黒い鎧の兵士達。

 彼らの背後にあるものは。





Another Name For Life

第26話  動き出したとき 後編






 あたりに銃声が響き渡る。

 思わずトリスはぎゅっと目を閉じ、顔を背けた。







 キィィィンッ!!





「え………………」



 次の瞬間響いた鋭い音に、トリスは恐る恐るイオスたちの方へと顔を向ける。



 そこには、先程まで存在しなかった影が、ひとつ増えていた。





「………………!?」



 イオスは、自分達の前に背を向けて立つ少女の名を、かすれた声で呼んだ。

 は、イオス達とゼルフィルドの間に立っている。
 何らかの方法で、ゼルフィルドの銃弾をはじいたのだろう。



 だが、どうやって――?





「あれは…………物反鏡か!?」
「物反鏡?」

 の右手にある小さな手鏡を見て、ショウがハッとなる。
 耳慣れぬ名の意味を、隣に立つネスティが尋ねた。



「オレ達の世界の魔法の中には、敵の攻撃を相手にそのままはね返すものがある。

 魔法攻撃をはじくマカラカーン。
 物理攻撃をはじくテトラカーン。

 それらの魔法を封じ込めた鏡を、それぞれ魔反鏡、物反鏡と呼ぶんだ。
 本来なら、仕掛けた相手にそのままはね返っていく筈なんだけど……」



 そこまで言って、ショウはちらりとゼルフィルドを見る。
 彼の身体には、自分達が先程の戦闘で負わせた傷以外は見受けられない。

 慌てて飛び出したのか、の体制がしっかりしていなかったために、銃弾はあらぬ方へとはじかれたのだろう。
 それを裏付けるかのように、は肩で息をしていた。



「我ガ銃撃ヲ、ソノヨウナ鏡デ弾クトハ……」

「不完全に発動したものに感動されても嬉しくはないな。
 普通に跳ね返せたなら、あんたを動けなくすることだって出来たんだけどね」

 は口の端を僅かに上げてにやりと笑う。
 しかし、その声はちっとも笑っていない。



 にわかに緊迫した状況を破ったのは、場違いなほどのん気な声だった。

「ちょっと、キミたち。
 そう簡単に命を粗末にしちゃダメよー?」

「ミモザさん!?」
「いやあ、新種発見にうかれて、気づくのが遅れちゃってね。
 ゴメンゴメン」

「ちっ……余計な邪魔をっ!!」

 恐らく、が出てこなくてもあの召喚師が何かしていただろう。
 口惜しそうに舌打ちするイオスを、は冷たい瞳で睨みつける。

「…………!?」

 その威圧感に、イオスはそれ以上言葉を発することが出来なくなった。



――気圧されてる…………この僕が……!?――



「なに言ってんの? ちゃんが飛び出さなかったら、貴方蜂の巣だったじゃない。
 ……それに文句を言う前に、その震えてる身体を何とかなさい。
 カッコ悪いわよぉ?」

「だ……黙れっ!」

 ミモザの言葉に、イオスはカッと真っ赤になる。



「あたしたちは、別に殺し合いを望んではいないのよ。
 ただ、あなた達がアメルをつけ狙うことを諦めてくれれば、それでいいの」

 静かに、トリスが言った。



「……だとすれば、貴様らの望みは永遠に叶うまいな」

「!?」



 聞き覚えのある声がした方を見ると、木々の奥から、あの夜見た黒い甲冑が現れる。

「何故なら我らの任務は、そこの聖女を確保して初めて達成されるものだからだ」

「テメェは……黒騎士!!
 やっぱり、こいつらはテメェの仲間だったのか!」

 吼えるリューグを意に介さず、ルヴァイドはイオスとゼルフィルドの方を向く。



「イオス、そしてゼルフィルド。
 俺は貴様らに、監視を継続することのみを命じた筈だが?」
「ですが……ッッ!」

「命令違反の挙げ句に、これ以上の醜態を俺に見せるつもりか!?」

「もっ……申しわけございませんっ!!」
「我々ノ先走リデシタ」

 反論しようとするイオスを一喝すると、イオスは慌てて頭を下げた。
 ゼルフィルドも同様に、頭を下げる。



「なあ、黒騎士の旦那。
 部下への説教もいいが、少しは状況を考えろよ。
 後から出張ってきても、この場の主導権はオレたちにあるんだぜ?」

 フォルテが緊張を保ったままにやりと笑う。
 ルヴァイドはそんなフォルテを一瞥すると、何事もないかのようにふっと鉄仮面の奥で笑う。

「それは、さっきまでの話だろう……?
 ……出ろっ!!」

 ルヴァイドが右手をさっと上げる。
 それを合図に、木々の合間からぞろぞろと黒い鎧の兵士達が現れ、一行を完全に包囲した。



「そんな! いつの間に!?」

 ケイナが驚愕に目を見開く。
 他の面々も、そのほとんどが驚きを露にしていた。

「わざわざ姿を見せなくても、その気であれば貴様らをまとめて始末することはできた。
 そうしなかったのは借りを返すためだ」
「借り……?」

 訝しげにマグナが尋ねると、ルヴァイドは視線をへと向ける。

「そこの女剣士には、結果として部下の愚行を止めてもらったわけだからな」
