全ての沈黙が、破られる。
良いものも、悪いものも。
Another Name For Life
第26話 動き出した刻 前編
が丘の上でルヴァイドと対峙する少し前に遡る。
(あれ? あそこに座ってるのってネスじゃないか)
マグナは、先程と会話したときのまま、岩に座り込むネスティの後ろ姿を見つけた。
「………………」
憂いを感じさせるように目を伏せ、長い睫毛の影が目元に落とされている。
(深刻な顔しちゃってるなぁ……)
そんなネスティの様子を見て、ハッパでもかけてやろう、とマグナはネスティに声をかけた。
「よっ、ネス! どうしたんだ?」
「! ……君か……」
ネスティは掛けられた声にパッと振り返り、それからふぅ、と小さく息をつく。
「やっぱ、ネスはこうやってみんなと遊びに来るのって好きじゃないのか?」
「いや、そういうわけじゃないが……」
曇りのない眼で見られ、ネスティは僅かに口ごもる。
「……ただ、どうしてもこれから先のことを気にしてしまってね」
「なぁ、ネス。そのことなんだけどさ……」
言いながら、マグナはネスティの隣に座る。
先客のために空けた場所をそのままにしていたことに、ネスティはそこで初めて気づいた。
マグナは腿に肘をかけ、膝のすぐ上で両手を組んだ。
そして、眼前に広がる景色へと目を向けながら、言葉をつなげる。
「俺、思うんだ。
なにも、無理に旅を急ぐ必要なんてないんじゃないのかなって……」
「え?」
ネスティは僅かに目を見開いた。
構わずに、マグナは続ける。
「ほら、俺たちが旅に出た目的って……
いろいろな経験をして、俺とトリスが一人前の召喚師になる勉強をすることが目的なんだろ?」
「ああ、そのとおりだ」
マグナは、頷いているネスティの方に向き直る。
「だったらさ。
今、こうしてここにいることだって貴重な経験になる。そう思うんだ。
今まで出会ったこともなかった、いろいろな人たちと出会って。
知らなかったことや、思いもしなかったことを知ることが出来た。
そう考えることってできないかな?」
「マグナ…………」
「確かに、ネスの考えてる程に成長は出来てないかもしれないけど……
俺……昔の俺と比べたら、絶対に今の俺の方が好きだよ。
トリスだって、きっとそう思ってる。
あいつ、ちょっと前までよりも、ずっといい顔してるから」
ネスティは、隣でにっこり笑う弟弟子から、目を離すことが出来なかった。
「……ふふっ」
「?」
「ははははっ!
君ってやつは本当に……あはははは……っ!」
声を上げて笑うネスティに、マグナはきょとんとした顔をして、すぐにむっとしてしまう。
「何だよ、笑うことないじゃないかっ」
「いや……笑うしかないだろう、そんな風に言われたら……
僕の心配してたことを君はとっくに、自分で解決してたんだな」
「?」
まだおさまらないのか肩を震わせながら言われた言葉に、マグナは怪訝そうに眉を潜めて首を傾げる。
「いや、いいんだ 気にしないでくれ」
「やだよ。教えろよっ」
「あはははは……ッッ!」
「あーもう、笑ってないで教えてくれってばー!」
マグナはネスティの肩を揺さぶるが、ネスティは笑ったままで答えようとはしない。
――、君の言ったとおりだな。
マグナ達は、ちゃんとわかってた――
脳裏に、先程まで隣に居た少女の顔がふっと浮かぶ。
この事を話したら、きっと「言ったとおりだろ?」とか言って笑うのだろう。
そう、自信満々に話す素振りが目に浮かぶようで、ネスティはまた笑った。
しかし、そんな楽しさも、一瞬で掻き消える。
ガゥンガゥン、ガゥンッッ!!
「きゃああああっ!?」
聞こえてきたのは、複数の銃声と、アメルのものらしき悲鳴だった。
「今のは!?」
「やはり、連中も黙って見過ごしてはくれなかったか……
急ぐぞマグナ!」
立ち上がり、傍らに立てかけてあった杖を掴むネスティに、マグナも力強く頷いた。
* * *
眼前に、黒い鎧を着込んだ兵士達。
その先頭に立つのは、イオスとゼルフィルド。
「このまま王都の中に立てこもられたら面倒だったんだがね。
わざわざ捕まりに出てきてくれるとは……正直、助かったよ」
「所詮ハ素人ノ集団カ。
コウナルコトハ予測デキタロウニ……」
まるで呆れたようなゼルフィルドの物言いに、にやりと笑ってみせるのは、ケイナとフォルテだ。
「そうね。まさにその通りよね」
「ああ。
こうでなくちゃ遠出してきた意味がねえ」
「えっ?」
「どういうことなんだ、フォルテ?」
驚いて声を上げたトリスとマグナに、視線はそのまま兵士達へと向けて説明する。
「つまりな……」
「手詰まりだったのはね、お互い様ってことよ」
「エサをちらつかせれば、飢えきった獲物は確実に食いついてくるってことだ」
「ミモザさん、多分そこまで計算してたんだと思うよ」
「そういうことか!?」
「とんだ食わせもんだぜ、あの女……!」
フォルテにケイナ、そしてショウの言葉に、他の面々も驚きを表に出した。
イオスはと言えば、不機嫌そうに眉を寄せる。
「策にハメたつもりか? こざかしい!
