舞い降りた少女との邂逅。
それは、すべての始まり。
Another Name For Life
第8話 緑の村 後編
どうして木から落ちてきたのかと問うと、少女は木の上を指差した。
「ありゃま……」
「あの子、降りられなくなっちゃったみたいで……」
少女の指したところには、枝の上でみゃーみゃー鳴いている子猫がいた。
「でも、その格好で木に登るのは無茶だよー……」
苦笑まじりのトリス。
指摘された少女の服は、ミニスカートだった。
「しゃあないな。じゃ、ちょっと行ってくるわ」
そしてもうひとりのミニスカートは、背負っているやや小さめのリュックを下ろした。
「マグナ、これちょっと持っててくれる?」
「え? あ、あぁ……
ていうか、、それで登るのか……?」
「何で??」
リュックを差し出したままきょとんとした顔をするに、マグナは眩暈を覚えた気がした。
も、マグナが何を言わんとしているかを察したらしく、「あぁ」と声を上げて、
「何のためにスパッツはいてると思ってるのさー」
あははと笑って一蹴した。
トリスもそれを聞いて、
――そういえば、のスカートって役割果たしてないもんね……――
などと苦笑した。
実際、のスカート丈は、それだけではくといわゆる『見えそで見えない』ようなきわどい丈のモノである。その上さらにスリットまで入っている。
下に足首までの長さのロングスパッツをはいているために動き回れている状態なのだが、これがなければスカートとしての役割などあってないようなものだろう。
深い色のシャツとスパッツなので、灰色がかった白いスカートがアクセントになっていると言えなくもないのだが、いっそズボンなどに変えてしまい、とりやめてしまってもいいのかもしれない。
「まぁとにかく、これ頼むよ」
ぽん、と、マグナの手にリュックの紐を渡す。
「あぁ…………のわっ!?」
何気なく受け取ったマグナは、持ち主が手を離した瞬間に襲い掛かった重みに、思わずリュックを取り落としそうになってしまった。
「お、おいっ! これ何が入ってるんだよ!! やたら重いぞ!?」
「う〜ん、いろいろ?」
さらりと適当くさいことを言わんでくれ。
ていうか疑問形かよ。
「それより、落とさないでよ? 壊れたら困る物とかも入ってるんだから」
言いつつ、するすると木の上に向かう。
「よ、っと……」
近づいてきた人影に、子猫は警戒する。しかしは構わずに、ゆっくりと手を伸ばす。
その指先の匂いをしばらくかいだあと、ぺろりと舐めた。
ちょいちょいと手招きをすると、伸ばされた手の上に収まる。
そのまま、は子猫を抱え込み、降りてきた。
「ほいほい、ちょっとそこどいててー」
言われたマグナたちが下がるのを確認してから飛び降り、すたっと軽い音を立てて着地した。
「お待たせー……って、こらこらくすぐったいっ!」
腕の中の子猫が、伸び上がっての頬を舐める。
微笑ましい光景に、自然と笑顔になる。
「ほら、もう降りられないとこには登るなよ」
そう言って地面に下ろしてやると、子猫は軽やかに着地し、そのまま走って行った。
「あ、マグナ。リュックありがと」
マグナに預けていたリュックを返してもらい、軽々と背負い直す。
と、何を思ったか、マグナの左手を掴んだ。
「え!? な、何??」
突然のの行動に驚いたマグナだが、
「ねぇ……どうしたの、これ?」
直後にが発した言葉に、行動の意味を悟り、自分も左手を見た。
ちょうど小指の下辺りに、見慣れない傷がある。
新しいもののようで、血がにじんでいた。
「あれ? 何だろう、いつの間に……」
「金具に引っ掛けたのかな? ごめんね。気をつけてればよかったね」
「いや、いいよ。かすり傷だし」
原因が自分の鞄と判断し、が頭を下げる。
マグナは笑っていたが、正直なところ、傷に気がついてからは痛みを感じ始めていた。
あとでFエイドでも貼り付けておこうと思っていたのだが。
「……ちょっと、見せてもらえますか?」
不意に、少女が口を開き、マグナの手をとる。
「あ、あの……?」
「ほら、痛くない…………」
淡い光が、少女の両手から発せられる。
その光景を、はぼんやりと眺めていた。
――――――まったく……の……したら……すか?
――――――……って……ね?
