迷っている暇も余裕も、無い。
出し惜しみをして命を危険にさらすのは、それこそただの
莫迦だから。
Another Name For Life
第9話 紅蓮の攻防 Chapter2
は炎上する村の中をさまよっていた。
トリスたちがアメルのもとへ向かったのはわかっているのだから、早いうちに合流できるかと思っていたのに、そう簡単にはいかなかった。
最初に村に入ったときに見た行列から、アメルのいる場所は見当を付けられたが、あの時と今では、村の様子が全然違う。
その上、崩れた建物や襲い掛かってくる兵士達に行く手を阻まれ、思うように先へ進めずに回り道を繰り返すうちに道に迷ってしまったというわけだ。
「あーもう……ッ!!」
熱気によって浮かび上がった汗で、髪が顔に張り付く。
はうっとおしげに前髪をかき上げ、額の汗を手の甲で乱暴に拭った。
「……!」
後ろに気配を感じて振り返ると、先程動きを封じた兵士が起き上がり、剣をに向けて振り下ろそうとしていた。
渾身の力が込められた一撃をかろうじてかわすと、銃を構えて照準を合わせる。
そしてそのまま、引き金を引いた。
通常ならエネルギー弾が撃ち出されるはずの銃口から飛び出したのは、青白い電撃の矢。
「ぐあぁッッ!!」
兵士の胸辺りに電光が直撃する。そのまま電流が鎧を伝って全身を襲った。
たまらず、兵士は再び昏倒することに。
電撃弾。
殺傷能力は通常のエネルギー弾よりも格段に落ちるが、その代わり今のような対生物の際、相手の動きを封じるのに有効な弾だ。
オプション・カートリッジの付け替えによりさまざまな状況に対応できるのが、この銃の特徴である。
倒れた兵士を見やり、は大きくため息をつく。
このままでは、無駄な時間ばかりが過ぎてトリスたちと合流できない。
それどころか、このままここに留まり続ければ、じきに自分の身も危うくなるだろう。
――四の五の言ってらんないってワケか――
もうこうなってしまっては、エネルギーがどうとか、気にしてなどいられない。
出し惜しみをして死ぬのは、まっぴらだ。
は舌打ちすると、リュックの上部に入れ替えておいた『モノ』を取り出した。
籠手のような形状をした『それ』を左腕に取り付け、固定する。
ヘッドセットを右こめかみ辺りに取り付けて、延びたコードを左腕に固定したものに接続した。
そして、ヘッドセットに手を添える。
「アーム・ターミナル、起動。
サイコリンク、接続開始」
口の中で低く呟くと、左腕の『モノ』――『アーム・ターミナル』と呼ばれる、腕に装着するタイプのハンドヘルド・コンピュータが、低い音と共に起動した。
は正常に動作していることを確認しながら、作業を続ける。
「ナビゲーション・プログラム起動。目標入力後、最短ルートを検出……」
右手でアーム・ターミナルの蓋を開け、キーボード部分をかたかたっと軽快な音を立てながら叩く。
が蓋を閉じて手を離してから一瞬の間を置き、蓋の上にある碁盤状のマス目が描かれた小さなモニタが光り、そこへ崩れた家や倒れた木の反映されたレルム村の地図が表示される。
その中で、小さな光がひとつ点滅していた。
「あっちか……」
はアーム・ターミナルのマップが示した方へ顔を上げた。
傍らに落ちていた兵士達の剣の中から、比較的血で汚れていないものを選んで拾い上げる。
そのまま剣を手に、走り出した。
* * *
「うおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!」
雄叫びと共に、黒騎士へと突っこんでいったひとつの大きな影。
「おじいさんっ!?」
アグラ爺さんが、斧を手に黒騎士と対峙していた。
「わしの家族を殺されてなるものか……
命の重みを知らぬ輩に、好きにさせてたまるものかあぁぁッ!!」
アグラ爺さんの猛攻は、黒騎士を抑えるのには充分だった。
その隙に、と、ネスティやフォルテが退路を確保する形で動き、リューグとロッカが前に出る。
「さあ、今のうちに逃げて下さい! ここは僕とリューグでなんとかくい止めますから……!」
「嫌っ! おじいさん達を置いて逃げるなんて……」
ロッカの言葉に、アメルは悲痛な声を上げる。
たった今、村の人々を失ったのに。
この上彼らと別れ別れになり、彼らまで失うことになったら。
それこそ、耐えられないのに。
「聞き分けのないこと言わないで!!」
「……!!」
動こうとしないアメルを一喝したのは、ケイナだった。
「あなたが行かないと、彼らのしたことは無駄になるのよっ!」
「だいじょうぶだよ、アメル。ちょっとお別れするだけだから……」
ケイナとロッカの言葉に、ようやくアメルにも動く気配が出た。
「早く行けええぇぇッッ!!!」
そのまま、リューグの叫びに押されるように、アメルはマグナとトリスに両側を支えられる形になりながら、走った。
* * *
すっかり入り組んでしまった村の中を、マグナ達は走りぬける。
と、蔭から数人の兵士が飛び出してきた。
「逃がすなッッ!!」
誰かが、そう叫んだ。
咄嗟のことに、反応が遅れたマグナに、剣が振り下ろされる。
――しまった……!!――
ギュッと目を閉じて、咄嗟に身体をかばうように手をかざした。
――しかし、痛みの代わりに、金属音が響く。
