周り全てが敵になっても、
君と出会えたことが、私の誇り。
Another Name For Life
第15話 変革の時 後編
ノックに対しての返事はない。
始まったばかりの今日、これで3度目の反応。
(ネスティの奴、まさか抜け出してたりしてないだろうな……)
おとなしくしておけという言葉を無視されたかもしれないと思い、はドアノブに手をかけた。
「ネスティ、いないの?」
扉を僅かに開き、顔をのぞかせて中の様子をうかがうと。
「…………ネスティ!」
床に倒れるネスティの姿が、あった。
慌てて駆け寄り抱え起こすと、触れた身体は熱い。
額に汗の玉が浮かんでいる。呼吸は荒く、意識は朦朧としているようで、抱え起こされたことにも気付いていない様子だった。
はネスティを抱えあげ、ベッドまで運ぶ。
そのまま仰向けに横たえて、邪魔になるであろう眼鏡を外し、靴を脱がせた。
と、部屋の扉を空けたままにしていたのが目に付いた。
扉をきちんと閉めて、ネスティの枕もとへと戻る。
改めて見ると、朝食のときから明らかに症状が悪化している。
顔色は最悪で、唇がやや青ざめている。
辛そうに眉根を寄せ、目はぎゅっと固く閉じられていた。
苦しそうな息遣いを少しでも楽にしてやろうと、はネスティのマントの留め具に手をかけ、外す。
そのまま襟元の方にも手を伸ばし、複雑な構造になっている服の首もとも緩める。
「………………これは……?」
そこで、の手が一瞬止まった。
あらわになったネスティの首筋には、金属の線が幾本も這っていた。
機械の部品のようなものもところどころにある。
その一つ一つが繊細な精密機器のようで、目を奪われる。
「……ん……」
が動かずにいると、ネスティが僅かに身じろぎし、堅く閉じられた眼を少しだけ開いた。
「ネスティ、気が付いたっ?」
「…………?
僕は…………」
ぼんやりと発した声で覚醒したのか、瞳にだんだんと光が戻る。
そして、今自分が置かれている状況に気付いた。
「……っ!?」
慌てて飛び起きようとしたが、身体は鉛のように重く、思うように動かない。
ベッドの端にじりじりと下がることで、無理やりとの距離を離そうと試みる。
「ちょっ……動いちゃダメ!」
が遠い方の肩を掴んで自分のほうへとネスティの身体を引き寄せる。
動きの鈍っている身体は、抵抗空しくあっさりと元の場所まで引き戻された。
「は……離せっ!!」
「嫌だ! いいから、とにかくおとなしくしてろ!!」
じたばたと暴れて抵抗するも、弱っている身体では対抗できるはずもなく。
ネスティはついに諦めて身体の力を抜いた。
そのまま長い沈黙が訪れる。
「……見たんだろう?」
ポツリと、ネスティが口を開く。
まっすぐ自分を見下ろすから視線をそらしながら。
「見たって、何を」
「…………ッッ!! ふざけているのか!?」
ネスティが、苛立ちからか思わず声を荒げる。
しかしがそれに動じる風はない。
「何とも思わないのか!?
僕の身体、見たんだろう!?
……気味が悪いとか、グロテスクだとか……!!」
「そう、思われたいのか?」
「!?」
冷めた声に、ネスティは口ごもる。
「そんな、こと……ッッ……!!」
「だったら、どうしてそんなこと言うんだ?
私はまだ何も言っていない。決め付けないで欲しいな」
「…………ッ」
は小さなため息をつくと、それまでの感情を見せない、冷たささえ感じる眼を、穏やかで温かいものへと変えた。
「……きれいだと、思うよ。私は」
ネスティは驚いて目を見開く。
「きれい、だって?
……これのどこが……!」
「ぜんぶ。
私には、綺麗に見える。
それじゃ、いけない?」
まっすぐ見つめるに、ネスティの瞳が揺れる。
「……僕は、ずっと君達をだましてたんだぞ。
人間でないことを隠して、人間のふりをして……」
呟くネスティの耳に次の瞬間届いたのは、氷の刃のような鋭さと冷たさを併せ持った、の声。
「人間でないのの、どこがいけないの?」
霞む視界の中で、それでもなぜかはっきり映るの顔は、苦しそうに歪んでいた。
「何で、人間でなくちゃ……いけないの?
