沈黙をかき消した少女。

 物語は、始まった。





Another Name For Life

第8話  緑の村 前編






 木々に囲まれた山道。

 一行は、レルムの村を目指して歩いていた。



「……っはぁ……」

 荒い息を吐くに、トリスが心配そうな瞳を向ける。
、だいじょうぶ?」
「うん……なんとか、ね……」
 自分の体力は並程度だと、自身は考えている。
 実際、元いた世界では、周りにいた『同業者』の中でも平均的な方だった。
 長距離を歩くことなんてしょっちゅうだったし、エレベーターの故障した廃ビルの屋上へと登るのに階段で往復なんていうのもよくあることだった。
 だから、長い距離を歩くということに対して、さして辛いということなどなかったはずなのだが……

 いかんせん、状況が違いすぎる。

 今まで歩いてきたところには、植物が生い茂っているなんてことがなかった。
 それ故、木々や草花から発せられる水分のせいで湿度が高い分、息が上がりやすくなってしまっている。

 おまけに、山。
 階段や平地とは、足の使い方が違う。筋肉への負担のかかり方も違う。
 慣れない足使いで、スタミナがいつも以上に奪われていった。

「村への道なんて、どこもこんなものよ」
 すっかりバテバテになってしまったに、ケイナが苦笑する。
「それにしても、意外だな。がバテるなんて」
 マグナが不思議そうにぽつりと呟く。
「あのねぇ……人を何だと思ってるのさ……」
「まぁ、マグナの言葉も確かだろ。アレだけの大立ち回り演じられるヤツが、たかが山道でバテるってのは、そう簡単に見られるもんじゃねぇからな」
 ははは、と笑うフォルテ。
 大立ち回り、と聞いて、野盗退治をひとりでやってのけるを思い出した一同の額に汗がひとすじ浮かんだのは、ここだけの話である。

「こういう道には、野盗とか化け物が出やすいからな。
 街から村に行こうと思う奴なんて、ほとんどいねぇんだよ」

 そのフォルテの言葉に、ふとは自分の世界を思い出した。
 の世界は、ここ以上に街同士の交流がほとんどなかった。
 異形の者達が徘徊している中を進むのは、余程の強者か無謀な者、もしくは街に住むことが許されなかった者たちくらいのものだった。



 そんなことを考えていると、ふいに近くの茂みからがさがさと木々の擦れる音がした。

「な、なんだっ!?」
「まさか、化け物!?」
 マグナとトリスが身構える。

「あ、ちょっとふたりとも……」
 が止めようと声を上げた時。



「マグナ、トリス。
 落ち着いてよく見てみろ」

 呆れたようなネスティの声がかけられる。
 音の原因は、姿を現していた。



「人を化け物呼ばわりとは、失礼な……」

 立派な体格の老人が、ふぅ、と息をつく。

「ごめんなさい……びっくりしちゃって、つい」
 トリスが頭を下げる。マグナもそれに倣った。



「なぁ爺さん、アンタレルムの村の人かい?」
「あぁ、わしはレルムの村の樵じゃが……」
 フォルテが村までの道を尋ねる。
 ケイナが、聖女に会いに来たことを告げると、老人の顔には、それまでなかった表情が浮かんだ。

 嫌悪ともとれる表情が。



「覚悟しておくことじゃな」
 それだけ言い残し、老人は再び森へと消えていった。

 その老人の言葉の意味は、すぐに理解することになる。



* * *



「うわぁ……」

 思わずそんな声を出してしまうような光景が目の前に広がっていた。

 レルムという名の、さして大きくない村を真っ二つに分かつかのように並ぶ人々の行列は、この村にいるという『聖女』の起こす奇跡の効果を物語っているかのようだ。



「これ、並ぶの……?」
 トリスが呆れたような、絶望したような声を上げる。

「なぁに、そんなの、適当に割り込んじまえば……」
「あ、フォルテ!!」
 マグナの制止も聞かず、フォルテは行列に向かって歩いてゆく。



「おいっ、そこの野郎!!
 何勝手に列に割り込んでるんだっ!!」



 怒声があたりに響く。
 そちらに目をやると、前髪が赤い若者が、怒りを露わにしてこちらへ向かってきていた。

「いやぁ、どこが列の最後かわかんなくってさぁ」
「はっ、どうだかっ」
 飄々と言ってのけるフォルテに、若者はさらに食ってかかる。

「テメェらみたいな連中がいるから俺たちの苦労が絶えねぇんだ。
 さっさとこの村から出て行きな!!」

「ちょっ……!! 一体何の権利があって、あなたにそんなことが言えるのよ!!」
 これにはさすがにケイナも言葉を荒げる。
 確かに列に割り込もうとしたこちらにも非がある。
 とは言え、ここまで来て追い出されるわけにはいかない。
「権利だぁ?
 はっ、権利ならあるさ。俺はこの村の自警団員なんだからな」
「ほう。それにしては随分と礼儀がなっていないようだな?」
 普段なら傍観するか諌めているであろうネスティまで口論に参加してしまった。

 ああもう何やってんだか。

 はため息をひとつつき、言い合いをする仲間は放っておくことにして、周りの景色に目をやっていた。



 まだこの世界の空気には慣れていないけれど、それでも、土や草の匂いはどこか懐かしさを持っていた。
 視界に広がる鮮やかな緑の空間も、見たことなどないはずなのに既視感を感じる。

 それは大破壊前の故郷を知る自分の祖先の血によるものなのだろうか?

