黒い影の正体。
その、目的とはなんなのか。
Another Name For Life
第28話 求めるもの
フロト湿原での戦いの翌日、一行は改めて今後の方針を立てるべく、応接室へ集合した。
ただひとり昨日の湿原にいなかったギブソンに経緯を説明すると、ギブソンは眉根を寄せ渋い顔をした。
「崖城都市デグレア、か…………
まさかそんな名前が出てくるとはな」
「デグレアって、街の名前ですよね。
どういう所なんですか?」
リィンバウムについてあまり知識のないショウが、ギブソンに尋ねた。
「あ、それ俺も知りたいです」
「あたしも」
「……君達はちゃんと授業で習っているはずじゃないか」
「あれ?」
「そうだっけ??」
直後のマグナとトリスの言葉に、ネスティはため息をついた。
そのままお説教に移行しそうなネスティを制してから、ギブソンは一呼吸置き、説明を始めた。
デグレアとはその別名のとおり、北部の大絶壁に位置する軍事都市。
かつてひとつの大きな国であったリィンバウムは、戦争が原因で分裂した。
伝説の英雄とされている“エルゴの王”の血を引く聖王家が統治する『聖王国』。
西方に誕生したばかりの『帝国』。
そして、聖王国と対立を続けるかつての王国の残党たちの『旧王国』。
デグレアは、この旧王国に属する都市なのだ。
「旧王国の連中ってのは、やたらキナくさいことが好きらしいからな。
旅してると、嫌でも噂が耳に入って来やがる」
「聖王家の打倒だけを生き甲斐にしてるって話だもんね」
フォルテとミモザが、ややうんざりとした風に言った。
「……すると今度の一件も聖王国への軍事侵攻の一環なのでしょうか?」
「そう考えるのが自然なんだが……」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
ネスティとギブソンのやり取りに声を上げたのは、トリス。
「なんで……?
そんな国同士の争いに、どうしてアメルが関係するのよ!?」
もっともな疑問に、誰もが渋い顔をした。
たかが少女ひとり。
それを捕らえて、どうして戦争の役に立てるつもりなのか。
ひとつだけ確かなのは、領土侵犯を犯してまで、デグレアはアメルの身柄を欲しているということだけ。
「…………」
アメルは、蒼白な顔で俯いていた。
「アメル、大丈夫か?
顔色がよくないけど」
「はい……平気です……」
ショウの言葉に答えるも、その表情はどこか虚ろだ。
「で、でもでもっ! 心配いらないわよっ?
いくらあいつらが大勢だからって、私たちが王都にいれば、無茶はできないもの!」
「そうだよな、あいつらだって、いくら何でも無茶はしないよな」
「そうよね。
今までも、そうやってしのいできたんだし」
ミニスの言葉に、マグナとミモザがうんうんと頷いてみせる。
が。
「……あまり楽観視しすぎない方がいいと思うけど」
「あぁ。
これからもそうだって保証はねえからな」
「、フォルテっ!」
「いや、僕も同感だ」
たしなめるケイナの一喝を、ネスティが制した。
「あの“黒の旅団”を指揮するルヴァイドという男は、強い使命感と自信を持っていた。
どうしても必要と判断すれば、ためらわずに強硬手段に出るだろう」
それは、レルムの村を襲った一件で、疑いようもなく証明されている。
彼らが容赦なく村に火を放ち、そして、罪のない村人達を、女子供や病人達までも、躊躇なく切り捨てている光景は、現実に目にしてきたものだ。
その事実を聞き、詳しい事情を知らなかったミニスは驚愕を露にする。
仲間の噂を聞きかじっていた程度で、残虐な連中だとは耳にしていたが、現実味がなかった。
しかし、実際に目撃されたものを突きつけられれば、それは敵対する相手への絶望へと変わる。
誰もが口をつぐみ、静かになったところで、ギブソンがゆっくりと口を開いた。
「そういった可能性は否定できないだろうが、今は敵の動向よりも先に考えるべきことがある。
……君たちが、これから先どうしたいのかということだ」
僅かに、アメルが目を見開いた。
「敵が国家に属する軍隊だとわかった今、とるべき方法はいくらでもある。
騎士団や派閥に保護を求めることだって出来るだろう。常識で考えれば、それが最良の方法だ」
「でも、それって最悪の事態に……」
戸惑ったように、トリスが口を挟んだ。
ギブソンはそんなトリスをまっすぐに見つめて重く頷く。
「連中はためらいもせず彼女を差し出すだろう。
たかが少女一人の身柄で戦争が避けられるというのなら、安いものだからな」
「……胸クソ悪い話だがな。
だが、それが政治的判断ってもんだ」
冷たい現実を突きつけたギブソンも、それに同意したフォルテも、表情は苦い。
「そんなのダメだ!!」
「そうよ!!
