突然の提案。

 それは、全てへのきっかけ。





Another Name For Life

第24話  三人寄れば……?






 とネスティがちょっとしたいざこざを起こし、仲直りしてから一晩が明けた日の朝のこと。

 ギブソン・ミモザ邸は、爽やかな朝には似つかない空気に包まれていた。



「本気なんですか、ミモザ先輩!?」
「本気も本気。大真面目だけど?」

 呆れたような驚いたようなネスティの声に、ミモザはけろっとした顔で言い放つ。
 ネスティは頭を抱えたくなった。

「こんな状況で街の外にピクニックに出かけるなんて……」
「問題ないじゃない。
 天気はいいし、絶好の行楽日和だと思うけど?」

 ミモザはにこにことあくまでいつもの調子を崩す気配がない。

「そういう問題じゃないでしょう!?
 僕たちは今、狙われているんですよっ!
 なのに、のこのこ街の外に出て行くなんて……ッッ」
「じゃあ聞くけど、街の中にいたら絶対に安全なわけ?」
「それは……」

 ミモザの問いかけに、さすがのネスティも口ごもる。
“連中”は、街の中でも攻撃を仕掛けてきた。いつまでも安全だとは、決して言い切れるものではない。

「まあ、どこにいようと連中が襲ってこない保証はねーよなぁ」
「たしかにそうだけど……でもねぇ……」

 フォルテとケイナもため息をついて顔を見合わす。
 リューグなど、「何を考えてんだこいつは」とでも言わんばかりの顔でミモザを見ていた。

 ざわついた空気を一掃するかのように、ミモザが両手を叩いて声を張り上げる。

「はいはいはい! つべこべ言わなーいっ!!」

 そしてそのまま腕組みをして、ある一角を見やる。

「わざわざアメルちゃん達に頼んで、お弁当だって作ってもらってるのよ。ねえ?」

「あ、はい……
 大したものじゃないですけど、一応は」
「とか何とか言って、めちゃ張り切ってたじゃねえか。ケケケ」
「ば、バルレルくん!!」

 けらけら笑うバルレルに、アメルは頬を染めて抗議する。
 それをなだめているのはふたりのすぐ近くにいたショウだ。

「ほらほら、男ども!
 せっかくアメルちゃんが一生懸命作ってくれたお弁当よ!?
 これでも行きたくないって言えるわけぇ?」
「そっ、それは……」

 リューグが口ごもる。
 義妹に弱い彼は、そんな言い方をされては止めようがなくなってしまう。



((なんて強引な……))

 ミモザの一連の言動を見て、マグナとトリスはもはや言葉も出なくなっていた。

 もともとは、自分たちが昨日、書庫に戻った後のネスティの様子がおかしかったことをミモザに話したことが、全ての始まりだったのだが。



――せっかくだから、あの子の人見知りを治しちゃいましょ?――



 そう言って笑うミモザがどんな行動をとるか、マグナ達には皆目見当がつかなかったのだが、まさかこんなことになるとは。



 そんな双子召喚師の苦悩もよそに、ミモザの主張はどんどん続く。

「ミニスちゃんだって誘ってるんだもの。今さら中止になんてできるもんですか!
 どうしてもイヤならいいわよぉー、私たちだけで楽しんでくるから」

 だけ、の部分を思いっきり強調する。

((なにげに脅迫にまで及んでるし……))

 もはや、マグナとトリスには黙ってこの状況を見守ることしか出来なかった。



 ……はずなのだが。



「ねーっ、トリスにマグナ?」

「ちょ……ミモザ先輩!?」
「あたし達も共犯者ですか!?」

 ミモザのひとことに、途端にネスティとリューグの鋭い視線が自分たちへと向いてくる。



(しゃれになってない……!)
(うう、先輩ったら……ッッ!)



