どうしてあんなに強いのか。
どうやって、あの場から逃げ出したのか。
謎は、解けるのか。
Another Name For Life
第13話 Constitute Element
〜Chapter2 彼女の場合〜
「それじゃあ、まずは私が元いた世界のことから話そうか。それを話さないことには、話がつながらないし」
が、話はきっと長くなるから、と言って皆を座るように促し、自分も背もたれのない小さめな椅子に腰掛ける。
皆の目が注目した所で、が話し始める。
「私のいた世界の、その中でも私のいた小さな島国っていうのは、もともとは、シルターンとロレイラルに近い雰囲気を持っていたらしいんだ。と言っても、世界中のどこでも、妖怪とか悪魔みたいな存在は、実在しない架空の存在として扱われてきていたんだって話だけど。
でもそれは表向きの話で、実際には裏社会とかそういうところで、そういう存在による事件も、ちょこちょこ起こってたんだって」
「なんか、はっきりしねぇな」
「私も、聞いただけの話だからね。何せ、私が生まれるよりもずっと前のことだし」
らしい、とかだって、とか、曖昧な言い方ばかりするのに対して思わず口を挟んだフォルテに、も苦笑いを浮かべる。
「続き、いいかな。
ええと、今から50年くらい前に、私のいた国の首都に、ある国の兵器が撃ち込まれたんだって。それは、本来ならその都市どころか島ごと吹き飛ばすんじゃないかっていう威力だったらしいんだけど、爆心地以外の被害は、そんなにひどくなかったらしいんだよね。
それだけなら、よかったんだけど。
その直後にとても大きな地震が島全体を襲って、そのせいで人間も含めたたくさんの生き物が死んで、街なんかがことごとく壊滅したんだ。
その後さらに、世界中に、悪魔が大量に現れて、少なくなってた人間は、さらに数を減らした。
私たちの世界では、『大破壊』って呼ばれる出来事として、記録に残ってる」
「悪魔、というのは、サプレスにいるような悪魔のことかい?」
霊界サプレスに属した召喚術を使うギブソンらしい質問だった。
「あ、そか。すいません。
私の世界で言う『悪魔』ってのは、この世界で例えれば、『召喚獣』がいちばん近いと思います。
私たちにとっては、妖怪も天使も、魔獣も、人外のものの総称が『アクマ』だから」
「天使も、『アクマ』なんだね……」
半ば感心したように、トリスが呟いた。
「とにかくそうやって、世界は破壊され、崩壊した。
主要都市って呼ばれてた世界中の大きな都市は、軒並み悪魔に壊滅させられて。
残されたわずかな人間は、一握りの支配階級の人間とか、強い力を持った悪魔に支配されながら、細々生きてる。
兵器の影響で残った毒素とか、大量の悪魔が現れたことによって生まれた瘴気とかで、土地も空も、汚れきってた。
悪魔が徘徊する瓦礫ばっかりの荒廃した世界で、そういったものから身を守りながら生きるには、強者の支配する街に所属して、『管理』されないといけなかったんだって、聞いてる」
「聞いてるって……は?」
マグナが不思議そうに問う。
「私は、育ててくれた人がもともと小さいシェルター……地下室って感じかな。そういうとこに住んでて、そこはそういう毒素とかから守られてたから、どこにも所属はしてなかったよ。
街に所属してないひとも、それなりにいるんだ。もっとも、そういう人たちは盗みを働きながら瓦礫の陰で生活してるらしいけど。私みたいなケースの方が稀だよ」
答えるの瞳には、どこか陰があった。
「とりあえず、世界についてはこんなところかな。次は……私のここに来る前の生活か」
はそのまま淡々と話し続けた。
「さっきもちらっと言ったけど、いろんな街は、支配階級の人間とか、力の強い悪魔が治めてるんだ。そういう連中は、いつも面子がどうとか、縄張りがどうとかで、小競り合いとかいざこざが絶えなかった。