絶対に止めないとッッ!!」
「二人とも落ち着くんだ」
「だって……!」
ネスティが言っても、マグナもトリスも興奮が冷める気配はない。
双子の召喚師の肩に手を置き、ケイナが微笑みかけた。
「心配しなくても、ここにいるみんなは貴方達と同じ気持ちよ。
だから落ち着いて……ちゃんと最後まで話を聞きましょう」
「……はい」
「……すいません」
マグナとトリスは、しゅんと肩を落とした。
そんなふたりにギブソンがフッと笑ってみせる。
「気にすることはない。多分、君たちならそう言うと思っていたからね」
そこまで言って、ギブソンは表情を引き締めた。
「……だが、その思いを貫くのは大変なことだよ。
生半可な覚悟ではまずできないだろう。
よく考えてみるんだ。
君たち一人一人が本当に望んでいる事を……
結論を出すのはそれからだ」
その一言で、その場はお開きになった。
皆、どこか暗い表情のまま重い足取りで、応接室を後にした。
* * *
自室に帰り、は小さくため息をついた。
先頃の話は、いろいろと心を重くする。
黒の旅団。
その総司令であるルヴァイドと、直属の部下のイオス。
と面識のある彼らは、騎士であり、紛れもない軍人だ。
“任務”に対する意識は、恐らくそれについて話したネスティや、聞いていた周りの者の予想さえも凌駕するほどに強固なものだろう。
使命を忠実に遂行する軍人の脅威は、嫌というほどに身に染み付いている。
退魔師時代に幾度となく体感させられたのだから。
ギブソンは、騎士団や派閥に保護を求めれば、彼らはアメルをデグレアにあっさりと引き渡すといった。
それは間違いないだろう。フォルテも言ったとおり、それが政治屋のやり方だ。
しかし、そこから先は?
アメルを手に入れた場合の、デグレアのメリットとは?
たかが少女ひとりで戦争が終われば安いもの。
一見すればそれは正論だ。しかし、そんな簡単に終わるのだろうか。
たとえば、デグレアがアメルを欲する『軍事目的』が、彼女の力を利用した何かを作るためだとすれば?
それこそ、自身もかつて強制的に従わされていた『研究所』のような機関が、“兵器”を作成もしくは入手するために――――
コンコンッ
「――――!?」
の思考は、ノックの音にかき消された。
邪魔をされ、少し不機嫌になりながらも扉を開く。
「……どうしたんだ?
おっかない顔して」
そこに立っていたのは、ショウだった。
「あー……ごめん。
考え事してて、煮詰まってたもんだから」
「邪魔しちゃったのか。ごめんな」
「いいよ、別に。
で、どうかした?」
「あぁ。武器を買いに行きたいんだ。
うまく見つかったら、そのまま相手して欲しくて」
「え、でも…………」
マグナとかじゃ、駄目なのか?
そう言いかけて、は口をつぐんだ。
先頃の話で気が滅入っているのは、自分だけではないのだ。
むしろ、ある程度割り切って考えられる以上に、彼らに余裕など存在しない。
「いいよ、行こう。
私、いい店知ってるし」
はにっこり笑って、ショウの申し出を快諾した。
* * *
とショウ、そしてついでとばかりに連行されることになったバルレルは、武器購入のための金を借りるべくネスティを探した。
大した時間がかかることもなく、廊下を歩く後ろ姿を発見する。
「武器? あぁ、わかった」
「悪いな、ネスティ」
「構わないさ。
これも必要経費のうちだよ」
ネスティは心底すまなそうにするショウにそう言ってから、「ちょっと待っててくれ」と自室へ戻り、暫くしてから財布を持って戻ってきた。
「必要そうな分だけ入れておいた。
君たちならまぁ心配ないだろうが、くれぐれも無駄遣いはしないこと。いいな?」
「わかってるって」
子供じゃないんだから、とショウはネスティに笑ってみせた。
ネスティのこういう世話焼きな部分は、マグナとトリスを相手に培われたものなのだろう。
微笑ましさに、も思わず頬が緩んだ。
「他に何か買っておくもんとかあるか?」
「いや……今のところ特にないな」
「わかった。
じゃあ、日が暮れる前には戻るよ」
今は昼過ぎ。
武器を手に入れ、それから使い勝手を試すことになったとして、大体そのくらいまでに帰宅することは出来るだろう。
「マグナたち……悩んでるだろうから。
相談されたら、ちゃんと励ましたげてね」
「あぁ、わかってる」
言われるまでもない、とばかりにネスティは微笑んだ。
「「じゃあ、行ってきます!」」
玄関ホールまで見送ってくれたネスティに、とショウは明るい声で告げて、屋敷をあとにした。