 もはや心で涙するしかない二人であった。







 結局、誰一人としてミモザを止めることなど出来る筈も無く、出かけることと相成ってしまった。

 リューグは重いため息をひとつついてから、先ほどふと気になったミモザの一言を思い出し、あの時アメルの隣にいたショウに尋ねる。

「そういや、アメル“達”って……もしかして、お前も作ったのか?」
「ん、まぁ。
 アメルひとりに任せるの悪いじゃん。量多いんだし。
 それにひとりで作るよりも種類に幅が出るだろ?」
「そ、そうだな」

 問い掛けるリューグに、にこりと笑って答える。
 答えを聞いてからリューグがこっそり部屋の隅でガッツポーズをとっていたのが、ショウの目にもばっちりしっかり映っていたのは、ここだけの話である。



 そんなリューグの様子から、ショウは、

(…………芋か?)

 などと考えていたとかいないとか。



* * *



「裏切り者め……」

 ミモザの案内でゼラムを出て、街道を歩く途中、ネスティが至極恨めしそうな表情でマグナを睨んでいた。
 居心地の悪さに、マグナは嫌な汗がおさまらない。

(俺たちも巻き込まれたって言った所で、信じてもらえないだろうなぁ……)

 マグナは深いため息をついた。
 こんなことなら、ギブソンと屋敷に残っていればよかったかもしれない。
 みんなと出かけられないのと、このネスティの痛いことこの上ない視線に耐えるのとでは、きっと天秤にかけても、どちらにも傾かないくらい自分にとっては良いことではない。

「こーら、お前ら。いつまで深刻ぶった顔してんだ?」
「ほっといてください」
「おいおい、そうしかめっ面すんなって」

 後方から掛けられたフォルテの明るい声に、ネスティはあくまでぶすくれた調子で返す。
 フォルテはそんなネスティに苦笑し、前方の女性陣を顎で示す。

「ほれ、見ろよ」



「ふーん。それでケイナさん、ずっとあの人と一緒に旅してたんだ?」
「なんだか素敵ですよね……そういう巡り合わせ」

 ミニスとアメルの言葉に、ケイナはため息をひとつつく。

「素敵なもんですか。おかげで、ずうぅっっと苦労しっぱなしで!」
「とか言っちゃって、しっかり寄り添ってるあたりが……」
「み、ミモザさんっ!?」

 にやりと笑って茶々を入れるミモザの方を、ケイナは慌てて振り返る。
 トリスもそれを見て笑っている。
 そのすぐ後を、ハサハとがマイペースに歩いていた。



「女連中がああまではしゃいでるのって、久しぶりだぜ?」

 そう言われてみれば、そうかもしれない。
 何だかんだで、ここの所ずっと神経が張りつめっぱなしだったのは事実だ。

「知らないうちにオレらは、ゆとりってものを失くしてたのかもしれねーな」
「…………」

 フォルテの呟きを耳にして、ネスティも押し黙る。
 ゆとりを失って焦った結果が招いた出来事は、昨日嫌と言うほどに思い知らされたのだから。

「なあ、ネスティ。今日だけは、あいつらにつきあおうや?」
「そうだよ、ネス。出かけたからには楽しまなくちゃ!」
「いや、しかし……」

 フォルテとマグナの二人にたたみかけられ、ネスティは僅かにたじろいだ。
 まだどこか納得のいっていない風のあるネスティに、フォルテがにかっと笑ってみせる。

「一度、あんたとはゆっくり話をしたいと思ってたし、な?」

 その一言で、マグナはフォルテがネスティに気を遣っているのだと察した。

「じゃ、俺もみんなと話してくるよ」
「ああ、それがいい。せっかくの機会だしな」

 フォルテに見送られつつ、マグナは自分の護衛獣であるレオルドと、そのすぐ近くで何か話しているらしいリューグとショウのところへ向かった。



 そんなやり取りが後ろで為されているとは露知らず。
 女性陣の話は花が咲くなどというレベルではないほどに盛り上がっていた。
 その内容はまぁ言わずもがな。若い女同士ならありがちな、恋愛関係の話だった。

