見知らぬ景色。
 見知らぬ世界。

 いったいここは、どこなんだ。





Another Name For Life

第12話  再会と邂逅
〜Chapter4 新たなる異邦人〜






 黒い短髪の青年は、倒れた兵士の傍らに転がっていた剣をおもむろに拾い上げ、その刃の根元に『お札』を一枚張りつけた。札が鈍く光り、それを刃に伝えていく。
 刃全体に光が伝わったのを確認すると、青年はゼルフィルドに向き直り、構えた。

「そんじゃ、いっちょ行きますか」
「……貴様、何者ダ?」
 ゼルフィルドが問う。
 シルターンのものに近い力を行使していたが、彼自身から感知される魔力は明らかにシルターンとはかけ離れたもので。
 そもそも、彼が召喚されてきた時、召喚の門から感知された魔力。召喚した術者ふたりのもつ、ロレイラルとシルターンと呼応するものとは全く違う。
 過去に全く例を見ない、不可思議なものだった。

「何者、って言われてもなぁ……」
 青年が、少し困ったような顔で頭をかく。

「んなことよりも、とにかくあんたらをどうにかしないといけないみたいだし。さっさと終わらせちゃおう」
「邪魔ヲスルノナラ、容赦ハセヌ……!」
 ゼルフィルドも構えた。
 銃の安全装置が解除される音が、小さく響く。
 即座に、二発の銃弾が青年目掛けて撃ち込まれる。
 青年はそれらを紙一重でかわす。
 腕を弾がかすめ、赤い血が僅かに舞った。トリスやアメルが、身体を強張らせる。
 しかし、それにも構わず青年は剣を振るう。
 先程までゼルフィルドと戦っていたマグナやロッカの脳裏には、彼の剣がゼルフィルドの装甲に弾かれる姿が浮かんだ。
 並の武器では、あの装甲に傷をつけるのもままならない。
 彼の持つ剣が名のある銘刀や魔剣ならともかく、そこらに転がっていた一般兵の剣では、自分たちの武器以上の威力など期待できないだろう。

 しかし。

「…………!?」
 ためらいも無く振りぬかれた青年の剣は、ゼルフィルドの左腕部の装甲の表面を引き裂いていた。
「な……っ!?」
 マグナ達からも驚きの声が上がる。

「……彼ノ剣カラハ、強イえねるぎーガ感知サレマス。ソノ原因ハ、アノ“フダ”ノヨウデス」
 レオルドの言葉に、マグナが首をかしげる。
「それって、どういうことなんだ?」
「アノ剣ノ強度ナドノ性能自体ハ、極メテ一般的ナモノデス。
 シカシ、彼ガアノ“フダ”ヲ張ッタコトニヨッテ、刀身カラえねるぎーガ発生シマシタ。
 ソノ結果、通常ノ剣ヨリモ高イ攻撃力ガ得ラレテイルヨウデス」
「ようするに、あのさっき張りつけた紙から何かの力が出てて、それのおかげで剣が強くなってるってことか?」
「ソウ考エルト、一番矛盾ガアリマセン」



 ゼルフィルドは、敵の増援の青年の思わぬ強さに、任務の再計算を余儀なくさせられていた。

――左腕部ノ損傷度ヨリ、障害ノ戦闘能力ヲ仮想……
 コノママ戦闘ヲ続行サセテハ、任務失敗ノ上ニ、今後ノ任務ニモ影響アリ――

 今は退くべきだ。
 そう判断し、ゼルフィルドは黒鎧の兵士達に号令をかける。

「総員、撤退!!」

 その声に、兵士達が去ってゆく。倒れた者は、動ける者が肩を貸したりしていた。

 青年は札を剣からビッとはがし、剣をその場に転がす。
 はがされた札はぼろぼろと崩れ、風に舞って散った。



* * *



 兵士達が去り、ふっと大きく息をついた青年のもとに、マグナとトリスが走り寄った。

「だいじょうぶ!?」
 トリスの心配そうな声が響く。青年はそんなトリスににっと笑って見せた。
「大丈夫、大丈夫。大将、すぐに退いてくれたしね」
「そうじゃなくて、腕の怪我!」
 青年が「腕?」と不思議そうに見てみると、右側の二の腕に、ゼルフィルドの銃弾がかすめた痕があった。白いシャツがそこだけ紅く染まっており、痛々しい。
「かすり傷だよ、これくらい」
「そんな、だめだろ、放っておいたら! すぐ手当てしないと!!」
 のんきに言い放つ青年に、マグナの怒ったような声が飛ぶ。
 マグナの声を聞いてか、アメルも3人の下へ駆け寄ってきた。
「見せてください、すぐに治しますから……」
「え、でも」
 青年が戸惑っている間に、アメルが腕に手をかざす。
 柔らかな光が生まれ、青年の傷口を癒していく。



 アメルは、薄暗い、もやのかかったイメージを見た。
――これが、このひとの心の中……?――
 感情も何もない、ただの灰色の世界。
 不思議に思ったアメルだが、意識をすぐに外へと引き戻されてしまった。
「アメル……?」
 戸惑いを浮かべるアメルに、トリスが訝しんで声をかける。