――――――もう……の方が……しい…………がない……
――――――あはは……りがと……ミネ
「……どうしたの、?」
「…………!?」
トリスの声で、我に返る。
横を向くと、心配そうに自分の顔を覗き込むトリスとハサハがいる。
「あ……なんでもない。
ちょっと、ぼんやりしちゃってて……」
そしてマグナと少女の方へ顔を向けると、少女がマグナの手を離すところだった。
「もう、だいじょうぶですよ」
にっこりと少女が笑う。
マグナは驚いた顔で左手を眺めていた。
「傷が…………ふさがってる……?」
その言葉に驚いたトリスとが覗き込んでみると、確かに、左手にあったはずの傷が跡形もなく消え去っている。
「君は一体……?」
マグナが少女に尋ね、少女が答えようとしたその時。
「アメルさまぁ!?」
誰か女の声が響いた。
それを聞くと少女は少し残念そうな顔つきになる。
「あれ、もう休憩時間終わっちゃったのかな……」
「アメルさまぁー!?」
「はぁーいっ!!」
少女――アメルが、呼びかけに応じた。
「それじゃあ、もう行きますね……
どうもありがとうございました」
ぺこりと頭を下げ、立ち去ろうと2、3歩離れてから、アメルはふとマグナのほうへ向き直る。
「あ、そうそう……
貴方達は、いらない人なんかじゃないですよ。
マグナさんも………………トリスさんも」
「「え……?」」
「じゃあ……失礼します」
アメルはそのまま走って行ってしまった。
残された3人は。
「マグナはともかく……トリスは名前出さなかったよねぇ……?」
「だよなぁ……」
「それに、マグナの怪我、治しちゃったし……」
それぞれ、思うところを口にする。
「もしかして、あの子の事なの?
聖女って……」
の推測は、ほぼ確信に近いものだった。
――それにしても、あの時のあの声……
一体、何だったんだろう――
突如、頭に浮かんできた声。
その正体は、アメルとは正反対に、謎のままだった。
* * *
最初からマグナとトリスの宿の手配を当てにしていなかったという兄弟子の冷たいお言葉を頂いて、一行はロッカに紹介してもらった家を訪れた。
ネスティが扉をノックすると、中から出てきたのは昼間出会った樵の老人だった。
アグラバインと名乗ったその老人は、一行を家の中へと招き入れてくれた。
アグラ爺さん――村人からはそう呼ばれている、と言っていた――が入れてくれたお茶を飲みながら話をする。
最初は簡単な自己紹介から。しかし、話題がそうあるわけでもなく、自然と話は聖女のことへと移っていく。
「聖女って言っても、不思議な力を使うってこと以外は普通の女の子なのにねぇ……」
「俺たちには、そう見えたよな」
ぽつりとトリスとマグナが言った言葉に、アグラ爺さんがわずかに目を見開く。
「お前さんたち、アメルに会ったのか?」
「はい、村はずれの森で……」
「木から落っこちてきたんですよ。
が受け止めたから、怪我はしませんでしたけど」
こう、お姫様抱っこで!!
が肯定した直後に、トリスが余計な一言も含めてそんなことを言う。
「かっこよかったよ、おねえちゃん……」
ハサハまでそんなことを言い出す。
「どーいう聖女だよ……」
「ていうかも何してるのよ……」
フォルテとケイナが呆れたような顔をする。
「そうか、元気そうじゃったか?」
「ええ、そりゃもう」
客人たちのそんなやり取りから、光景が思い浮かぶのか、口元を緩めて問うアグラ爺さんに、マグナが頷いた。
「失礼ですが、あなたは聖女と何か関係があるのですか?」
「……孫じゃよ」
ネスティの問いに、アグラ爺さんが、遠い目をしながら言った。
「アメルは、わしの大切な孫娘さ…………」
その顔に浮かぶのは、聖女だ奇跡だとアメルをまつりあげ、村の収入が上がったことを喜ぶ村人達への憤り。
彼にしてみれば、大事な孫娘と引き離され、平穏な日常が破られた以外の何者でもないわけだから、今のこの村の状況は彼にとっては嫌悪の対象にさえなっているのだろう。
昼間、有無を言わせず『出て行け』と言ったリューグの態度にも、納得できた。
彼も、彼の兄のロッカも、アメルと兄弟同然でこの家で育ったのだと、アグラ爺さんは教えてくれたから。
しかし、当のアメルが今の状況を受け入れてしまっている以上、周りの誰も、彼女を聖女と祭り上げるこの状況を止める事が出来ない。
彼らにとっては、今の状況は辛いものだろう。
そんな風に察することしか出来ないのもまた、すこし苦しかった。
* * *
は宛がわれた部屋のベッドに腰掛け、開け放った窓の外の月を眺めていた。
本当ならもう眠らないといけないところなのだが、それを拒否している自分がいる。
窓からは、風が入ってこない。
凪の空間の中で、身体の表面を『何か』がぴりぴりと走り抜けていくのを感じる。
何かが起こる。そんな予感の前兆か。
そして、それは突然の爆音によって、現実となった。
「!?」
静寂が破られた直後、伝わってくる振動。
はっと顔を上げ、窓に駆け寄り、外を見る。
森の木々に囲まれた緑の村が、紅の光に包まれていた。