背負うもの。
それを抱える覚悟は。
Another Name For Life
第13話 Constitute Element
〜Chapter4 彼の場合、彼らの場合〜
「オレの名前はショウ。
歳は18。ここに来る前は、表向き普通の学生だった。
んで、これ以上は……あんまり話すことないんだけどね、正直なところ」
ショウが、ゆっくりと話し始めた。
「オレの一族は、昔から強い力を持つ退魔師の家系なんだ。そして、社会の裏側に潜んでいる異形の者達と、人知れず戦ってきた。
みんなが知らないだけで、オレたちみたいなのは世界のあちこちに、意外といるもんなんだけどね。
そんな退魔師達の中の何人かが、世界の終わりを予見した。
普通なら、ばかばかしいって放っておくようなことだけど、オレたち退魔師は、それを危険視していた。終末の日自体は予測できなかったけど、覚悟を決めておくことくらいは、できるから。
そして、その日は唐突にやって来た。
さっきのの話にあったように、ある国の兵器が、オレの国の都心……『東京』って言う名前の、大きな都市に撃ち込まれたんだ。
……そのとき、オレもその『東京』にいたんだよ」
誰かが息を呑む。
「で、でも、ショウは無事だったのよね? どうして?」
トリスが恐る恐る聞く。
「オレは、たまたま空間転移の術をかじってたから、咄嗟にそれを使ったんだ。どこへ飛ばされるかもわからずに、成功するかどうかって保障もなしにね。
そして、未完成の術によって、オレは亜空間を漂ってた。そこを、拾われたんだ。
“時空の狭間”の“番人”と名乗る男に」
今でも思い出せる。
何もない、暗闇の中から唐突に現れた空間。そして、そこにたたずむ一人の若い男。
白い帽子に紺のローブ、長い杖を持っている、銀髪銀眼の。
あきらかに常人とはかけ離れた存在感を持っていた。
「その“時空の狭間”ってところにしばらく滞在していたら、誰かに呼ばれたような声がして……
そして、送り出されたんだ。この世界に」
呼ばれた声、というのはマグナとトリスの詠唱だろう。
その場にいた蒼の派閥の面々は、そう理解した。
「とまぁ、オレがここに来たのはそんな経緯だね。
の時代と50年も離れてたりするのは、“時空の狭間”とかにいた間に時間がどんどん流れていったんじゃないかって思ってる」
「確かに、ありえるかもね。前に、“魔界”に行って帰ってきた人が、むこうで数日過ごしたつもりが戻ってきたら何年も経ってて驚いたって話、聞いたことあるし」
が言った。
そしてその後にすぐ、ふらりと身体がゆらぐ。ネスティが支えてやった。
「、もう休んだ方がいい。歩けるか?」
尋ねるネスティに頷くことで答える。
あらかた話も聞いたということで、を休ませるべく、その場はお開きということになった。ミモザに案内され、ネスティに支えられながら、は応接室を出て行った。
リューグとロッカは、その後ろ姿を複雑な目で見ていた。
* * *
どこかから聞こえてくる、怒鳴りあうような声。
そんなものに起こされ、は目を覚ました。
ぼんやりした頭をゆっくり覚醒させると、隣の部屋からだということがわかる。
――何事だよ、一体……――
重い身体を起こし、部屋を出てゆく。
廊下に出ると、すぐ隣の部屋の扉は開け放たれており、壁越しに聞いていたときよりもはるかにはっきりと大きく響いてきた。
「……てめぇって野郎はァ!!」
「リューグもロッカも、もうやめて!!」
リューグの怒声と、アメルの悲鳴。
レルムの村の双子が、何か揉め事を起こしたのだろうかと推測できる。
――それにしても……――
いくらなんでも、騒ぎすぎだ。
「――うるさいよ」
「「「……!?」」」
開かれたままの扉の外から、一言だけ、はっきりと言い放つと、室内にいる全員の動きが止まり、に視線が集中する。
「!? 寝てないと……!!」
「寝られないよ。ここの騒ぎ、隣の部屋にも聞こえて来るんだよ。ていうかそれで起こされたんだし」
トリスの言葉を半眼のままで遮り、部屋の中へと入る。
「いったいなにごと?」
「はっ、てめぇにゃ関係ねえだろ!?」
「リューグ!」
アメルがたしなめる。
「実は……」
マグナが、今までの経緯をざっと説明してくれた。
敵の正体がわかるまで、うかつに動くのは危険。
しばらくこの屋敷を拠点に、相手の出方を探る。
マグナたちの方針はそれでよいけれど、リューグやロッカ、アメルがどうしたいか。
それを聞きにこの部屋にいる双子とアメルをたずねたところ、リューグとロッカの主張が真っ二つに分かれてしまった。
リューグは、黒い兵士達を全員殺してやるんだと言い張り、ロッカは、戦いを避け、逃げ続けるべきだと言う。
「なるほどね……」
がため息をついた。そのまま、リューグとロッカの方へ向く。
「大体事情はわかった。その上で、言わせてもらえるなら……
ロッカの言ってるのは、まず無理だね」
それを聞いたロッカが、むっとした顔をする。
「あの連中は、この王都でも攻撃を仕掛けてきてる。それだけ、手段を選んでないってことだ。そんな連中からいつまでも逃げられるはずがない。その上もしかしたら、ただ戦うよりも多くの犠牲を払う可能性だって大いにある。
何より、いつ敵が襲ってくるかわからないっていう精神的な負担は、あんたが想像してるよりはるかに大きなものなんだよ。最悪、ココロをやられたっておかしくない。
それだけのものを背負うことが、あんたに出来るか?