人間でないのは、いけないこと……?」
「…………?」
は、ベッドの端に膝をついて座り込み、俯いたまま動かない。
ネスティが、未だ重い身体をゆっくり起こすと、その気配にはっと顔をあげた。
「……ごめん、なんでもない。
忘れて、今の」
「あ、あぁ……」
それだけ言って、二人揃って俯いてしまう。
先程よりもさらに気まずい沈黙が一瞬だけ流れた。
「……ねぇ」
「……何だ?」
顔を上げたの顔は、昨夜見せたあの笑顔とよく似た温かさを感じる。
「話してもらっても、いい? ネスティのこと。
言ったでしょ。いくらでも話を聞くって。
教えてもらいたいんだ。あんたが何を抱えて、何に苦しんでるのか……
全部じゃなくていい。ほんの少しでも、いいから」
言いながら、はネスティの首もとへと手を伸ばす。
身体を這う金属に、触れるか触れないかのところへ。
ネスティはしばらく躊躇っていたが、やがて決心したように口を開いた。
「僕はこの世界の人間じゃない。
人の肉と機械の鋼を併せ持った種族……機界ロレイラルの融機人なんだ」
融機人。
聞いたことのないはずの言葉なのに、は心のどこかで懐かしさを感じた。
「かつて、ロレイラルで起こった“機界大戦”……
それは、ロレイラルを死の大地に変えた。
そこから生き延びるために、僕の祖先――ライルという名の一族は、このリィンバウムへと逃げてきた。
けれど、この世界の人たちは僕らのことを歓迎してはくれなかったんだ。
も、勉強しているならその理由がわかるだろう?」
「たしか、リィンバウムの周りの4世界は、侵攻のために戦力を送りこんでいたんだよね」
ネスティは頷き、言葉を続ける。
「ライルの一族は迫害されながら、安住の地を求めてさまよった。
そして………………」
「……ネスティ?」
言いかけたまま言葉を失ったネスティの顔を、は心配そうに覗き込んだ。
「――あ、あぁ……すまない。
この話は省いてもいいものだな。今は特に関係ないから……」
「うん、わかった。
続き、あるなら聞かせて」
小さく息をついてから、ネスティは続きを話し始めた。
「とにかく、そんな風にさまよった果てに、ライルの一族は召喚師達の監視を受けながら暮らさなければならなくなってしまい、今に至る……
今はもう、ライルの一族は僕一人だけしか、生き残っていないんだ……」
たった一人の、一族の生き残り。
「私と、同じか……」
「……?
、何か言ったか?」
ポツリと口から出た言葉は、ネスティには聞き取れなかった。
聞き返されて、は「ううん、なんでもない」と首を横に振る。
「融機人は、祖先の記憶が遺伝として継承されるんだ。
だから僕の中には、かつて迫害された祖先の記憶が、そのまま残っている……
前、は僕に言っていたな。『とっつきにくそう』だと。
あれは自分でも、正しいと思うよ。
僕は“人間”をどこかで拒絶している。
心を許すことが、出来ないんだ……」
周りみんなが、敵に見える。
信用できるものなんていない。
正体を知れば、きっと見る目が変わる。
蔑まれ、迫害される……
目を伏せるネスティは、ふわりと温かいものに包まれるのを感じた。
「なッ…………!?」
に、抱きしめられていた。
突然のことに戸惑い、引き剥がそうとするが、力が入らない。
「…………つらかったね」
「え……?」
肩に顔をうずめるの声は、とても近く聞こえる。
「ずっと、我慢してたんでしょ。
周りを信じられなくて。
気を張って生きてきて。
今までそうやって、がんばって来てたんでしょ?
そういう辛さ、知ってるから。
私にも、わかること……できるから」
きゅ、と。
背中に回された手に、僅かに力が込められる。
「――――ネスティ。
ひとつだけ、信じて。
たとえ世界中が敵になっても。
あんたを認めてくれる人が、いなくなっちゃっても。
私は、あんたを認める。
あんたと……ネスティと出会えたこと、誇りだと思う。
そう、思い続ける。
だから…………………」
私には、今みたいに本音、さらけ出して。
たった一人で、苦しんだりしないで。
「………………ッッ!!」
ネスティは、自分を抱きしめていたの背中に手を回し、ぎゅっと力を込めた。
そのままの肩に、半ば押し付けるように顔をうずめる。
その身体は、震えていた。
は何も言わず、ただ、ネスティの背中をそっと撫で続けた。
UP: 03.12.30
更新: 10.12.22
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