を支えた手に、ぬるりとした感触。

 紅いものが、あった。





Another Name For Life

第13話  Constitute Element
〜Chapter3 沈黙〜






 ネスティが掌から腕の中のに目を移すと、紺色のセーターの腹部が、黒く変色していた。そっと触れてみると、同じように指先が紅く染まる。

「どういうことだ……?」
 フォルテが、誰にともなく問う。

 先程のイオスとの戦いで、ここまでの致命傷を負ったようには見えなかった。
 唯一、おかしな所があったとすれば。

「まさか…………!!」
 青ざめたネスティが、に呼びかける。

っ!! まさか、まだ治ってなかったのか!?」

 それを聞いたマグナとトリスの顔色も変わる。

「治ってなかったって……あの時の、傷?」
「でも、今までずっと普通にしてたじゃない!」

 と出会ってから今まで。
 彼女が負った大きな怪我は、最初から腹部にあったものしか思い当たらない。
 野盗退治のあたりで、もう既に元気に動き回っていたから、忘れてしまっていたけれど。

 傷は、ふさがっただけで、完治していなかったというのか。



 は、浅い息をするだけで、返事をする気配がない。
「見せてくれ、ネスティ!」
 ギブソンが、紫のサモナイト石を手に術を唱えると、小さな天使が現れる。柔らかな光が注がれても、の様子に変化はない。
「リプシーの回復力では、だめか……!」
 ギブソンが、苦い顔をする。

 抱えているの身体は、徐々にその温もりを失い始めていた。
 ネスティも、トリスもマグナも。
 もっと早くに気づいていればと、心から後悔していた。



「私がやります!」
 気遣ってくれた彼女の心は嬉しいけれど。
 死んでしまうなんて、耐えられない。



 アメルが、に手をかざそうとしたその時。



「ちょっと、いいか?」

 今まで押し黙っていたショウが、アメルの肩に手をかけ、下がらせる。

「ショウさん……!?」
 戸惑うアメルに微笑みかけ、ショウは札を1枚取り出す。

 右手に札を構え、左手で印を組む。
 低く小さく、口の中で言葉を紡ぐ。

「……急々如律令、収魂!」

 術が完成する。
 札が光の粒へと変わり、の怪我へ、柔らかく降り注ぐ。

「……ぅ……」
「「「!?」」」

 浅かった呼吸が正常に戻り、かたく閉じられたままだった瞳がゆっくりと開く。



 辺りを見回して、は自分の状況を理解した。
 そして、抱えてくれているネスティへ顔を向けると。

「……君はバカかっ!?」
 至近距離で大音量。

「治っていないと、何故言わなかった!! わかっていれば、あの時出発を遅らせたし、今回も戦闘に参加させたりしなかったんだぞ!」
「でも、動けたから大丈夫かと思っ……」
「その見通しの甘い判断で、結果的に命を落としかけたのはどこの誰だ?」
「ぅ。」
 そんな言い方をされては、さすがのとてぐうの音も出ない。

「……いつからだ?」
「何が??」
「傷口。開きかけていたの、気づいていたんじゃないのか?」
 言われて、気まずそうに目をそらす。
「……っ」
 ドスの聞いた声で名を呼ばれ、心底ばつが悪そうにぽつりと口にした。

「…………村から、かえってきたとき。お風呂、入るときに……」

「……君はバカか? 本当に、ついさっきのことじゃないか。
 どうしてすぐにトリスたちに言わなかったんだ?」
 もはや怒る気力も失せたのか、脱力したネスティがうなだれる。

「だって、迷惑かけるじゃん。放っておいても治ると思ったから、わざわざ言って余計な負担かけたくなかったんだよ」
「それでその結果余計大きな騒ぎにして迷惑かけてるじゃないか」
「あぅ……」
 申し訳なさに、顔が歪む。ネスティはため息をついた。
「とにかく、これからはちゃんと誰かに言うこと。いいな?」
「はぁい、ごめんなさい……」
 ネスティが手を貸してやり、が立ち上がる。

「それから、彼にちゃんと礼を言うんだぞ。君の怪我を治してくれたんだからな」
 ネスティに促されて見ると、にっこり微笑むショウがいた。

「治したって言っても、オレは傷をふさいだだけだから。出血量も多かったみたいだし、ちゃんと栄養とって休まないとだめだぞ」
 そう言いながら、の頭をくしゃっと撫でる。はわずかに目を見開いた。



――なんだろう、今の……
 とっても懐かしい感じが……――



 が奇妙な感覚に戸惑っている横で、トリスとマグナがショウに話しかけていた。

「ショウ、のこと助けてくれてありがとな!」
「いや、大したことはしてないよ。オレは」
「ううん、そんなことないよ!!」
 興奮気味にまくし立てる双子召喚師に、笑って言う。



「だって、せっかく出会えた同郷の者を、助けるのは当然だろ?」



 その言葉に、空気が凍る。

「それって、どういう……?」
 恐る恐る尋ねたのは、マグナだった。



「オレも、たぶん……ええと、だっけ? 彼女と同じ世界から来たんだってこと」

「え……?」
 驚きを浮かべる、



「ただし……時代は、随分とずれてるみたいだけどな。

 の話にあっただろ? 兵器が撃ち込まれたって。
 オレがいたのは、その兵器によって滅ぼされる直前の世界なのさ」



 ショウが、全員の顔をざっと見回す。

「今度は、オレが話す番だね。ちゃんと自己紹介も出来てないし」
 異論を唱えるものは、いなかった。

UP: 03.10.31
更新: 06.09.21

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