居場所をくれる、あたたかいことば。
Another Name For Life
第10話 帰還
を乗せた馬が
疾る。
東の空が、僅かに明るくなっていた。
村を出た時から起動したままのナビゲーション・システムによって、トリスたちがゼラムに向かっているのはわかっていた。
しかし街道を馬鹿正直に走れば、それこそすぐに見つかってしまう。
とはいえ、回り道をしながら、というのも時間のロスが痛い。
それでは囮を使ってまで時間を稼いだ意味が無い。
故に、街道脇の森や山道の悪路を駆け抜けると言う選択肢をとっている。
ちなみに、囮の鳥は頃合いを見計らい喚び戻していた。
馬の身体が大きく跳ねた。
の身体もそれに合わせて浮き上がるが、たてがみにしっかりとしがみ付いているので、振り落とされはしなかった。
「ふぃー……」
「大丈夫カ、召喚師ヨ」
額の汗を、しがみ付いた手元に顔を持っていくことで拭ったに、馬が話しかける。
はいたって明るい声で笑ってみせた。
「うん、へーきへーき。だから、このまま進んで」
馬は黙って走り続ける。
その速さを衰えさせることもなく。
* * *
ところ変わって、聖王都ゼラムの高級住宅街の一角のある屋敷に、日の出とともに開かれた街の外壁の門をくぐって来た一行が、訪ねてきた。
その屋敷の主たるギブソンとミモザ。
彼らの所属する『蒼の派閥』の後輩たちとその友人達だった。
どこで何をしてきたのか、身体は泥だらけの傷だらけ、おまけに服のところどころに焼け焦げや煤がついていたりもする。
ギブソンとミモザはすぐに彼らを屋敷へ入れ、傷の手当てを施し、風呂を提供し、休ませる寝床を貸し与えた。
全員が身体の汚れを落とし、一息ついて、そのまま泥のように眠り込んだ。
約一名を除いて。
「…………」
ネスティは2階のテラスの手すりに寄りかかり、街をぼんやりと眺めていた。
そのまま、そこを動く気配はない。
最初にここへ来たときは、まだ空の端に闇が残っていたのに、今はもう太陽が南へ向けてだいぶ進んでいる。
生乾きのままだった髪も、今はもう、僅かに湿り気を残す程度まで乾いてしまっていた。
「ネス……」
かけられた声に振り返ると、そこには眠そうな顔をした妹弟子と弟弟子。
「トリス、マグナ。
珍しいな、君たちが自発的に起きるなんて。寝ていなくていいのか?」
皮肉を込めた言い回しをすると、トリスがむぅと頬を膨らませる。
しかし、すぐに真剣な表情を取り戻す。隣のマグナも、難しい顔をしていた。
「何か、ぱっと目が覚めちゃって…… 気になって部屋を出たら、自然に足がこっちに向いたんだ。
そしたら、トリスもおんなじなんだって言うから……」
「ねぇネス……
……もしかして、に何かあったのかな…………」
炎上するレルムの村で、全く同じことを言った双子の兄に怒ったが、心の奥底でちりちりと燻る不安が、トリスの心に影を落としていた。
「……あったとしても、今ここで、僕たちに何が出来る。
様子を見に行くというわけにもいかないんだぞ」
そう言い放ち、再び視線を街中へと移す。
「ネス、どうしてそんな言い方するんだよ……!」
「そうよ、のこと、心配じゃないのっ?」
口々に、マグナとトリスがネスティを責める。
「何も出来ないから、こうやって、信じて待つしかないだろう?」
「「……!」」
小さな、それでいてはっきりとしたネスティの声に、二人は目を見開く。
ネスティとて、心配していないわけではない。
けれど、別れ際に交わした“約束”を彼女が守ってくれるのだと強く信じる心も同時に併せ持っていただけ。
不安がないはずがない。しかしそれを感じさせずにここに立っているネスティの姿は、マグナにもトリスにも力強さを分け与えてくれていた。
ふと、街の方を向いたままのネスティが、はっと何かに気づいたように一点を見た。
「…………あれは……!」
「え??」
マグナが、ネスティの呟きを耳にとらえ、意味を聞こうとする前に、ネスティは駆け出してテラスから屋敷の中へ戻ってしまっていた。
「ネスったら、一体何を…………あぁっ!!」
トリスが、ネスティの見ていたほうに目をやると、中で寝ている仲間のことも忘れ、大声を上げる。
「お、おいどうしたんだトリス??」
マグナも、街の中に何かあるのだということはわかったのだが、『それ』を探し出せずにいる。
トリスがそんなマグナに、見つけた『もの』の方を指で示す。
「ほら、あそこ!!」
「……あっ!?」
ここまで来てようやく、マグナにも理解できた。
「俺たちも行こう、トリス!!」
「うん!」
双子の召喚師が、兄弟子同様、全速力でテラスをあとにした。
* * *
