その邂逅は、偶然か、必然か……
Another Name For Life
第11話 ふたつの出会い 後編
「おい嬢ちゃんよぉ、ぶつかっといて謝りもなしかぁ?
こちとら怪我しちまってんだぜぇ?」
「あー……ごめん。」
この手のたぐいの人種は、嫌というほど相手にしたことがある。
世界が違っても、こーいうときのセリフに大した相違はないんだなぁなどとのんきに考えている頭なので、の謝罪はぞんざいこの上なかった。
そんな態度が、彼らの怒りのボルテージを、否が応にも上昇させてしまう。
「ざけんなよ、テメェ!!」
「なめやがって! 痛い目見ねえとわからねぇのかっ!?」
口々にまくし立てるごろつき達。
こんなところまで、月並みこの上ない。
「そんなこと言われたってなぁ……」
がため息混じりに頬をかく。
「て……めぇぇえ〜〜〜っっ!!」
男の一人が、に殴りかかる。
怒りで動きが鈍っている分、難なくかわせる。
は、右に一歩ずれることで、突進してくる男をかわした。
そこまではよかったのだが。
「……あっ!」
かわされたことで、男は勢い余っての横をすり抜けていった。
そしてその先に、人が歩いていたのだ。
男は、振りあげた拳を下ろせぬまま、その人物へと突っこんでゆく。
――間に合わないっ!!――
慌ててフォローに入ろうと思っただったが、位置関係からそれは無理だった。
金髪の整った顔の人物に拳が当たると思ったその時。
「痛ええぇっっ!?」
その人物は男の拳を受け止め、そのまま手を捻り上げた。
「……いきなり何をする」
明らかに不機嫌な声に、男も抗議する。
「お、オレのせいじゃねぇ!! その女がかわしやがるから……痛てててッッ!!」
「自分の未熟さを女のせいにするのか?」
しかし捻り上げられる力が弱まる気配はなく、その上ぴしゃりと言い放たれた。
男の顔色が変わりきった頃、ぱっと手が離され、哀れな男は解放された。
「ち、ちくしょう……ッ!! 覚えてやがれぇっ!!」
去り際の捨てゼリフも月並み極まりない。
走り去る男たちを深いため息で見送ったあと、は金髪の人物に向き直る。
「助かったよ。悪かったね、巻き込んじゃって」
「いや……」
短く答えて立ち去ろうとする人物を見送ろうとしたとき、ふとの目に、コートの左袖が裂けているのに気づいた。
「あ、ねぇそこ、切れてるよ?」
「……え? あ、あぁ……」
「直したげるよ。お詫びも兼ねて。ねっ?」
「いや、いいさこのくらい……」
早々にこの場を去ろうとする人物の肩をがしっと掴む。
「だめ!! こーいうの放っとくと、そこからほつれてきちゃって、長く着られないんだよッ!?
いいから貸しなさいっ!!」
「お、おいっ…!?」
完全に目が据わり人が変わったに呆気にとられたその不幸な人物は、右手をつかまれてそのままズルズルと引きずられていってしまった。
* * *
たまたま繁華街で関わってしまった少女に導きの庭園まで引きずられ、コートを無理やり脱がされ、ベンチに強制的に座らされ、イオスは深いため息をついた。
……自分はこんなことをしている暇などないのに。
ちらりと横に目をやると、三つ編みの少女は慣れた手つきでちくちくと自分のコートの左袖を繕っている。
――あのレルム村で、村人に斬られたところを。
直そうかとも思ったけれど、自分への戒めの意味も込めてそのままにしておくつもりだった。
しかし、目の前の少女に気圧されてしまい、直すことに反対しきれなかった。
よくよく少女の服を観察すると、白に近いグレーのジャケットには細かい繕いの跡などがたくさんあり、随分と長く着ているのだろうということを感じさせた。
さらに見てみると、腰に下げられているのは真新しい剣。さっき歩いている時に見た下がり具合から、そこそこ重さのあるものなのだろうというのは理解できた。
ソーイングセットを取り出したリュックは、何が入っているのかは判らないが、ベンチに置いた瞬間どすんと鈍い音がしたあたり、そうとう重いのだろう。
あたらめてこうして見ると、変わった少女だということを思い知らされる。
「…………ぇ、ねぇ! ねーってば!!」
「ぇ……わぁ!?」
はっと気づくと、目の前に少女の顔があった。
イオスは驚いて思わず後ずさる。
「……な、なにさ。脅かさないでよぉ」
「す、すまない……」
自分が上げた大声に、少女も驚いた顔をしていた。イオスはつい反射的に謝る。