恐る恐るマグナが目を開けると、そこには。
「……っ!!」
兵士の剣を受け止めるの姿。
はそのまま剣をはじき返し、鎧の上から強力な一撃をお見舞いする。
斬られこそしないものの、兵士は衝撃で後ろへと下がる。
「みんな大丈夫!?」
兵士達から意識を離さないようにしながら、が後ろにいるマグナたちへと問いかける。
「それはこっちのセリフよ!! 心配したんだよ、っ!」
逆にトリスに怒られてしまう。
緊迫した空気が一瞬やわらいだような気がした。
しかし、そんなものはお構いなしと言わんばかりに、兵士達が物陰から姿を現し始めた。
――数が多いな……
まだ、見える以外にももう少しいる――
のアーム・ターミナルにインストールされているエネミー・ソナーが、隠れている兵士の数とおおよその配置を知らせる。
同時に、リューグとロッカが他の戦力を足止めをしているのもわかった。
この場さえ食い止めれば、アメルはマグナたちが守ることが出来るだろう。
「みんな、先に行ってて。私はここに残るから」
「!?」
これにはさすがに皆驚いた。
「何言ってるのよ、一緒に……」
「いいから、行って!!」
トリスの言葉をさえぎるように叫ぶ。
びくりと、トリスの方が一瞬はねた。
「私なら大丈夫だから。
いいから、アメルを早く……!!」
「……わかった」
「「ネス!?」」
同意の意思を表わしたネスティに、マグナとトリスの驚きの声が重なる。
「……必ず、来るんだぞ。
いいな?」
「約束するよ。だから、ここは任せて」
がにっこりと笑う。
いつもどおりの、楽しそうな顔で。
「さぁ、トリス!」
「わ、わかった……お願い、ロックマテリアル!!」
名残惜しそうにしながらも、トリスが召喚術を兵士の一団に撃ち込む。
重低音が響き渡ったあとには、退路が開かれていた。
「絶対、来てくれよ!! 待ってるからッッ!!!」
走り去る直前のマグナの言葉に頷いてみせ、その背中を見送った。
「聖女が逃げるぞ、追えッ!!」
兵士の一人が叫ぶ。
それに従うように他の兵士達が動こうとして……凍りついた。
「……誰が、そんな事許すと思ってるんだ?」
ただならぬ気配を纏った少女に気圧されてしまう。
見た目はただの細っこい娘なのに。
威圧感も殺気も、彼女の仲間がいたときとは比べ物にならない。
「時間が無いんだ。さっさと終わらせるよ」
そう言って左手をかざす形で前に出す。
手のひらの前に、魔法陣が浮かび上がる。
そして、光が一瞬で広がった。
* * *
リューグもロッカも、疲弊しきっていた。
アグラ爺さんと三人がかりで、それでも何とかと言うレベルだったとはいえ、こちらが優勢だった。
押しぎみだったというのに、敵の増援が現れ始めている。
黒騎士一人だったらまだしも、その上に他の兵士に来られては、さすがに手に負えなくなる。
タイミングを見計らって退却しようにも、このままではそれすら出来なくなってしまうだろう。
どうしたものかと考えあぐねていると、後方から、数名の兵士の悲鳴が聞こえた。
「ぐああぁっ!!」
思わずリューグたちが振り返ると、そこには右手に剣を、左手に何やら拳大の塊を持ったが立っていた。その周りには、兵士が何人か倒れている。
「あなたは……!!」
「テメェ……何しに来やがった、さっさと逃げやがれ!!」
双子が思い思いに口にする。
しかしは構うことなく三人の元へ歩いていく。
そして、三人に聞こえる程度の声で、それでもはっきりと、言った。
「道作るから先に逃げて。
合図するから、タイミング外さないで」
「「「な……!!」」」
ロッカもリューグも、アグラ爺さんも目を丸くする。
「何言ってやがる、テメェ……!!」
「いいから。ほら、行くよ。1、2……」
食って掛かってきたリューグの言葉をさらりと流す。
地面に無造作に剣を突き立て、左手に持っていた塊を右手で持ち直し、投げる体制をとった。
そこで何をするのかある程度理解した三人は、それ以上は口を出さなかった。
「3ッ!!」
掛け声と共に、の手から塊が勢いよく投げられる。
それは、退路となるべき方向へとまっすぐに飛んでゆき、兵士達の中心ではじけた。
派手な音と煙が巻き起こる。爆風はさして強くないが、至近距離で爆音が響いたことで、兵士達の動きが止まった。
リューグたちは、その隙をつく。
煙の中でも、足の感覚が、道を覚えている。
兵士達をすり抜けて、双子とアグラ爺さんはその場を離れた。
三人が離れた頃、計ったかのように土煙が晴れた。
「小癪な真似を……ッ」
黒騎士が舌打ちをする。
「何とでも言っていいよ。私は、ここであんたたちを――特にあんたを足止めするってことになってるんだから。手段を選ぶつもりはない。
それに……」
言い放ち、地面から剣を抜く。
「あの人たちには、待ってる人がいるから。
行かなくちゃ、いけないから」
は黒騎士の方を向いて剣を構えた。
「剣で俺に勝てるつもりか? 小娘」
「さぁ、どうだろうね。やってみないとわからないんじゃないかな?」
にやりと笑うの纏う空気は、戦場で会いまみえた名のある騎士たちにもひけをとらない。
少なくとも眼前の少女が、ただの冒険者ではないことはよくわかった。
眼が、戦場をくぐり抜けた者のそれだったから。
「……行くよっ!!」
が剣を振るった。