 そこまでは、にはわからなかった。



「……い、おい、!」

 肩をたたかれ、ようやく自分が呼ばれていることに気づいた。
 慌てて振り返ると、呆れた顔のネスティがいた。
「ありゃ、ごめん。考え事してたら気づかなかったよ。
 ……って、あれ? みんなは??」
 周りを見ると、そこにはネスティと、先程口論を繰り広げていた若者にとてもよく似た人物――さっきの人物の前髪が赤かったのに対し、彼は青い髪をしている――しかいなかった。
「まったく……
 フォルテたちは列に並びに行った。マグナとトリスには見学がてら宿を探すように言ったから、その辺を歩いてるだろう」
「ふーん」
「先程は弟が失礼しました」
 若者が頭を下げる。
「別にいいさ。それだけ熱心だってことだよ。ええと……」
「あぁ、すいません。自警団長をつとめているロッカといいます。弟はリューグです」
 先程のやり取りを全く聞いていなかったために、自分達の名前を知らないに、ロッカが名乗る。もそれに倣った。

「で、何でネスティは残ってたの?」
「僕は今から彼に、さっきの騒ぎのことを話しに行くところなんだ。も村を見学してきたらどうだ?」
 ネスティやロッカと共にいても良かったのかもしれないが、途中で戦線離脱してしまっていたでは話が出来るはずも無い。
「うん、そだね。そうする」
「あまり遠くへ行くなよ。迷子になったりしたら洒落にもならないからな」
 森に入り込んだりしてはぐれ召喚獣に襲われたとしても、なら難なく切り抜けそうではあるが、迷われると厄介この上ない。

「はーい、了解。
 それじゃ、適当にうろついてるから、なんかあったら呼びに来てね〜」

 は手を振り、ネスティたちと別れた。



* * *



「あ、ー!!」

 声をかけられ、前方を見やると、トリスが手を振っていた。
 そのすぐそばにハサハが立っていて、やや後方にマグナとレオルドがいる。

「トリス、マグナ。
 何してるの? 宿探しに行ったんじゃないの?」
「いやぁ、あんまり気持ちいいから、ここでちょっとお昼寝しようかってことになったのよ」
 の問いに、笑顔で答えるトリス。
「……ネスティ怒らせても知らないよ?」
「まぁまぁ、いいからいいから。も一緒に昼寝しようよ」
 マグナが手招きする。

 説得は無理だねこれは。

 苦笑し、手近な木の根元に腰を下ろす。
 マグナとトリスも同様に、同じ木の根元に座り、幹に背を預けた。



 …………



 暫し、沈黙が流れた。

 梢の音だけが響き渡る。



「あ〜、確かに気持ちいいわな、こりゃ」

 既に隣で寝息を立てている双子の召喚師とその傍らの護衛獣たち。
 なんだか微笑ましいその光景に口元が緩むのを感じた。



――のんびりした時間なんて、本当に久しぶりだもんな――



 昔は、全くなかったわけでもなかったのに。

 育ててくれた“あの人”が、いなくなる前までは。



「さて、私も少し休むかな」

 目を閉じて、あたりの空気に身体をなじませようと、深く息を吸い込み、吐き出した。



 そのまま眠りの底へと落ちてゆく。





 ……筈だったのに。





 沈黙を破るように、突然、がさっと音がした。

「あわ、あわあわあわ……っ」
 続いて、なにやら切羽詰った声。



「……何だよ一体――!?」

 せっかく眠ろうと意識を手放しかけたところに、頭上から物音と声がする。
 がかすかに苛立ちながら上を見ると、少女がひとり、今にも木の上から落ちそうになっていた。



「ど、ど、ど、どいてくださぁ〜いっ!!」

「な、なんだぁ!?」



 さすがのマグナとトリスも目を覚ます。

 二人が身体を起こしたそのとき。





 少女が木から滑り落ちた。





 自分の身体に襲い掛かるであろう痛みにぎゅっと目を閉じた少女だったが、それはいつまでたってもやってこなかった。
「……あ、あれ……?」
 恐る恐る目を開けると。

「ふー……危ないなぁ。
 だいじょうぶ?」

 目の前に、自分と同じような年頃の少女の顔があった。
 すぐに、自分のおかれた状況を理解する。



 抱きかかえられている。
 しかも俗に言うお姫様抱っこ。
 しかも女の子に。(←ここ重要)



「あ、すっ、すいませんっ!!」
 は、自分に抱えられ、顔を真っ赤にした少女ににかっと笑いかける。

「へーきへーき。
 そっちこそ、怪我はない? 立てる?」

 そう言いながら、ゆっくり下ろしてやる。



「…………妙にオトコマエに見えるの、あたしの気のせいかなぁ……?」
「いや、俺にもそう見える……」

 一連のの行動を間近で見た双子召喚師の率直な感想だった。



 木の上から落ちてきた少女を抱きとめ、笑顔を見せて、気遣いながらゆっくり下ろす。

 その姿はさながら騎士か何かのようで。



 まるで一枚の絵のような光景だった。

 ……が女であること以外は。



「……おねえちゃん、かっこいい……」

 ハサハの呟きに、頷かざるをえないマグナとトリスだった。

UP: 03.09.20
更新: 05.05.24

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