そしてそれを、あんた以外の人間にも背負わせるだけの責任を、とれるのか?」
鋭い目で見られると、ロッカは押し黙ってしまう。
「そしてリューグ。
あんたの考えはそれ以上に無理だよ。いや、無謀と言うべきかな」
「なんだと?」
ロッカ以上に、明らかに不満と怒りの表情を浮かべるリューグ。
「今のあんたの力じゃ、あいつらを全滅させることなんて不可能だね。黒騎士どころか、イオスだって倒せないさ。
……それに、えらく簡単に『殺す』なんて言うけど、人を殺す意味、ちゃんとわかってるか?」
「意味……?」
「人を一人殺すってのは、そいつの過去も、未来も、回りを取り巻く環境もすべて奪うことになる。そして、そいつを殺したことで、別の第三者からの恨みを買うことだって、ある。
人を殺すってのは、それをすべて背負っていくって事だ。
あんたに、その覚悟はあるのか?」
おそらくリューグは、『人間』の命を奪ったことなどないだろう。
今まで戦ってきた中で、瀕死に追いやり、その結果相手が絶命したことはあるかもしれないが、直接、とどめまで刺したことはないはずだ。戦闘時の動きを見ていれば、それがよくわかった。
「……黙って聞いてりゃ、随分好き勝手言ってくれるじゃねえか。てめぇに何がわかるって言うんだよ!!」
リューグが声を荒げる。しかしは極めて涼しい顔をしていた。
「少なくとも、今のあんたたちにまともな考えができてないことくらいはわかるね」
「んだとっ!?」
掴みかかろうとするリューグを、マグナとロッカが慌てて止める。相手は、仮にも病み上がりなのだ。
「論より証拠。
武器持ってついて来な。リューグだけじゃなくて、ロッカもね」
はそう言って、自分も剣を取りに部屋を出た。
* * *
再開発区まで、武器を持つにリューグ、ロッカ、そしてアメルとマグナにトリス、レオルドとハサハ、ショウがやって来た。
「さてと……じゃあ、始めようかね」
比較的明るい声音でが言った。
正面に立つのは、至極面倒くさそうな顔をするリューグと、複雑そうな表情のロッカ。
「あの……大丈夫なんですか?」
「へーきへーき。もしものためにショウを呼んだんだし。ほら、構えなよ」
ロッカの問いに笑って答えると、自身も剣を抜いて、構えた。
途端に、威圧感を感じる。
から感じる気配に、リューグもロッカも、気を引き締め、各々武器を構える。
「二人まとめて、かかっておいで。手加減なしの一本勝負だ。
……それじゃ、行くよッ!!」
言ってが走る。
剣と斧が、ぶつかった。
* * *
「はぁ、はぁっ……」
「……もうおしまいか?」
リューグとロッカが地面にへたり込んでいる前で、は鋭い瞳のままで剣を構えたままだった。
――俺たちが全力で、しかもふたりがかりで相手して、涼しい顔してやがる……
バケモンか、この女……!?――
「これでわかっただろう?
私一人倒せないで、黒騎士たちを皆殺しにすることも、攻撃を仕掛けてくる相手から逃げ続けることも、出来るはずがない。
――それに、大事なことを忘れてないか?」
その言葉に、ロッカが顔を上げる。
「何のために、お前たちは戦っているんだ?
何故、逃げようとした? 何故、あいつらを殺そうと思った?
――アメルを、守るためじゃなかったのか?」
「「……!!」」
ロッカとリューグが、はっとする。
「なのに、お前たちは肝心のアメルの心を置き去りにしてしまっている。守る側が躍起になって、守られる方のことを忘れてしまっていては、意味が無いんだよ。
守られる者の話も聞いてやれ。
与えられたものだけを受け入れねばならないってのは、辛いことなんだってこと、忘れるな」
淡々と語るの目は、どこか遠い。
「頭空っぽにして体動かして、少しはすっきりしただろ? ……これからのこと、頭冷やしてから、もっかい3人でゆっくり相談しなよ。
それじゃ、私ひと足先に戻るから」
そう言って、剣をしまい、踵を返す。
少し離れてから、振り返った。
「ロッカ、リューグ!
今のあんたたちじゃ、黒騎士どころか、私だって倒せない。あいつらに対抗したいなら、まずは私を倒すことだね!!」
それだけ言い残して、こんどこそ去っていった。
「……ちっ、なめやがって」
リューグが舌打ちする。
「まぁまぁ、少し落ち着きなよ」
たしなめたのは、意外にもショウだった。
「彼女、『今の』ふたりなら勝てないって言ってただろ。
それってつまり、もっと強くなれば勝てる可能性があるって事なんじゃないか?」
「「あ……」」
「『私に勝てるくらい強くなれ』
オレには、さっきのセリフはそう聞こえたよ。まぁ、本当の所がどうかは、わからないけど」
ショウが、にっと笑う。
「考え方は人それぞれだからね。いまの言葉から、自分なりの答えを出せばいいさ。
『答えは、ひとりひとりの心の中にある』
オレが気に入ってる言葉だよ」
ロッカとリューグが、顔を見合わせた。