「……君も、『視える』ひとなんだね」

 頭の上からかけられた青年の声に、はっとアメルが顔を上げた。
「オレ、プロテクトかけてるから。ちょっときつかったんじゃないか? 大丈夫?」
「「ぷろてくと……??」」
 聞きなれぬ単語にマグナとトリスが揃って首をかしげた。
「心を簡単に見られないように、壁を作ってるってこと」
 そんな二人の様子に、青年が笑いながら答える。
「それより、ありがとう。凄いんだな、君」
 アメルに向き直り、青年が礼を言う。
 心を見ることはなかったが、傷は何事もなく癒えていたらしい。
「どういたしまして。でも、怪我は放っておいたらダメですよ」
 素直に感心する青年に、アメルも微笑んだ。



「トリス、マグナ」
 ちょいちょい、と、二人の背中がつっつかれる。
 呼びかけた声を聞き、マグナとトリスはその場に固まった。

「み、ミモザせんぱい……」
 ぎぎぎ、と錆びた音でもしそうな動作で振り返ると、そこには自分たちのよく知る眼鏡の女性。
 マグナが、ひとすじ汗を浮かべて声を絞り出す。
 ミモザはにっこり笑顔を浮かべる。

 そして。

「「あだだだだっ!!?」」
 マグナが右手で左頬を、トリスが左手で右頬を引っ張られた。

「私の忠告を無視するなんて、ふたりともいい度胸してるじゃない?
 さぁ〜て、どんなお仕置きしちゃおうかしらねぇ〜??」
 眼鏡がきらりと光ったような気がするのは、気のせいではないだろう。

「「ご、ごめんらひゃ〜〜いぃぃぃ!!!」」

 痛みと恐怖で涙目になりながら、二人の叫びがこだました。

「それはそうと、そこのアナタ?」
 ミモザがマグナとトリスの頬を引っ張ったまま、眼前で繰り広げられる光景に目を丸くしている青年に声をかけた。
「ありがとうね、助かっちゃったわ」
「いえ、オレは別に……」
 微笑んで礼を言うミモザに、青年が少し慌てる。

「たいした事はしてない、って顔ね。そんなことないわよ。
 実際私たち苦戦してたし、アナタはあの機械兵士の攻撃から私の後輩を守ってくれたわ。そうでしょう?」
「はぁ……」
 心底困った顔をする青年に、ミモザが苦笑する。

 そういえば、昔出会ったあのひとも、同じような反応をした。
 理由を聞けば、『礼など言われ慣れてないから』とか言っていたけれど。

「それより、オレのことはいいから、そのふたりをそろそろ……」
「「ひょうひょう」」
 青年の言葉に、回りきらない口でトリスとマグナが同意する。
「んー、どーしよっかなぁ〜」
 対するミモザは、にやりと笑うだけで、二人を開放する気配はない。
「見てて痛いですし、なにより、聞きたいことがありますから」
「そう?? まぁ、しょうがないか」
 ミモザがぱっと手を離すと、マグナもトリスも、ひりひりする頬を必死でさする。
「いたたた……ひどいですよ、せんぱぁい……」
 半泣きになりながら、トリスが訴える。
「少しは反省したかしら? なんなら、もう1回……」
「「わーー!! いいですいいです!! じゅうぶん反省しましたーッ!!」」
 構えるミモザに、二人揃ってかぶりを振る。

「そろそろ、いいかな?」
「あ、ごめんなさい……」
 いつまでたっても終わりそうにない漫才じみた掛け合いに、青年が口を挟む。
 開放された二人は苦笑いを浮かべながら、青年に向き直る。

「あらためまして。助けてくれて、ありがとうね。あたしトリス。んで、こっちがマグナよ。
 あなたは?」

「ショウ。
 翔だよ」

 青年――ショウが、にっこり笑う。



「それで、俺たちに聞きたいことって?」
「あぁ、さっきから気になってたんだけど……いったいここは、どこなんだ?」

 去り際に、言われた。向かう先は、『可能性の世界だ』と。
 その言葉の示す意味を、知りたかった。



「ここはリィンバウムの聖王都ゼラムよ。ショウは、どの世界から来たの?」
 ロレイラルでも、シルターンでもない。他の2世界からとは、考えられない。
 では、彼はどこから来たのか。

 似たような考えを、ごく最近にマグナもトリスも持ったことがある。
 表口で戦っているであろう、あの少女に出会ったときのことだ。

「どの……って?」
「シルターンじゃないの? それっぽい技を使ってたじゃない」
 首をかしげるショウ。訝しげに尋ねるミモザ。
「…………(ふるふる) このおにいちゃん、シルターンのひとじゃ、ないよ……」
「デスガ、彼ハろれいらるニ縁ノアル存在デモアリマセン」
 ミモザの疑問に答えたのは、ハサハとレオルドの言葉。
「じゃあ……ショウさんは、どこから来たっていうんですか……?」
 アメルが、誰にともなく尋ねる。



 ミモザには、心当たりがなくもなかった。しかし、断言できるほどの要素がない。
 相棒も話を聞けば、もしかしたら何かわかるかもしれない。



 と、ショウがふとぽつりと口にした。

「あの屋敷の向こう側でも、誰か戦ってるのか?」
「うん、そうだけど……それがどうかしたのか?」
「いや……」

 問い返すマグナへの答えは、曖昧な声。



「ちょっと、懐かしい感じがしたから」

UP: 03.10.28
更新: 06.09.21

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