「……で、どうした?」
「あぁ、うん。名前聞いてないなと思って。私。あんたは?」
。
どこかで聞いたような、聞かないような。
イオスの頭の隅に、その名が引っかかったが、ぱっと思い出せなかったのでそのままにしておくことにした。
「イオスだ」
「ふぅん。
…………イオスは男のひとだよね?」
「……見てわからないか?」
半眼で睨みつけるイオスの声には、明らかに怒りが混じっている。
はといえば、そんなイオスの視線をさらりと受け流していた。
「ははは、じょーだんだよ。綺麗な顔してるから、聞いて見たかっただけ」
「男が綺麗なんて言われても、ちっとも嬉しくない」
「ごめんごめん」
(……似たよーなこと、どっかの誰かさんも言ってたなぁ)
は、心の中でそれだけ付け足して、笑った。
ちょっぴり心配性の、ゼラムに着いた時に真っ先に出迎えてくれた、あの仲間の顔が思い浮かんだ。
「……ねぇねぇ、イオスって、軍人さん? それとも傭兵か何か??」
「何故、そんなことを聞く?」
会話をしている最中も、の手は動いたままだ。
「さっきの動き。
訓練した人のもんだと思ってね。だから、その辺の筋の人なのかなー、と」
「筋、って……」
の言葉は、的を得ている部分も、そうでない部分もある。
一部の微妙な発言に、イオスはなんと言っていいやら反応に困った。
「まぁ、軍人……だな」
――今、この聖王都に侵攻中の。
さすがに、そこまでは言わない。否、言えない。
いかにも駆け出しの冒険者といった風貌のこの少女にそんなことを言ったところで、軍としての侵攻が差し支えるなどとは思わなかった。
けれど、何故だか、この少女は。
誰かに、似ていたから。
巻き込まれて死なれたり、したくはなかったから。
「なに、その微妙な言い方ー」
がけらけら笑う。
しかしそれ以上を聞こうとはしない。
向こうも、突っこんで欲しくないというこっちの心情を理解してくれたのだろうか。
とりあえず、そう解釈しておいた。
* * *
「……はい、おしまい。
ついでに細かい所も綻んでから、手ぇ加えておいたよ」
が糸を切り、コートを畳んでイオスへ差し出す。
すぐに着るのだから畳む必要などないのだけれど、習慣なのだろうか、彼女は自然とそうしていた。
イオスは、手渡されたコートをしげしげと見た。
左の袖の裂けた部分はさすがに少し目立ったが、他の細かい部分はかなり綺麗になっている。の裁縫の腕に、思わず感心してしまった。
「すごいな。ここまで直せるものなんだな」
「まぁ、慣れてるからね。私のこのジャケットも、そんな感じでずっと着てるし」
変に自慢することもなく、にっと笑うだけ。
ただ僅かな時間に言葉を交わしただけだけれど、イオスはという人物に、好感を持てた。
「ごめんね、引き止めちゃって。急いでたんじゃない?」
「あぁ、まあ……
でも大丈夫だから。ありがとう」
「いえいえ。
モノは大事にしないとだめだよー。直したり気を使えば、ぐっと長持ちするんだから」
拳を握り締めて力説するに、思わず笑いがこぼれる。
そのまましばらく、二人で笑いあっていた。
「さて、私そろそろ戻らないと」
「そうか」
「うん」
がリュックを片手に立ち上がった。
イオスも立ち上がり、直してもらったばかりのコートを羽織る。
「またどっかで会えるかな?」
「さぁ、どうだろうな……」
それだけ言って、ふっと目をそらす。
会える保証はない。
自分は暗躍中の軍の一員なのだから。
本当なら、今日のように騒ぎに巻き込まれるのも御免なのだ。
「あ。イオス軍人さんだもんね、忙しいか。
でも、またこうやって話、したいな。楽しかったから」
「そう、だな。僕も楽しめたよ」
それは、イオスにとっても素直な感想。
とりとめのない話ばかりだったけれど、楽しいといえる時間を過ごせた。
「じゃ、もう行くね。また、どこかで!!」
「あぁ、また……な」
導きの庭園から走り去るの後ろ姿を見送り、イオスは踵を返す。
放った偵察兵の報告を聞くために。
「また、どこかで……か……」
――本当に、会えたらいいんだけどな――
吹き抜けていく風のような少女。
自分を救ってくれた“あの子”と、全く違うのに、それでいてどこか似た雰囲気を持っていた。
その印象が、頭に焼きついた。
この時は予想さえ出来なかった。
己の未来も、何もかも。