譲れないもののために。
約束のために。
使命の、ために。
Another Name For Life
第9話 紅蓮の攻防 Chapter3
「……行くよっ!!」
が剣を振るう。黒騎士がそれを受ける。
――くッ!?――
剣戟は、予想以上に速く、衝撃が重い。
油断していたわけではない。だが相手を心のどこかで見くびっていたのも、また事実。
その上、相手は女だ。
そのことが、やはりどこか剣を鈍らせる気がした。
もっとも、この少女はそんなことを感じる余裕さえないほどの攻撃を仕掛けてくるのだけれど。
しばらく、と黒騎士による鍔迫り合いが繰り広げられた。
周りを囲む兵士達は動かない。否、動けなかった。
それほどに、この二人の発する威圧感は強力だった。
しかし、それもいつまでも続きはしない。
乾いた音を立て、の手にしていた剣の刃が断ち割られた。
「ちっ……!」
が舌打ちし、柄の部分だけになってしまった剣を放り投げる。
黒騎士が、剣を突きつけてきた。
「正直、ここまでやるとは思わなかったぞ。女にしておくには惜しいな」
「そりゃどーも。私の師匠はトクベツだったからね」
死を目の前にしても、目の前の少女の瞳に恐怖はなかった。
この少女は、いったい何者なのだろう。
「お前、名は何という?」
気がつけば、無意識にそんなことを尋ねていた。
「。
……あんたは? 黒騎士さん」
にっと口の端で笑ってみせるに、黒騎士の方も、兜の中で同様に笑っていた。
にも、雰囲気でそれが伝わっていた。
「……ルヴァイドだ」
「ふぅん、いい名前だね」
今度は顔全体で、にっこり笑った。
ルヴァイドは、剣を突きつけたままに、続ける。
「さて、とやら。
聖女捕獲のために、人質になってもらうぞ」
そう言うと、周りの兵士達もゆっくりとに向かってきた。
そして当のはといえば。
「――それは困るんだよね、私としては。
それだと、私がここに残った意味がなくなるじゃないか」
ふぅ、とひとつ息をつく。
右手を上にして両腕を組んだまま、ゆっくりとあたりを見渡した。
「だから、逃げさせてもらう。悪いけど」
そう言って右手をすばやく抜き、振り上げる。
その動きに異変を感じ、ルヴァイドが慌ててに手を伸ばす。
が。
何かが噴き出すような音と共に、いきなり視界が白く染まる。
ルヴァイドは伸ばした手をすぐに戻すことになった。
が力いっぱい腕を振り下ろし、地面に何かのつぶてを叩きつけると、あたり一面に濃い煙が発生したのだ。
先程リューグたちを逃がすために使った手榴弾――煙と音がやたら派手だが、殺傷能力には欠ける――とは違い、これはただの煙玉だ。
ただし、煙の留まる時間が長い。
はそのままルヴァイドから離れた。
「!!
逃がすな、捕らえろ!!」
気配でそれを感じたルヴァイドが、周りにいる兵士達に指令を出す。
しかし、甲冑の兜のせいで煙の被害が増大している兵士達は、思うように動けない。は難なく兵士達の間をすり抜けていく。
煙が晴れだした頃に、上空で何か大きなものが羽ばたくような音がした。
上を見ると、人がひとり以上は乗れるのではないかという大きな鳥が飛んでいた。
ルヴァイドたちからは、鳥の腹部と翼の裏側しか見えない。
鳥は、そのまま飛び去ってゆく。
三砦都市トライドラの方へ。
「くッ、召喚術か!? あの鳥を逃がすな!!」
状況から考えて、は鳥に乗っていると考えるのが自然である。
ルヴァイドの指示のもと、鳥が向かっていった方へと、兵士達が去っていった。
残されたのは、燃え続ける木々と家屋。
そして。
「……ふぅ」
ルヴァイドたちが去ったのをエネミー・ソナーによって確認したが、やや離れた位置にある、崩れた家の残骸から姿を現した。服についた煤を無造作にはたいて落とす。
あの大きな鳥は、ただの囮。
それに気づかれる前に、急いでここを離れなければ。
先に逃げたロッカたちと違って、このあたりの地理に詳しくないし、山道にも慣れていない。そんなが普通に走って逃げた所で、きっとすぐに追いつかれて捕らえられるのがオチだ。
速く、尚且つ山道にも強いであろう『足』を用意する必要がある。
は手のひらを正面に向ける形で、左手を前に出す。
そして口の中で低く呟く。
「……召喚プログラム、起動。
聖獣、召喚」
かざした手のひらのすぐ前に、魔法陣が浮かび上がり、空間が歪む。
歪みはの背よりも高い所まで広がり、じきに収束していく。
空間が元に戻った時、何もなかったはずのの目の前に、一頭の馬が姿を現していた。
灰色の、妖しげながらも美しい毛並みを持つその馬は、普通とは違い足が8本あった。
が、馬に向かって話しかける。
「急がないといけないんだ。山道とか森とかで大変なんだけど、よろしく頼むよ」
「承知シタ……
ツカマッテオレ。少々荒ッポクナル」
低い、響くような声。
は頷いて同意の意を表し、ひらりと馬の背に乗る。
そのまましっかりと、たてがみにしがみついた。
がきちんと乗ったことを確認したうえで、馬は駆け出した。
速度も、並みの馬のものとは比べ物にならなかった。
* * *
鳥が森の中へと降下してゆく。
ルヴァイド率いる黒鎧の兵士達は、そこを目指した。
「……これは……!!」
ルヴァイドたちの目の前には、地上に降り立った巨鳥。
それだけだった。
背に乗っていると思われた少女の姿は、どこにも無い。
「こんな手に引っ掛かるとは……くッ!!」
知らず知らずのうちに、自分自身に焦りがあったのだと思い知らされる。
平常時なら、この程度のちゃちなトラップなど簡単に見破れたのに。
「――ルヴァイドさま!!」
後方からの声に振り返ると、そこには闇夜に映える鮮やかな金の髪。
そしてそのすぐ後ろに、対照的な闇色の鎧。
「イオス、ゼルフィルド……」
イオスと呼ばれた金髪の青年が、乱れた息を整える。
ルヴァイドのもとへ来る為に、走ってきたのだろう。色の白い頬が紅潮していた。
「ゼルフィルドが、ルヴァイド様が村を出たというので……
撤退命令もまだ出されていなかったようですし……
…………何かあったのですか?」
ルヴァイドの様子がおかしいのは、今この場に来たイオスにもすぐにわかった。
聖女がこの場にいないということは、任務が失敗したということ。
焼き討ちまでして。
無抵抗の人々をころして。
それなのに。
「冒険者の女に足止めを喰らった。
……おそらく聖女と合流するだろう。女の足では逃げるにも限界がある。
それに、奴よりも前に逃げた村の者もいる。そのどれかの足取りさえ掴めれば、逃げた聖女も捕らえられるだろう」
「では、至急追っ手を出しましょう」
「ああ、よろしく頼む」
ルヴァイドの言葉に、イオスが一礼し、後ろに控えた兵士に命令を出す。
失敗は、許されないのだ。
自らに課せられたものの為にも。
ルヴァイドは密かに拳を握り締めた。