守られる者の心。
守る者の心。
Another Name For Life
第14話 ちいさな約束
皆が寝静まり、屋敷から音が消えてからしばらく後、はぱっと目を覚ました。
「……………………」
昼間、何度か起きたとはいえ結構長く眠っていた。
はもともと睡眠時間が少ない方である。それゆえ、目が冴えてしまったのだろう。
「風にでも当たりに行くか……」
寝ていたために解いていた髪を首の後ろで簡単にまとめ、寒さよけの上着を羽織って、部屋をそっと出た。
* * *
極力音を立てないよう気をつけながら、テラスのある2階への階段に向かう。
そして、階段に足を掛けたとき。
「おい」
ぽん、とふいに肩に手が乗る。
「ぎゃ……!?」
思わず大声を上げそうになったが、口を手で塞がれたことで、防がれた。
「……落ち着け、僕だ」
「…………ネスティ?」
後ろから口をふさぐ手をはがして振り向くと、やや呆れ顔のネスティがいる。
「あーもう、おどかさないでよぉ。心臓に悪い……」
「それはこっちのセリフだ。こんな時間に、何をしている?」
昼のこともあり、有無を言わせず部屋へ強制送還されるかもしれなかったが、は素直に告げた。
「昼間たくさん寝たから、目が冴えちゃってさ。ちょっと、風に当たりに行こうかと……」
一瞬の間をおいてネスティの口から出た言葉は、にとっては至極意外なものだった。
「――僕も行こう」
「ほぇ?」
「ちょうど、君に話したいと思っていたこともあるし…………ダメか?」
その瞳の奥の光は、どこか翳りがあった。
はそれに気づかぬふりをして、にっこり笑った。
「ううん、かまわないよ。それじゃ、行こう」
そう言って、掴んだままになっていた手を引いて、階段を上る。
ネスティは戸惑ったような顔をしていたが、何も文句を言ってこないので、も気にしないことにした。
* * *
「マグナたちから聞いたぞ」
テラスへ出てベンチに並んで座り、ネスティが発した第一声はこんなものだった。
「何を?」
「あの双子相手に、また無茶をしたらしいな」
半眼で睨めば、は言葉に詰まったように苦い顔をする。
「だって……」
「だってじゃないだろう? どんな事情でも、あれだけの怪我をした後に動き回るなんて、君はバカか?」
ネスティはため息まじりに言い放つ。
普段のなら、そのまま黙って聞いているところだろう。
けれど。
「……バカで結構だよっ」
彼女は不機嫌そうに、そう言い放った。
「なッ……!?」
「だって、あのままだったらロッカもリューグも、何よりアメルが辛い思いしてた!
守る側が何もかも決めることが、守られる側にとって辛いんだって、あの二人はわかってなかったから、だから……!!」
それだけ言って、は顔を伏せる。
膝に置かれた手が、握り拳を作っている。
珍しく、から怒りを感じた。
過去に何かあったのだろうか。しかしそれを詮索している時ではない。
「……でもそれは、君も同じなんじゃないのか?」
「え……?」
ネスティの言葉に、は目を見開いた。
「君はいつも、何事もないように振る舞って僕たちを守ってくれているが、そのせいで、僕は君の怪我が治っていなかったことに気づけなかった。
マグナもトリスも、そのことを気に病んでいたんだぞ」
「……ごめん」
申し訳なさそうにがうつむいた。
ネスティがふいに口を開く。
「…………僕たちは、そんなに頼りないか?」
「……!? そんなこと……ッ!!」
が思わず立ち上がる。
ネスティは、そんなの顔を見上げながら、言った。
「だったら。
なんでも一人で背負い込もうとしないで、少しは周りを頼ってもいいんじゃないのか?」
「……ぁ」
はその言葉に、リィンバウムへやって来てからの自分を振り返った。
言われてみれば確かに、いつも一人でほとんどのことをしていたような気がする。
自分の身は、自分で守る。
いつしか『当たり前』になっていた、元の世界での生き方。
でもその為に、周りのことを見失っていたんじゃないだろうか。
