これからのために、必要なもの。
Another Name For Life
第11話 ふたつの出会い 前編
が屋敷へ入ると、主であるギブソンとミモザが出迎えてくれた。
「よく戻ってきたね。無事で何よりだよ」
「本当よ。このコ達にあなただけ残ったって聞いたときは驚いたんだからね」
とりあえずさっぱりして来いとのミモザの言葉により、はトリスの案内でバスルームへと向かった。
「、洗濯しちゃうから服こっちにちょうだい」
「いいよ、別に」
断るに、トリスがむぅと頬を膨らませる。
「だーめっ! 煤だらけでドロドロじゃないっ! ホラ、貸してってば!!」
「わー!! たんまッッ!!」
強引に脱がそうと服に手をかけるトリスを慌てて止める。
「このあとすぐ、ちょっと出かけたいんだよ。
その時にこの格好の方が都合がいいから……」
は今ひとつ納得していない顔のトリスを半ば無理やり外へ出し、ジャケットを脱いだ。
襟元を持って左手にぶら下げたまま、浴室の扉を開ける。
そして肩あたりの高さまで持ち上げて、右手でばさばさとジャケットをはたくと、煤や泥が浴室の床へと落ちてゆく。
しばらくそのままそうしていると、ジャケットからは煤がすっかり落とされた。特殊素材のジャケットは、汚れにも強くできているらしい。
あとは浴室の床に落としたものを中に入ってから流せば、とりあえず外へ出歩けるくらいにはなるだろう。
服の汚れをひとしきり落としたあと、体の方もそろそろ洗うかと思ったとき、はふと身体に違和感を覚えた。
「…………??」
ざっと身体を上から下まで見渡すと、すぐに原因がわかった。
「あちゃあ……」
しかし、大して気にすることもなく、は浴室の扉をくぐっていった。
* * *
がバスルームから戻ると、リビングにはマグナたちに加え、起きてきたフォルテにケイナ、レオルド、ハサハ、そしてアメルがいた。
みんなが、出迎えてくれた。
「お帰りなさい、」
「よく無事で戻ってきたなぁ」
ケイナとフォルテが、ネスティ同様の安堵の笑顔で言った。
アメルが、前へ進み出る。
「あの…………ロッカや、リューグや、おじいさんは……?」
遠慮がちに尋ねる声に、彼女の今の心がうかがえる。
故郷を焼かれ、追撃に怯えながら逃げ。
見知らぬ人の家へと転がり込んで。
不安の中で思うのは、やはり、離れ離れになってしまった家族のこと。
にもそれを察知するのは容易なことだった。
「……ごめん、逃げる時にばらばらになったから、行方までは、私も……」
嘘ではない。
ナビゲーション・システムで追っていたのは、トリスたち。
エネミー・ソナーで感知できるのは、敵の兵士。
『馬』にしがみ付いて全力で逃げる所だったに、リューグたちまで補足することは出来なかった。
彼らが逃げ延びられるかどうかは彼らの土地勘に頼り、自分は自分で、逃げることしか。
「そう、ですか……」
それを聞いたアメルが、顔を暗く曇らせる。
彼女のしゅんと落ち込んだ姿が、痛々しかった。
が、そんなアメルの肩にポンっと手を載せる。
「……アメルはさ、あの3人、無事に帰ってこないと思うの?」
「な……っ、!?」
無神経にさえ聞こえる言葉に、マグナが驚きの声を上げる。
「そんな……っ!! そんなわけ、ないですっ!!
みんな、きっと無事に……っ!!!」
さすがにこれにはアメルも声を荒げる。
激昂するアメルに、がにかっと笑った。
「じゃあさ、信じてやりなよ。きっと帰ってくるんだって」
「…………え…………?」
肩に置いていた手を頭の方へ動かし、くしゃくしゃっと頭を撫でる。
「あの3人のこと、一番信じてあげられるのは、アメルだから。
そのアメルが、まず信じなきゃ。きっと、自分のところに帰ってくるって。
ロッカも、リューグも、アグラのじっちゃんも。
あの人たちの帰るべきところは、アメルなんだから。
だから、きっとアメルのところに戻って来てくれる。
……違うかな?」
彼らが必死で戦っていたのは、村のためだけじゃない。
あのときよりも前から、アメルを想って、生きている。
交わした言葉は少なかったけど。
それがわかるほどに、彼らはアメルを大切に想っていたから。
「帰るべき場所がある人は、それを守ろうとする人は、簡単にはいなくなったりしないよ。
だからね、アメル。
あんたは、いつでも迎えてあげられるように、信じて待ってあげるんだ」
「……はいっ」
の言葉に、アメルも笑顔を見せた。
心の底からの、笑顔を。
* * *
「あ、そういえば、さっき出かけるとかどうとか言ってなかった??」
「へ??