「ね、やっぱりそう思うでしょ?」
「違ったの? 私、てっきりそうだと思ってたんだけど……」
「そうですよねえ。ご本人に聞いたほうが早いんじゃないでしょうか?」

 中心で騒ぐのは、トリス、ミニス、アメルの三人娘。

 その三人が、不意に歩調を落とし、すぐ後ろのに近づいた。

「?
 どうかした??」
さん。前々からお尋ねしたいと思っていたことがあるんですが……いいですか?」

 にっっこり。
 そんな効果音でもつきそうなアメルの笑顔を訝しげに見つつ、頷くことで答える。
 それを待ってアメルの口から出てきた言葉は、にとっては突拍子もないものだった。



「ネスティさんってさんの恋人なんですか?」

「………………は?」



 あまりに直球な質問に、は思わず目を丸くして足を止めた。

 やや後方で、会話が耳に入ってしまったらしいネスティも一瞬動きが不自然に止まる。



「ちょい待ち。
 なにをどうしてそんな話に……?」
「だって、ってほとんどいつもネスティと一緒にいるじゃない」
「それに、ネスってには優しい気がするのよね」

 額にひとすじ汗を浮かべるに、ミニスとトリスが口々に言った。

 言われてみれば、確かにミニスがギブソン・ミモザ邸に来る時はネスティと一緒にいることが多い。
 しかしそのほとんどが召喚術やこの世界についての勉強の時間と重なっていたというだけの話である。

 それにトリスの言葉だが、ネスティは確かに自分を気遣ってくれることが多い。
 しかし、から見れば、それ以上にマグナとトリスに対しての方がずっと気を配っている。



「それで、ホントのところはどうなんですか?」

 ずいっとアメルがに詰め寄る。

「ねぇ、はっきり言っちゃいなさいよぉ」
「そうそう!」

 同様にトリスとミニスにも詰め寄られる。は本気で頭を抱えたくなった。

「…………」

 ちらりと周囲を見回せば、ケイナとミモザも面白そうにこちらを見ているし、やや後ろにいるフォルテも似たような顔でネスティに何かを話しかけている。
 フォルテの隣のネスティはといえば、あさっての方を向き、なぜか右手と右足が同時に出ている。よく見ると顔が真っ赤だ。一体何を言われているのやら。
 その更に後ろにいるマグナ達は、ここからでは様子がわからない。

 ぶっちゃけ、助け舟になりそうなものは何一つなかった。

 はひとつため息をつき、それからはっきりと言った。

「べつに、そんなんじゃないよ」
「えー、嘘ついてない?」

 返事が期待したものでなかったからか、不満いっぱいの様子でミニスが尋ねるが、は苦笑して首を振るばかり。

「アレだけ仲良さそうにしてるのに……」
「“まだ”恋人じゃない、ってだけかもしれなくない?」
「そうでしょうか……?」

 三人娘は口々に言う。

(こいつら人を何だと……)

 女三人寄ればかしましいとはよく言ったものだ。
 もはやは呆れるしかなかった。







 そして後方のフォルテとネスティはといえば。

「……なんか、あっさり否定されてないか?」
「だから、僕たちは別にそういう関係じゃないんだ」

 こちらはこちらで、呆れたようにため息をつくネスティを、フォルテが「そうは見えないんだけどなぁ」と呟きながら眺めていた。







「…………もしかして!」

 ハッとトリスが声を上げる。
 そしてにびしぃっ! と人差し指を向けた。(人を指さしてはいけません)



、他に恋人がいるとか!?」

「「えぇっ!?」」



 それに対して驚いたようなそぶりを見せたのはアメルとミニスで、当の本人は何を言っているんだと言わんばかりの視線を、なぜか自信満々のトリスに向ける。



の恋人ってマグナ? それともリューグ?
 あっ、もしかしてショウだったりする!?」
「トリスさん、ショウさんはまずいんじゃないですか?
 親戚ですし……」
「ううん、待って!
 従兄妹は結婚できるって言うし、ありえなくもないかもしれないわよ!?」

