失敗? 成功?
新たな出会いは、果たして
Another Name For Life
第19話 The Summoner
「よぅし、折角だからこのまま街までくり出すわよぉ!」
トリスはすっかりノリノリだった。
もうやマグナは止める元気もないらしい。
「あ、トリスさん達。
街まで出かけるんですか?」
ふいにかかった声に振り返ると、そこにはアメルがいた。
「ええ、ちょっとあちこち回ってみようかなって……」
「あのう、でしたら……あたしもついていっちゃいけませんか?」
アメルの言葉に、マグナとトリスは少し驚いたような顔をした。
「え、でも……」
「……お屋敷から出歩くのが危ないってことはわかってるんですけど、その……
あたし、村の外に出たことがないから、どうしても興味がわいてしまって。
トリスさん達と一緒なら、大丈夫かなって……」
それを聞いて、マグナとトリスが顔を見合わせる。
アメルは『聖女』と呼ばれるようになってからは、村の中でさえも自由に出歩くことが出来なかったという事実を思い出す。
ゼラムという大きな街の中に住みながらも、束縛され、自由に出歩けなかった自分たちと、アメルの姿を自然と重ね合わせていた。
「あの……やっぱりご迷惑ですか?」
遠慮がちなアメルの問いに、マグナもトリスもぶんぶんと首を横に振る。
「ううん、ぜんぜんそんなことないって!」
「そうそう、一緒においでよ」
人懐っこい二人の笑顔に、アメルもぱぁっと顔を明るくする。
「はいっ!」
「ごめん、私パス」
「「「え?」」」
突然のの言葉に、三人は目を丸くした。
「え〜、どうして!?」
「こんな格好で外出歩いて、汚れでもしてみなよ。
ミモザさんにシメられるじゃん」
ぶーたれたトリスだが、その言葉に、眼鏡を怪しく光らせる自身の先輩を思い出す。
「それに、今日みたいにゆっくり時間のあるときに試してみたいことがあったんだ。
だから、私はまたの機会にってことで……ね?」
「……しょうがないなぁ。
じゃあ、次! 次は絶対だかんね!!」
やや強引とも言えるトリスの言葉に頷いて見せる。
「約束だぞ!」
マグナも念を押した。
本音を言えば、も街を散策してみたかった。
けれど、今日のように時間の取れる日が、いつ次にやってくるかも定かでない現状を考えると、他の事を優先させたいという気持ちもまた事実。
普段なら悩んでいるかもしれないが、服装のおかげであっさり踏ん切りもついた。
は、出かけてゆく三人と護衛獣たちを見送ると、踵を返して屋敷へと戻っていった。
* * *
与えられた部屋にひとり落ち着いて。
は荷物の中からアーム・ターミナルを取り出す。
そして、リュックのポケットの中から、淡い紫色の光をもつ小さな石を取り出した。
リィンバウムの召喚術に必要な、代価。
霊界サプレスへの門を開く、紫のサモナイト石。
レルムの村で、偶然見つけて拾っておいたその石は、内に秘めた魔力の波動を確かに感じさせた。
――サモナイト石……
異世界への扉を開く鍵となる石、か……
魔石や宝玉とも違うみたいだし……ちょっとうまくいくかどうかは怪しいかな。
でも、やるしかないんだ――
心の中でひとりごちて、は取り付けたアーム・ターミナルを通じて、サモナイト石についての分析を始めた。
* * *
「ふぃー…………」
あらかた分析が終わったところで、は身体を反らせ、大きく息をついた。
なにやら屋敷内が騒がしいが、は全く気にも留めずに作業に没頭していたので、そんなことはお構いなしだった。
分析してわかったことは、あまりなかった。
とりあえず、感じる魔力の種類は、若干の違いはあるものの純粋なエネルギーに近いということ。
うまくすれば、内部のエネルギーをマグネタイトに変換することも不可能ではないだろうと、は判断した。
――試しに、やってみるか――
実戦でぶっつけ本番でやるほど、とて莫迦ではない。
左手を前に差し出し、サモナイト石は右手で包み込むように握りしめた。
アーム・ターミナルの起動音が、低く響き渡る。
サモナイト石のエネルギーを得ようと、右手に意識を集中した。
サモナイト石に意識を向けた瞬間、心の奥で何かがざわめいた気がした。
一瞬。
そちらに気をとられる。
――――そのとき。
カッ!!
「!?」
手の中のサモナイト石が、閃光を発した。
魔力が右手の中から溢れ出す。
「しま……ッッ!!」
ドオォォォォオンッッ!!!!
鈍い爆発音が、屋敷全体を震わす。
もはじかれ、部屋の壁に背中から叩きつけられた。
「い……ったた……」
もうもうと煙が立ちこめる。
背中をさすりながら、は身体を起こした。
「っ!!
