朱く染まった村。
そこはまるで、地獄のようだった。
Another Name For Life
第9話 紅蓮の攻防 Chapter1
「大変だよ、っ!!」
突如の部屋の扉が開け放たれ、トリスが中に飛び込んできた。
「村が、燃えてる!!」
焦ったトリスの言葉に、も一瞬息を呑む。
「アグラのじっちゃんは?」
「いないの! アメルの所に行ったのかも……!」
「わかった。先に行ってて。私も後から追いかけるから」
「で、でも……」
「私なら、大丈夫だから」
パニックを起こしかけているトリスをなるべく落ち着かせるように言うと、トリスも頷いた。
「うん……すぐ来て、約束だよ!
行こっ、ハサハ!!」
瞳に映る光に、彼女の芯の強さを感じた。
ハサハを促しつつ、トリスは踵を返して部屋を出て行った。
トリスが出て行ってから、リュックの底に眠らせていた『モノ』を一番上へと手早く入れ替え、いつでも使えるようにしておいた。
「…………『これ』が、役に立つかもしれないな…………」
エネルギー等の心配はあったが、いざという時にはそんな事も言ってはいられない。
はリュックを背負い、腰に吊っている銃を確かめて、部屋をあとにした。
* * *
「これは……ッ!?」
目の前の光景に、は絶句した。
木々とともに燃え上がる家々。
紅に染まり、倒れたまま動かない人々。
そこに在るのは、赤い地獄。
この世界に来る直前までいた『戦場』を思い出してか、身体が僅かに震えた。
震えの原因など構わずに、動くのを忘れた身体に活を入れる。
そしてトリスたちと合流するために、は走り出した。
* * *
「どうして、こんなひどいことを……!?」
アメルは、今にも身体がくずおれそうになるのをこらえ、眼前に迫る黒鎧の兵士を睨みつける。
「お前が聖女だな?」
「質問に答えてっ!!」
あくまで自分のペースで事を進めようとする兵士に、アメルが声を荒げる。
しかし兵士は動じる気配もない。
「……連れて行け!!」
後ろに控えている兵士に指令を出し、アメルに向かって歩み寄っていく。
そしてその華奢な腕を容赦なく掴む。
「いや、離してッッ!!」
必死に抵抗するも、少女の力では到底敵わない。
そのままアメルを引っ張っていこうとする兵士。
すると。
突如、金属同士のぶつかり合う音が響き渡る。
「大丈夫か、アメルっ!?」
力が緩んだ隙をついて腕をふりほどき振り返ると、そこにいたのは、昼間出会った三人組のひとり。
手に負ってしまった怪我を治した、あの少年の幼さを残した青年。
マグナが、剣を構えて立っていた。
そのすぐ傍に、彼の護衛獣たる機械兵士と、双子の片割れの少女が控えている。
「女の子を力ずくでどうこう、ってのはいただけねえなぁ」
マグナたちのさらに後ろから、大剣を持った若草色の髪をした大男がやって来た。一見おどけたような調子で言いながら、口の端だけを持ち上げる笑みを貼り付けている。
「その子は渡さないんだからッ!!」
異世界の衣を纏った女性が弓を構えている。
「くっ……
邪魔立てするならば、容赦はせんぞ!!」
アメルを捕らえようとしていた黒鎧の男が剣を抜く。
後ろの兵士達も、それぞれに槍や弓を構えた。
戦いが、幕を開けた。
* * *
「コマンド・オン、ギヤ・ブルース!!」
ネスティの召喚したベズソウが、最後の兵士を薙ぎ払った。
「何とか、片付いたか……」
フォルテが大きく息をつく。
「こんな時に、はどこに行ったの……?」
ケイナが周囲の様子を伺いながら誰に尋ねるでもなくそう言った。
ケイナだけではなく、アメルを守るために兵士達と戦っている間、皆ずっと気にかかっていたこと。
が、いないのだ。
あの、この場にいた兵士全員を駆逐しかねない勢いの少女が、現れない。
「さっき、『後から来る』って言ってたんだけど……
……それにしては、遅いよね……」
言づてを預かっていたトリスも、不安が隠せない表情で周囲を見回す。
「も、もしかして途中で何かあったんじゃ……!?」
思わずよろしくない想像をしてしまい、マグナが青ざめる。
その言葉を聞いた一同の背中に嫌な汗が流れる。
「ちょっと、マグナ!! 縁起でもないこと言わないで!!」