でも、そういうのに属してない悪魔ってのも、いるんだよ。
んで、治めてるエリア内で暴れる、和解が出来ない悪魔を倒したり、縄張り争いの戦争の兵士として使われるのが、『退魔師』って呼ばれる職業の人間だった。
もともとは、大破壊前にちょこちょこ起きてた悪魔による事件を解決する人たちのことを指したらしいけどね。
退魔師ってのはだいたいがどこかの街に所属する部隊のメンバーなんだけど、時には、そういうものに属さないで、旅をしながら行く先々で悪魔を退治する、フリーの退魔師ってのもいたんだ。
私も、そのひとり。
フリーの退魔師ってのは、どこかの街の支配者に雇われて、傭兵として戦場に出ることもあるんだ。
まぁ、雇われる側にしてみれば、どうでもいい争いに巻き込まれる以外の何もんでもないんだけどね、正直なトコ。それでも、事情は色々あるから」
「が前に、『争いに巻き込まれた』って言ってたのは、そういう意味なの?」
尋ねるトリスに頷いてみせた。
「退魔師ってひと口に言っても、その能力はいろいろある。戦士は、剣士だったり、武闘家だったり。
魔法使いにも、魔界魔法――悪魔が使うような魔法に特化した人もいれば、妖精の力を借りる人もいるし。
私の能力は、ご先祖からずっと受け継いでるものだって、言われた。
私は、悪魔召喚師。
召喚師といっても、この世界の『召喚師』とは、だいぶ違うけどね。悪魔を自由に呼び出して、彼らを従えて戦う者のことをいうんだ」
ショウの眉の端が、ぴくりと動いた。
「つまり……あなたの使った『足』というのは、召喚獣のことなんですか?」
「そう。もっとも、当分のあいだ呼べないけどね」
「どうしてなの? 自由に呼び出せるって……」
首を傾げるケイナ。
「呼び出すために必要な代価が足りないんだよ。
この世界で召喚術を使うために必要なものは、サモナイト石と術者の魔力、それに、鍵になるもの……だったよね、確か?」
「うん」
トリスが頷く。
「ちょっと待て。何で、がそんなことを知っているんだ?」
ネスティがもっともな疑問を口にする。誰も、に召喚術を教えたりなどしてはいなかったのだから。
「トリスの部屋の本読んだ」
「…………」
あっさり答える。ネスティは、この迂闊な妹弟子をどうしようかと頭を痛める。召喚術は、一般人に教えていいものではないのに。
もっとも、はこの世界においては『蒼の派閥に保護された召喚獣』なので、一般人の定義に当てはめていいのかは微妙なところだが。
「私の世界の召喚術……というか、悪魔召喚師が悪魔を召喚するために使うものは、『召喚プログラム』の入ったハンドヘルド・コンピュータと、マグネタイトっていう生体エネルギーの一種。
あとは、そのエネルギーを呼ぶ対象に応じて消費して、プログラムを起動させれば、呼び出すことが出来る。
このマグネタイトってのが、強い悪魔になればなるほど、大量に必要になるんだ。
私が『足』にした悪魔は、けっこうランクが高いんだよ。この世界に来る前に補充できなかったから、これくらいのクラスのは、現時点では呼べない。
少しずつためていくことは出来るけど、本当に少しだからね」
「それが、『呼び出すための代価』なのね」
納得するようにケイナが呟いた。
「はんどへるど……こんぴゅーた、だっけ。それって何??」
「これのこと。私が使ってるのは、『アーム・ターミナル』っていう、腕につけるタイプ。
昔は他にもいろいろ形があったらしいよ。私の時代だとこれが一般的な形だから、よく知らないけど」
頭に疑問符を浮かべるトリスに、応接室の傍らに置きっぱなしになっていたリュックからアーム・ターミナル部分を取り出して見せてやる。
「へぇ〜……」
「でもさ、そんだけすごいのを召喚できるって事は、ってかなり修行積んだって事だよな?」
マグナが尋ねる。
「修行とは違うよ。単に場数踏んでるだけ」
実戦に勝る修行は無い、とは誰の言葉だったか。