「いやだから、違うし。」



 再び騒ぎ出す三人娘に、は思わずツッコむ。

「それじゃあもしかして、元の世界に恋人がいるとか……!?」

 ……全く、どうしてそこまで考えを回すのか。
 はため息をついてミニスの問いを否定した。

「ていうか、私には恋人なんていないんだってば。
 今も昔も、ずっとね」
「そうなんですか?」
「そうは見えないんだけどねえ……」
「むぅ、あたし達に嘘ついてないわよね?
 実は向こうに好きな人とかがいるってオチはなしよっ!?」

 むくれるトリスに、手をぱたぱた振る。



「ほんと、いないんだってば。
 それに第一、あの世界で名前もちゃんと言える顔見知りなんて、両手で収まるかどうかってくらいだし。
 それもほとんどがもういないしね」



 もういない。

 その言葉が示す意味は、たやすく想像できる。
 トリス達はハッとなって押し黙ってしまった。

 はそんな三人に笑ってみせる。

「そんな深刻に考えなくっていいって。
 昔のことなんだし。それに私自身ももういなくなったようなもんだし」

 そう言われ、お互いに顔を見合わせてから、ふいにトリスが尋ねた。



「じゃあさ、初恋っていつ!?
 それくらい教えてよね!」

「…………」

 このあたりの切り替わりの速さは、さすがと言うべきなのだろうか。



 そのまましばらく、は三人に過去の話をした。
 と言っても、退魔師時代の体験談がほとんどなのだが。

「それでね、そいつ、何かっていうと私のこと『おチビちゃん』とか言うんだよね。
 そりゃあんたから見りゃ小さいっちゅーの」
「そんなに大きかったの? その人」
「うん、とりあえずフォルテよりは大きかったかな。多分」
「へぇ〜……」

 その言葉に、三人は後ろのフォルテに一度視線を向ける。
 彼もかなり大柄だが、それより更に大きいとなるとどのくらいなのだろうか。

「ほんとに、変わった人だったよ。
 飄々としてる割に、何だかんだで自分の考えはしっかり持ってたし。
 未だにあの人の心理はわからないな」

 そう言いながら遠い目でどこかを見つめるの様子から、その人物がにとって特別な存在だったのだろうとうかがえた。

「そのひと、の初恋だった?」

 尋ねたのは、ミニス。
 途端に、の顔が渋くなった。

「えー!?
 勘弁してよ、あんなおっさん!」

 嫌いな食べ物を目の前にした子供のような顔で心底嫌そうに言う

「……おっさんて。」
さん、いくらなんでもそんな言い方は……」

「いや、ほんとあいつはおっさんだって。
 ただでさえ言動が年寄りじみてた上に、無精ヒゲのせいでさらに老けて見えたし。
 とてもじゃないけど27には見えなかったね」

「「「…………」」」

 友人だと言う割に、何ともすさまじい言われようである。
 ますます、その人物像が謎に包まれた。

 それ以上細かい話を聞こうとしても、「もう話しても面白くないことばっかりだよ」とかわされてしまい、聞き出すことは出来なかった。



 後ろを歩いていたネスティが、フォルテとの会話の最中にふと視線をたちに向けたとき。

 三人がよそ見をしていた僅かな間に、の表情が一瞬だけ、曇った。



 それに気づいたのは、ネスティだけだった。

 ようやく漕ぎ出せました、ピクニックー!
 アメルとショウの弁当合作。これが書きたくて……
 最近リューグがショウとセットになりがちなのは気のせいでしょうか。
 とりあえず今回はみんな出せたかな? ギブソンは名前だけの登場になってますが。まぁ、留守番だし。

 もちろん今回最も書きたかった場所は三人娘に問い詰められる主人公。
 見どころは後ろでばっちりしっかり聞こえちゃってた兄弟子の挙動不審ぶり。(ヲイ)

 今回タイトルが笑えるくらい安直ですが、ご容赦を。
 考えるの苦手なんですよぅ!

 道中の時間だけで1話分使い果たしちまいましたな。
 次は湿原でまったり過ごします。

UP: 04.03.12

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