何があったんだ!?」
いつの間にか帰って来ていたのか、ネスティがの部屋の戸を勢いよく開く。
扉が開かれ、空気の流れが出来、煙がだんだんと晴れていく。
煙が晴れた部屋の中心に、影が見えた。
「…………ってぇなぁ……
何だってんだ……!?」
そこにいたのは、背中に翼を生やし、逆立った紅い髪をもつ、悪魔の少年だった。
「「………………」」
部屋の壁のそばにへたり込んでいたも、入り口に佇んでいたネスティも、目の前の光景にただ呆然としていた。
悪魔の少年はさっと部屋を見渡し、視線をのもとへ留めると、すたすたとそちらへ歩いていく。
目の前に来たところで足を止め、座り込んでいるために視点の低いを目線で見下ろした。
「……テメェだな。
あんなめちゃくちゃな術でこのオレを呼びつけやがって……
この貸しは高くつくぜぇ…………?」
最後のあたりは口の端を持ち上げ、意地悪そうな笑みを浮かべている。
はといえば、きょとんとただ悪魔の少年を見上げるだけだった。
「あんた…………誰?
私が、喚んだの………………??」
「……はぁ?
他に誰が居やがるってんだ」
の言葉に呆れたような声を上げる少年。
「あんた、サプレスの者だよね。
見たところ、悪魔か何か?」
「他の何に見えるってんだよ」
「それもそうだね」
言いながら、はスカートをはたきつつ立ち上がった。
「どうでもいいから、オレを早くサプレスに還しやがれ!!」
「――できないよ」
「んだとぉ!?」
少年は声を荒げる。今にもに掴みかからんばかりの勢いだ。
「送還の方法を、知らない。
私はここの――リィンバウムの召喚師じゃないんだ」
「ざけんなよ!
召喚されたモンは、召喚した奴にしか還せねぇんだぞ!?
テメェそれわかってんのか!?」
「わかってるさ。
いいから、少し落ち着きなよ」
怒鳴りかかる少年にも、は動じない。
少年は、を訝しげに睨んだ。
「……テメェ、一体何モンだ?」
「は?」
突如降ってわいた言葉に、は思わずどこか間の抜けた声をあげてしまう。
「ニンゲンのくせに、妙な匂いがしやがる。
気配も、普通のニンゲンじゃねぇな。
テメェは一体、何モンなんだ?」
聞きようによっては失礼極まりないその言葉を、は憤慨するでもなく耳に入れる。
「私は…………悪魔召喚師。
異世界から来た、悪魔を友とする者」
「けっ、“友”だぁ?
召喚師なんてのは、召喚術でオレたちを縛り付ける連中だろうが。
そんな奴に、“友”だなんて言う資格はねぇよ!!」
の言葉に、少年が噛み付く。
ネスティがとっさに二人の間に割って入ろうとしたが、によって制される。
「――そうだね。
私も、この世界の召喚術のことを調べたから、少しは知ってる。
この世界の召喚師と、彼らの召喚術では、召喚獣たちとは友達にはなれないのかもしれない。
けど、私が覚えてきたものは、そういうものとは別物だから。
友にさえ、なることもできる。
力が劣るなら、使役することも出来ずに食われて終わる。そんな事だってありうる。
あんたが何者かは、私にはわからない。
少なくとも、感じる力から、見た目どおりの悪魔じゃないこと位は、わかるつもり。
私が呼び出しちゃった以上は、あんたにはこっちの世界の召喚術による“誓約”が成り立ってるんだと思う。
だけど、私はそれを、あんたを縛るものにするつもりはない。
送還の方法を覚えるまで、あんたには一緒にいてもらわないといけない。
でもその間、それを振りかざすつもりはない。
それは、わかって欲しい」
「…………」
少年は黙っていた。
目の前の少女が少なくとも嘘を言っていないことは、その瞳を見るだけでわかる。
“ニンゲン”特有の嘘の色が、どこにも見当たらない。
それを言えば。
この少女は、何から何まで普通じゃなかった。
まず目に付くのは、その内に秘められた、有り余る力。
何かに抑えつけられているのかはわからないが、心の奥――魂の底に、強大な力が凝縮されているような感じを受ける。
それから、匂い。
纏っている服からはそんなものを感じないが、左手に取り付けられたものや、彼女自身から、血のような匂いを感じる。
数日やそこらで付いたようなものではない。
数年以上にわたり染み付いたものだろう。
とはいえ、直接的に“血の匂い”として感じているわけでもないのだが。
感覚としては、『たくさんの血を浴びる機会を持った者の気配』のようなものだった。
少なくともそれだけで、彼女が見た目どおりの少女ではないのだということは理解できる。
そして、感情。
悪魔の好む負の感情――人間の奥に渦巻く、ドロドロしたどす黒いもの――が、表向きからはほとんど感じられない。
何のためらいも、迷いもない。
よどみなく流れる川の水のようなまっすぐさ。
むしろ天使が好みそうなその感情が、自身を惹きつけてならない。
聞こえてきた喚び声は、今までのものとはどこか質が違った。
まるで、魂の奥から発せられているような、そんな声。
興味を示した瞬間、引き込まれた。
二度と来るつもりのなかった、リィンバウムへ。
しかし、考えようによっては、ラッキーだったのかもしれない。
原因はどうあれ。形はどうあれ。
こんな興味深い相手には、そうそう巡りあえないだろう。
なら、それを楽しむのも、一興かもしれない。
コイツなら、あの“ニンゲン”のような真似をすることもない。
不思議とそう信じさせられるものを、目の前の少女は持っていた。
「……っち、しょうがねぇなぁ。
さっさと還す方法を覚えろよ。それまで、我慢してやる」
素直でないその物言いに、それでもは顔を明るくさせた。
「ほんとに!?」
「同じこと何度も言わせんな」
「よかったぁ!