自分の中にも浮かんでしまった想像を振り払うように、トリスがマグナに怒鳴りかかる。
「探しに戻るわけにも行くまい。
自分で遅れると言ったんだ。すぐに合流するだろうさ」
「ネス冷たい……」
一見冷静に分析するネスティを、トリスがぼそりと非難する。
しかし、そんな彼が内心ではなかなか姿を現さないに不安を覚えていることまでは、気づかなかった。
――のことだから、そうそうやられたりはしないだろうが……
それでも、この炎だ。何が起きたっておかしくない。
何をしているんだ、……!!――
「アメル!!」
「ロッカ、リューグ!!」
聞きなれた声に呼ばれ振り返ると、よく似た顔立ちがふたつ、こちらへと走ってきた。
「よかった、無事だったんだね」
惨劇の場と化した村の中で、無事な姿をした妹に、ロッカが安堵のため息を漏らした。
「お前らが、アメルを助けてくれたのか……?」
リューグが、驚きが混じった顔でマグナたちを見る。
最初彼らを見たときに、『同じ』だと思った。
“聖女の奇跡”目当てでやって来た旅人や、力の存在を知ってからころりと態度を変え、アメルをまつりあげ利用し、懐を潤していた村人達と。
こいつらも、アメルを利用する連中と同じだと。
けれど、襲い掛かってくる謎の黒い兵士達から、アメルを守ってくれた。
もしかしたら、ただ単に恩を着せて聖女の力を利用しようとしていただけなのかもしれないが、それでも。
自分達の妹を、守ってくれた。
彼らがいなかったら、間に合わなかっただろう。
「ねぇ、ロッカ……村のみんなは? おじいさんは?」
アメルが、ロッカに問いかける。
ロッカが俯いた。リューグも、目を伏せる。
それだけで、マグナたちは理解した。
彼らが見てきた、村の様子を。
「みんな、ちゃんと逃げられたよね? 無事だよね?」
それでもアメルは、ロッカの服を掴んで尋ねる。
彼らの態度から求められる答えを、認めたくないかのように。
「…………あいつら、みんな殺しやがった。
女も、子供も……病人でさえもッッ!!」
アメルの言葉に耐え切れなくなったか、吐き捨てるようにリューグが叫んだ。
それは、この場にいる全員の心に、衝撃を与える。
「……うそ……でしょう?」
アメルが、顔を上げてリューグを見る。
その目はうつろで、顔からは血の気が引いていた。
口元だけが、かろうじて笑みの形を作っている。
「そんな……ッ! そんなの嘘よぉッッ!!!」
「アメル……」
耐え切れずに叫ぶアメルの肩に、ロッカがそっと手を置く。
この上なく重い空気が、あたりを支配した。
しかし、すぐにそれは破られる。
一人の男の出現によって。
「随分手間取っていると思えば……
まさか、冒険者ごときに遅れをとっていたとはな」
ややくぐもった声が、やけにはっきりと耳についた。
まるで、他の音がすべて消えてしまったかのような錯覚を覚える。
炎を背にして現れたのは、黒い甲冑を着込んだ男。
ただし、その騎士のような鎧の造りも、全身から感じる威圧感も、今まで対峙していた兵士達とは比較にならない。
間違いなく、彼は兵士達のリーダーだろう。
「てめぇが……ッッ!!」
リューグが怒りを露わにして斧を構え、そのまま黒騎士へと突っこんでいく。
しかし渾身の一撃は、無造作に払われた大剣によって身体ごと弾き返されてしまう。
「ぐはっ!!」
「なんて野郎だ……
あの小僧の斧を、弾きやがった……!!」
一撃を加えられ、まともに後ろへ吹っ飛ばされたリューグ。その様子に、フォルテだけでなく、その場の全員が息を呑む。
「我々を邪魔する者には等しく死の制裁が与えられる。
例外は……ない」
黒騎士がゆらりと大剣を構える。
まずい。
誰ともなく、そう直感する。
黒騎士から放たれている威圧感は、先ほどのものさえ凌駕するものへと変わっていた。
この男から、アメルを守りきれるだろうか。
不安は消せない。でも、やらなければ、確実に自分達が死ぬ。
ぐっとそれぞれの武器を握る手に力を込める。
死さえも覚悟せねばならない、その状況を打ち破ったのは。
「うおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!」
雄叫びと共に黒騎士へと突っこんで、攻撃を仕掛けてきた、ひとつの大きな影。