「……うん、そうだね。
そうなんだよね……」
納得したように顔を緩めて再び自分の隣に腰をおろすに、ネスティの安堵の息をついた。
同時に、心の中で自嘲する。
――『何でもひとりで背負い込もうとしないで』だなんて、よく言えたものだな。
この僕が……――
「――ネスティ」
ふいにかけられた声にはっとしてそちらを向くと、先程とは逆に自分の顔を覗き込んでくるの顔が、すぐ目の前にあった。
「な、何だ?」
「……ネスティも無理、してない?」
「え……?」
の問いは唐突で、ネスティは思わず聞き返してしまう。
「自分で気付いてるかな。たまに、すごく辛そうな、それこそ泣き出しそうな顔、してることがあるんだよ。
それがね、気になって……」
ネスティが絶句する。
誰にも、気付かれていないと、気付かせていないと思っていた。自分の抱えているものを。
自分でも気付かぬうちに、表に出してしまっていたのだろうか。
「わかる、ものなのか? そんなこと……」
ばれてしまっていたら意味がない。それでも、聞かずにはいられなかった。
「多分まだ、私くらいしか気付いてないんじゃないかな。
相手の感情くらい察することが出来なくちゃ、悪魔召喚師なんてやってらんないよ」
悪魔連中は、手ごわいからね。
おどけたように、が言った。
「ねぇ、ネスティ。
あんたが何を背負ってて、どんなことを隠してるかなんて、私にはわからない。
でもね。
泣きたいときは、泣けばいい。
辛いことは、溜めこまないで吐き出したほうがずっと楽になる。
無理する必要なんて、どこにもないから。
……そうでしょ?」
そう言って、が微笑む。
今までで、一番穏やかで、柔らかい笑顔。
遠い昔に、同じ温かさに触れたような、そんな気さえする。
「だからさ、私でよけりゃ、愚痴でもなんでも、いくらでも話聞くよ。もちろん、話せないようならそれでも構わないし。
私相手に、遠慮なんていらないからさ。ね?」
いつも通りの明るい声で言われ、ネスティもつられて顔を緩ませた。
「……そうだな。そのうち、そうさせてもらうよ」
「うん、約束」
そうしてしばらく、笑いあっていた。
……と。
「……っくしゅん!」
が小さくくしゃみをし、僅かに肩を震わせた。
「大丈夫か? ……そんな薄着でうろつくからだぞ」
「うぅ、だってぇ」
あきれるようなネスティの声に、がうなだれた。
確かに、ベッドから出て、そのまま上着だけ羽織っただけの格好でいるには、少し長居してしまったのかもしれない。
ふと思い立って、寒そうに腕をこすっている彼女を、ふわりと包み込む。
「ほら。
……これで少しはマシになるんじゃないか?」
「…………うん、ありがとう」
マントを肩にかけてやると、が礼を言う。
言われた自分はといえば、
「……別に」
照れくさくて、ついそっぽを向いてしまったけれど。
しかしがそれに気を悪くする風はない。
「へへ、あったかい……」
借りたマントにくるまり、嬉しそうに笑う。
その笑顔は、子供のように無邪気だった。
「なんか、なつかしいな。こういうの……」
「……懐かしい?」
「こういう、あったかさ……とか……」
肩に、重みを感じる。
見ると、がネスティの肩に寄りかかって小さく寝息を立て始めていた。
その寝顔は、歳よりもずっと幼く見える。
こんな顔が出来るのに、なぜあんな鋭さを持つようになったのか。
それが、少し気になった。
「……起きろ。風邪、引くぞ」
軽く揺すってみても、反応はない。
ネスティは軽くひとつため息をつき、を抱え上げた。
軽く、細い身体からは、剣を操っているときの力など、想像も出来ない。
今日垣間見たさまざまな一面は、ますます彼女の謎を深めるものになった。
きっとまだ、全てを語ってはいないのだろう。
それを教えてくれる頃には、自分も、苦しみから解放されているだろうか。
腕の中で眠る少女にそんなことを考えながら、ネスティはテラスを後にした。