街へ入るための門で怪しまれぬように、馬を元いた世界へと送還し、アーム・ターミナルを外してリュックへ戻し、そのままリュックを片側の肩にかけたは、先日トリスに案内された時の記憶を頼りに、高級住宅街の一角を目指していた。
彼らの先輩である、ギブソンとミモザの屋敷を。
どこかの宿にいるかもしれないし、派閥の本部にいるかもしれない。
先に逃げてきたマグナたちの居所の検討はつきかねたが、いずれにしても一人で簡単に出入りできる所にいるかが怪しい。
そう判断し、とりあえずギブソンたちを訪ねて、居場所を知っていたら教えてもらい、知らなかったら探す協力をしてもらうよう頼もうと思い、歩いてきた。
――確か、このあたりだったはず……――
周囲をさっと見渡す。
すると。
「――っ!!」
自分を呼ぶ、声。
声のしたほうを見ると、そこには。
「ネスティ!」
探していた人物のひとりの姿が。
はネスティのもとへ駆け寄った。
「よかった、無事に逃げられたんだね。他のみんなは?」
夜明け前にこの街へとたどり着いたときの自分たち以上に、体中が傷だらけで煤だらけ。
自分の顔を見て、満面に笑顔を浮かべるの姿を見て、ネスティは安堵感を感じるとともに、あの場にを残したことに、少なからず後悔の念を持った。
「安心しろ、全員無事だ。
……それにしても、本当に君は無茶ばかりするな」
「ははは……いいじゃんか、みんな助かったんだし」
お説教開始かと、苦笑交じりにも身構えていただったが、そんな彼女の予想を裏切り、ネスティはの頭にぽん、と軽く手を乗せる。
「……本当に……よく無事に戻ってきてくれたな」
ネスティは乗せた手でそのままくしゃりとの頭を撫で、安堵の微笑を浮かべる。
「…………うん」
も、やわらかく微笑んだ。
と。
「「〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!」」
ネスティの後方から、重なった叫びと、騒がしい足音。
「へ??」
何事かと、ネスティの肩越しに後ろをのぞきこんだの肩から、リュックがずり落ちる。
と、上半身を後ろに向けたネスティの目に入ってきたのは。
「……マグナ、トリス!?」
土煙を上げる勢いで、全力でこちらに向かって走ってきた、双子の見習い召喚師。
その速度は、全く衰える気配がない。
「って、ちょっ……!?」
の言葉が出尽くす前に、マグナとトリスが、の前にいたネスティに衝突した。
「「うわあぁっ!!??」」
そのまま、4人でその場に倒れこむ。
下から順に、、ネスティ、マグナ、そしてトリス。
「本当にだよね!? 戻ってきたんだよねっ!?」
3人の上に乗ったまま、トリスが嬉しそうにはしゃぐ。
「ほんと、よく無事だったよな!! 心配してたんだぜ?」
マグナも下にいるに笑顔を向ける。
「……君たちはバカかっ!! さっさとどけ!!」
直後、ネスティの怒号があたりに響き渡った。
「一体なにを考えてるんだ、君たちは! 少しは止まろうとか速度を落とすとか、そういうことを考えなかったのか!!」
「「うぅ……ごめんなさい……」」
トリスとマグナが山から降りると、すぐに身体を起こしたネスティがお説教モードに移行する。
普段ならそのまま30分以上は怒られっぱなしであっただろう。
だが、今回は。
「……あのさぁ、お説教すんのは構わないんだけど、降りてからにしてもらえるかね」
「「「……あ。」」」
ネスティの下敷きにされたままのの呆れた声で、強制終了された。
「す、すまない……」
「いいよ、大丈夫だし。リュックつぶれてないし」
顔を赤くし、ばつが悪そうにに手を差し出して、ネスティが謝る。当のは、気にしてない様子で笑っていたが。
「さんきゅ、ネスティ」
は、立ち上がるのを手伝ってくれたネスティに礼を言い、ずり落ちてそのまま地面に転がっていたリュックを回収し、肩にかけた。
「……何か言いたそうだな、トリス」
「べっつにぃ〜♪」
にやにや笑うトリスを、ネスティが睨みつける。
「…………っと、すっかり言うの忘れてた!」
唐突に、マグナが口を開いた。
「??」
疑問符を浮かべる。
しかしトリスとネスティには、マグナの意図が理解できたらしい。
「そうだよ、忘れてたじゃない!」
「一番最初に言うべきだったのにな。
……君たちのアレがなければ、もっと早くに言えたんだぞ」
「「は、はは……」」
わけがわからないといった顔のに、改めて3人が向き直る。
「「「おかえり、」」」
口を揃え、笑顔で。
迎えてくれる言葉を、言った。
「……うん……
…………ただいまっ!!」
どれくらいぶりに使っただろう。
忘れかけてしまった温かさを、思い出させてくれる。
自分に、居場所をくれる。
なつかしい、ことば。