「場数って……、いくつの時からその、退魔師ってのやってるんだ?」
「えーと……10歳くらいかな」
「「ぇえ!?」」
10歳の頃からもう、悪魔と戦ったり、傭兵のようなことをしていたのか。
驚きの声が上がった。
「どーりで、強いわけだな……」
感心したように、フォルテが呟く。
たしかにあの戦い方は、素人ではない。明らかに、長い間に積み重ねた経験によるものだ。
「さっきトリスともちょっと話したけど、私はこの世界に来る前、ある街の支配者に『雇われて』、戦場にいた。
相手は、昔の軍隊の亡霊たちでね。さすがに、手強かったな。
丸3日間戦って、気が抜けた所に、一撃喰らっちゃって。どうも、そのせいで死に掛けてた所を召喚されたらしいんだ。
それで、召喚された先でトリスたちに拾われて、今に至るってわけ」
雇われて、の部分に、自分で言いながら自嘲の笑みを心の中でだけ、浮かべる。
本当は、そうじゃない。隠された真実を見抜かれないように、振舞った。
「私の話は、とりあえずこれでおしまい。あと、話すべきことはある?」
軽く息をついて、周りを見渡す。
皆一様に、複雑な表情を浮かべていた。
無理もないだろう。
背景にある世界の話だけでも突拍子もないのに、それに加えて自身の話もまた、簡単に頭に入り込んではくれない。
とりあえず、彼女の強さの理由だけが、わかったような気がした。
「あの槍使いと、親しかったようですが、それは……?」
「あぁ、そのことね」
レルムの村からの脱出法はわかった。
あと残るは、敵将のイオスとの関係。
「さっきも言ったけど、私はここに帰って来てすぐ、剣を買いに行ったでしょ。その時にごろつきにからまれて、助けてくれたのがイオスなんだよ。
んで、その時にちょこっと話をして、仲良くなったんだ。
……まさか敵だとは、思わなかったな」
が、さびしそうに笑った。
「助けて……って、お前さんにその必要があるのか?」
「あんまり騒ぎを大きくしたくなくて、どうしようかなーってところを、さらっと解決してくれたんだよ」
「なるほどな」
フォルテのもっともらしい質問に、もばつが悪そうな笑顔を浮かべる。
「でも、なんかやだね。せっかく友達になったと思ったら、敵だったなんて」
トリスがしゅんとなる。はそんなトリスの頭をぽんぽんっと軽くなでる。
「いいんだよ。こればっかりはしょうがないでしょ? それに……
敵と味方だとしても、イオスは私の大事な友達だから。
そう、言えるから」
「てめ……まさか、あいつらのしたこと忘れたわけじゃねえだろうな!?」
リューグが、その一言に怒りを露わにする。
「忘れたわけじゃないさ。でも……」
「てめえがそうやって、アイツのことを友達だとか抜かせる時点で、あいつらがしたことを認めるってことになるんだよ!!」
の言葉をかき消すように、リューグがまくし立て、の襟元に掴みかかる。
なら、簡単に振りほどいてしまうだろう。
一同の頭には、あっさり払われるリューグの姿が容易に浮かんだ。
しかし。
「……ぅあッッ!!」
の短い悲鳴が、響く。
苦しそうに、顔をゆがめた。
驚いたリューグが思わず力を緩めると、はそれを振りほどき、後ずさる。
背中を丸め、警戒するその姿はまるで野生の猫だった。
「ちょっと、どうしたの!?」
トリスが心配そうに声をかける。
は答えない。
額にびっしり汗の玉を浮かべ、歯を食いしばっている。
「おい、ッ!!」
ネスティが肩を掴むと、その身体がゆらりと傾いだ。
そのまま床に倒れそうになるのを、何とか支えてやると。
びしゃりと、濡れた音がした。
何か、ぬるりとした感触。
を支える手の片方を見てみると。
「…………っ!?」
紅いものが、あった。
UP: 03.10.31
更新: 06.09.21
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