく、同行することが決定した。

「よーし! そうと決まれば今からオレ達は旅の仲間なんだ。
 かたっ苦しい敬語とかはやめにしようぜ?」

 フォルテがにかっと笑った。



* * *



 しばらくしてからまた集合。
 それまでは自由行動だということになり、その場は解散した。

 は導きの庭園へと赴き、木陰に座り、トリスの部屋から持ち出してきた本を取り出した。



 内容は、基礎の召喚術。



――この世界と、“ここの『召喚』”についても、知っておかないと……――

 そう思い、トリスに頼んで部屋の本を読ませてもらっていたが、先程のフリップとの件で、もうあの部屋であそこにある本を読むのは無理だと判断し、一冊、役立ちそうだと判断した召喚術についての教本を持ち出してきたのだ。召喚術の成り立ちや基礎の実践方法が比較的わかりやすく掲載されており、なおかつ持ち歩くのに邪魔になりにくそうな大きさのものがちょうど良くあったので、それを拝借することにした。





「…………」



 しばらく読みふけっていたが、木陰とはいえ屋外で本を読んでいたために目が少し疲れてきたので、少し休憩をとることにした。
 本を鞄にしまい、一息ついて、木々の隙間からのぞく空を見上げた。

 時折髪を揺らす風が。
 その風に運ばれてくる、土と草の匂いの混じった空気が。
 とても心地よいのと共に、懐かしさを感じるのは何故だろう。

 ふと、先程まで読んでいた本の内容を思い出す。



 召喚術。
 召喚師が『サモナイト石』を用いて、異世界からさまざまなものを呼び出す魔法。

 五色のサモナイト石は、それぞれリィンバウムの周りを囲む四つの世界とそれ以外の世界の魔力を持っている。



 それ以外の世界。

 自分がいた世界も、そのひとつだろう。



――もしかしたら、サモナイト石の魔力があれば、この世界でも“使える”かもな――



 そう思いながら、鞄の奥底に眠らせている“モノ”に、鞄の上からそっと触れる。

 あの戦場では使っている時間も余裕もなくて外していた物。
 この世界でも使える保証はない。仮に使えたとしても、維持するためのエネルギーが足りない。故に、誰にも言わずにしまい込んだままにしていたわけだが……
 これが使えるなら、もしもの時にも何とかなる。

 あとでゆっくりできる場所に行ったら試してみよう。

 は鞄を背負い、立ち上がった。

UP: 03.09.19
更新: 05.05.24

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