我々と貴様らの戦力差を考えれば、自殺行為にしか過ぎないぞ!」
「そのあたりはまぁ、気合で補うさ」
ざっと見渡す限り、の姿はない。
どこへ行ったか知らないが、イオスにとってはいろいろな意味でチャンスだ。
彼女ひとりいないだけで、単純に見ても戦力は半減する。
そして、と戦うことにもはや迷いはなかったが、戦いにくい相手であることには変わりない。
逆に、が戻っていないことはフォルテも、他のメンバーにとっても不安ではあった。
戦力としても重要だが、この中においては、なにより戦い慣れしていることが重要なのだ。“戦場”の空気を知るがいるのといないのでは、大きく差が出てしまう。
しかし、泣き言など言っていられる状況ではない。
フォルテの言葉の通り、気合で補うしかないのだ。
「総員、全力でかかれ!」
イオスの号令に、兵士達が動き出す。
「……マグナ、あのイオスって小僧を絶対に逃がすなよ?
あいつをふん捕まえれば、こいつらの正体がわかるはずだ!」
「わかった!!」
フォルテは隣に居るマグナに囁きかける。
マグナもそれに答えるように頷いてから、剣を構えた。
戦いの、始まりだ。
* * *
湿原はところどころに水が溜まっているため、足場が良くない。
武器と武器のぶつかり合えるほどに安定した足場は限られている。
そのため、弓や銃といった遠距離武器や召喚術の援護が重要になる。
同じ機械兵士でも、ゼルフィルドはドリルを装備したレオルドと違って、銃を搭載している。
その他にも兵士達の中には数人の銃士が控えている。
それに対して、こちらの戦力の遠距離武器はケイナの弓のみ。
トリスやネスティ、ミニスといった優秀な召喚師が居たとしても、やはり火力不足は否めない。
……かに見えたのだが。
バシュッ!!
バリバリバリ!!
「ぐあぁッッ!!」
マグナと剣を交えていた兵士が、電光に包まれて悲鳴をあげる。
そしてすぐにその場にくずおれた。
驚いたマグナが振り返ると。
「あっ……!?」
やや遠くの後方に立っていたショウが手にしているものは。
「こんな時のためにに借りたんだよ。
いいから、前見て構える!!」
「う、うん!」
ショウの左手に収まっているものは、の銃だった。
マグナを促してから、改めてショウはしげしげとその銃を眺める。
――破壊されたって言っても、やっぱり“未来”だなぁ。
こんなモンが存在するなんて――
テクノロジーの進歩には、純粋に驚かされる。
そんな場違いなことをのん気に考えていた。
ショウは、この世界へやって来たときから、符こそ持っているものの基本的に丸腰だった。
なかなか武器を買いに行く機会もない中決まった今日のピクニック。
符術だけで対抗するのに不安を覚えていたショウに、自分の愛用している銃をが預けた。
利き手が違うと使いにくいかもしれないけど。
そう言いながら託されたものは、面白い機能を備えている。
基本的な動力エネルギーは光だと言うが、いざ使ってみれば、撃ち出す弾のコントロールは、実は使用者の魔力に依るところが大きい。
悪魔召喚師は魔法など魔力を使う技を使えない者が大半だが、それはその魔力のほとんどをCOMPの操作のために犠牲にするためだ。自らの魔力を使って術を練り、放出するのとは違い、もともと力あるものをコントロールするのには差し支えない。
恐らく、この銃は同じ世界からやって来たとショウにしか使えないだろう。
よほどセンスがあれば話は別だが、こんなクセのある魔力コントロールは、異世界の素人に扱えるほど甘いものではない。
それをわかっていたからこそ、はショウに銃を貸したのだ。
――ずいぶんと買いかぶられてる気もするけどな――
そんなことを考え、僅かに苦笑して、ショウは再び銃を構えた。
撃ち出される弾丸は、電撃の矢となって鎧を着込んだ兵士の胸に直撃した。
* * *
がくりと、イオスがその場に膝をついた。
「馬鹿な…………
この連中、この前より確実に強くなっている……ッッ!」
悔しさと驚きの入り混じった顔で自身を取り囲む面々を見上げる。
「あなたたちのおかげよ。
あれだけ戦えば、勇気なんて嫌でもつくわよ」
イオスに剣を向けたままのマグナ。
わずかに遠い後方に立つトリスが言った。
イオスの視界には、紫紺の髪をもつ青年と少女が目に入る。
同じ髪。同じ瞳。
蒼の派閥の、双子の、召喚師。
イオスは、彼らを見上げたまま、ぎゅっと唇を噛んだ。
「…………」
「おっと、機械兵士さん。
この前と同じ手はもう喰わねーぜ?」
「おかしな動きをすれば、仲間の命の保証はせん」
銃の内蔵された手を上げようとするゼルフィルドを、フォルテとネスティが制した。
ゼルフィルドもその言葉に動きを止める。
「……さぁ、喋ってもらうぞ。
お前たちの正体と、その目的を!」
ネスティが、イオスの方へと向き直る。
イオスはぐっと拳を握り締めたまま、俯いている。
噛み締めた唇からひとすじ、僅かに血が流れた。
そしてキッと顔を上げ、はっきりと発せられた言葉は、その場を凍りつかせるようなものだった。
「構うな、ゼルフィルド! このまま撃てっ!!」
「「ッッ!?」」
「任務の遂行こそ絶対だ。
お前さえ生き残れば、“あの方”に対象を届けることはできる!
……さあ、僕ごとこいつらを撃ち殺せ!」
「………………」
吼えるイオスに、皆驚いて視線を落とす。
ゼルフィルドは何も言わない。
だが。
「……了解シタ」
抑揚の無い声で静かに、しかしはっきりと言い放ち、イオスと、彼を囲むマグナやリューグ、フォルテへと銃口を向けた。
「だ……だめぇ!
みんなも逃げてッッ!!」
ガゥンガゥン、ガゥンッッ!!
トリスの叫びもむなしく、あたりに銃声が響き渡った。