…………あ。忘れてた。」
トリスの言葉に、は先程の脱衣所での会話を思い出した。
どうやらすっかり頭から抜け落ちてしまっていたらしい。
「実は、剣を買いに行きたくて」
「「剣……??」」
マグナとトリスが、同時に首を傾げる。
「うん。また何かあったときに、銃だけだと立ち回りにくいんだよ」
鎧を着た相手では、流砂の谷でしたような立ち回り方は出来ない。かといってレルム村の時のように電撃弾で動きを止める方法は、その場しのぎに過ぎない。
ルヴァイドと戦った時のように、やはり剣が相手なら剣の方が立ち回りやすい。
もといた世界でも、銃と同様に剣は使っていた。
けれど、あの『戦場』で戦っている最中に折れてしまい、そのまま捨てていったため、今のには自分の剣がない。
レルム村では運良く剣を拾えたから良かったものの、もしあれがなければ、ルヴァイド達をあの場に留める事など出来なかっただろう。
戻ってきたらすぐに、剣を見に行きたい。
そう、切実に思っていた。
「だから、その…………
お金、ちょっと貸してもらえると助かるんだけど……」
はばつの悪さに肩をすくめながら言った。
剣に関しては予定外の出費になるのだから、軽々しく出してもらうわけにはいかない。
とはいえすぐに稼げるあてなどないのだから、マグナたちから借りるしかないのだ。
しかし、そんなとは裏腹に、マグナとトリスはぱっと顔を明るくする。
「って剣使えたんだ、かっこいい〜!」
「もちろん構わないよ! なぁ、ネス?」
マグナがネスティに同意を求める。
というのも、旅費の管理は『世話役ではない』と言いつつもこの双子に任せるのが不安だったために、ネスティが行なっていたからだ。
「あぁ、別に構わない。予算は……これくらいでどうだ?」
ネスティも了承し、金の入った袋を渡す。
通貨などのこともひととおり聞いていたので、中身を確かめたが大きく頷いた。
「……うん、だいじょぶ。ありがとうね。
それじゃあ、早速行ってくるよ」
はそう言って、リュックを背負い玄関へと向かった。
* * *
商店街の少しさびれた風のある一角にひっそりと店を構える武器屋。
はその扉をくぐった。
「……らっしゃい」
気難しそうな店の主人の声はつっけんどんで、どこか懐かしさを感じる。
「剣を探してるんだ。何かいいのはないかな?」
「……お前さんが使うのか?」
僅かに目を見開いた主人に、が頷く。
予算を教えると、「少し待っていろ」と、剣が置かれた一角から、一振り取り出す。
「それなら……これはどうだ?」
主人が差し出す鞘に納まった剣を受け取り、抜いてみる。
刃の様子や重さをざっと見て、すぐに鞘に戻して主人に返してしまう。
「私には軽いや、これ。もっと重い方がいいんだけど……」
「そうか」
そんな調子でしばらく店の主人とのやり取りが続いた。
どの剣も、の手にはしっくり来ない。
そうこうしているうちに、店主はこんなことを言いながら剣を差し出した。
「……これが、お前さんが買える、この店の最後の剣だ。
これでダメなら、諦めな」
受け取り、鞘から抜く。
ここへ来て何度もやって来た動作を、もう一度繰り返す。
今までは、ここですぐに剣を鞘に戻していたのだが。
「…………!」
の顔色が変わった。
剣を軽く振ってみたり、刃や柄の部分を何度も確かめたり。
今までしなかった動作をする。
「……これっ、これがいい!
おじさん、これ買いますっ!!」
ぱぁっと明るくなった顔で、が主人に言った。
「そうか。それじゃあ、交渉成立だな」
主人も、にやりと笑った。
* * *
「珍しい客だったな……」
風変わりなくたびれた服装の少女。
久方ぶりの客が店を去ってから、主人がぽつりと、誰にともなく呟く。
彼女が選んだ剣。
あれは、造りが良いものの、重さや長さが原因で誰の手にもなじまず、店の奥にひっそりと埋もれていた品だった。
最初に渡した剣は、彼女くらいの体格の女性剣士が一般的に使うようなものだった。
はっきり言って、軽いために武器としての威力は期待できない。それでも、女性剣士というのは一般的にスピードと技で相手を牽制するものなのだから、軽い方がいいくらいなのだが。
けれど、彼女はその剣を「軽い」と言って却下した。
少しずつ重さなどを上げてやったが、どうにもしっくり来るものはなかったらしい。
彼女が提示した予算がもう少し多ければ、あるいは何かちょうど合うものがあったのかもしれないが。
ダメモトで、最後にあの剣を差し出してみたところ、彼女の手にはそれが一番良かったらしい。
女性剣士には重く、男性剣士にはやや短いその剣が。
店を去る前、彼女は自分に「また来るよ」と言っていた。
あんなに面白い客なら、また来てもいいかもしれない。
そう思い、気難しいことで知られるこの店主が、珍しく口元をほころばせた。
* * *
が買った剣を腰に下げて、上機嫌で街を歩いていた。
いつの間にか足は商店街から繁華街へと移っている。
しかし、そんな気分を台無しにすることというのは、起こるもので。
ふいに、肩に少しばかり鈍い衝撃が走る。
「ってぇ! どこに目ぇつけてやがんだ、てめえ!?」
「…………」
月並み極まりないセリフを吐く、ごろつき風の男。
そして、仲間と思われる男が3、4人そいつの後ろにいた。
容易に想像できるこれから起こるであろう出来事を思うと、ため息が出てしまうであった。