* * *
商店街の一角に佇む武器屋。
その扉を、達はくぐった。
「よ、おっちゃん。
しばらくぶりだね」
「……おぅ、お前さんか。
よく来たな」
気難しそうな店主が、の顔を見て僅かに口元を緩めた。
「どうだ、その後の剣の調子は」
「すごくいいよ。強度もあるし。
おっちゃんこそ、店の景気はどんなもん?」
「ぼちぼちだよ。
俺ァ、気に入らん客に武器を売るつもりはねえからな」
とりとめのない話をしていると店主をよそに、ショウは初めて見る“武器屋”の中を物珍しそうに眺めていた。バルレルはバルレルで、槍が並べられた一角を見ている。
ショウが、ある一角に目を留め、足を止めた。
そこにあるのは、ひと振りのやや小ぶりの剣。
鞘に収まっているために刀身の様子はわからないが、柄と鞘のつくりは、周りの剣とはだいぶ違う。
柄の先端には、飾り紐がついており、房と珠が飾られている。
鍔の部分が、とくに特徴的だ。
ショウは、その形に見覚えがあった。
否。
とてもよく知っている。
この剣は――――
ショウは壁に掛けられたその剣を手に取った。
かちゃり、という音が妙に耳につく。
「おい、それは――――」
行動に気づいて掛けられた店主の声も、ショウの耳には届かない。
鞘と柄に手をかけ、ゆっくりと引き抜いた。
よく手入れの行き届いた、油が滴り落ちそうな程に輝く銀色の刃が目に入った。
まっすぐな刀身は、先端が鋭く尖っている。
「やっぱり、まちがいない……」
ショウの口から、自然と言葉が零れていた。
それを耳にしたとバルレルは揃って首を傾げていたが、店主だけが僅かに顔色を変えていた。
「お前さん、その剣を知っているのか?」
「――どういうこと?」
店主の物言いに、が訝しげに尋ねると、店主はぽつりぽつりと口にした。
「その剣は、つい最近ある旅人が『路銀の足しにしたいから引き取って欲しい』と言って持ってきたモンなんだ。
珍しい細工で俺も気に入ってるんだが、造りが普通の剣と違うせいで扱い辛いってんで、さっぱり売れやしねえ。
売る相手もいなけりゃ、使い手も居ねえモンだから、このまま店の肥やしになるんじゃねえかと思ってたとこなんだ」
「でも、ショウはそれ知ってるみたいだね。
何なの、その剣?」
の問いかけに、ショウは一言だけポツリと、しかしはっきりした声で言った。
「――――太極剣だよ」
「太極……って、まさか」
ショウは頷いた。
「ああ。
“太極剣”は、名前の通り太極拳の剣舞で使われる剣……
つまり、オレ達の世界の武器なんだ。これは」
話しながら、ショウは改めて手に収まる剣をしげしげと見つめた。
この剣は、まるでショウにあつらえたかのように手にしっくりとなじむ。
装飾や飾り紐の房と、そこに吊るされる蒼い珠も、どこかで見たような色や形をしている。
ひととおり眺め回してみたが、銘らしきものはどこにも見当たらないため、この剣が本来なんと呼ばれるものなのかは、見当がつかない。
ショウは、装飾だけで銘を断定できるほどに詳しくはなかった。
それに、この剣の装飾は、割合ありふれているものでもある。
でも、気に入った。
何より、扱いをよく知った武器なのだ。
「おじさん、これいくら?」
ショウが明るい声で尋ねた。
「――――いらん」
「「「……は?」」」
店主の一言に、三人の唖然とした声が見事に重なる。
「他に使えるやつが居ねえ剣の使い手が、ようやく現れてくれたんだ。
しかも、お前さんは異世界人なのだろう? 異邦の地で、同じ世界の武器に巡り合う……こんなことは滅多にあるもんじゃあねえ。
――そいつは、もうお前さんのモンだよ」
そう言って、店主はニッと笑った。
反対にショウは困惑する。
「そんな、悪いですよっ!
これ、かなりいい剣ですよ!?」
「バカヤロウ。
どんな名剣だろうと、使い手がいなけりゃそれはただの鉄クズだ。
俺がいいって言ってンだ。さっさと持っていきな!」
まくし立てられ、ショウは言葉がない。
「…………金なんていらねえ。
その代わり、大事に使ってやってくんな」
そう告げる声も、顔も、とても穏やかだった。
「――はい!!」
だからこそ、ショウも力強く頷くことが出来た。
「……でもさ、おっちゃん。
稼ぎ少ないなら、お金ちゃんと取った方がいいんじゃない?」
「へっ。
お前さんみたいなヒヨッ子に心配されるほど、俺は苦労しちゃあいねえよ」
そう豪気に切り捨てられてしまったが、どこか納得の出来ないだった。