それじゃあ、しばらくの間、我慢してやってね。
私は。あんたは?」
「――バルレルだ。
ニンゲンごときに教えてやるんだ。ありがたく思いやがれ」
悪魔の少年――バルレルが名乗った。
はそんなバルレルに、すっと右手を差し出す。
「じゃあ、こんごともよろしく」
バルレルは、最初その右手を不審そうに眺めていたが、しょうがないと言わんばかりに、自身の右手のひらを叩きつけた。
ぱぁんっ、という軽快な音が、部屋中に響き渡った。
「――さて、そっちがまとまったところで。
今度はこっちの番だぞ、」
背後から掛けられた声に、はびくっと肩をすくませる。
「ね、ネスティ……さん?
目が笑ってませんよ??」
引きつった顔で、思わず敬語になる。
「当たり前だ!!
君はバカか!?
許可も、召喚術の心得さえもない者が、サモナイト石を持ち、そのうえ召喚術を使うなんて……!!
一歩間違えば、大惨事になっていたかもしれないんだぞ!!」
予想通りの、それでいて今までが聞いた中でおそらくいちばん大音量のお説教。
返す言葉もないは、ただそれを黙って聞くしかなかった。
* * *
「――てなわけで、このコが今日から私の護衛獣ってことになったんだ」
応接室にたまたま揃っていたマグナ達に、バルレルを紹介する。
紹介された当人は、「けっ」とそっぽを向いてしまっているが。
「にも、召喚師の資質があったんだな」
「異世界の召喚師は伊達じゃないわねー」
マグナとトリスが、妙に楽しそうに言った。
……どうも、の部屋から響いてきた爆発音に真っ先に走っていったネスティが原因らしい。
「それで、あんたも召喚師なんだよね」
は、見知らぬ金髪の少女――ミニス=マーンと名乗っていた――の方を向いて言った。
「えぇ、まあ……」
「ペンダント、だっけか。
友達が中に居るんだよね。じゃあ、早く見つけないといけないもんな。
私も、出来る限りの協力をさせてもらうよ」
にっこり笑うの笑顔には、ミニスも好感を持てた。
「ところで、ショウはどうしたの? さっきから姿が見えないけど」
がきょろきょろとあたりを見回す。
ショウだけが、応接室に居らず、騒ぎになった自分の部屋にも現れなかった。
「――呼んだか?」
「あ、ショウ…………!?」
ひょっこりと、応接室の入り口に現れたショウ。
その姿を見て、みな一瞬驚きに言葉を詰まらせた。
「どうしたの、その格好!?」
ショウの服装が、いつもと違った。
今まで着ていた白いシャツと黒っぽいズボンではなくて、ローブのようなゆったりとした若草色の上着を羽織っている。
上着の中には中国系の拳法着のような黒と白に、グレーの縁取りやチャイナボタンの服を着て、下は黒いズボン。
靴も今まで履いていたものではなく、黒い布製のシンプルなものに変わっていた。
「これ?
いつまでも高校の夏服でいるのもなんだと思って、こないだから作ってたんだ」
「「作った!? 自分で!!??」」
マグナとトリスが驚きの声をあげる。
他の者も、目を丸くしていた。
「作ったって言っても、上着以外は作りかけのままカバンの中に放り込みっぱなしだったモンだし……
上着も、型紙あったしな」
「それにしたってすごいわよ!!
ショウ、こんな才能あったのね!」
「ホント、かっこいいなー!
今度俺にも何か作ってくれよ!!」
すっかり感動し目を輝かすトリスとマグナ。
ショウは困惑したような顔をしていた。
服の話題になり、はふと、壁に叩きつけられたり床に座り込んだりしてしまい、服を汚してしまったことに気付いた。
そのことが原因でミモザに(にっこりと笑顔で)脅されてしまい、次の機会には商店街に連行されることを了承せざるを得なくなってしまったのは、また別の話。