かけがえのないものだから。
Another Name For Life
第20話 Only One
夜、屋敷の者が寝静まるような時間に、ふいにノックの音が響いた。
ネスティは読んでいた本を机の上に置き、扉を開ける。
そこには、ばつの悪そうな顔をしたがいた。
服装は昼間のものではなく、いつものニットにミニスカートといういでたちだ。
髪は三つ編みではなく、首の後ろで無造作に括っているだけだったけれど。
「こ、こんばんわ……」
「…………」
二人とも黙ってしまい、気まずい沈黙が支配する。
が申し訳なさそうにネスティを見上げた。
「…………まだ、怒ってる?」
しゅんとなるに、ため息をひとつつき、ネスティは無言で部屋の中へと戻っていく。
――やっぱ、怒ってるよな、そりゃ…………――
が部屋の戸を閉めて帰ろうと思ったとき。
「――そんなところに突っ立ってないで、中に入ったらどうだ?」
「え?
あ…………お邪魔しマス」
呆れたような声に、は慌てて部屋の中へ入り、後ろ手で戸を閉めた。
椅子をすすめられたので、はそこに腰掛ける。ネスティはベッドのふちに座った。
そこでまた流れる気まずい沈黙。
その重さに耐えられなかったか、が口を開いた。
「ほんと、今日はごめん。
軽率だったよね…………勝手にサモナイト石使って、しかも召喚術まで……」
「アレはどこで手に入れたんだ?」
「レルムの村で拾ったんだ。
ほら、アグラのじっちゃんちから、みんなと合流するまでの間に。
あの黒い兵士達が落としていったんだと思う。召喚師も混じってたみたいだし。
サモナイト石の事は本読んだから知ってたし、魔力を感じたから、もしかしてって思って……」
彼女の行動力にはつくづく驚かされる。
だが、今回しでかしたことは、一歩間違えばこの屋敷どころかゼラムの町を壊しかねない。
マグナやトリスが『蒼の派閥』に入るきっかけとなった事件の時のように。
「それにしても、一体どうしてサモナイト石を……」
「マグネタイトに、変換できないかなと思って。
悪魔召喚師だなんだって言ったって、結局のところ、召喚に必要なマグネタイトが充分にないと、悪魔を呼ぶことも出来ないから。
私が、前の世界にいた頃くらいの力が出せれば、みんなの足を引っ張ることもないから……」
あれだけ戦える実力を持ちながら、『足を引っ張る』も何もないような気がするが。
それでもこの少女は、満足に力を出せない現状が心苦しいのだろう。
バルレルに言っていた言葉が、ふとよみがえる。
ミニスもそうであるように、にとって、力を貸してくれる悪魔たちはまさしく“友”なのだ。
「やっぱり……辛いか?」
「そりゃね。
強いとか、弱いとか、そんなの関係なく、私にとってはみんな大切な仲魔だから。
呼べないと、やっぱりさみしいし、辛いかな……
私ね、物心ついたときからずっと、悪魔が一緒にいるのが当たり前だったんだ。
ばっちゃんの呼ぶ悪魔と一緒にすごしてたから。
剣だって、悪魔に習ったんだよ。
辛かったときも、苦しかったときも、いつもそばで励ましてくれた。
誰かと一緒にいるあったかさを、忘れないでいさせてくれた」
が、10歳という幼さで退魔師になったきっかけは、わからない。
だが、苦しいものだったであろう8年間も、悪魔たちがいたから、乗り越えられたのだろう。
「――僕らでは、だめなのか?」
「え……?」
ネスティがぽつりと呟くと、は顔を上げた。
立ち上がったネスティが、の目の前まで歩み寄る。
「マグナにトリス、それにショウやバルレルや……僕では。
君と一緒にいてくれたという、悪魔の代わりには、なれないか?」
「――――――なれないよ」
俯いたの言葉は、たったひとこと。
しかし、そのひとことが、ネスティには少し哀しかった。
――自分を励ましてくれたひとを、僕は助けることが出来ないのか……――
負の暗闇に引き込まれそうになるネスティを引き止めたのは、続いて出てきた言葉。
「――だれも、誰かの代わりになんて、なれない。
私は、悪魔たちが大事だったのと同じくらい、ネスティ達も大事なんだ。
比べたり、出来ないよ。
どっちも、かけがえのない大切なものだから」
そう言って、ネスティの顔を見上げ微笑むは、とても綺麗に見えた。
「ありがとう。
ネスティの言葉、嬉しかった」
ネスティは、微笑んでの頭をくしゃりと柔らかく撫でた。
「じゃあ、私そろそろ帰るよ。
お邪魔しました」
「そうか」
は椅子から立ち上がって一礼した。
それを見ながら、ネスティも扉を開けてやる。
「あ、そうだ」
「ん? 何??」
部屋を出て行こうとしたは、唐突に出されたネスティの呟きに足を止める。
「明日から、早速始めようか」
「何を??」
はきょとんとしている。
くるくる変わるの表情に、ネスティも思わず笑みがこぼれた。
「召喚術の勉強だよ。
バルレルを送還する方法、知りたいんだろう?」
「え!? でも……」
召喚術は、一般人に軽々しく教えられるものではないはずなのに。
はネスティの提案に目を丸くしていた。
「誰に教えられるでもなく、護衛獣を召喚してみせたんだ。
資質は充分にあるだろう。
それに、今は非常時なんだ。これくらいはいいだろうさ。
少しでも、使い手は多いほうがいいしな。サプレスの召喚術は、僕やマグナ、トリスには扱えないし……
……どうかな」
「うん、やる!!
よろしくお願いしますっ!」
ぱぁっと顔を明るくしたに、ネスティも満足そうに頷いた。
「本当にありがとう、ネスティ。
それじゃ、もう行くよ。おやすみ!」
「あぁ、おやすみ」
軽やかな足取りに合わせてさらさらと揺れるの後ろ髪が、機嫌のいいときにぱたぱた揺れる犬か何かのしっぽのようだと思い、そんな風に考える自分に対しても、ネスティは自然と笑顔になることが出来た。
扉を閉め、その扉に寄りかかると、大きく息をついた。
――明日から、忙しくなるな――
に召喚術を教え、知識が今ひとつ追いついていないマグナやトリスにも勉強させて。
あの黒い兵士たちについても調べて。
やることは尽きない。
明日以降のことを考え、ネスティは眠る準備を始めた。
UP: 04.01.15
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