「………………」

 は何も言わず、黙ってルヴァイドを見つめた。



「ならば、わざわざ姿を見せたわけを聞こう」

「貴様らに宣戦勧告をするためだ。
 ……崖城都市デグレア特務部隊“黒の旅団”の総司令官としてな」

「デグレアだと!?」



 尋ねたときは平静だったネスティの顔が、“デグレア”の名を聞いた途端に蒼ざめた。



「デグレアって……たしか、旧王国最大の軍事都市じゃ……!?」

 震える声でミニスが呟いた。
 他の者も、呆然と立ち尽くしている。



「理解したようだな。
 自分たちが敵に回そうとしているものの大きさを。
 それを知ってなお、貴様たちは我が軍勢と敵対するつもりか?」

「……それがどうしたのよ!」



 ルヴァイドに、声を荒げて食って掛かったのは、トリス。



「あなたたちが何者でも、そんなこと関係ない!!」
「俺たちはは決めたんだ! 絶対に、アメルのことを守るって!!」

「トリスさん、マグナさん……」



 トリスとマグナは、ルヴァイドをキッと見据えていた。

 アメルがややかすれた声でその名を呼ぶ。



「ずいぶんと自信満々に言ってくれてるけどね、黒騎士さん。
 わかってるの?
 ここは聖王国の領土で、貴方たちのやっていることは、軍事侵攻よ」

「……承知している」



 普段とは違う鋭い目つきのミモザの言葉に、ルヴァイドはぽつりと答える。



「ふーん……なら、おぼえといて。

 派閥の同胞を傷つけ、まして、無用の戦乱で世界の調和を乱そうとする者たちには……
 蒼の派閥は、容赦なくその力をもって介入するってね!」

「ミモザ先輩…………」



 ミモザは両腕を胸の前で組み、はっきりとした声で、言った。

 ネスティが恐る恐る名を呼ぶと、ミモザはくるりと向き直り、にっと笑った。

「さあ、みんな。
 帰るわよ」
「帰るって……」

 不安そうにルヴァイドを見るトリスに、ミモザはウィンクしてみせる。



「心配しないで。
 今ここで戦端を開けばどうなるか、あいつらだってわかってる」
「聖王国に属する全ての街と、召喚師の集団を敵に回すことになるわけだからなぁ。
 それはちと困るだろ? 黒騎士の旦那」

 フォルテが付け加えつつ、ルヴァイドの方に視線をやり、にやりと笑う。



「……行くがいい。今は追わん。

 だが、今だけだ。
 次に貴様らとまみえたその時には……このルヴァイド、もはや容赦せん。

 それを忘れるな……」



 重々しく紡がれた言葉に、一同は恐怖さえ感じた。







 ぞろぞろとゼラムの方へとマグナ達が向かう。

 しかし、だけがその場から立ち去ろうとしない。
 ついてくる気配のないに気づいたネスティとショウが足を止め、声をかけようとした時だった。





「……………………イオス」



 低い声で呼びかけられて、しゃがみこんでいたイオスが顔を上げる。



 ――――と。





 バチィィィンッ!!!



「「「「!!??」」」」





 湿原に響き渡った乾いた音に、その場にいるものは敵味方なく、全て硬直した。



 イオス自身も、一瞬何が起こったのかわからないような顔をしていたが、髪に隠れた左頬がじんじんと熱を持って痛み始めたことで、漸く理解する。



 ひっぱたかれたのだ。に。



 叩かれた頬を押さえ、呆然と自分を見上げるイオスを、は先程以上に冷たい視線で睨みつけている。

 ゆるりと、振り抜いた右手を下ろし、ぐっと拳を握り締める。



 そして、絞り出すように、呟いた。





「……………………二度と、あんなこと言うんじゃない」

「……!?」



「もういっぺんでも、こんな真似してみろよ。

 ――絶対に、許さないからな」





 それだけを言い放ち、くるりと踵を返して、硬直したままのネスティとショウのもとへ、歩いていった。

 イオスは、その後ろ姿が完全に見えなくなるまで、ただ見送ることしか出来なかった。

 えー、まず最初に。

 ごめんなさい。

 隊長ファンの皆様、本当にごめんなさい。(平謝)
 いいいイオス隊長のご尊顔に傷を……!!(滝汗)

 でも、これはこの小説書き始めてからずっと入れようと思ってた話なので。
 いやもうホントマジごめんなさい。



 後半の頭で主人公が使っていた『物反鏡』。
 あれは『ソウルハッカーズ』に登場するアイテムです。効果に関してはショウの説明を参照。
 実は歴代のメガテンに同じ効果のアイテムは他にも存在するのですが、名前の響きや形状のイメージのしやすさからこれにしました。ひらがな表記のために漢字がわからなくて断念したものもあります。(駄)

 次回夜会話です。
 今回はなんだか随分時間がかかりましたねえ……

UP: 04.03.16

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